第69話 ジジイが持ってきた仕事

「悪いね、おじいちゃま。知らない人には付いて行っちゃいけないって、メイちゃんにきつーく言いつけられているんでね」


 有害なジジイの相手をするのは、人生の損失でしかない。


「んなこと、うちは一言もゆーとらんわ。そもそも、おじいはんは知らない人ちゃうやろっ!」


 メイがいらんツッコミをしてくるなり、ジジイがこれみよがしにため息をついた。


「ごく潰し……お前は、感情の赴くままいい加減に生きていて、いつも『選択を間違える』……まるで、娼館で女の子を指名せずに、その場のノリで飛び込み入店して、とんでもないブスを回されたことを愚痴る風俗童貞ようにな」


「あるある風なたとえ話をいいように言っているが、すべてが間違っているからな」


 うんざりだ。

 人間的に終わっているこの手のゲス野郎が、なぜか結構高い地位にいたり、やたらと金を持っていたり、この世の春を謳歌しているのが、人間社会なのだ。


 実に怖ろしく、悍ましく、忌まわしい。

 もっと素直に言えば――一刻も早く、人間どもは一人残らず滅びるべきだ。


「話は変わるが……ブッチャーファミリーの娼館をぶっ壊したのは、お前なんだってな?」

「お前のかわいい孫娘の『メイちゃんを助けるために』やったんだよ。やましいことなど、なにもないと高らかに断言できる」


 あ~あ……やっぱり、悪目立ちしちまったな。

 あの場の、なんか盛り上がってたノリと勢いに任せてやり過ぎた。

 それもこれも全部……あの迷惑勇者の馬鹿のせいだッ!


「早とちりするな、咎める気はない。むしろ逆に、その腕を買いたい」

「はあ?」


 にやりと不敵に笑うジジイが、妙なことを言いだした。


「フール君。君は金さえ払えば、マフィアだろうが機械巨人だろうがドラゴンだろうが、『問答無用でしばき倒してしてくれる』っていう話じゃあないか?」


「噂ってのは、実際より大げさに伝わるもんだな……んなわけねぇだろ? こんな誠実で優しくてよく働くだけの男が、そんなことできるかよ」


「うそつけっ! なんで息を吐くように、嘘八百ならべられんねんっ!?」


 メイめ……なんて生意気な小娘なんだ。


 いや、そんなことはさておき……。


 な~んか、嫌な感じの流れだ。

 これ以上は、肯定も否定もせずに黙っていよう。


「メイ。ごく潰しは、こんなことを言っているが……実際のところ、腕は立つのか?」


「フールはやる気はまったくないけど、喧嘩やらせたら『むっちゃ強い』でっ! うちをさらったマフィアどもを拳一つで退治したのは、フールや! 蒸気機関銃も機械巨人もエドムの刺客にもビビらん、度胸自慢、腕自慢やねん!」


 こら! メイ、余計なことを言うな!

 なんのために、俺が黙っていると思っているのだ!


「それに、パンドラ騎士団の将軍のおじいはんをぶっ倒すぐらい、腕っぷしが立つんやで? 『魔獣退治』なんて朝飯前やっ!」

「お前、まさかっ!? だからさっき、『魔獣』があーだこーだ言ってたのか……?」


 メイめ~……また面倒なことに巻き込みやがってぇぇぇ~っ!


「これこれ、メイちゃん。強くたくましく頼りがいのあるおじいちゃんが、こんな無職のごく潰しに負けるわけないじゃろ? あれはわざとじゃよ。ほっほほほ!」


 ちっ! うるせぇ連中だな。ほんとしんどいわ。

 ここにいると……ま~た、ろくでもないことに巻き込まれるに決まってる!


「お先に失礼するよ。俺は今から、お花のお稽古だからね。じゃあな」


 こんなところは、さっさと出て行くに限るぜ。


「「待ていいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーっ!」」


 店から出て行こうとするなり、メイとジジイに両肩を捕まれた!?


