第71話 浮気者ジジイと謎の食い逃げ野郎

「で、なんの仕事なんだよ?」


「お前の仕事は……『人喰い魔獣の退治』だァーッッッ!」


 ジジイ、うっさ!


「普通なら山奥にいるはずの『魔獣』が、最近になって人里まで下りてきて人を襲ってるんや」

「魔獣はすでに、山にいた一般人を三人、退治に向かった猟師を二人……計五人も喰い殺しているッ!」


「ヤバいやろ? そんなことになったから、おじいはん率いる『パンドラ騎士団』と地元の猟友会のみんなで、魔獣を討伐することになったんや。その流れで、討伐の仕事がフールにも回って来たってわけよ」


 だとさ。

 ったく、メイめ。面倒な仕事を押し付けてきやがって……!


「ジジイは、騎士団の将軍様なんだろ? お前が何とかしろよ。『かよわい一般人』に、そんな危険な仕事をやらせるなッ!」


 一切の間違いも歪みもない正論を、クソジジイに叩き付ける。


「人間の敵である魔族のお前が、『いまだに魔女様たちに討伐されてない理由』を知らないのか?」


「あ? 偉大な魔王様と同じ『魔人』だからだろ? どんな損傷も受けたその場で治癒し、あらゆる毒と病を解毒する無敵の肉体。魔女など足元にも及ばない無尽蔵の魔力と天災のごとき強大な魔法――そんな偉大なる魔王様と同種の『魔人』である俺に畏怖しているから、魔女どもは手を出してこねぇんだよ」


 これぞ、真実なり。


「すべてが、ちがわいッ! 魔女様たちが、『お前は比較的無害だから、生意気な使い魔感覚で扱え』と通達してきたからじゃあーッ!」


「はあ? 誰が『生意気な使い魔』じゃ、ざけんじゃねぇよ!」


 いや、ほんとざけんじゃねぇよッ! どういうことやねん!?


「無礼極まる反社会的存在のくせに未だに殺処分されていない――という『魔女様方の大恩』に報いるために、魔獣をなんとかしろォッ!」


 不愉快で不条理な理論を振り回す老害に、正論は通じない。


「なんとかって? 魔獣に『山に帰れ!』って、叱りつけろってか?」

「できるなら、四の五の言わずにさっさとやれェッ!」


「できるわけねぇだろ、馬鹿が。魔族と魔物と魔獣は、全部ちげーんだよ。魔獣は『獣』だ、言葉なんて通じねぇよ。あと、俺は虚弱体質だから、魔獣退治とか無理だぞ」


「なにィィィ~ッ!?」


 付き合っている相手の性格を知るには、親密になるよりも『弱さ』を見せつけるほうが手っ取り早い。


 とはいえ、見せるのは、『ふり』だ。

 無知なふり、脆弱なふり、臆病なふり――これを見せてやる。


 こちらに害を及ぼす性格の奴は、この『ふり』に食いつき、正体を露わにする。


 馬鹿にしよう、いじめよう、騙そう――みたいなことを企む邪悪な奴を、できるだけ早く見抜いて排除する作業は人生の質を上げる――と高らかに断言できる。


「期待はしていなかったが、やはり役に立たんなッ! 所詮は、ごく潰しのヒモ野郎じゃいッ!」


 あと、何かがうまくいかなかった時の態度を見逃さないことも大事だ。

 無遠慮に人を傷つけるような言動をとる人間は、その時点で付き合いを断たねばならない。なぜならば、今後の人生に危険をもたらす不安要素だからだ。


 また経験則として、敵意や害意を持つやつの相手をしていると、なぜか同じようなやつが次々と集まってくる。勇者、不死王、豚オヤジ、そして、この老害ジジイ――。


 なので、なおのこと、攻撃的なおかしいやつは、きっちり避けるべきなのだ。


「メイ! これではっきりしたじゃろ? こいつは、正真正銘の役立たずのクズじゃ。どこで拾ったか知らんが、さっさと捨ててくるんじゃよ」


「ダメや。こんな反社会的な危険人物、迂闊に野に放てんって! うちが、きちんと躾けて更生させんとあかんのや。そやろ、フール?」


 そして……それにより問題なのは、好意を持つやつが離れていくことだ。

 だから、自分を嫌ってくるやつは迷いなく切っていくべき――だと言える。


「ねぇ、メイちゃん? なんで、ぽれは捨て犬感覚で取り扱われているの?」


「おまはんは、働かんと無駄飯ぐらいやし、捨て犬みたいなもんやからや」

「わはは! こんな駄犬、世界ダメ犬コンテストでも見たことがないわッ!」


 それをせずに、『世間体やら見栄やら』を気にして下手に仲良くすると、うっかり油断したところで突然襲いかかられて、人生が破壊されるような大損害を受けてしまう。


 かつて、腹心としていたやつに裏切られて、こんな情けない状況に陥った実体験から語られる含蓄のある言葉だ。


「それはそれとして、ジジイ……最近、子犬を飼い始めたお前の浮気相手のサキュバス、明らかにヤリマン顔だから性病に気を付けろよ」

「殺すぞ、貴様ァッ! リリムちゃんを馬鹿にしとんのかッ!?」


「お、おじいはん……? う、浮気って……っ?」


 おぞましい事実を聞かされたメイが、戦慄の面持ちで浮気ジジイを見つめる。


「フ、フール。その話、ほんまなん……?」

「ほんまや。純粋無垢な俺は『真実しか語らん』。そして、俺やメイが手を下すまでもなく、ジジイはサキュバスに感染された性病で人生を崩壊させるだろう」


「じゃかましゃァッ! 清純派サキュバスのリリムちゃんは純情可憐や! そのふざけた口を、二度ときけんようにしたるわいッッッ!」


 なぜかブチキレているジジイが、乱暴に掴みかかってきた。


「フン。淫魔のサキュバスの清純派ってなんやねん。矛盾しとりますがな」

「じゃかましゃァッ! 見つめ合うと素直におしゃべりできなくなるんじゃあッ!」


 ジジイが妄言を吐くのを遮って、メイが割って入ってくる。


「おじいはん! 浮気って、どういうことやねんっ!? 清純派サキュバスのリリムちゃんって、どこの誰やねんっ!?」

「ち、違うんだッ! かわいいメイちゃん! このごく潰しがデタラメ言って、わしら幸せ家族を引き裂こうとしておるんじゃああああああああああああああァーッ!」


 ドスケベクソジジイが、醜い言い訳を喚き散らす。

 それと同時に、目の前の飯屋から変なやつが飛び出してきた。


「ち、違うんだっ! 私は、食い逃げではないっ!」

「食い逃げじゃなかったら、なんで逃げるんでいっ!?」


 ろくでもないやつは、まず罪の否定から入るらしい。


 つか、このやたらデカい間の抜けた声……。

 ど~っかで聞いたことがあるなぁ~……。


「店主殿、待つのだっ! お金なら、払うっ! 払う……がっ!」

「なら、さっさと払いやがれぇいっ!」


 飯屋から転がり出てきたろくでもない食い逃げ野郎の正体は――。

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