第57話 テメーはここで死んどけ

「ちょっ!? おじいはんまで、なにゆーてんのっ! やめてよっ!」


 メイは何を思ったか、絶望しきった顔の勇者を抱きしめた。


「アンジェを死罪になんかさせへんよ! この子はもう、うちの従業員やねんっ!」

「メ、メイ殿おおお~……っ!」


 メイが勇者を抱きしめる姿は、まるで拾ってきた子犬やら子猫を親に取り上げらないように抵抗する子供みたいだ。


「心優しき少女メイちゃんよ……なんと慈悲深く勇敢な娘なのだろう! だが、エドムを筆頭に諸外国と啓明教会および冒険者ギルドから追われている大罪人を庇うとは、いったいどういうつもりなのだ?」


「どうもこうも、アンジェはうちの恩人や! 殺されるとわかってて、みすみす引き渡すわけにはいかんっ!」


「その大罪人を庇いだてなどすれば、メイちゃんも『同罪』だ。純情派の俺の口からはとても言えないような、命と尊厳を弄ぶような残虐な拷問と凌辱の後、惨たらしく処刑されるのだろう……」


 俺の言葉を聞いたメイがひるんだように、うっと声を漏らす。


「それでも、庇うのか?」

「う……うちが、この子の身元引受人やっ! ただの大食らいのおバカ娘なのに、世界中の人たちから命狙われてるなんてかわいそうや、見捨てられへんよっ!」


 メイが強い意志と慈悲の宿った瞳で、俺をまっすぐに見据えてくる。


「なら、なおのこと死罪にしてやれ」

「なんでやねんっ!?」


「メイ。性根のねじ曲がったごく潰しなど相手せんでいい」

 ジジイが話の腰を折ってくる。


「黙れ、クソジジイ。そこの元勇者様をさっさと死罪でもなんでもいいから『殺したことにして』、そいつを欲しがるバカどもに『死体』を送り付けてやれ。そんで、お前らは『生きたそいつ』を手に入れろ」


「はあ? フール、さっきからなんの話をしとるんやっ!?」


「国防を考えるなら、勇者を手放すより『飼っておいたほうが得がある』――と、為政者ならば誰しもが考える。なにせ、『あの偉大なる魔王カルナインをぶっ殺した』んだからな。エドムや啓明教会のバカどもを敵に回してでも欲しい『強力な武器』だ。ジジイが一万人いるよりも遥かに役に立つ」


「聞けて! さっきから、なんの話をしとるんやああああああああああああーっ!?」


 親切に言ってやっても、勇者はおろか、メイすら話が理解できないようだ。

 かわいそうに。なんと愚かな小娘どもなのだろう。


「もう少しわかりやすく、説明してやろう。性根の卑しいクソジジイのことだ……メイが店の前で拾って来た時から、そこの元勇者様を『ず~っと監視』していたはずだ。そんで、メイが『餌付けして飼い慣らしている』のを見て、『人材として使用可能』ってことになったんだろ」


「な、なんか話がよくわからんけど……フールの言ってる『監視』って、本当かいな?」


「概ね本当だ。この俺は以前より、有害な異常者であるジジイに『常に監視されている』。だから、アンジェも同じように監視されていると考えた」


 まったく、薄気味悪い老害め。


「は? 監視? なんでやねん?」

「お前のジジイが、『孫娘にただれた異常な愛着』を持っており、その常軌を逸した執着から生まれる攻撃性の矛先を、この俺や元勇者に向けているからだ」


「誤解を生むような言い方をやめろォーッ! かわいい孫娘に変な虫がつかんように見守っとるだけじゃあーッ!」


 異常者は、自分を異常だと認識できないから異常者なのだ。


「そんな監視ジジイにもかかわらず、『元勇者様を拉致しようと外から刺客どもが来て、すったもんだしているときに我関せずでいた』のが、きな臭ぇ」

「いや、あんとき、『おじいはんは、忙しくて連れて来れんかった』ってゆったやろ」


「フン。そんな戯言、信じるに値しない」

「なんでやねんっ!?」


「なんで? 『メイのヒモと勇者を同時に厄介払いできれば最高じゃあーッ!』ぐらいに思っていたはずだからだ」


 本当に性悪な老害ジジイだ。


「さらに言えば、侵略者と密航者を問答無用で摘発するパンドラ騎士団が動かなかったし、パンドラに上陸する物と者を偏執的なまでに把握している『魔女どもが、ちっとも動かねぇ』。その時点で、なんかハメられてると思ってた。割と初期から介入してきた憲兵も、なぜか最近はもうずっと俺たちの前に現れてねぇしな」


 言葉にすると、おかしいことばかりだ。

 俺がこの島に来たときは、魔女どもにしつこく追いかけ回されたってのによォッ! 不公平じゃねぇかッ!


