第53話 心がスッキリするんだ!

「聞け! お前は『自分の頭で考えないで、他者が強いる掟に依存するバカ』だから、環境変化による失敗や破滅を予測できないのだ。飼い主に褒められることに邁進して、掴んだものはなんだ? 俺という偉大な存在に危害を加えるという大罪を犯し、そのうえ、味方に裏切られて破滅しただけだろうがッ!」


「違うっ! 勇者は『魔王を倒す存在』なのだ! 罪など犯していないっ!」


 勇者が生意気に反論してくる。


「救いようがないバカだな。お前は、他者が強いる掟を守って真面目に自分の使命を果たした結果……現実は、どうだ? 人生を丸ごと失ってんだぞッ!」

「あーあーっ! なにも聞こえなああああああああああああああああああいーっ!」


 耳を塞ぐバカ勇者が、大声を出して俺の声を掻き消そうとしてくる。


「バカな手段で現実逃避するな! しっかりと目の前の現実を見ろッ!」


 こいつが古びて腐敗した常識に縛られて死ぬのは、一向に構わん。

 だが、こいつは今や俺の後輩ホステス……捨て置いて迷惑をかけられるのも、また面倒なり。


「外の世界での辛酸をがぶ飲みする日々に絶望し、キツ過ぎる人生に消耗したお前は、今までの全てを捨てて、ここに流れ着いたのだろう?」

「う、うむ?」

「ならば、外で身に着けた常識は、もう捨てろ。パンドラでの新しい生き方を、この俺が親切にも教えてやる。目ん玉おっぴろげて凝視しろ!」


 生き方を変えるには、思考と情緒を変えないとダメなのだ。

 やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ。

 勇者の人格を矯正するには、俺がまず手本を見せてやらねばならん。


「おい! そこのクソマフィア。恵まれない少女のために、資金援助してくれ!」

「魔王! なにをやっているのだーっ!?」


 とりあえず、近場にいたマフィアに資金援助を申し込む。


「なんだ、テメーは? 気安く近寄るんじゃねぇ!」

「生活に困っているから、資金援助してくれ」

「働け! 努力をしろ! おねだり感覚で、乞食行為をするなッ!」


 戯言を吐くマフィアが、俺の肩を『ドンッ!』と突いてきた。


「はい! 正当防衛パンチ!」

「ぐはあああああああああああああああああああああああああああああああーッ!?」


 一方的に暴力行為を働いてきたマフィアに、正義の鉄拳を食らわせる。


「おいいいいいいいいいいいいいいいいい! なにをやっているんだ、魔王ーっ!?」

「なにって……資金援助を申し出ただけで、体のみならず心にまで傷跡を残す暴力を振ってきた人間の屑に対して、法の範囲で正当防衛を行使しただけだが?」


「な……なんてやつだ。犯罪の一線を越えない範囲でやりたい放題ではないか……っ!」

「法の網をかいくぐって遊びながら悪党をぶっ飛ばすと、心がスカッと爽やかになるぞ」


 などと、生活の知恵を勇者に教えを授けていると、マフィアどもがどこからともなくワラワラと湧いてきた。


「なんだテメーは、カチコミかッ!? なめたことしやがってッ!」

「やる気のねぇ無職みてーな面しやがって、ぶっ殺されてぇのかッ!」


 マフィアたちが物騒なことを叫びながら、襲いかかってきた!


「勇者! 大変なことになったぞっ!」

「お前のせいだろうがーっ!」


「カップルでカチコミとは、ふざけやがってッ! 許さねぇぞッ!」


 突然キレたマフィアが、勇者に襲いかかった。


「うわあっ! 正当防衛パンチ!」

「ぐはああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 口と同時に手が出る性格の勇者が、マフィアどもをしばき倒す。


「はわわ……! 魔王のせいで、ガラが悪いだけの一般人に暴力をふるってしまった。勇者である私の武力は、悪を倒すためのものなのに……っ!」

「なにを戦慄しているのか知らんが、なんの問題もないぞ。やつらはガラが悪いだけの一般人ではなく、ちゃんとした『悪人』だからな」


 バカのくせに罪悪感に駆られる勇者をなだめる。


「お前ら! 一般人を騙したり、通りすがりに因縁つけて殴ったり、カツアゲしたりしてるよな? 当然、貧困層の女の家に転がり込み、弱みを握って娼婦堕ちさせたりしてるだろ? つか、マフィアだろ?」


 勇者にしばき倒されたマフィアを吊し上げて尋問する。


「だ……だから、なんだ?」

「お聞きになりましたか、勇者様ッ!」


「勇者ってなんだ!? テメー、どこの組の――グハッ!」

 うるさい悪人は、正義の拳で殴って黙らせる。


「こやつ、吐き気を催さんばかりの悪事を自供しましたよ! この世の正義は、我らにありですッ!」


 ほっ。よかった。

 ガラの悪い一般人だったら、ちょっと面倒だったってばよ。


「な、なんなのだ……胸の奥から湧き上がってくるこの気持ちは……っ!?」

「なんだよ? この気持ちって、どの気持ちだよ?」


「魔王が、勝手にマフィア呼ばわりしていた連中が、『本当に悪人』だと判明した途端……なぜか、心がすっとしたのだっ! 私は、心の病気かもしれないっ!」


 なぜかしらんが、勇者が暴力に酔う自分に恐怖を覚えだした。

 元々、殺人鬼なのだから暴力に快感を覚えるのは、不思議でも何でもないだろうに。


「心配するな、正常な反応だ」

「よかった。正常な反応なのか」


「正常なわけあるか、この暴力女がああああああああああああああああああーッ!」

 無駄にしぶといマフィアが、再び勇者に襲いかかる。


「正当防衛パンチ!」

「ぐああああーッ!」


 そして、当然のように勇者に反撃されて、しばき倒される。


「どうしよう、魔王!? マフィアを殴るたびに、心がみるみる晴れていくのだっ!」


 なんだかんだで、勇者はあっという間にパンドラになじんだな。

 やっぱり、暴力はすべてを解決してくれるよねっ!


「よし! 勇者よ。お前に、うってつけの仕事を紹介してやる!」

「うってつけの仕事?」


「そうだ! お前を『人間を取る漁師』にしてやるってばよ!」

「ほえ?」

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