第70話 俺は世界一不幸な魔王や!

「仕事ってのは、肉体および精神への自傷行為だぞ? そんなもんをするわけにはいかない」


 キレ散らかすメイに正論を述べるなり、ジジイが横から口をはさんできた。


「おい、このごく潰しがァッ! いい加減に、人の迷惑を考えろッ! 居候のタダ飯ぐらいのくせに、調子乗ってんとちゃうぞッ! 四の五の言わず働けェェェーッ!」


「脅迫じみた態度で感情的に叫べば、こっちがビビッて貴様の顔色を窺って譲歩するとでも思ったか?」


「四の五の言わず、言うことを聞けええええええええええええええええええーッ!」


「うるせぇッ! 俺はお前の子供じゃないんだ、言うことなんて聞くわけないだろ。甘えんな、死ねェェェーッ!」


 ボケて暴れる老害には、正論をぶつけて黙らせる。

 これからの未来を背負う若人として、当然のことだ。


「ぬぅわ~んだ、こいつはァーッ!? むっちゃムカつくぞォッ! 自分の立場わかってんのかァッ!? いたいけな少女に寄生するごく潰しのヒモ男がよォッ! わしが体罰で教育してやるッッッ!」


 しかし、ジジイは黙るどころか、上から目線で高圧的に攻撃してきた!


「なにっ!? わしの鉄拳をかわしたじゃとッ!?」


 だが、当然だがそんなもん避けるに決まっている。


「メイのジジイよ……騎士団のお偉いさんだかなんだか知らねぇけど、一般社会では誰も貴様を偉いとは思ってないからな? 勘違いすんなよ、老害がッ!」


 苦労は買ってでもしろと言って厄介事押し付けてみたり、世間の厳しさを教えてやると理不尽かましてきたり――。

 老害の狂気じみた迷惑行為は、枚挙にいとまがない。


「テメェェェーッ、この野郎ッ! 無職のごく潰しのくせに、パンドラ騎士団将軍のわしに逆らいやがってよォーッ! 公務執行妨害と国家反逆罪で逮捕することもできるんじゃぞォーッッッ!?」


 他人の行動や感情、生活や人生を左右できる立ち場にいる人間は、脳がイッちゃうぐらいの万能感に酔っぱらうあまり、自分の力量を『勘違い』してしまうのだろう。

 権力を我儘に振り回せる快楽で脳が壊れているこいつは、もはや正常な思考を行うことは不可能なんだろうなぁ……。


「知ったことではない。俺は出かける」

「さあ、行くぞッ! ごく潰しィッ! 今から強制労働だァーッ!」


 なにっ! なんだ、この力はッ!?

 ジジイが唐突に戦闘力を発揮しやがっただとォーッ!


「この鉄血のヨーゼフから逃げられるわけないじゃろがァーッ!」

「やめろ! その汚い手を放せッ!」


 働きたくないどころか、この店から一歩だって外に出たくないのにィーッ!

 無理矢理、外に連れ出されてしまううううううううううううううううううーッ!


「往生際が悪いで、フール! もう諦めて、頑張って働いてくるんよ~」


 メイが人の気持ちも知らないで、呑気に手を振って見送ってくる。


 なので!

 道連れにするべく!


 メイの腕を掴むッ!


「いやだ! 俺はメイと一緒にいたいのだッ!」

「はあああ~? なんやねん、急に?」


「メイちゃんと離れ離れになど、なりとうないっ! 俺はそのために働きもせず、ずっと家にいるのだあああああああああああああああああああああああああああッ!」


 思わず抱きしめたくなるようなしおらしい台詞を言うなり、メイが感動――


「ほ~ん」


 するのではなく、なぜかジト目で睨んできた。


「なんや~? フール君は、メイちゃんにぞっこんみたいやん?」


 それから、謎の間の後……ずいっと詰め寄ってくる。


「で、本音はどないですのん?」


「いつまで生きれるかわからないかけがえのない人生を! 労働などで無駄遣いしたくない! 俺は、刻一刻と失われる『今』を無駄にしたくないのだああああーッ!」


 自由人としての、純粋なる魂の叫びだ。


 だが、俺の魂の叫びを聞いたメイは感動する素振りすら見せず、なぜかあきれ顔だ。


「はあ~……ただの怠け者のくせに無駄に壮絶なのは、なんやのん?」


「この俺を、無理矢理働かせるというのならば……このジジイを殺すッ! ジジイを殺して遺産を手に入れるのが、一番手っ取り早く金になるからなァーッ!」


 ある意味では、ジジイの殺害は最も働き甲斐のある行為なのかもしれん――。

 などと思っていると、メイが思わせぶりにため息をついた。


「やれやれ……メイちゃん大好きっ子のフール君は、『うちと離れ離れになりたくない』んやっけ?」

「そうだ!」


 よし! いい流れだ。

 これは、俺の魂の叫びで改心した愚かなるメイが、『可愛いやつやな! 働かんでも、家にいてええでっ!』と、そういうことを言いだす流れだッ!


「しゃーない! 優しいメイちゃんが一緒に行ったるわっ!」

「は?」


「メイちゃんが、『おまはんと一緒に働きに行ってやる』ってゆったんやっ!」


 なんだって?


「どや? 涙が出るほど、うれしやろ?」


「どわあっはははーッ! ざまあないな、ごく潰しがァッ! お前はどうあっても、労働からは逃れられんのじゃァーッッッ!」


 な……なんてことだ……ッ!?

 俺はただ……。


「俺はただ、平穏な隠居生活を送りたいだけなのにいいいいいいいいいいいいっ!」

「うるさいねん。静かにしぃや」


「だけなのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」

「じゃかましやっ! 大声出さんでええねんっ!」


 メイを筆頭に、有害で迷惑なろくでなしどもが代わる代わるやってきて、ろくでもない騒動に巻き込んできやがるッ!


「フール! 観念しいや! うちがいる限り、労働からは逃げられへんのやでっ!」


「さあ! 楽しい労働に励もうではないか、若人よッ! わーはははッ!」


 嗚呼……。


「俺は世界一、不幸な魔王やああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

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