第66話 世界の果てで、愛と人質と

「テメー! さっきからスカした顔して、わけわかん――」


「パパ!」


 豚オヤジがなんか言おうとするなり、先日助けてやったブ……美醜の多様性を体現するお嬢さんが現れた。


「エ、エリザベスちゃんっ!? なぜ、ここにッ!?」

「建物が爆発するすごい事故があったと思ったら、そこにパパが……って、フールさんっ!?」


 美醜の多様性を体現する娘さんこと、豚オヤジの愛娘『エリザベスちゃん』が、俺に気づく。


「やあ、この前の……エリザベスちゃん。奇遇だね」

「お、お前ッ!? どういうことやッ! なんで、うちの娘を知っとんねんッ!?」


 親し気な俺達を見た豚オヤジが、激しく戸惑いながら目を白黒させる。


「エリザベスちゃん、助けてくれ! 凶悪な面構えの異常中年男性にいじめられているんだっ!」


 脅しが効かないなら、別のやりかたで要求を飲ませればいいってワケ!

 親がダメなら、その子供を使うってコト!


「おまッ!? なーに、うちのエリザベスちゃんに気安く話しかけとんじゃあァッ!」

「パパ! やめて! フールさんは、私の『命の恩人』なのよっ!」

「はあ? どういうこっちゃっ!? エリザベスちゃん、パパに説明してや!」


 そんなわけで、エリザベスちゃんが豚オヤジに事の経緯を話してくれた。


 見た目は悪いが、性格は良い。

 そしてなにより、俺に優しい。

 素晴らしいことだ。他の何物にも代えられない美点だよ。


「エリザベスちゃんとは素敵な出会いをしたので、今後とも親交を深めるために文通を始めようと思う。お父さんに内緒でね」

「おい、聞こえとるぞッ!」

「あ、お父さん。いたんスか」


「じゃかしゃあ、誰がお父さんじゃあッ! こんぬぅを~、無職ごく潰しのヒモのゴミカスがァ~、うちのかわいいエリザベスちゃんをたぶらかしやがってェ……ぶっ殺したらァァァーッ!」


 豚オヤジが、かつてない勢いのキレかたで襲いかかって来るッ!


「パパ! やめてーっ!」

「どいて! エリザベスちゃん! そいつ殺せないッ!」

「殺しちゃダメええええええええええええええええええええええええええーっ!」


「ぽれを巡って争わないでぇぇぇーっ!」


「じゃかしゃあッ! お前だけは、ぶっ殺してやらんと気がすまんッ!」


 フン。この街の連中は、本当に茶番が好きなようだな。


「見てみろ、豚オヤジ。貴様の娘のエリザベスちゃんは、『聡明で、可憐で、優しい』。貴様にまったく似ず、とてもできた娘さんだ。素晴らしいよね、まさに世界の宝だよ」

「よくわかっとるやないかッ! お前みたいな汚らわしいもんが、気安く近寄っていい存在ちゃうねんぞッ!」


 今までにない怒気と殺気を発する豚オヤジが、凄みながら俺に詰め寄って来る。

 だから、そっと耳打ちしてやった。


「そんな子が死んでしまうのは、悲しいことだ。とてもとても悲しいことだよ……」

「貴ッ様ァァァッ! ブッ殺したらァァァーッ!」


 殴りかかってきた豚オヤジの拳を、ひょいと避けてやる。


「豚オヤジが、この街で成り上がりたい気持ちは、よ~くわかるよ。だけど、お前程度の存在が十三億も持っていたら、空き巣・泥棒・詐欺師・強盗等々ありとあらゆる犯罪者が、蜜に群がる虫のようにお前に寄って来るぞ?」

「知るかッ! 眉目秀麗・才色兼備なこのわしに勝てるやつなどおらんわッ!」


 自信満々だが、豚オヤジ自体には、なんの戦闘力もない。

 機械巨人がアンジェに壊されちまった今、脅威はなにもないのだ。


「悪い父親だ、自分のことしか考えていない。自分の娘は一般人だから危害が及ばない、とでも思い上がっているのかッ!」


 近場にいたエリザベスちゃんの体を引き寄せ、強く抱きしめる。


「フ、フールさん? な、ななな、何をっ!?」


 俺の腕のなかで、エリザベスちゃんが目を白黒させる。


「き、ききき、貴様ァーッ! わしのエリザベスちゃんに、なにしとんねんーッ!?」

「さっき言っただろ? エリザベスちゃんが死ぬのは悲しい――って」


 それと前後して、俺たちの背後の建物が崩壊した。

 ちょうど機械巨人がぶっ壊した場所――エリザベスちゃんが立っていたところだ。


「エリザベスちゃあああああああああんッ! 無事かあああああああああああッ!」

「パパ! 大丈夫よ、フールさんが助けてくれたから……っ!」


 俺は、俺を好いてくれる奴が好きだ。

 だから、赤の他人とはいえ、このぐらいの親切を施してやるもやぶさかではない。


「だいたいね。歓楽街の支配者に成り上がりたいのに、娼館に集める女がブスばっかりじゃどうしようもないんだよ」


「じゃかしゃあ! 金も学も親もなく娼婦をやるしか生きる道がないのに、ブスでどこでも雇ってもらえんかわいそーな娘たちが、貧困で自殺したり犯罪者にならんように居場所を与えてやってるんじゃあッ!」


