第65話 人生、臆せず前のめり!

「パンドラ騎士団が、この勇者アンジェリカを引き取ったんや。これがどんな『意味』を持つか、マフィアのアンタでもパンドラ人だったらわかるやろっ!」


 俺が面倒くさがっていると、メイが脇から口をはさんできた。


「パンドラ騎士団……まさかっ!? 魔女たちが、アンジェリカちゃんを匿うと決めたってことかッ!」


「そーみたいよ。『この国の支配者』が、そう決めたんだ。もうお前ごとき小悪党が、どうこうできる話じゃないってワケ」


 俺が念押し気味に言うなり、豚オヤジが疑わし気な目つきでアンジェを睨み付けた。


「おいおい……おっぱいと食い意地しか取柄のなさそうなアホ娘に、十三億以上の価値があるってのかよ……?」


 モノの価値っつーのは、見えるやつと見えないやつで随分と違ってくる。

 この豚オヤジは、勇者様の価値が『見えない』ようだ。


 所詮は、まがい物よ。

 こいつらが、本質を理解することなどあり得ないのだ。


「島の外の連中なら、煮るなり焼くなり刺身にするなり、ご自由に」

「せやけど、『島の人間』を外の連中に売り渡すことは、絶対にやっちゃあかん! この元勇者アンジェリカは、パンドラ騎士団とうちが引き取ったから、もう『島の人間』やっ! せやから、この子にもパンドラの掟が適応されるっ!」


 パンドラ人同士ならなにをやってもいいが、絶対に外の世界からは身内を護る――。


 犯罪上等の無法地帯パンドラにおいて、数少ない秩序だった掟の一つだ。


「んなこと知るかァッ! 面子の問題じゃあああッ! 泣く子も黙る歓楽街のドンであるブッチャー様が、無職と小娘になめられてたまるかよォォォーッ!」


 世の中には、『存在するだけで周りをウンザリさせる人間』っていうのがいるのだ。

 そいつらがいなくなるだけで、世界は今よりも、明るく楽しく平和になるはずさ。


「とりあえず、死んどけやァァァーッ!」


 豚オヤジが合図すると、機械巨人が鋼鉄の拳を振り上げたッ!


「ギガガガガ!」



 それから……思いっきり、乱暴に振り下ろすッ!


「だりゃあああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

「ギガガガガ!」


 狙いは、アンジェだ!


「とりあえずで……」


 しかし、アンジェは臆せず前に出ると……


「死ねるかーっ!」


 機械巨人の鋼鉄の拳に、己の拳をぶつけて応戦したァーッ!


『ゴッシャ! バキッ!』と、なんともいえない重い破砕音が轟き、機械巨人の鋼鉄の拳がひしゃげてぶっ壊れるッ!


「トドメだああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 勢いそのまま、アンジェは機械巨人のどてっぱらに拳を叩き込んだッ!


「ギガガガガ……ガピッ!」


 大砲の弾がぶち込まれたみたいなヤバい音とともに、機械巨人が吹っ飛ぶッ!


「な、なにィィィーッ!? す、素手でゴーレムを破壊しおったやとォォォーッ!?」


 マジかよッ!?

 剣や斧、金槌や弓矢はもちろんのこと、拳銃や機関銃による銃弾の連射にも耐え、大砲の直撃を受けても動き続けるのが、機械巨人だぞッ!


「な、なんて奴だ……! 完全に常識が通用しない、頭と体がどうかしているッ!」


 だが、いいぞ!


「はわわ……とんでもないやっちゃで……バケモンやないかッ!」


 豚オヤジは、完全にアンジェにビビっている。

 詰めるなら、今だ!


「この娘は、勇者だのなんだの言われちゃいるが、実質は『魔族を壊して殺し尽くした殺戮者』なんだ。冷酷で凶暴な怪物だよ……あんたみたいな小悪党じゃ、どう頑張っても手に負えない」


「ひ、ひぇッ! そんなヤバいやつなら、先に言えやーッ!」


 アンジェがいかにヤバい奴かを教えた後、さらに脅しをかける。


「エドムからアイツを追ってきた刺客の連中が、『どんな殺されかた』をしたか見せてやりたいぜ。殺戮と破壊が日常でいらっしゃる勇者様の殺し方ってやつをな……!」


「お……脅しかよ?」

「口説き文句に聞こえるのか? しっかりしろ、とぼけてると死ぬぞ」


 強がってんのか、自分の置かれている状況もわかってねぇのか……豚オヤジがしょーもないことを強気な顔でほざく。


「おめーらマフィアがカスのくせに偉そうにできるのは、『世間体と法律を気にする一般人が使えない暴力』を気軽に使えるからだ。んで、奇遇なことに、ここにいる元勇者様は『無職みてーなもん』だから、世間体も法律もあんまかんけーない」


「だから、なんじゃいッ!?」

「だから、『暴力を気軽に使える』……しかも、お前より強く荒々しく凶暴になッ!」


 脅しをかけるなり、豚オヤジが無駄にイキってきた。


「ハッ! わしを脅したところで、アンジェちゃんの懸賞金の回収は諦めても、借金はなくならねぇぞッ!」

「『借金』? 何の話だよ?」


 金はねぇが、かといって、借金もねぇぞ?


