第51話 混沌の都パンドラでの洗礼と流儀

「パンドラは、外とは違う発展をしているな。私が知っている国とは、文化や建物の感じが明らかに違うのだ」


 俺の横をとことこ歩く勇者が、物珍しそうにパンドラの街を見回す。


「外で傭兵やってるパンドラ人どもから、話を聞いたりしてなかったのか?」

「彼らは身内で固まってよそ者を遠ざけるから、話をしたことなどない。パンドラ人とちゃんと話したのは、メイ殿が初めてだ」


 パンドラ人どもは野蛮で馴れ馴れしいくせに、閉鎖主義で排他的だからなぁ~。


「そういえば、パンドラ人の傭兵たちは、『銃』を筆頭に自動連弩やら閃光音響爆弾など不思議な武器を使う連中だったのだ。そのうえ、ギルドを取り仕切る『啓明教会』が独占・秘匿している『魔導機械』を当たり前のように使いこなしていた……パンドラ人とはなんなのだ?」


 はえ~。正直、驚いた。

 飯にしか興味のないバカな勇者にも、知的好奇心というものが存在したのか……!?


「お前が知っているかはわからんが……パンドラ人は、『暁の緋女』っつー魔女の源流の末裔だ」


「なんと! 『暁の緋女』だとっ!?」


 勇者が目を真ん丸にして驚いた。


「何を驚いてんだよ?」

「いや、驚くだろ! 『暁の緋女』と言えば……人が近寄れぬ極寒の氷の山脈や、炎龍すら暑さで死ぬ灼熱の砂漠、魂すら腐らせる毒で満ちる太古の戦場跡などの危険な僻地に好んで棲み、人里には滅多に姿を現さない伝説の魔女の血統だぞっ!?」


 ふーん。


「そのうえ、ひとたび人前に現れたら、王をたぶらかして戦争を起こしたり、貧民の子供を英雄に育て上げたりするなど、『傾国の美女』にして『英雄の母』として、ありとあらゆる形で世界に混沌をもたらすとんでもない存在だぞっ!」


 ほえ? そんな大それた連中だったっけ?


「つか、お前さ、この前に俺が、なんかいろんな単語出して情報持ってるかを尋ねたとき、『わからん!』みたいなこと言ってキレてなかったか?」

「あのときは、いきなり色んなことをバーッと言われたから、わからんかったのだ」


「なんやねん」

「やはり、魔王が隠遁の地として選んだだけあって、世界の果ての国パンドラは一筋縄でいかない場所のようだな……っ!」


 などと、勇者が勝手に戦慄していると――


 パンッ! パンッ! パンッ!


 突然、乾いた銃声が大通りに響き渡った。


「おい! 魔王! 銃撃だっ!」


 目ざとい勇者が、二、三件先の店のあたりを指さす。

 そこには、白昼堂々、商店街で銃撃戦をしているバカどもがいた。


「多分、よそ者が島の住民に喧嘩売って殺されたんだろ。よくあることだ」

「おい! あっさり流すな! 人が殺されているのだぞっ!」


「パンドラにおいて、流血沙汰は日常茶飯事。非日常が日常の狂った場所――それがパンドラだ。大自然と科学文明、自由と放蕩、外じゃ味わえない『やんちゃなでわんぱくな混沌』を満喫しろ」


「そんなもん満喫できるかっ! こっちに銃弾が飛んできているのだぞーっ!」


 などと泡を食っていながらも、器用に体を傾けて流れ弾を避ける勇者だった。

 腐っても落ちぶれても、歴戦の猛者というところか。


「あぶないっ! 油断していたら、死んでいたのだっ!」

「あんまムキになるなよ、生きてりゃ殺されることもあるさ」


「ムキになるだろ! 銃弾が飛んできているのだぞーっ!」

「しかし、というか……やっぱり、お前は運がいいな」


「は? なにがだ?」

「ふつー、パンドラに流れ着いたよそ者は、この街の連中にあっさり食い物にされるわけよ。そんで、たいていの奴は、今俺たちが見ている奴みたいに、まず『その日の夜を越せずに死ぬ』」