「今日は、いい天気だなあ~。こういう日は、街をブラブラしているに限るよ。メイちゃん、お散歩にでも行こうじゃないか?」


「おい、ごらぁーっ! 仕事もせんと、平日の昼間から街をブラブラしくさってよぉっ! うちがおじいはんに頼んで、あんたに仕事を見つけてもらったんやぞっ! いい加減に働けやあああああああああああああああああああああああああああーっ!」


「やだ……メイちゃん、こわい。なんで、怒っているの……?」


 唐突にキレだしたメイに、恐怖を覚えずにはいられないかよわい魔王様だった。


「お前が居候のくせに働かんと、ふらふら遊び歩いてゴロゴロ惰眠を貪り、タダ飯喰らっとるからやっ!」


「ふえぇぇぇ~っ!? 遊んで食べて寝てちゃダメなのっ? 盗みや殺しや詐欺なんかしてないよ? ただ『遊んで、食べて、寝てる』だけだよ? 何が悪いの?」


 自分のお気持ちを言い立てさえすれば、他者の行動を変えられるんやでっ!


 ――と思い込んでいる類のどアホには、正論をぶつけてやるに限る。


「犯罪なんて、普通の人はせんのや! ちゅーか、生意気言わんと仕事しろーっ!」

「はあ? さっきも言っただろ? 仕事ならしている」


「うちのお店での雑用は、仕事ちゃうわ。『ガキの使い』や! 仕事ちゅうのは、『よそで、ちゃんとお金を稼ぐ仕事』のことをゆーとんねんっ! そういうことやねん!」


「それなら、畑仕事をして砂糖の原材料を栽培し、それを売っていただろうが」


 俺は無職だが、別に働いていないというわけではない。

 他人に雇われて労働していないだけだ。


「偉そうにすなっ! お前が、まともに畑仕事してたの『最初だけ』やんけ! 今は、プリ姉ぇの商館の人たちが、畑でお砂糖作っとるやないかっ!」

「事業が軌道に乗ったら、事業ごと売っ払って金にする。そして、早期引退――青年実業家として当然のことをしたまでよ」


 誰にも文句を言われる筋合いはない!


「どアホ、お前みたいな青年実業家がいるかーっ! うちの目を掻い潜ってなぞの金策しやがって、許さんぞ!」

「なんで? お金を稼いでいるならいいじゃない?」


「いくないわ! 『まともに働け』ゆーとんのやっ!」

「まとも?」


「きょとん顔すなっ! 腹立つわ~っ!」


 なぜに、こんなにキレられているのかが、まったくわからない。

 もしかして、メイは心の病気なのだろうか?


 やだなぁ~……唯一の常識人枠であるこいつまで異常者だったら、もうこの島を出て行くしかないよ。


「あのさぁ~、フールくぅ~ん? お家賃と生活費を半年以上も滞納してるのを、お忘れなんじゃないですかぁぁぁ~?」


 メイが嫌味ったらしいことを言いながら、ジト目で詰め寄ってくる。


「そんなもんは、お前の借金を帳消しにしてやったので『チャラ』だよ」

「チャラちゃうわっ! フールが、『うちを助けるのは、当たり前のこと』やっ! 『契約』を忘れたんかっ!?」


 なんだ、こいつ!?


「メイちゃんが、『俺に衣食住を提供するのも、当たり前』なの。だって、『メイちゃんの契約』が、それだからね。お忘れかな?」


「じゃかしゃあっ! おまはんの『メイちゃんに衣食住のお世話してもらい放題契約』は、月額利用料を限界突破しとんねんっ! 超過分を働いて支払えーっ!」


 キャンキャンうるさいやつだなぁ。

 こいつは、この小さな体のどこから、こんなクソデカイ声を出しているんだ?


「わかったら、確実にお金になる仕事してこおおおおおおおおおおおおおいーっ!」

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