第56話 勇者、死罪!?

「ふえぇぇぇ……」

「泣くな。泣いたところで、どうにもならん」


「女の子を泣かすとは、やはり貴様はクズのなかでも選ばれしクズッ! 世界クズ野郎コンテスト優勝だなァッ! ごく潰しィーッ!」


 バカなことをクソデカい声で叫びながら現れたのは、メイの祖父ヨーゼフだ。


「うるさいし、お行儀が悪いんだよ。ジジイ、今すぐに死んでくれ」

「なんじゃとォッ!?」


 ハゲ頭に髭面、無駄に鋭い眼光と岩のような筋肉に包まれた巨躯――相変わらず、無駄に戦闘力高めのジジイだ。


「ヨーゼフおじいちゃま。率直かつ素朴なお願いだ、今すぐに死んでくれ」

「わしは死なんッ! お前が死ねェェェーッ!」


「二人して、うっさいねん! うちを挟んで喧嘩せんといてよっ!」


 俺とジジイの間に割って入ってきたメイが、話を変える。


「それより、おじいはん、『アンジェの件』はどうだったん?」


 メイが話を変えるなり、ジジイが勇者を見た。


「エドムの王殺しの大罪人……当然、死罪じゃァッ!」


「ざまあッ! 死ねぇッ! このクソ罪人がああああああああああああああーッ!」

「黙れっ! この無職がぁーっ!」


 嬉しいなあっ! こんなに嬉しいのは久しぶりだよ!


「フール、喧嘩すんなゆーとるやろっ! おじいはん、『アンジェが死罪』って……ほんまなん?」


 などと、メイがくだらない質問をするなり、ジジイが神妙な顔をして目を閉じた。


「パンドラとしては、その娘がエドムの王を殺した件は、『さほど重要ではない』……」

「まぁ~、パンドラとはあんまり関係ない『お外の世界』の話だしね~」


「それならば! なぜ、私は死罪なのだーっ!?」


 勇者が食い気味で、したり顔のジジイに詰め寄る。


「うむ……『啓明教会』から指名手配されているのが、マズいのじゃ……」


『啓明教会』つーのは、全世界の冒険者ギルドを束ねている面倒なやつらだ。

 こいつらはパンドラにも根を張っているし、目をつけられると確かに面倒だな。


 しかし、啓明教会と揉めたくないから『死罪にして厄介払い』か。

 世界の果ての蛮族パンドラ人つーのは、意外と度胸のない腰抜け連中なんだな。


「なら、さっさと啓明教会のバカどもに引き渡して、報奨の十三億をもらえ。あと、そこの罪人をとっ捕まえたのは俺だから、俺に報奨金は全額寄越せよな」


 そう言うなり、ジジイがバカを見る目で睨んできやがった。


「愚かなごく潰しめ。啓明教会の連中が、まともに金を払うと思っているのか?」 

「いいや。払うわけねぇじゃん」


「ごく潰しのお前でもわかることが、わしにわからんわけないじゃろッ!」


 うっざ。死ねばいいのに。


「どういうこと~? 啓明教会はともかく、賞金首の引き渡し先は『冒険者ギルド』でしょう~? 冒険者ギルドの金払いは、どこよりもいいわよ~?」

「従来であれば、プリシラの言う通りじゃな。じゃが、やつらは懸賞金の支払いを『偽の貨幣か紙幣』でしてくるじゃろう。パンドラの経済を混乱させるためにな」


「ほえ? なんで冒険者ギルドが、そんなけったいなことするんや?」


「魔族との戦争が終われば、次は人間同士の覇権争いが始まるからじゃよ。啓明教会が、下部組織の冒険者ギルドを世界各国にバラまいているのはなぜか? それは、『魔王討伐後の世界で覇権をとるため』じゃ」


 孫娘たちに質問攻めにされるジジイが、割と適切な答えを返していく。


「驚いたな……ジジイ、耄碌してなかったのか?」

「じゃかましいッ! 耄碌など最初からしておらんわッッッ!」


 うっさ! 自分の耳が遠いからって、デカい声出しやがって……!


「わ、私は……いったいどうなってしまうのだ……?」


 目に涙をためる勇者が、絶望の面持ちで下を向いてぎゅっと拳を握った。


「うぅ……これから、どうすればいいのだ……?」


 そして、なぜか俺を見て、助けを求めるように切なげな顔をする。


 芋を食わせて餌付けをしてやったり、パンドラでの生き方を教えてやったり、刺客を始末して命を救ってやったり――などの『心温まるふれあい』をしたことにより、随分と懐かれてしまったようだな。


 ならば、『死罪にされなかった場合』の今後のことも考えて、少しぐらいの慈悲を施してやってもいいだろう――。


「このまま生きてても、お前を狙ってやってくる刺客の質と数は上がり続けるだろう。ここらへんで観念して、大人しく死罪になるのが一番だろ」


「……え?」


「さっさと死ねェェェーッ!」


「ごらぁ、フール! なんてこと言うんやーっ!? 仮にも、うちの従業員やぞっ!」


 メイが、いきなりキレてきたが……無視。


「ここで死んだことにして、『ちゃんと勇者を引退しろ』。そうすれば、少なくとも『刺客』には、からまれなくなる。ダラダラと生きていると、かつてお前がやっていたことを、今度がお前がされるぞ? 『どこかの誰かに、死ぬまで襲われ続ける』んだ」


 実感を込めた言葉だった。


「こらぁーっ! フール! 話を聞けえええええーっ!」


「だから、『サクッと死んでおけ』。『勇者アンジェリカ』は、世界の果てパンドラの蛮族に殺されてしまったのだ。そんなお前は、たった今より、『ただの小娘・アンジェリカ』だ。波瀾万丈の勇者の物語は『ここでおしまい』。めでたしめでたし」


「おいっ! 無視すんなっ! 勝手に、わけのわからん話を進めるなぁーっ!」


 ――などと、話が終わったのに、メイがしつこくからんでくる。

 すると、ジジイが珍しい態度をとった。


「ふん……腹立たしいが、ごく潰しの言う通りじゃな」

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