第52話 魔王流・法解釈

「正当防衛兼悪人成敗ッ! だりゃああああああああああああああああああーッ!」


 当然、速やかに返り討ちにする。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 俺に天高く蹴り上げられた強盗が、盗んだバッグを空中で手放す。


「殺さずにしばき倒す手段を持っているのならば、上手いことこの街で生きていけるぞ。よかったな」

「やったあーっ!」


 勇者が子供みたいに無邪気な笑顔で喜ぶ。

 俺はそれを見ながら、上空から落ちてきたバッグを片手で受け止める。


「お嬢さんは、運がいい。強く逞しく、そして親切なこの俺に出会えたんだからね」


 親切な魔王様は、強盗どもにバッグを盗まれた哀れな女に歩み寄った。

 そして、優しく手を取ってやる。


「あ、ありがとうございます……」

「礼には及びませんよ」


 道にへたり込んでうなだれる女が、ゆっくりと顔を上げる。


「なんて、親切な殿方っ!」


 はうあっ!?

 助けた女が、むっちゃブスだった件についてッ!


 なんだ、こいつ! どこか、豚オヤジに似ているぞ! 同じ血族かなにかかッ!?


「あ、あの……! 助けていただいた、お礼をさせてくださいましっ!」

「そんなものは、いらないよ」


「えっ……?」

「君の笑顔が見れたんだ、すでにお礼はもらったようなもんさ」


 見た目の美醜で女の扱いを変えがちな男が跳梁跋扈する昨今にも関わらず、相手がブスであろうがババアであろうが、『女である限り淑女として扱う』この漢気!

 まさに、偉大なる魔王だからこそ為せる振る舞いと言っていいだろう!


「まあ! 素敵な殿方っ!」

「素敵さなら、君には及ばないさ。さ、強盗に気を付けてお行きなさいな」

「あの! せめて、お名前をっ!」


 立ち去ろうとするなり、呼び止められた。


「名乗るほどじゃあないけれど、他でもない君が尋ねるのならば答えてあげなくっちゃあいけないね……俺の名前は、フールだよ」


「フールさん、助けてくださってありがとうございました。もう一度、お礼を言わせてくださいまし。わたくしは、エリザベスよ」

「素敵な響きのお名前だ。可憐なお嬢さんにぴったりですね」


 などとやってエリザベスちゃんと別れると、入れ替わりでやってきた勇者が、ジトリと胡散臭そうな目つきで見てきた。


「……いかがわしい詐欺師っぽい振る舞いなのに、謝礼をもらわないだと? なぜだ?」

「俺は詐欺師じゃないからだ。それに、『取るものってのは、取るべきところから取る』んだよ」


 世事に疎い勇者に言い聞かせてから、地面に転がる強盗野郎どものケツを蹴る。


「おい! 強盗野郎、慰謝料出せッ!」

「おいっ! 何をしているのだっ!?」


「何をって……ただ暴力行為に対する慰謝料の徴収しているだけだが?」

「だけだが? じゃないのだっ! 強盗を倒したお前が、強盗をするなーっ!」


 叱るような仕草の勇者が、意味わからんことを言ってくる。


「強盗ではない。悪人を成敗して正当な形で慰謝料の請求をすることにより、合法的に金を稼いでいるだけだよ。悪人を倒して世直しをすると同時に、金を稼ぐ――これぞ一挙両得。まさに、慈善事業だよ」


