第50話 黙って、俺についてこいッ!

「そうだ。んなことしたら、うまい焼き芋が食えなくなるぞ!」

「むむぅ……お芋……」


 俺たちに教育的指導を受けた勇者が、悩ましげな顔で芋を食らう。


「それ以前の問題として、俺は、『お前を絶体絶命の危機から助けてやった』のだぞ。お前の『全人生で一番尊い恩人』に、無礼な態度をとるなッ!」

「やめろ、さっきより大げさにするな! もういい、うるさいっ!」


 こいつ、ほんっと生意気だなぁっ!


「『もういい、うるさいっ!』……だと? 仲間に裏切られて殺されかけ、頼れる人など誰もいない孤独な罪人のお前を助けたのは、誰だ? いつも傷だらけで腹が空いていて、絶望以外に何も持ってないお前を助けてやったのは、誰だ?」


「ぷん! 知らんっ!」


 勇者が、ぷいっと顔を背ける。


「知らんじゃねぇ! 質問に答えろ!」

「いやだっ! 質問に答えないっ!」


「質問に答えろ。そうしたら、焼きたての芋をやる。答えなければ、芋はやらんッ!」


 選択を迫ってやるなり、勇者が苦い顔で口をもにょもにょ動かした。


「……お前だ」


 芋欲しさに、勇者が渋々答える。


「それがわかっているなら、もう何も言わん。俺の言葉と芋を良く噛みしめることで自然な甘みを感じながら、芋を食え」


 俺が命の恩人であることを言葉で教えると同時に、しっかり『餌付け』をする。

 これにより、勇者にとって俺の存在が、『従っておくといいことがある偉大なる魔王様』として記憶に定着するだろう。

 躾をするには、まず餌付けから――懐かない動物を使役する際の正しい手順だ。


「フール。うちの分のお芋ちゃんはないんかい?」

「ありまへんけど?」


「は? 舐めてんの? なんで、ずっと一緒にいるうちのお芋がなくて、ぽっと出の若い女に芋焼いてんの? は?」


 やだ、こわいっ! 突如として、小さな体に流れる魔女っぽい部分が出てきたっ!?


「落ち着きなはれ。メイちゃんのためなら、焼いてやってもよろしおまっせ」


 フン。どいつもこいつも、食い意地の張った小娘どもだ。


「お前は、メイ殿には優しいのだな……。だが、私には意地悪したいのか、優しくしたいのか……どっちなのだ?」


 勇者が不安げかつ、それでいて試すような目つきで、俺を見てくる。


「お前の態度次第だよ。いい子にしていれば、おいしい焼き芋を食わせてやることもやぶさかではない」


 言い終わる頃には、勇者は既に先ほどやった芋を食い終えていた……。


「芋を食わせてくれる以外は?」

「あ? 芋以外、お前にくれてやるものなどない」


「おい、なんだそれはっ!? お前に言われて、勇者は休業中なのだぞ! なのに、私は子供の頃から勇者として生きてきたから、それ以外の生き方などわからんっ!」

「なんだ、『もっと食い物をよこせ』みたいな話か?」


 勇者は、ふんと鼻を鳴らすだけで何も答えない。


「ったく……パンドラでの生活ならば、メイがお前の面倒を見てくれるだろうよ。ねぇ、優しいメイちゃん?」


「そやな。一応、身元引受人やしね」


 俺の隣にちょこんと座っているメイが、こくりと頷いた。


「メイ殿、ありがとうなのだっ! で、お前は?」

「知るかよ」


 一蹴してやるなり、突然勇者が荒ぶった!


「知るかってなんだっ!? 見ろよ! 私の面倒をーっ!」

「なんでだよ? メイ、芋が焼けたぞ」


 メイに芋をやると、勇者が前のめりで迫ってきた。


「なんでって、お前が私をホステスにしたのだろうがっ! 責任を持って、ちゃんと最後まで面倒を見ろーっ!」


「世間と恥を知らない厚かましい低能が、『助けるなら全責任を持て』とか言いがちだけどな。そんなバカみてーな極論言っているから、みんな委縮しちまって助け合い自体が消えちまうんだよ。ほどほどを知れ、馬鹿たれが」


 こういう極論でしか物を考えられない異常者が厚顔無恥に振舞うせいで、謙虚さを知る普通の人が肩身が狭くなるから、世俗は住みづらいんだよなぁ。


「自分のできる範囲で適当に助ける――人助けなんて、そんなんでいいんだよ」

「無責任なやつめっ!」

「完璧な責任を求めて助け合い自体が消えるよりは、マシじゃねぇの?」


 言うなり、勇者が俺を責めるような目つきをした。


「……そんな適当な理由で、私を助けたのか?」


「適当ではない。隠居生活の秘訣は、厄介ごとに関わらないことだ。だが、より快適に過ごしたければ、『手の届く範囲で救える奴はとりあえず救って恩を売っておく』ようにするほうがいい。だから、お前を救ったんだよ」