「もっと言えば、メイが豚オヤジにさらわれた時ぐらいから、『元勇者がパンドラでどう動くか』をずっと監視してたんじゃねぇのか?」


「ええっ!? おじいはん、そうなんっ!?」


 メイの責めるような問いかけに対して、ジジイがバツが悪そうに頷く。


「なにしてんのよっ!? 隠れて監視なんてしとらんと、うちを助けてぇやっ!」

「助けたいのは、やまやまじゃったッ! じゃが……わしは国防のためにッ! 涙を呑んで知らんぷりを決め込むことを強いられていたんじゃあーッ!」


 ジジイがわざとらしく号泣して、メイを抱きしめた。


「愛ゆえに、国家の犬と化したおじいちゃんを許してくれえええええええええッ!」


「言い訳がましいクソジジイめ。幼く無力な孫娘を助けることもせずに、ぬぅわ~にが国防だッ! そんな腑抜けた奴に、国が守れるわけないだろうがァーッ!」


 ド正論。

 魔王様は、いつも正しいことしか言わん。


「じゃかしゃあーッ! ごく潰し風情が、知った風な口を利くなァッ! 元はと言えば、お前のようなろくでもない邪悪の権化がこの島に流れ着いたのが、すべての不幸の始まりじゃああああああああああああああああああああああああああああーッ!」


 大声で恫喝して己の卑劣さを誤魔化してくるうっせージジイは……当然、無視。


「だが、貴様がごく潰しと蔑むこの俺と、そこの元勇者で現罪人兼ホステス様は、いやらしく盗み見していただけのクソジジイと違って、『メイをちゃんと助けた』。助ける意味も、理由も、義理も、『まーったくない』にも関わらずだ」


「あるやろっ! 意味も理由も義理も、全部っ! 助けるすべての要素があるわっ!」


 うっせージジイに続いて、うっせー孫がぎゃーぎゃー騒ぎ出す。


「そんな状況にも関わらず、命の危険を賭してまで助けたのはなぜだか、わかるか?」

「それが、『契約』やからやっ!」


「俺はな。だが、そこの現ホステス元勇者のアンジェリカは、どうだ? メイとは縁もゆかりもない『赤の他人』だぞ」


「元勇者様が~、メイちゃんを助けた理由が知りたいわねぇ~」


 プリシラが間の抜けた声を出すなり、勇者がおずおずと答えた。


「メイ殿は、裏切りによって全てを失った私……得体の知れない怪しい流れ者の私に、優しく親切にしてくれて、ごはんを食べさせてくれたのだ……大罪人と呼ばれ、賞金首にされた私にだ。勇者でなくなってから、メイ殿だけが親切にしてくれた……命を懸けて恩返しするだけの恩義があった……」


「アンジェ……あんた、ほんまええ子やんっ!」


 勇者が義理人情に厚いところを見せるなり、メイちゃん思わず感涙。


「素晴らしい! まさに、勇者! 貰った恩は、全力で返す! こいつに恩を売っておけば、ちゃんと返って来る! 非業なる死の運命から救ってやったら、いったいどれほどの恩が返って来るだろうかッ!?」


 魔王様も思わず感動!


 ――などしていないが、そんなそぶりをしてやる。


「なるほどねぇ~。働ないごく潰しのヒモとはいえ、商売上手なだけはあるわ~」


 何かを察した言動をとったプリシラが、尻尾をくゆらせてにやりと笑う。

 商売人のくせに、ここまで言わないと気づかないのか……勘の鈍い奴め。


「何はともあれ、元勇者アンジェリカよ。テメーはここで死んどけ」

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