「とぼけんなッ! お前の『かわいいメイちゃんの借金』の話だよッ!」

「なんでねん!? 借金のカタに娼館で働いたやろ! とっくの昔に借金はチャラや!」


「働いてねェッ! 一瞬滞在して、娼館ぶっ壊しただけだろうがァッ! 何度言わせんねんッ!? つか、十日に一割で利子は膨らみ続けてんだよォーッ!」

「トイチは違法金利やんけっ! そんなもん知らんわっ!」


 やれやれ……メイは、まだ借金まみれなのか……。


「マフィアに金借りて、違法だのなんだの言ってんじゃねェッ! 借りたものはキッチリ返してもらうぞッ!」

「うちの借金ちゃうし、そもそも闇金のトイチなんて金利は違法やっ! もっと言えば、借金のカタに娼婦したんやから、もうチャラやっ!」


「じゃかましゃあーッ! 謎理論かまして借金踏み倒そうとしても、わしには通用せんぞォーッ! わしを黙らせたかったら、現金をここにもってこんかいッ!」


 バカが搾取されるのはどーでもいいが、悪人が富めるのはムカつく。

 それに、居候先が借金まみれというのは、俺の平穏なる隠居生活の妨げになる。


「いい加減黙っとけ、豚オヤジ……お前が選べる未来は、勇者様を殺して生を掴むか、メイの借用書を渡して生を掴むかだけだ」


 なので、早急に問題解決に向けて行動する!


「死にたくなけりゃ、『メイの借用書を俺にくれ』よ? そしたら、元勇者様にもとりなしてやる。金で命が買えるんだ、悪くない取引だろ?」

「そりゃ~、冗談きついねえ~。無職の冗談は、まったく面白くねぇや」


 とぼける豚オヤジの顔を、じっと見つめてやる。

 こっちが真剣だと言うことをわからせるように。


「断るのか? はした金を両手いっぱいに抱いて、地獄に落ちるのかい?」

「はした金かどうかは、こっちが決めることや」

「……なるほど。確かに、そうだ」


 フン。芯が強いつーか、意固地つーか、話を聞かねぇつーか……とにかく、有害なまでに面倒なやつだ。

 こんなやつは、さっさと殺処分しちまえば、話が早いのだが……。


「機械巨人は、壊してやったぞっ! 次は、お前を成敗してやってもいいんだぞっ!?」

「アンジェ。お前は、静かにしとけ」


 アンジェのバカみたいに、悪目立ちしたくはねぇな。

 それに、今の不快感を解消するために、スッキリ感を求めて豚オヤジを殺してしまうと、借金関係の問題がややこしくなりそうだ……。


 つうか、ただでさえメイのジジイに目をつけられてんのに、さらに憲兵やら魔女やらに追加で目をつけられるのは……絶対に嫌だッ!


「フ、フール……」


 後ろでメイが不安そうな顔をしているが、無視する。

 なぜならば、『助けて』と言われていないからだ。


「フール……うちを『助けて』……?」


 …………。


「聞こえてんのかっ!?  今こそ、契約を果たす時やぞっ! 働けえええーっ!」

「やめてぇっ! 大きい声出さないで! びっくりしちゃうからっ!」


 なんてやつだッ!

 しおらしくしていたと思った次の瞬間、脅迫と恫喝をしてきやがったッ!


「なんでこんなことに……ぽれはただ、一人で静かに散歩したかっただけなのに……」


 結局、受け身な姿勢で望みを叶えようとしても無理なのだ。

 いつだって、夢を手にするためには、臆せず前のめりで挑まなければならない。

 平穏なる隠居生活は待ってても、歩いて来ない!


 だったら、飛びついてこの手で掴み取るってばよッ!


「さて、話は変わるが……豚オヤジを殺すのは、俺にとって蚊を殺すのとまったく違いがない」

「脅しか? そんなもん効くかよ、無職にビビるマフィアがいてたまるかッ!」


 ……やはり、無職の肩書はよくないな。

 人を見る目がないバカに、露骨に舐められて侮辱されてしまう。

 冒険者ギルドにでも所属して、見栄えが良くてハッタリが効く適当な肩書でもつけたほうがいいかもしれんな。


「マフィアは悪人だが、闇金として働いている。なのに、フールと来たら……」

「ほんまや! ここでメイちゃんを助けんと、お前は金貸しの悪党以下の極悪無職やぞっ!」


 ……いや、ダメだ。

 口の悪い小娘どもおよび世間に負けてはいけない!

 無職のまま勝利を手にするッ!


「つれないこと言うなよ? 俺は無職で金を持ってないが、その代わりに愛と勇気を両手いっぱいに持っているんだ。だから、かわいい女の子を泣かしたくない、わかるだろ?」

「メイのことか? いい気なもんだな、色男がよォッ!」


「いやいや、冗談。泣かせたって泣かないじゃじゃ馬なんて、どーだっていい」

「なんやてっ!? どーでもいいって、どーいうことやっ!」


 メイが後ろでなんかキャンキャン騒いでいるが、当然無視する。


「意味わかんねぇ無職だ。メイじゃないなら、誰のこと言ってんだよ……?」

「わからないのか?」


 絶対に勝てる相手以外とは、絶対に勝負をしない――。

 暴力を用いて仕事している連中の本能的な仕草だ。

 身の危険が常につきまとう職場環境で身に沁みついた護身術なのだろう。


「豚オヤジがのろりくらりと逃げるのならば、逃げられないように首根っこを捕まえてやればいい」


 それだけのことよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る