第63話 楽しい夜のデート 

「おい、メイ。店の仕込みがあるのに、なんでついて来たんだよ?」


「おまはんら『世間にまぎれる社会不適合者二人』が、無駄な喧嘩とか犯罪とかせんように監視しとるんや。監督義務者の責任ちゅーやつやな」


 俺の隣をとことこ歩くメイが、大人ぶった顔をする。


「フールは住所不定無職だから、監視が必要なのだなっ!」

「アンジェ! 住所不定無職は、おめーもだろっ!」

「なにをぅっ!?」


 ったく、マジでふざけ倒した小娘だ!

 俺の隠居生活に無断で転がり込んできたくせに、今や完全に馴染んでやがる。


「わあああーっ! 夜なのに、街に人がいっぱいだあーっ!」


「週末やからな。市場も遅くまでやっとって露店やら屋台を出したりするから、人がわらわら集まってくるんや」

「いつもは見ないお店がいっぱいあるのだっ! 食べ物屋さんがたくさんだーっ!」


 厚かましいだけの無礼者の癖に、かわいげにはしゃぎやがって。

 それもまた、ムカつくわ~。


「よかったなぁ、アンジェ。いろんなものが並んどって、にぎやかで面白いやろ?」

「わあっ、お肉の串焼きの屋台だっ! フール、おごってくれっ!」


 満面の笑みで自分が主役だと言わんばかりのはしゃぎよう!

 そのうえ、おごりの催促とは、なんて厚かましい奴なのだッ!


「フール、屋台だっ! 肉の串焼きが売っている屋台だっ! おごってくれっ!」

「うるせェッ! 肉ではしゃぐなッ!」


「おい、見るのだっ! 肉なら何でも串に刺して焼いているぞっ! 鶏、羊、牛、豚、魚、貝……グリフォン、ドラゴン、クラーケン!? うわぁっ、すごい屋台だっ!」

「げぇーっ! 問答無用の無差別級串焼き屋じゃねぇか……ッ!」


 イカれた串焼きの屋台を見つけたアンジェが、子供みたいに無邪気な顔で走り出す。


「アンジェは腹減らすと、なにするかわからん。フール、追っかけてやっ!」

「ちょっ、待てよっ!」


 バカが出店を襲撃しないように、慌てて後を追う。


「おいしかったのだーっ!」

「食い終わってんじゃねェッ!」


 先走るアンジェに追いた時には、既に奴は食い終わっていた!?


「お前、好き勝手に喰い散らかしているようだが……俺は『金持ってない』ぞ」

「はあああ~っ!? では、この串焼き百本の料金は、誰が払うのだぁぁぁーっ!?」


 百っ!? あの一瞬で!? 正気かよッ!


「自分で払えッ! このバカたれがッ!」

「無理だ! 私は、お金を持っていないっ!」

「なんでだよ!? ホステスとして働いてんだろッ!」


 つか、なんで胸張って得意げなんだよっ!?


「アンジェはお給料をやった瞬間、買い食いに全部使ってまうから、財布はうちが預かって小遣い制にしとるんや」

 などと呆れ顔で言うメイが、バカが喰い散らかした串焼きの料金を払った。


「メイ! 甘やかすなっ!」

「メイ殿っ! あの『りんご飴』なるものが食べたいのだっ!」


 メイに甘やかされるなり、秒でつけあがるアンジェだった。


「あかんよ、今食べたばかりやろ? 夕飯食べれなくなるで」

「ええ~っ! 買い食いしても足らないから、夕飯はちゃんと食べられるのだっ! 私は生まれてこのかた魔族と戦ってばかりいたから、りんご飴なんて食べたことがないのだっ! せめて一回ぐらい食べてみたいのだぁぁぁ~っ!」