「な、なんてやつなのだ……! 魔王というか、法律を駆使する類の質の悪いチンピラではないか……っ!」


 勇者が戦慄しながらなんか言っているが、無視する。


「とりあえず、小銭が手に入ったぞ。飯は食えんが、飲み物なら買える。なんかおごってやるよ」

「わーい! 慰謝料の徴収最高ーっ!」


 メイがいたら「ツッコミ不在の恐怖や」とか抜かすのだろうが、知ったこっちゃない。

 バカなガキを黙らせるには、遊びに連れて行くか、なんか食わせるに限るのだ。


「あれ? フールの旦那じゃ~ん! こんなところでなにやってんのぉ~?」


 昼間っから脂ぎっているハゲオヤジが、テカテカの笑顔を見せつけてきた。

 メイの店の隣にあるキャバクラの店主だ。


「その呼び方やめろ。おっさんだと思われるだろ」

「髪結いの亭主みたいなもんなんだから、いいじゃないのぉ~。それより、メイちゃんに拾われたアンジェちゃんは、この街には慣れたか~い?」


 ハゲオヤジが馴れ馴れしい感じで、勇者に声をかける。


「な、なんとか……」


 勇者が人見知りなところを発揮して、俺の後ろにこそこそと隠れる。


「アンジェちゃん、メイちゃんにこき使われてるだろ~?」

「う……うむ」


「あ~、やっぱりねぇ! メイちゃんってば、かわいい顔して人使い荒いからさぁ~。フールの旦那も、なんだかんだでこき使われてるもんねぇ~?」


 ハゲオヤジが前歯に一本だけある金歯を見せて笑うなり、勇者が仲間を見る目で俺を見てきた。


「アンジェちゃん~。もっと楽にたくさん稼ぎたかったら、うちの店に来なよぉ~」


 などと、ハゲオヤジが謎の引き抜きを企むなり、目の前の店から三人組のガキが転がり出てきた。


「騙したなぁっ! おっぱいパブって言ったのにぃーっ!」

「目の前にあるおっぱいに触ったらダメ、なんて思わないじゃあん!」

「エッチなお姉様のおっぱい触れると思うじゃあーんっ! なーんで、凶悪なババアが出てくんだよぅ!」


「チャラ坊どもが、舐めたこと言ってんじゃないよっ! エッチなお姉様のおっぱい触りたきゃ、金払いなっ! 金っ!」


 戦闘力高めのババアが店から姿を現し、エロガキをしばき倒す。


「ね、アンジェちゃん。うちは、『若手が活躍してる』とってもいいお店だよぉ~」

「勇者、転職していいぞ」

「誰がするかーっ!」


「まあ、気が向いたらおいでよぉ~。それより、フールの旦那たち、散歩なら気をつけなぁ~。あっちでマフィアがドンパチしてたぜぇ~」


 ハゲオヤジが、いいことを教えてくれた。


「なんて危ない街なのだ……忠告痛み入る」

「勇者、そっちいくぞ」


「は?」


 察しの悪い奴だ。


「は? じゃねぇ。『昼飯代を稼ぐ』つってんだよ」

「おい! さっき、法をかいくぐった巧妙なカツアゲしたばかりだろうがっ!」


「あれは、散歩を妨害されたことに対する迷惑料兼慰謝料だ。法をかいくぐった巧妙なカツアゲではない。お前も喜んでいたくせに、急にいい子ちゃんぶるな!」


 勇者がバツの悪そうな顔で目をそらす。


「あ、あの時は、お前に合わせただけだ。次やったら、憲兵に逮捕されるぞっ!」

「危害を加えてくる悪人から迷惑料や慰謝料を徴収しただけでは、逮捕などされん」


 当然の話だ。罪など犯していないのだからな。


「お前の無茶苦茶な言い分が、憲兵に通じるとは思えん」

「知るか。憲兵などにビビっていたら、なんもできんわ。俺たちの邪魔をしてきたら、憲兵もしばき倒せばいいのだ」

「おい! ここが無秩序な場所だといっても、法律ぐらいはあるだろうがっ!」


 確かに……勝手気ままに振舞えば、その場所の掟によって相応の責任も取らされることになるのが、世俗の理だ。


「法律なら、そりゃあるさ。だがな……法律だの義務だの権利だの責任だの、愚民どものくだらん道理では、この偉大なる俺を縛ることなどできないんだよッ!」


 取るに足らない愚民風情が、偉大なる魔王様を罰することなどできんのだ!


「なんだ、それはっ!? ただの無法者ではないかっ! 元魔王だろ、しゃんとしろっ!」


 いちいち、うるさい奴だ。

 混沌の都に住むって話なのに、未だに、外の世界の常識に囚われてやがる。


「集団の維持の為に運用されていた掟が形骸すると、『掟に沿っているのならば、自分で状況を判断しなくてもよい』というバカの思考になるのだ。そして、刻一刻と常に変化する状況に適応しないで、従来の掟に盲従した結果、不利益ないし障害・損失が発生したら、自分のせいではなく掟のせいにする依存脳ができあがる。掟なんてのは、お前の人生を縛って狂わせるだけで、責任をとってはくれないのだ」


「や、やめろ! 難しい話をするなーっ!」


 勇者がわーわー騒ぎながら、耳を両手で塞ぐ。

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