 周囲に存在するのが、『異常者ばかり』で厄介事が絶えないこの街で生きるにあたって身に着けた生活の知恵だ。


「親切は巡り巡って自分に帰って来る――ってやっちゃな」

「メイ殿も私を助けたのは、自分のためなのか……?」


 勇者がなんか裏切られたみたいな悲壮な顔をして、メイに尋ねる。


「うちのは、『なんの裏も下心もない単純な親切』や」

「本当なの……か?」

「本当や。メイちゃんは、困っとる子はほっとけない人情派美少女やさかいな」


 メイは不安げな勇者の頭を撫でてから、おもむろに立ち上がった。


「さて、お芋も食べたことやし、ちょっくら買い出し行ってくるわ!」

「メイ殿っ!? 私のお昼はっ!?」


 今、芋食ったばかりじゃねぇか。


「帰りは夕方になるから、お昼は勝手にあるもん食べときや」

「ふえええーっ!? メイ殿ぉぉぉ~っ!」


 親に捨てられた子供みたいに悲壮な顔をした勇者を残して、メイがいなくなる。


「さて、夕方まで寝るか」

「待てい、魔王! 私のご飯はっ!?」


 家に帰ろうとするなり、勇者にガシッと肩を掴まれた!


「飯なら、今しがた芋をやっただろう」

「ほざけ! 芋の二、三個で腹が満たされるわけないだろうがぁぁぁーっ!」


 な……なんで、こいつこんなにキレてんの……?


「うるせぇ! 寝てろッ!」

「寝てろと言われても、夜中に仕事を終えて朝方に帰宅――という生活のせいで眠れんのだ。今の昼夜逆転生活は、なにか人としていけない生活な気がするぞっ!」


 夜勤勇者が急に面倒なことを言いだしやがった。


「いけないことなどあるか、素晴らしい労働形態および生活様式だ。ただ一つのあることを除いてな」

「ただ一つ? それは、なんだ?」


「『働いてる』ってことだよ」


 世界の本質を突くなり、なぜか勇者が軽蔑の眼差しを向けてきた。


「な、なんてことだ……! 世界を恐怖と破壊のどん底に叩き落としていたあの魔王が、今や筋金入りのぐーたら無職……っ!」


「無職じゃねぇ、『慈善事業家』だよ」


 バカすぎて、いちいち怒る気にすらならん。


「じ、慈善なんだって?」

「慈善事業家だよ。善男善女から金を巻き上げて私腹を肥やす極悪人をしばき倒して、やつらの不正蓄財を回収し、一般市場に還元して経済を活性化させているのだ」


「難しいことを言って、私を煙に巻こうとしても無駄だ。お前が悪事を働いていることはわかるぞっ!」


 うぜぇ。


「じゃかしゃあ! 悪人から金巻き上げて、何が悪いんだよ! 誰もが納得する理由を言ってみろォーッ!」

「ぐぬぬぅ……」


 正義の味方ぶる勇者と言えど、一片の曇りもない正論にはぐうの音もしっかり出せないようだ。


「バカめ、『正義は必ず勝つ』のだ」

「お前が言うなっ!」


「うるさいんだよ、お前には付き合えん。隣のキャバクラに、タダ酒飲みに行ってくるわ」

「おい! 魔王のくせに、ただれているぞ! メイ殿の家庭菜園で採った新鮮な野菜をなんかして、私のお昼を作れっ!」


 ぐううう~っ。


 話している最中に、勇者の腹が鳴った。


「……お前、あんだけ芋食ったのに、マジで腹減ってんのかよ?」

「そうだっ!」


「素直なのは、お前の美点だな」

「えっへん!」


 勇者が得意げに大きな胸を張る。


「じゃあ、あばよ」

「待ていっ!」


 立ち去ろうとするなり、勇者に肩をガシッと掴まれた。


「ひょっとして、お前……俺が『飯を食わせてやるまで』付き纏うつもりか……?」

「そうだっ!」


「な……なんて、まっすぐな瞳なんだッ!」


 だからなんだって話だがな。

 とはいえ、ここできちんと『餌付け』をして懐かせておくのも、ありかなしかで言ったら、『あり』か……。


「しゃーねぇなあ……じゃあ、マフィアでもしばき倒して小銭稼ぎにいこうぜ!」

「おい! 小遣い稼ぎ感覚で悪事を働くなっ!」


「悪やら正義やら、お前は勇者を辞めたのに、なーんにもわかっていない。この街では、自分がやりたいことをやるんだよ。やれ!」

「なにが『自分がやりたいことをやれ』だ、無茶言うなっ!」


 フン。いちいち反抗的なやつよ。


「優しく親切な俺が、腹減らしのかわいそーなお前に、この街での生き方を教えつつ飯をおごってやるよ」

「変なことはしなくていい。普通にごはんをおごってくれ」


「生意気言うんじゃねぇッ! 黙って、俺についてこいッ!」


 そんなわけで、俺は勇者を連れて街に繰り出した。

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