第59話 なんだかんだで、世は事もなし

「わはは! 愉快、愉快!」


「ゴラァーッ! ごく潰しいィィィーッ! 今日という今日は許さんッッッ! ぶっ殺してやるゥゥゥーッ!」

「この俺に触るな、不潔な浮気ジジイがッ! 穢れるだろうがああああああーッ!」


 いきなり掴みかかってきたジジイを、速やかに蹴り飛ばす!


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 それはさておき。


「とりま、勇者の話もまとまったみてーだし、ジジイからもらった『口止め料』で、お嬢ちゃんたちになんかおごってやるよ」


「「口止め料っ!?」」


「嘘じゃあああッ! メイ、プリシラ! こいつは、わしら仲良し家族の仲を引き裂くために邪知暴虐を働いておるのじゃあああああああああああああああああーッ!」


 女遊びがバレたジジイが、発狂して暴れまわる。

 とんでもない老害だ……! これ以上、こいつに関わってはいけない!


「魔王……私の命の恩人であるヨーゼフ殿とメイ殿の家族の仲を引き裂くなど、どういうつもりだ……?」


 ジジイとメイに随分懐いた様子の勇者が、殺気を発しながら睨み付けてくる。

 楽しくふざけてただけなのに、空気を読めないやつのせいで嫌な流れになっちまった……。


「なんで、そんな怖い顔してんの?」

「お前が、悪事を働いているからだ……!」


 面倒ごとになる前に、早急に手を打たなければ……!


「そんなことより、元勇者様! 貴方様の処遇が決まったお祝いをしてやるよ!」

「話を逸らすな!」


「なんでも好きなもの食っていいぞ、おかわりも自由だよ! お肉もお菓子もケーキをいっぱい食べようっ! ジュースもいっぱい飲もうじゃないかっ!」


 反抗期になった勇者が攻撃してくる前に、餌付けしておく。

 魔王様は、躾上手なのだ。


「はうあ! 優しいし、気前がいいっ! お肉もお菓子もケーキもジュースもおごってくれる気前のいい男が、嘘をついてまでメイ殿たちの家族を引き裂こうとするなどとはまったく思えないっ!」


「なんでじゃあ!? この一瞬で、君に何があったんじゃッ!? なぜ、心変わりをッ!?」


「ご飯のみならず、お肉にお菓子にケーキ、ジュースまで、おごってくれるからだっ!」


 はい、餌付け完了。

 敵ですら懐かせちゃうのが、偉大なる魔王様のカリスマってワケ。


「はうあ! フールの気前がいい時は、あぶく銭を手に入れたとき……っ! つまり、おじいはんから口止め料をもらったってのは……『ほんまの話』やっ!」

「メイちゃん! マジじゃないってッ! おじいちゃんを信じてェェェーッ!」


 悪党ってのは、なぜか知らんが、『血の繋がり』に異常に執着する傾向がある。

 自分の下卑た性欲に従って本能の赴くままに破廉恥行為を働きながら、孫にだけはいい顔をしたいという『本当のスケベ心』を抑えきれない……まさに、老害よ。


 それはそれとして。


「なんか盛り上がってる家族会議に他人がいても邪魔だろうし、俺は帰るわ」


「こら、フール! お待ちっ! ごちそうさまは、どうしたんや?」


 帰ろうとするなり、メイがしょうもないことを言ってきた。


「ここにある料理は、『俺の労働を搾取したお前が得た金』から出されているのだ。馳走になどなっていない」


「はあああーっ!? なーにが、労働を搾取じゃっ! 誰に、『衣食住の面倒見てもらってる』と思っとるんじゃい!? そもそもお前は、『まともに働いとらん』やろがーっ!」


 けっ。メイめ、すぐに怒鳴り散らしやがる……。


「だいたいやなぁ! 『こんにちわ、さようなら、ありがとう、ごめんなさい』は、人生の基本や。そういうことをないがしろにしたら、あきまへんでっ!」

「『ごちそうさま』は、入っていないじゃないか?」


「じゃかましい、揚げ足とるな、ぼけっ! 腹立つなぁ~……こいつは、ほんま『餌付けしても全然懐かん』のは、どーいうことやねん……っ!?」


 フン。偉大なる魔王が、小娘に餌付けされて懐くなどあり得んわ。


「メイ殿。『おやすみなさい』は、ないのか?」

「勇者たま? そんなセリフを言いたきゃ、死ぬときに言いなはれや」

「やめーや! 二人して話を逸らすなっ!」


 ガキの癇癪には付き合いきれん。帰る。


「おい、魔王! どこへ行くのだ!? メイ殿の話を聞くのだーっ!」


 勇者……こいつ、いつまで俺のことを『魔王、魔王』って言うつもりだよ……?

 ここら辺でしっかりと正しておかないと……後々、きっと面倒なことになるな。


 メイたちに俺の正体を悟られないように、バカ勇者を教育しなければッ!


「俺は魔族だが、偉大なる魔王様なんかじゃねぇよ。俺は、『何者でもないただのフール』だ。お前は、強くてかっこいい魔族ならみ~んな、魔王様に見えるのか?」

「むっ! どういうことだっ!? お前は魔王じゃなくて、ただの無職だったのかっ!」


 バカかよ。舐めやがって。


「お前が『勇者でも何でもない、ただのアンジェ』であるように。俺も『ただのフール』なんだよ。わかったら、これからは俺のことをちゃんと『名前』で呼べ。俺は『魔王じゃねぇ、フール』だ!」


 これで、俺たちの話を聞いているメイたちも、俺が『偉大なる魔王様ではない』と理解するだろう。

 疑う余地など微塵も生じさせない素晴らしい思考誘導だ!


「こんな働きもせんと雇い主に暴言を吐くごく潰しが、魔王のわけあるかいなっ!」

「こ~んな死んだ目をした無職のヒモが~、こわ~い魔王のはずないわよ~」

「がはは! このごく潰しが、魔王? アンジェ君、面白い冗談を言うじゃないかッ!」


 バカたれクソ一家が……ッ!

 貴様らがバカにする死んだ目をした無職のごく潰しが、魔王様だってんだよッ!


「メイ一族の言う通りだ。この俺が魔王じゃないことは、『魔王を退治したお前』が、一番よく知っているだろうがッ!」


 でも、言わんがなッ! 面倒事になりたくないからッ!

 この俺が隠居生活をしていて、本っ当に命拾いしたなッ!

 偉大なる魔王様の慈悲深さと慎重さに感謝しろッ!


「……そうだな。『お前のように死んだ目をした無職のごく潰しが、魔王カルナインのわけがなかった』な。すまない、勇者の時の癖でついうっかり」


 死ね! ついうっかりじゃねぇんだよッ!


 ……だが、まあいい。


「お前じゃねぇ。『フール』だ」

「……フール?」


 勇者のバカ娘にも、俺が言いたいことは伝わったようだからな。


「そうだ、俺は『フール』だ。今後は、そう呼べ。二度と『魔王』って言うなよ」


「じゃあ! 私のことも名前で『アンジェ』と呼ぶんだぞっ!」


 勇者が、急に子供みたいな無邪気な笑顔になった。

 こいつ、やっぱり……俺のことを友達かなんかだと勘違いしてるだろ。


「それより、『フール』。どこへ行くのだ?」

「お家に帰るんだよ、『アンジェ』ちゃん」


「おごりの話は、どうなったのだっ!?」

「気が向いたら、おごってやるよ」


 これにて、勇者関係のごたごたは、ひと段落だ。


「なにぃーっ!? 気が向いたらってなんだ、今おごれーっ!」


 世はこともなしってね。

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