「? 私は食い物になんてされてないし、夜を越せたぞ?」


 勇者が間抜け面で小首をかしげる。


「俺に出会った時点で既に、『豚オヤジに騙されていた』だろうがッ! その後、憲兵にとっ捕まって牢獄にぶち込まれていただろうがァーッ!」


「やめろ、急に大きい声を出すなっ! びっくりするだろっ!」


 けっ。わざとらしく両耳を手で押さえやがって。


「それはさておき。お前は、『この俺に出会うという常識を超越した強運』により、パンドラの危険な夜を生きながらえたのだ。お前がこうして昼間からぷらぷらできてるのも、この俺のおかげだよ」


 邪悪な追手を始末してやったのも、この俺だしな。


「感謝の気持ちを胸に強く刻み込んで、ことあるごとに思い出せ」

「感謝の押し付けはやめろ! あと、いちいち傲慢な自画自賛をするなっ!」


 なんだ、こいつ!? 勇者め、いちいち生意気なやつだ!


「テメー、コノヤロー! 感謝ぐらいしろ、バカたれが――」

「キャーッ! 泥棒ーっ!」


 恩知らず勇者に説教しようと思うと同時に、背後で女が悲鳴を上げた。

 振り返ると、おしゃれな若い女が二人組の強盗にひったくりされているのが見えた。


「金持ってそうなかっこしてるのが、悪ぃんだよッ!」

「オラオラ! テメーら、盗みは見せもんじゃねぇぞッ!」


 などとはしゃぎながら、強盗二人組がこっちに駆けてくる。


「勇者。さっそくだが、パンドラ流の『洗礼』だ」

「むっ。『洗礼』だと?」


「女ァッ! そこをどけェーッ!」


 ボケっとしている勇者めがけて、強盗が突っ込んできた。


「特別なことは、何もない。あのバカどもを殴り飛ばしてやれ。思いっきり景気良くな」

「いいのか? この街に住むにあたって、できるだけ現地の住民とは揉めたくないのだが……?」


 凶悪な殺人鬼のくせに、柄にもないことを言い出す勇者だった。


「いいよ、遠慮なく殴れ。この街で面倒なのは、『娼婦』ぐれーだ。あいつらと揉めると、ケツ持ちの『魔女』どもが出てきやがるからな」

「言われんでも、女の人に暴力など振るわないっ!」


「いい心がけだ。その代わり、『娼婦と魔女』以外なら、マフィアだろうが騎士団だろうが冒険者だろうが全員、しばき倒していい。どうせ、みんなお前の敵にもならん雑魚どもだからな」


「む……無茶苦茶なのだ……!」


「だが、それがここ――混沌の都パンドラでの流儀だ」


 俺にパンドラの流儀を教えられた勇者が、眉を寄せて納得のいかない顔をする。


「つまり……あの強盗たちは成敗していいのか?」

「俺は、さっきなんて言った? 頭を整理して思い出せ、賢いお前ならできる」


 教育においては、褒めることと自主性を重んじる魔王様だ。


「殴り飛ばせ――と言った」

「違う。『思いっきり景気よく殴り飛ばせ』と言ったのだ」


「おい、そこのバカ二人! 刺されたくなかったら、そこをどけェェェーッ!」


 教育の最中だというのに、強盗の一人がナイフを取り出して勇者に迫ってきた。


「魔王! 私は戦いとなったら、手加減はできないぞっ!」

「殺す必要がない奴は、無理して殺さなくていい。なぜならば、『殺人行為は、憲兵に捕まる』からだ。ゆえに、パンドラで平穏にやっていきたかったら、『殺さないでしばき倒す手段』を身につけろ」


「善処するっ!」


 俺が教えを授けた次の瞬間――勇者が動く!


「悪人成敗っ! どりゃあああああああああああああああああああああああーっ!」


 ギラリと光る鋭い刃物を突き付けられても、まったく動揺しない。

 考えなしで動いても、適切に暴力行為を行使する。


 さすがは、この俺の敵にまでなれた勇者様だ。

 チンピラ風情じゃ、どう足掻いてもこいつには敵わない。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 勇者に思いっきり景気よくぶっ飛ばされた強盗が、屋根より高く宙を舞う。


「見たか、魔王! 殴る瞬間に寸止めして衝撃波を当てることで、殺さずに倒したのだっ!」

「こわっ! なんだよ、その謎の神業ッ!?」


「テメー、このアマッ! よくも相棒をーッ!」


 強盗の残り一人が、なぜか俺に攻撃を仕掛けてきた!?

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