第55話 渡る世間は無情なり
「わあっ! おいしそうな不思議お料理だーっ!」
「不思議料理ちゃうよ。魔女風火炎焼き飯、怪鳥の卵と大海蟹を使ったかに玉、熊喰い羊とマンドラゴラの葉っぱと大木キノコのパイ、黄金牛と香味野菜の蒸し焼きや」
パンドラには世界各地から人が集まるので、当然、世界中のありとあらゆるヤバげな料理が集まる。
「う、うまっ! うまい! こんなおいしいもの初めて食べた! もぐもぐもぐ!」
テーブルからこぼれ落ちんばかりに並べられた料理を、手荒り次第に食い散らかす勇者だった。
「ごちそうさまっ!」
「おい! もう食い終わったのかッ!?」
ちょっと目を離した隙に、勇者はすべての料理を平らげていた!?
この小娘……この街に来てから、暴れる、泣きわめく、食い散らかす――と好き勝手にやりすぎだろッ!
「あっちゅー間になくなってまった……おかわりする?」
「うむっ! いくらでも食べれるぞっ!」
子供のようなキラキラおめめで、メイに笑いかける勇者だった。
「私は今まで世界各地で色々な料理を食べてきたが、メイ殿の料理が世界で一番おいしいぞっ!」
よう言うわ。
「あはは。そないに褒められたら、作りがいがあるやん」
「テメーひとりで、全員分食ってるじゃねぇか。どういうつもりだよ?」
「ケチ臭い男ね~、ごはんぐらい好きに食べさせてあげなさいよ~」
舐めた口を叩いて横槍を入れてきたのは、メイの従姉のプリシラだ。
なんで、こいつが俺達と一緒に飯を食っているのかといえば――。
俺たちは今、プリシラの商館にいるからだ。
「ところで、この狐の半獣人の女性は、どなたなのだ?」
「はじめまして~。あたしは~、頭脳明晰、容姿端麗、士魂商才な~、テレーザ商会の頭目プリシラよ~。ちなみに、メイちゃんの従姉でもあるわ~」
何を考えてるのか読み取れない糸目、亜麻色の長い髪、無駄にデカい胸。
そして、頭頂部から生える狐の耳とケツに貼りつく長い尻尾……人間の女体に獣の耳と尾。
相変わらず、いかがわしい半獣人の女だ。
「半獣人が……商会の頭目? はえ~……パンドラは、本当に混沌とした場所だな」
魔族陣営の獣人と違って、半獣人は人間陣営だから、人里で人間に混ざって暮らしているのだ。
とはいえ、基本的に『半獣人は人間どもに距離を置かれている』。
なぜならば、獣の野蛮さと人間の狡猾さを併せ持っている危険な生き物だからだ。
「世界の果てのパンドラは、『魔物や亜人が、当たり前の顔で跳梁跋扈している魔境』だ。ここの連中には、物の分別がねぇんだよ。みーんなバカだから、獣と人が血を混ぜる『穢れ』を理解できないのさ」
それに加えて、この島の支配者の『魔女』どもが、住人の生殺与奪の権をがっつり握って管理しているから、ってのあるけどな。
「でも~、パンドラのみんなに物の分別がないおかげで~、『魔族だか人間だか得体の知れない不審者』のフール君も、呑気にメイちゃんに飼われて無職のヒモやっていられるのよね~?」
プリシラめ、尻尾をくねくねさせて煽りやがって……本当に腹立たしいやつだ。
「哀れな性悪狐女よ。人として生きようとして苦しみ、獣として生きようとして苦しみ、どちらにもなれぬまがい物の人生を呪いながら死ぬがいい」
「おだまり、ごく潰し! あたしは毎日、人生を祝いながら生ききってやるわっ!」
やれやれ……傲慢なまでに気が強い。
半端な混沌を生み出すだけの愚かなまがい物どもが、我が物顔で跋扈しているパンドラは不愉快地獄といって差し支えない。
「それはそれとして~。よろしくね~、『不死身の勇者アンジェリカ』ちゃ~ん」
「ほえ? 『不死身』? なんやそれ?」
「メイちゃん、知らないの~? 勇者アンジェリカっていえば~、残忍で凶暴な魔族も恐れをなす勇猛果敢な戦いぶりで~、瀕死の重傷を負っても翌日には何事もなかったように走り回り、剣でも魔法でも矢でも銃でも大砲でも殺せない最強無敵の存在~。ゆえに、外の世界では、『不死身の勇者』のアンジェリカって呼ばれていたのよ~」
不死身ねぇ……確かに。
俺の配下どもにやられても、何度も復活して襲いかかってきたのは覚えがある。
しかも、あの戦争の最後の最後、決戦の終結時……ありったけの魔力を込めて自爆して巻き添えにしてやったってのに、『なんかしらんが無傷』でここにいるしよォッ!
「はえ~。不死身やったから、魔王を倒せたんや。すごいねぇ、アンジェ!」
「うむっ! 私はすごい勇者なのだっ!」
けっ! すごい恐怖の異常存在としか言いようがないわッ!
「とはいえ~、場末のスナックでホステスやってるちょっとおばかたんな食いしん坊の女の子が~、魔王を倒した勇者様なんて信じられないわぁ~」
もっともな意見だ。
「だいたい~、そんな歴史を変える大活躍をしたら~、勲章もらって貴族にしてもらって報奨金と年金もらって~、成功者としてぬくぬくと余生を送ってるもんなんじゃないの~?」
などとプリシラが言うなり、さっきまで子供のようにはしゃいでいた勇者の顔が一瞬にしてどんよりと曇った。
「……仲間に裏切られて、全てを失ったのだ……余生を送るどころか、刺客に追われているから、余命も危ういのだ……」
「あらら~、大変ねぇ~」
プリシラめ、心のない奴だ。
「う、うむ……」
パンドラ人特有の排他意識をぶつけられた勇者が、泣きそうな顔でしゅんとする。
バカのくせに、繊細なやつだなぁ。
「しゅんとしやがって。同情でもされると思っていたのか?」
「う、うむ……」
「されるわけないだろ、赤の他人だぞ」
世の常識を教えてやるなり、勇者が泣きだした。
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