第58話 偽装死と浮気の言葉

「なんでだっ!? 今の話からなんで、死に繋がるのだっ!?」


 言外の意味も行間も読めない愚かな勇者がキレてきた。


「なんてバカなやつなのだ……もういい、知らん」


 バカの相手はしたくない、帰ろう。

 そもそも、敵であるこいつに便宜を図ってやる必要などないのだ。


「その『死んどけ』ってのは、さっきフールが言っとったわかりづらすぎる話から察するに……アンジェに『偽装死』みたいなことをさせるって話なん?」


「メイちゃん、『部外者』の俺に聞かないでくれ。俺は手持ちの情報とジジイの話から、推理しただけだ。ただの探偵ごっこだよ。俺の推理が大外れで、ジジイが普通に死罪にするのなら話は別さ」


「どうなの……おじいはん?」


 心配そうな顔のメイに尋ねられたジジイが、無駄に間を溜める。


「……うむ。結論から言えば……パンドラは、そこにいる『勇者アンジェリカを条件付きで匿う』ことにした……」


「本人の承諾もなしにか?」

「それを今、確認しに来たのだッ! 黙っていろ、ごく潰しがァッ!」


 けっ。イキりジジイが。


「勇者アンジェリカ……世界最強にして最凶の魔族『魔王カルナイン』を討伐した人類の英雄――民の誰よりも強く、誰よりも民に愛された……まさに、神に選ばれし存在だ……」


 また、ジジイが無駄に間を溜める。


「その一方……人類が誰も成し遂げられなかった『魔王の討伐』という偉業を果たしてしまったせいで、時の権力者たちから恐れられ、危険視され……詳細な事実は不明ながら、『英雄から一転して罪人』になってしまった哀れな少女でもある――」


 ジジイが神妙な面構えで、なんか語りだしやがった。


「とはいえ、勇猛にして果敢、それでいてか弱き人々を守る慈悲深い英雄であることに変わりはないッ! それは、先日の邪悪なマフィアにさらわれた『わしの孫娘の救出作戦』の際に、この目でしかと確認させてもらったッ! パンドラ国としては、はした金と引き換えにみすみす敵国に渡すよりは、『是非とも味方にしたい』ッ!」


「み……『味方にしたい』……? こんな私を……?」


 ジジイに勧誘された勇者が、不安げにメイを見る。


「アンジェが元勇者で、今は賞金首の指名手配犯だとしても、外の世界のことなんてここでは関係ないんよ。うちがあんたをホステスとして引き取ったのと同じことや」


「無理をごり押しして道理を粉砕ッ! 世界の果てのパンドラでは、外の常識は通用しないんじゃッ! がははははッ!」


 だとよ。無駄に景気のいい連中だな。


「とりあえず……アンジェリカ君の身柄は、メイちゃんのおじいちゃんにして、パンドラ王国の権威あるパンドラ騎士団将軍の――このわし『鉄血のヨーゼフ』が預かる。なーに、悪いようにはせんよ。なにせ君は、かわいい孫の恩人にして――」


「うちの大事な従業員やからなっ!」

「そういうことじゃあッッッ!」


 メイとジジイが、家族仲良く茶番を演じる。


「アンジェはもう勇者やなくて、ただのホステスや。今まで大変やった分、人生をうんと楽しんだらええねん!」


「ようこそ、パンドラへ~。パンドラは流れ着いたものは拒まないよ~。いい奴ならなおさらね~」


 さらに、プリシラまで茶番に加わった。


「ヨーゼフ殿……メイ殿……プリシラ殿! かたじけない! お三方に受けたこの御恩は一生忘れないのだっ!」


 メイ一家の茶番を見た勇者が、感動の涙を滝のように流す。

 本当にバカというか、単純というか、純粋無垢というか……。


「……そうか。だから、師匠は『パンドラに逃げろ』と言ったのか……師匠の言うことは、いつも私を正しい道に導いてくれるのだ……」


 勇者が過去を回想してなんか言ってるが……無視。

 バカどもの大バカ物語になど、付き合っていられんわ。


「フール、反対せぇへんのか? なんか、前々からアンジェを毛嫌いしとったやろ?」


「反対したところで、どうせ聞く耳など持たんだろうが」

「ふふん。メイちゃんのこと、よ~くわかっとるやんっ!」


 なぜか、メイが得意げに笑う。


「そりゃそうよ。お前のことを理解しようと、俺は常に懸命に努めているのだからな」


「そういう歯が浮くようなセリフをすぐに吐けるから~、メイちゃんが騙されちゃうのねぇ~」

「ゴラァーッ! ごく潰しィーッ! メイにちょっかいかけるな、と何度言えばわかるんじゃあァァァーッ!」


 などと、プリシラとジジイが横槍を入れてくる。


 なので、俺はプリシラの顔をじっと見てやった。


「プリシラちゃん。君のふわふわのお耳としっぽが好きだよ。亜麻色の目の色も髪の色も綺麗だね。プリシラちゃんのことが大好きだ。その子狐のようにかわいい声で、一晩中ささやかれたいよ」


「「「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ~?」」」


 メイ一家が同時に素っ頓狂な声を上げる。


「ちょっと~、フール君~、いきなりなんなの~?」

「ちょっ! フール! いきなり、何言ってるんやっ!? ナンパすなっ!」


 プリシラが戸惑ったように見つめてきて、メイは物凄い勢いで詰め寄って来る。


「ごく潰しーッ! メイにとどまらず、プリシラまで毒牙にかけるつもりかァッ!? 働きもせんくせに、スケベなことばかり考えおってェッ! 成敗してくれるッッッ!」


「おっと、失礼。これは昨日、そこの『鉄血のヨーゼフ』殿が、歓楽街で獣人の娼婦に言っていた台詞でございました」


 小娘二人および暴力ジジイに対して、俺が言うべき言葉はこれだけだ。


「貴様ァーッ! そのことは内緒にしておけと言っただろうがッッッ!」


 事実を申告するなり、唐突にジジイがキレ散らかした。


「おじいはんっ!? 歓楽街の娼婦って……?」

「おじいちゃん~!? 内緒にしておけって~……?」

「ち、違うッ! またごく潰しが例のごとく、わしら仲良し家族の仲を引き裂こうとしてきたんじゃァーッ!」


 フン。言い訳がましいスケベジジイだ。


「嫁および子供、さらには孫がありながら、堂々と浮気をする人道から外れたド腐れスケベジジイの汚らわしい性欲にまみれた不逞の現場を目の当たりにした純情で無垢な俺は、あまりの衝撃で思わず台詞を暗記してしまったのだ」


「思わず暗記などするなッ! 忘れろと言っただろうがァァァーッ!」

「「わ、忘れろ……っ?」」

「ち、違うッ! かわいい孫たちよ、おじいちゃんはハメられたんじゃあああーッ!」


 ドン引きするメイとプリシラに対して、ジジイが声をいつもよりさらに大にして必死に言い訳する。

 バカなジジイめ。偉大なる魔王様に無礼を働いた罰を受けろ。

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