第60話 夜のデート

「おい、フール! ヨーゼフ殿の計らいで、一命をとりとめたぞ! 指名手配もされなくなったっ! 私は自由の身だあああああああああああああああああああっ!」


「そう……」

「なんだ、その他人事感満載の態度はっ!?」


 勇者アンジェリカ改め、バカ娘アンジェの話によれば――。


 メイのジジイの根回しで、『勇者アンジェリカは、パンドラ国への不法入国の咎にて死罪に処された』――ということになったらしい。


 つっても、俺の予想通り……死罪という名の『偽装死』のようだがな。


 啓明教会の指名手配の内容は、『勇者の身柄の確保および引き渡し。生死問わず』だ。  

 だからジジイは、勇者アンジェリカに似た背格好の若い女の死体に、さらに勇者アンジェリカに似せた死に化粧をして、啓明教会に引き渡したとか……。


 全世界の冒険者ギルドを支配する啓明教会相手に、完全なる騙しでハッタリをかますとは、大胆不敵だな。

 こいつはまさに、奇妙奇天烈で一筋縄ではいかない『世界の果ての蛮族』パンドラ人の面目躍如ってところかね。


「おい、フールっ! なぜ、私のことに無関心なのだっ!?」

「うるせぇ! 庭で夜風に当たって涼んでいるのだ、邪魔をするな!」

「夜風に当たって涼むなっ! 他にもっと言うことがあるだろーっ!」


 元勇者にして現ぽんこつホステス・アンジェ――人のまどろみを邪魔しくさる最悪の有害迷惑娘だッ!


「アンジェちゃん、助かってよかったねっ! 君が無事で、僕もうれしいよっ!」


 ムカつくが、相手してやる。

 なにせ、この手の手合いは相手してやらねぇと延々と付き纏ってくるからな……。


「うむ! だが、本当にこれで大丈夫なのだろうか……? 誰かに裏切られるかもしれない……こわいのだ……」


「怖がってる暇があるなら、裏切られたと同時に即座にやり返せるように準備しておけ」

「そんな物騒なことより、安心させるようなことを言ってほしいのだっ!」


 かつてのトラウマがあるせいか、アンジェが無駄な警戒心と気弱さを発揮する。


「安心させてくれっ! 頼むっ! 先輩だろっ!」


 つか、なんやねん……この妙に距離が近い、友達みたいな空気感は?


「……パンドラの冒険者ギルドは、この島の支配者の『魔女』どもに忠誠を誓っているから、啓明教会の言うことなんて聞かないし、他国を利用することはあっても利用されることはない。パンドラ人どもがお前を裏切る要素は、あんまねぇよ」


「『あんまねぇ』ってなんだっ!? あるのか、ないのかを、はっきりしてくれっ!」

「ない」


「ない? ほんとか? つまり……『私は助かった、と考えていいのか』……?」


 心配性かよ。しつこいやつやなぁ。


「いいんじゃね?」

「おいっ! はっきりしてくれ、と言っているだろ! 不安になるだろうがーっ!」


 いずれにせよ……。


 俺の運命をかき乱す存在だった勇者は『餌付けして懐かせた』ことで無害化され、今や『妙に気安いぽんこつ娘』になった。


 これにより、勇者アンジェリカが『破滅の流れ』を生み出す危険はなくなった。

 心配の種を滅した今、本来の隠居生活を悠々と楽しむだけよ。


「お前のことなど知るか。俺は平穏なる隠居生活が送れれば、それでいいのだ」

「ふざけるなっ! 命を懸けてともに戦った仲間に裏切られて行く場所を失い、世界の果ての小さなスナックで働く者同士――お前も私も、『運命共同体』なんだぞっ!」


 なんでだよ?


「そんなわけあるか。意味のわからんことを熱く語るな」

「なにぃっ!? つれないことを言うな! 私たちは、もう『友達』だろうがーっ!?」


 ……え? やだ。

 こいつ、マジで俺のことを友達だと思ってる……ってコト!?


「と、友達? 友達だよな……? ねぇっ! 友達だよねぇっ!? なんで、無視するのだぁーっ!?」


 距離の詰め方が強引および異常すぎて、恐怖を感じざるを得ないのだが……ッ!?


「フール……お前は、不安で仕方がない私を無視して喜ぶような嫌な性格だから、配下みんなに嫌われて裏切られたのだっ!」

「黙れ。俺を嫌っていたのは、不死王だけだ。それに、やつの裏切り行為と、俺の性格は関係ない。さらに厳密に言えば、不死王は配下ではない」


「なに? そうなのか?」

「騙し合いを承知で、一時的に利用し合っていただけだ。だから、お前に負けた俺は利用価値がないと踏んで、裏切って来たのだろう」


 けっ。狂気に蝕まれたやつなど、側に置くべきではなかった。

 それに、結局は……不死王のバカが裏切ったのも、こいつのせいじゃねぇかッ!


「復讐はしないのか?」

「しない」


「なんでだ?」

「なぜならば、『くっそめんどい』からだ」


「めんどいって……魔王が舐められっぱなしでいいのか? ちゃんとしろっ!」


 ……こいつは、どこ目線やねん。


「俺は、戦乱も混沌も破滅も望んでないんだよ。世界の支配と秩序の維持も、お前に殺される前は本気だったが……今は、もうどうでもいい」


「むっすーっ! まるで私が悪いみたいな言い方はやめろーっ!」


「みたいじゃなくて、お前が悪いんだよ! 他の魔族と同じように、ちゃんと不死王も滅殺しておけ! このバカたれがッ!」


 だが、もうどうでもいい。

 なぜなら、俺は平穏なる隠居生活を望んでいるからだ……。


「なんだ? その何か言いたそうな顔は?」

「……不死王を止めろ。『元魔王』だろ」


 不満げに睨んで来るアンジェが、ブーたれるようにぽつりと漏らす。


「それは、『元勇者』であるお前の仕事だ。俺がいなくなった世界で好き勝手しだした不死王の討伐を成し遂げれば、お前もまた勇者に戻れるだろうよ」

「戻れるかなぁ~……? 今の私は、死んだことになっているのだぞ……?」


 などと、とぼけた顔で不安を漏らすアンジェだった。


「長年に渡って達成ができなかったがゆえに、諦めとともに形骸化し、それにより思い付きだけの恒例行事と化していた人間どもの『魔王打ち壊し一揆』を、お前は見事に成功させたのだ。なんとでもなるだろうよ」


「ん? けいがいか? こうれいぎょうじ? ふざけるな、ちゃんとした戦争だ!」

「というか、お前はとぼけたことを言っている暇があったら、自分のことを心配しろ」


 アンジェめ……こいつ、マジでなんも知らんのな。

 まさか、実戦以外は『名ばかり勇者』だったんじゃねぇのか……?


「心配? なにをだ?」


「どんだけバカなんだよ。お前は死んだことに一応はなっているが、『いまだに、莫大な懸賞金がかけられている』んだぞ」

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