第49話 焼き芋人生相談

「お前も、少しは世の中の道理がわかるようになってきたではないか」


 とりあえず、店の裏庭に行き、薪を燃やして、たき火を熾す。


「しらばらくしたら熾火になるから、水で濡らした新聞で芋を包んで、火の側に置いとけ」

「うむっ! もらったお芋を『全部』焼いていいかっ!?」


「好きなだけ焼け」

「わーい! 好きなだけ焼くーっ!」


 勇者アンジェリカ……底抜けにバカであけすけで、敵味方に頓着が無く、勝手自由に動き回る姿は――まるで、『無邪気な子供』だ。


 こんなバカ娘が単独で、俺ほどの巨大な存在を討ち滅ぼせる道理がない。

 そもそも、この小娘が正真正銘の凡愚ならば、己の物語すら紡げない。

 ましてや、魔王であるこの俺に届く、大きな物語などは編めるはずがない。


 ――誰か、とんでもなくろくでもない奴が、こいつを俺の物語に組み込んで、ここまで運んだとしか思えん……。


 そいつは、誰だ? いつから、俺の魂の物語に侵入されていた……?


「……夜、一人でいると……何も見えない暗闇のなかに立ってるみたいに、不安な気持ちがざわざわと張り詰めていくのだ……」


 思案しながら芋を焼けるのを待っていると、勇者が唐突に神妙な顔で語りだした。


「私には、もう誰も味方なんていなくて、敵しかいないのではないかって……不安なんだ。いつも誰かが命を狙っている気がするのだ……怖いんだ……とてもとても怖いんだ。一緒に死地を駆け抜けた大事な仲間が、私を殺しに来るんじゃないかって……」


 震える手をぎゅっと握った勇者の姿は、今にも泣きだしそうな子供のようにか弱く、頼りなく、今にも消えそうに見えた。

 かつて俺が対峙した恐ろしく、勇ましく、殺気立った姿とは、まったく違う姿だ。


 こんなものは、勇者などではない……ただの哀れな娘だ。


「嗚呼! 勇者アンジェリカよ、お前の人生は、なんて素晴らしい人生なのだ!」

「はあっ!? なんだとっ!?」


 さっきまで泣きそうだった勇者が、怒気を込めた目で睨み付けてくる。


「すべてがお前を裏切り、お前の敵となったのならば、『もう誰の目も気にする必要はない』ではないか! すべてが敵ならば、無駄な疑いや不安を抱くまでもなく、『邪魔立てするすべてを片っ端から撃破』すればいい。自分だけを信じて、勝手気ままに生きられるではないかっ!」


「むっ! 茶化しているのかっ!」


 怒りの形相の勇者が立ち上がって、今にも飛びかからんとしてくる。


「落ち着け。茶化してなどいない。偉大なる魔王様が、宿敵だった貴様に送る言葉だ」

「どういうことだっ!?」


「これからは、好きに生きろよ。ここは、お前が『救った』世界だ。お前が『好きにしていい』んだよ」

「え……?」


 本当は破壊し、混沌をまき散らしただけだがな。

 まぁ、もう俺の知ったことではない。


「誰に遠慮する必要がある? 恩知らずどもが舐めた真似して来たら、殺しちまえよ。お前には、その『権利』がある。お前を裏切った連中は、お前に生かされているだけの命だ。不安になったりビビったりせずに、ただ堂々としてりゃあいい」


 そう言ってやるなり、勇者が口をつぐんでゆっくりと座った。


「お前の話は……よくわからん」

「わからなきゃ、わかろうと努力しろ」


 いずれにせよ。


 勇者と俺がこうして同じ場所で芋が焼けるのを待っているぐらいふざけた状況になっているのだ……この時代の終着は近いのだろう。


「『魔王と勇者の物語』は、もう終わったのだ。この世界の果てで、平穏なる隠居生活を楽しもうではないか?」


「むぅ……」


「こうやって、のんべんだらりと芋でも焼きながらな」


 釈然としない顔の勇者が、何か言おうとしてやめた。


「魔王! なにをぼーっとしているのだっ! 芋が焦げてしまうぞーっ!」


 マジか!?

 今にも自殺しそうな顔をしておいて、頭の中は芋のことだけではないか!

 とんでもなくバカな小娘と断言できるっ!


「落ち着け。焼き芋を食わせてくれる俺を信用して待ってろ」

「ふんす! 信用にはまだ遠い。せいぜい利用段階だ」


 はあ? バカの癖に言葉遊びしてきやがっただとォ~ッ!?