 豚オヤジが、なぞの男気を発揮する。


「小悪党のくせに、なんとも言い難い慈善事業をするな。お前を悪人として殺すのが、ちょっと惜しくなるではないか」

「じゃかましや! お前みたいなもんに殺されてたまるか、こっちが殺すんじゃッ!」


 それはさておき。


 切迫していた空気が、バカの空気になり始めた。

 もはや流れは、『道化を演じる俺の支配下にある』と言ってもいいだろう。


「パパ! フールさんは、『私の命の恩人』よっ! ひどいことしないでっ!」

「エリザベスちゃん! なんで、こんなやつを庇うんじゃッ!?」

「フールさんが、二回も命を救ってくれた恩人だからよっ!」


 見える。見えるねぇ~……。

 偉大なる魔王様が、この身に降りかかる厄介事をすべてキレイに始末して、平穏なる隠居生活を手中にする晴れやかな姿が――。


「そうだよ、パパ。ぼくは、エリザベスちゃんの命の恩人なんだよ。パパ」

「誰が、パパじゃ! なんで、お前にパパ呼ばわりされなあかんねんッ! 殺すぞッ!」


 メイのジジイもそうだが、自分は上から目線で人をからかってくるくせに、自分がからかわれるとキレ散らかすのは、なんなのだ?

 この特徴を持つのは『総じてクソ野郎』だから、有害な人間の見極めに使える。

 みんなも使ってくれよなっ!


「パパ。貴方は人助けができる優しい紳士だ。だからこそ、愛しいエリザベスちゃんの『命を救ったお礼』を、この俺に必ずしてくれる……そうだろう?」


「この期におよんで、まーだわしを脅すとは……いい度胸やなァッ!」


「パパが、『悪ではあるが卑ではない』ことを信じているよ。でも、『俺は悪にも卑にもなれる』……あんたが、『極悪卑劣』な俺の平穏な隠居生活をぶち壊すなら――」


 今度は、ちゃんと脅そう。

 凡愚でも本能で理解できるぐらい……。


 ちゃんと殺意を込めて――。


「俺は、『あんたのすべてをぶち壊さなければいけない』んだ」

「カ……カハッ!」


 豚オヤジめ……俺の殺気に当てられて、呼吸ができなくなってやがる。


 歓楽街のボスだのなんだかんだ偉そうなことを言っても、しょせんは小物。

 俺が『面倒ごとを避けて隠居しているから、殺処分されなかっただけ』の、実にくだらない凡愚よ。


「悪人は、心が欠けているんだ。だから、きっと痛みも感じない。そんなお前に、同情はしないよ。お前が人生を懸けて、育て、培い、築き上げ、手に入れたすべてを一瞬にして壊してやる……お前の目の前で、お前の手が届くギリギリの場所で……」


 顔面を蒼白させる豚オヤジの全身から滝のような脂汗が流れ、手足がガクガクと震え出す。


「な……なんや、お前……ッ!? 外の世界で敗残して食い詰めてパンドラに逃げてきた……ただの負け犬魔族……じゃないのか……ッ!?」


「どうした? 背筋を伸ばしてしっかり立てよ、愛しい娘を守るんだろう? 誰かを守りたかったら、しっかりと自分の足で立って戦わなくっちゃあダメだよ」


「パパ! 大変、すごい顔色よ! どこか、悪いのっ!?」


 エリザベスちゃんは、優しい娘だ。

 かわいそうに、愚かな父親を持ったばかりに……。


「人の命とは、砂地に描かれた絵の如く、脆く儚いものなのだ。俺がさっと手を払えば、何もかもがなかったことになる――お前の命ですら。お前の娘の命ですら……」


 エリザベスちゃんに手を伸ばすなり、豚オヤジが震える手で俺の腕を掴んだ。


「でも、かわいい子だから、素敵な子だから……殺したくはない。だから、手足を折って、目と鼻と耳を潰して、一生ベットから起き上がれないようにしよう……手折られた花を愛でるように、俺のそばにずっと置いておくよ……」

「黙って……事務所に来い……ッ!」


 フン。勝負あったな。


「パパ! 『事務所に来い』では、何もわからない! 俺は、明確な答えが知りたい!」


 豚オヤジが弱気になったので、一気に詰める!


「じゃかしゃあ! わしは、お前のパパちゃうわッ!」


「質問に答えるんだ、パパ! そんなことは聞いていないッ! そうだよね、エリザベスちゃん!?」

「やめろッ! 娘を巻き込むなァァァーッ!」


 最後の詰めだ。

 ここまでやってダメなら……。


「娘の前でしばき倒して、強制的にメイの借金をチャラにしたっていいんだ。それでもダメなら……」


 なぜ決着を急ぐかといえば――。


 もう帰りたくなってきたからだ。

 こんな茶番などに興じず、さっさと家に帰りたい。疲れた。


「わ……わかったッ! もうやめろ、わかったからッ!」

「なにがだい? なにが、わかったんだい? パパ?」


 豚オヤジが苦々しい顔で絞り出すように声を出した。


「メイの借金関係の書類は、お前に『全部くれてやる』ッ! それでなんもかんもチャラや! わしとお前の関係は、『これでおしまい』や! もう二度と、わしら親子に関わるなッ! 娘にちょっかい出したら、世界の果てまで追いかけていってぶっ殺してやるッ!」


 いいね。

 よかった、よかった。手間が省けた。


 交渉事はお話するだけで、まとめなくっちゃね。

 穏やかで平和な隠居生活に、血なまぐさい争いは不要だもの。


「あんたが、物わかりのいいパパでよかった。だから、ひとついいことを教えてやるよ」

「なんじゃいッ!?」


「世界の果てはここだよ。ここは世界の果ての街パンドラだ」

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