第2章 山だ! 魔獣だ! 狩りわっしょい! 

第68話 変なジジイが変な仕事を持ってきた

「ねぇねぇ、メイちゃん」

「なんや? フールくん」


「店の前で、『自分は耳が聞こえず、目も見えない、哀れな貧民です。お恵みを』とか書かれた看板を持ったガキに金をねだられたぞ」

「ほ~ん、まんまに見る目のない子やね。ほんで、どないしたん?」


「空の財布を見せて、『これが俺の全財産だ、なんか言ってみろよ』つったら」

「つったら?」


「『お前、未来ねぇな。同情するわ』つってきて、そいつに飴もらったわ」


 ガキにもらった飴を、メイに見せてやる。


「俺に毒吐けるってことは、あのガキャ、『耳も聞こえてるし、目も見えてる』ってことだよなぁッ!?」

「まあ、そらそうやろうなぁ~。それってば、最近流行っとる『詐欺』やもん」


 なにっ!?

 ほんと、ふざけたゴミ野郎ばかりのクソみたいな街だぜ!


「ちゅーか、あれやな。フールは金無しでやる気無しの無職なのに、無から飴を手に入れるなんて、まるで『無職の錬金術師』やん。お金持ってなくて良かったやんなぁ?」

「そうだな……いや、良くねぇよ! 誰が、無職の錬金術師じゃっ!」


 ったく! 気分転換の散歩をしてただけで、イラつく目に遭いやがる!

 隠居生活を送るなら、もっとまともなやつらのいる……。


 いや、そもそも、人のいない場所に住むべきだったな。

 そろそろ、転居を考えるべきか……?


「そんなことより、フール! おまはんに『仕事』を持ってきたでっ!」

「俺は、絶対に働かない! 俺は、楽して暮らしたいのだッ!」


 これが俺の魔王道だ! 絶対に曲げねぇってばよッ!


「無職のどあほうが! 夢みたいな寝言言ってんちゃうぞーっ!」

「夢みたいな寝言……ね」


「なんやねん。その思わせぶりな顔は……?」


 メイが丸い目を細めて訝しげな顔をする。


「人は傲慢さと無知により、違った人生の見方をする者を馬鹿にして非難しがちだ。だがな……男も女も、胸に抱いた夢を捨てて理想を口にしなくなったら、人生終わりだァッ!」


「ほ、ほんま、口が世界一達者なやっちゃ……呆れて過ぎてなんも言えへんけど……これだけは、言わなあかん……」


 メイがおもむろに、『すぅーっ』と大きく息を吸う。


「働けえええええええええええええええええええええええええええええええーっ!」


「うるさい! やめて、耳がつんざくから! つんざいちゃうから、耳がっ!」


 偉大なる魔王に、労働などといった奴隷がやるべきことをさせようとするなッ!