「ふんす、じゃねぇんだよッ! この俺は、自らを殺害しくさった最低最悪のバカであるお前を助けてやったんだぞ! しかも、芋まで焼いてやっている! 四の五の言わずに、恩義を感じて忠義を誓えッ!」


「なにぃーっ!? 急にキレただとッ!?」


「驚くところは、そこじゃねぇんだよ! 驚かなきゃなんねぇのは、テメーの無礼さだ! お前は勇者だろ、人道にもとる行いをしろッ!」


 正論を突きつけてやるなり、勇者が生意気腕を組んでふんと鼻を鳴らした。


「貴様は、魔王だ。恩義など感じないし、忠義など誓うわけないだろ!」

「俺は、もう魔王じゃない。お前の『勤め先の先輩』だよ。しかも、追手にさらわれたバカな後輩を命懸けで助けた超親切で優しくてイケメンの先輩だよッ!」

「最初の一言で終えていればいいのに、なんて傲慢な男なのだ……!」


 こいつ、ほんとムカつくわ~!


「おら、焼けたぞ。うるせぇから、芋でも食ってろ」


 殴ってやってもいい……いや、むしろ殴りたい!

 だが、そんなことしたら、普通に反撃されて大変なことになるからな。


「わあっ!? ほくほくだぁーっ!」


 芋でも食わせて、黙らせておくのが一番いいわ。


「もぐもぐ。魔王は、芋を焼くのが上手いなっ!」


 子供のように無邪気に芋に食らいつく勇者に褒められた。


「俺は他人の百倍頑張って芋を焼いて、魔王まで上り詰めたからな。芋を焼くのが上手くて当然だ」

「へぇっ!? 魔王って、そういう仕組みでなるのかっ!?」


「んなわけあるか、嘘に決まっているだろう」


 適当にからかってやるなり、勇者がぷりぷり怒りだす。


「ふんがーっ! 私を騙したのかっ!? やはり、信用ならんやつだっ!」


 そして、奴の手のなかにあった芋は消えていた……?


「もぐもぐ」


 もう食い終わったのかッ!? 一瞬じゃねぇか……。


「信用しろ。俺を信用したら、この焼きたての芋をやる」

「……お前の焼き芋職人としての腕は、信用してやる」

「誰が、焼き芋職人だよ」


 物欲しげにこっち見てくる勇者に、芋を投げてやる。


「それ食ったら、『もう二度と魔王様に、危害を加えません』と誓え」

「誓うわけないだろっ! 今は、勇者業は休業中だから、『お前とは休戦状態』だ。だが……お前がひとたび悪事を働けば、私はお前を成敗するのだっ!」


 動物園の猿のように素早い動きで芋を掴んだ勇者が、同じく猿のように獰猛な目つきで睨んでくる。


「はあああ~? な~んだ、その生意気な態度はッ!? 芋をたらふく食わせてやっているというのに、なぜ懐かないのだッ! 懐けッ!」


「お芋やったぐらいで懐くわけないやろ? 女はそう簡単に、男に心を開いたりせぇへんのや」


 利いた風な口をきくメイが、唐突に裏庭に姿を現した。


「アンジェは、おバカそうに見えて、実は賢い子や。お芋ごときではなびかんちゅー強い気持ちを忘れたらあかんよ。女は身を固くしとかんと、簡単に身を持ち崩してまうからね」


「流石は、メイ殿! 言葉のひとつひとつに含蓄がある」


 メイめ……すっかり勇者を従業員として従えてやがる。

 なぜ、勇者は俺には懐かないくせに、メイには懐いているのだ?


 メイは勇者に飯を毎日食わせて餌付けしているから、それが原因か?

 しかし、芋ごときでなびかねぇし……原因不明でムカつくな!


「バカなやつらめ。この俺に従っていれば、類い稀なる幸福に恵まれるというのに」

「類い稀なる幸福って、どんなことやねん?」


「自分で想像しろ、ワクワクを楽しめ。人生はワクワクが大事だ、楽しみはお前の魂に活力をもたらす」

「ほえ? 急にしたり顔して、なんなのだ?」


 メイと勇者が、顔を見合わせて肩をすくめる。


「フールは、いっつもこうやねん。朝から晩まで常にやる気がなくてバカみたいなことばっかしとる癖に、急に哲学的なこと言ってみたりして、わけわからん奴やねん」

「やはり、おかしな奴だ。メイ殿、一緒にいないほうがいいのではないのか?」


「アンジェ……物事には、必ず『良い面と悪い面がある』んや。どんなにダメなやつでも『良い面を見てやる』のが、人付き合いにおける努力と人情やねん」


 メイめ……ガキのくせに、妙に含蓄のあることを言いやがる。


「いや、誰がダメな奴だよ!?」

「フール、おまはんや」

「あはは! ざまあないな、魔王!」


 勇者が生意気にあざ笑ってくるなり、メイがたしなめた。


「こら、アンジェ。あんたは、フールがいなかったら悪い奴らに誘拐されて処刑されとったんやから、あんま悪く言ったらあきまへんよ」

「むぅ……」


 ははっ! バカめ!

 勇者だというのに、年下のガキに叱られる哀れで愚かな奴よ。

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