 アンジェがメイに泣きつく。言い訳がましいのがムカつくわ~。


「しょうのないやっちゃなぁ……まあ、りんご飴ぐらいならええか。うちとフールの分も買ってきてや」

「わああああああああああああああああああああああああああああああああいっ!」


「ほんま、けったいな子やなぁ。図体だけデカくて、中身はちっちゃい子供やで」


 なんだこいつら……完全にバカな子供と、それに苦労している親ではないか。

 一応は世界を救った勇者にして魔族を殺しまくった稀代の殺戮者が、この情けない姿……。

 しかも、親のほうが一回りも年下の小娘、という間抜けっぷりに目眩がしそうだ。


「わあっ! りんごが飴に包まれている!? どうやって食べればいいのだ?」

「そのまま、飴ごとかじって食べたらええんよ。おうちに持って帰って包丁で切り分けてもええけどね」

「つか、散歩に出る前にりんご食ってたじゃねぇか。どんだけ、りんご食うんだよ」


「それにしても、この街の夜は明るいな。夜とは、もっと暗くて怖いものだろう?」


 飴をバリバリいわせながらりんご飴を食ってるアンジェが、不意に夜空を見上げた。


「パンドラでは、魔法の力で動く『魔導機械』を使って『電気』を用いているのだ」

「電気? 雷のことか?」


 人が使いこなせる雷を電気というのならば、そうなのだろうな。


「そうだ。文明の力である魔導機械を用いて電気を生み出し、それを灯りに変換して、この街の闇を『人の力で生み出した光』で照らしているのだ」

「すごいのだ……いや、電気とはなんなのだ? あの街灯の光が、電気なのか? 雷には見えないのだが?」


 はあ? こいつは、電気を知らないのか?


 ……いや、この時代は、パンドラだけが『特異な発展を遂げている』のだったな。

 一般的な凡愚どもは灯りといえば――たき火、蝋燭、油ランプなどの『火』しか知らない……。


「電気というのは、人の手で作られた雷みてーなもんだ。魔女どもの魔力が魔導機械を動かし、そこで生み出された力を『電気』と名付け、魔法の使えない凡夫どもが利用する。これにより、凡夫どもは『魔法の力を使わずに、魔法のような力を使えるようになった』。人の力である電気で灯りを点し、夜の闇を支配したのだ」


「わあっ!? 電気、すごいなっ! 私も電気を使いたいのだっ!」


 俺の話を最後まで聞いた勇者が、子供のように目を輝かせる。


「フールは大げさにええかっこしい感じで言っとるけど、悪いことも多いで。最近は、魔導機械より安価な『蒸気機関』が街のいたるところに設置されたおかげで、街中が焦げ臭い煤と煙だらけやけどなぁ」


 通りに立ち並ぶ屋台で、料理やら照明に使っている小型の蒸気機関の装置が、もくもくと黒い煙を吐いている。


「ごほっ、ごほっ! 近くで、生木を燃やしとるドアホがおるで……っ!」


 蒸気機関の排気の煙を吸ったメイが、小さくごほんと咳き込む。

 すると、入れ違いみたいな感じで、ぴゅーっと突風が吹いた。


「むっ! 急に強い風が吹いたのだっ!」

「山からの吹きおろしや。これが、街に立ち込める蒸気機関から吐き出される煙を定期的に吹き飛ばしてくれるんや」


 突風が吹き終わると、街を灰色に覆っていた煙が見事に一掃された。


「わあっ! いい月夜なのだっ!」


 そして、綺麗に澄み渡った夜空に、電気なんかよりも遥かに明るい月が姿を現す。


「食欲にのみ支配された小娘のくせに、風情を理解できる感性があったのか……ッ!?」


「やっと見つけたぞ、フール! メイ! そして、元勇者にして十三億の指名手配犯アンジェリカちゃんッ!」


 などとやっていると突然、新手のバカが襲いかかってきた!?


「誰だッ!?」


「わしや……歓楽街を仕切るブッチャーファミリーのイケてる親分さんじゃあッ!」


 毎度おなじみの迷惑野郎――豚オヤジだ。


 俺の素晴らしい隠居生活に、蒸気機関の排煙よりもどんよりと暗い暗雲を立ち込めさせる原因を作った有害なゴミだ。

 こいつがいなければ、俺が勇者に絡まれることもなかったのだッ!


「豚オヤジ……貴様の顔を見るだけで殺意が湧くぞ」

「それは、こっちの台詞じゃあッ! いちびってんとちゃうぞ、ボケナスがァッ!」


 豚オヤジが脂ぎった面を紅潮させ、甲高いダミ声で吠える。

 登場するなり、大声で騒ぎ散らしやがって……どーいうつもりだ?


「そこの豚オヤジ! うちは借金払い終わったのに、まーだ絡んでくるんかぁーっ!」


「終わっとらんわっ! なにを勝手に終わりにしとんじゃいッ!」


 ああ……メイまで大声で騒ぎだしてしまった……。

 俺はただ、一人静かに散歩したかったのに、なにもかもが台無しだ……。

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