「働くもなにも、俺はお前のスナックで用心棒兼雇われ店長をしているだろうがッ!」

「あんなもん、ガキの使いや」


「何言ってんのさ、大人の仕事だよ」

「大人の仕事ねぇ~。やってることは、悪質な酔っ払い相手の喧嘩っちゅー、大人げないガキみたいやけどな」


 なぜか呆れ顔のメイに、鼻で笑われた。


「メイちゃん? 心の弱い奴ならば泣いているか、怒り狂っている台詞だよ?」


「それはそうと。フール、今朝の回覧板は見た?」


 俺の涙の訴えは、性悪ロリエルフに一蹴された。


「見てない」

「なんか、山で山菜狩りしてたおばあはんが、『魔獣』に襲われて食べられてまったんやてさ。こんなん大事件やで、大変なことや! むっちゃ、こわない?」


 魔獣――動物が『瘴気』に犯され、狂暴で凶悪な性質に変化したものの総称。


 魔獣は、そこらの動物と違って『人間を一切恐れない』。

 それどころか、『食糧として積極的に狙ってくる』くっそ迷惑な害獣だ。


「山菜を狩るつもりが、自分が狩られちまった――と。まぁ、山なんて行かねぇから、どーでもいいや」

「なんやねん、その態度はっ!? 人が死んでんねんぞっ!」


「知らん奴が死のうが生きようが、俺はそいつを知らんのだから、それは存在しないのと同じだ。存在を知らないものが生きようが死のうが、なんの感情も興味も持てん」

「はあ~? なんや、その台詞はっ!? お前は、なにをスカしとんねんっ!?」



 ドンドン。



 突然、店の入り口の扉が叩かれた。


「お客さんや。フール、ちょっと見て来てよ」

「ダルい面倒事を人にやらせようとするな。世界中のみんなに嫌われるぞ」


「別に、嫌われてもええよ。うちは、『うちのことが嫌いな人に好かれたい』なんて、けったいなことはこれっぽっちも思わへんもん」


 メイが唐突に、強い女さん仕草を見せつけてきた。


「若い女の万能感と傲慢さを清々しい台詞に置換するな」

「してへんわ、純真な乙女の素直な気持ちや。それにうちは、『うちを嫌うような人間として終わっとるドアホ』とは、最初っから付き合う気なんてあらへんわ」


「世間の目を気にするお年頃のくせに、我が道を爆走しやがって。客商売やってんなら、奥ゆかしい八方美人になっとけ」



 ドンドン!



「うるせーな。ドアを叩くんじゃねぇッ!」

「フール。あんたは『世間の目を気にする奥ゆかしい八方無職』なんやろ? メイちゃんの目を気にすんなら、はよ開けたってよ」


 メイめ……なんて、こまっしゃくれているんだ……!

 クソガキのくせに、この偉大なる魔王を顎で使おうとしやがって、許さんぞッ!


「断固として、ドアは開けんッ! 俺は、この場から一歩も動かあああああんッ!」

「行けやっ! なんの意地やねんっ!? しょーもないこと言わんで、開けろやっ!」



 ドンドン! ドンドン!



「なんやねん、むっちゃ叩きよるなぁっ! さっきの詐欺師ちゃうんか?」

「ぬぅわに~ッ!? 取るもん取れなくて家まで追ってきたのか、舐めやがってッ!」



 ドンドン! ドンドン!  ドンドン!



「うるせぇ! うちに来たって、なんもねぇぞッ!」


 思いっきりドアを開けて、とりあえず目の前にいた奴をぶっと飛ばすッ!


「ぐはああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」


 謎のジジイが絶叫を張り上げて、通りの向こうに吹っ飛んでいく。


「わぁっ!? お、おじいはんっ!? なにやってんのっ!?」


 どうやら、俺がぶっ飛ばしたのは、メイのジジイだったみたいだ。


 ハゲ頭に髭面、無駄に鋭い眼光と岩のような筋肉に包まれた巨躯は……確かに、メイのジジイこと、ヨーゼフのクソジジイだ。


「こ、こんガキャ~ッ! いきなり、なにしやがんじゃいッ!?」


「メイ。お前のしんどい親族が来たぞ。追っ払ってくれ」

「なんでやねんっ!? おじいはん、大丈夫? 怪我はない?」


 家の前で転がるジジイに、メイが慌てて駆け寄る。


「こんクソガキャ~……ごく潰しィッ! ほんま、いてまうぞッッッ!」

「おじいはん、落ち着いてぇな。うちの前をうろついとった詐欺師と勘違いしただけやねん」


「どんな勘違いじゃッ! こ~んな素敵で優しく頼りがいのある紳士が、ゲスな詐欺師のわけあるかい! こんぼけなすがああああああああああああああああッッッ!」


 そして、あろうことか店のなかに連れてきやがった。


「おい、ジジイ。店に入って来んな、加齢臭で臭くなるだろ」

「じゃかしゃあ、ごく潰しのヒモ野郎ッ! 無職のお前に、親切なわしが『仕事を持ってきてやった』んだぞッ! 歓迎しろッッ!」


「するか。仕事などいらん、さっさと帰れ」


 馬鹿じゃねぇの?


「フール! なんや、その態度はぁーっ!? ろくに働きもせず昼間っからぶらぶらしとる無職のあんたに、おじいはんが仕事を紹介してくれはってんのやでっ!?」


 無意味にキレ散らかすメイが、エルフ耳をピンと立てて威嚇してくる。


「ジジイの持ってくる仕事なんて、ろくなもんじゃねぇよ」


「そうでもないさ。フール君におあつらえ向きの、『とっても素晴らしい仕事』だよ。さぁさぁ、一緒に来てもらおうか?」


 ジジイが不躾に、俺の肩にゴツい手を回してくる。

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