第48話 優しい魔王の餌付けは効果的

「お師匠様だとぉ~……っ!? そいつをしばき倒さないといけんなァーッ!」


 とんでもない迷惑有害クソ野郎がいたもんだなァッ!


『お師匠様』とかいう稀代の大バカ野郎のせいで、俺の平穏なる隠居生活がぶち壊されちまったッ!


 見つけ次第、殺さねばならんッ!


「ところで、魔王。さっきから、何を読んでいるのだ?」

「新聞だよ」


 普段は、バカ向けの洗脳チリ紙など読まん。

 だが今は、島の内外の情報が欲しい。

 勇者が身近にいるせいで、面倒ごとに巻き込まれやすくなっているからだ。


「新聞? 芋を焼くときに使う包み紙か?」

「そうだ」


 つまんねぇこと言ってきたが、面倒なのでツッコまない。


「おい! そうだじゃないだろ、そこは何か言えよっ!」


 ちっ、面倒なやつだ。

 こいつ、俺のことを友達か何かだと勘違いしてんじゃねぇのか?


「フン……エドムのバカどもが、軍拡を始めたか。各地での小競り合い、紛争、事変、革命――次の大戦も近いな」


「なにぃっ!? 魔王のお前がここで隠居しているのだから、もう敵はいないぞっ!」

「お前が、偉大な魔王様を倒したから、人間どもに『新しい敵』が生まれたのだ」


 絶対的な権力は、絶対に腐敗する。

 図体のデカい国体は、腐ったら何が寄ってくる?

 腐った死体には、なにが寄って来る?


「けけっ。俺に勝利して世界の支配者にでもなったと思いあがったバカどもが、腐敗した国々をまとめ上げて、腐臭のする帝国か世界政府でも創るつもりだろうなぁ」

「誰がだ? 主語を言えっ!」


 腐った死体に寄って来るのは、蠅だ。

 蠅は死体に、汚れた卵を産む。

 卵が孵って蛆が生まれ、蛆は死体を食い散らかす。


「誰が、帝国を創るというのだっ!?」


 そして、最後は『骨』だけが残る。


「不死王がやる」

「なにっ!?」


「奴は俺に次いで強力で強大な力の持ち主だ。そして、邪悪さでは俺を遥かにしのぐ」


 小さな物語しか描けぬ人間どもに、国をまとめることなどできるわけないだろうが。


「そんなやつが、俺を殺して暇を持て余しているんだ。よからぬことをするに決まっている」


「……不死王。吸血鬼や夜魔、グールやスケルトンなどの常闇の住人どもをまとめあげる不死者の王……」


 やはり、バカだが戦いに関する知識だけはありやがる。


「不死王は、俺と違って『人間を弄ぶ』――やつが笑顔でくれる『まがい物の蜜』に寄ってきた王という名の蠅どもは、毒の蜜の沼で溺れ死ぬ。そしてその死体は、死を弄ぶ不死王に操られる傀儡となる。そして世界は、不死王にいいように操られる」


「よくわからんが、大変ではないかっ!」


 不死王の邪悪さを知った勇者が、金髪と乳を振り乱して取り乱す。


「なぜ、俺の言葉を信じる?」

「え?」


「俺は、お前の『敵』ではないのか?」

「え……? いや、そうだが、今は……あれ?」


 何気ない一言に対して、勇者が激しく戸惑う。


 こいつ、本当に俺のことを友達かなんかだと思ってんのかもしれねぇな。

 おめでたい小娘だよ。


「偽善によって舗装された地獄への道だ」

「なんだ?」

「お前が、今まで歩んできた人生のことだよ」


 勇者が不思議そうな顔で俺を見てきたので、俺も勇者の顔を見てやる。


「お前は、強く、たくましく、顔が良くて、乳とケツがデカくて無駄にエロい」

「ぬっ!」


 ちょっと怒った顔をする勇者が、胸とケツを手で隠す。


「そして、『驚異的なまでに頭が悪い』――だから、悪人どもが『おいしい餌』に群がる虫のようにわらわらと寄ってくる。そして、バカなお前は悪人どもに食い物にされて、人生をかけて手に入れたすべてを失い……今ここにいる」


「バカにするな! 私は大変だったんだぞーっ!」


 勇者がぷりぷりと怒りだした。


「俺が知った絶望には程遠い、不幸の浅瀬にハマったぐらいで何を嘆いてやがる」


 新聞を丸めて、勇者のパンと頭を叩く。


「『勇者』として生きてきたお前の人生には、これっぽちも価値などない」

「なんだとっ!? 私は勇者として世界を救ったのだぞっ!」


「お前が縋りつく『勇者』という肩書は、誰かがお前に貼りつけた『商品説明』だ。それがもたらす価値など、ただの幻想だよ。お前は、誰かに値段をつけられて、誰かの欲望の餌食にされていたのだ。いい加減、『勇者』とかいうカビの生えた物語は捨てろ、この島でホステスとして生きていけ」


 本当の絶望ってのは、すがる夢も希望も、我を失う狂気すらも存在できない。

 ハッキリとした意識で、『このまま苦痛に蝕まれ、不幸に堕ちていくこと』がわかっているのに、なにも為す術がなく破滅に掴まれる恐怖――。


「愚かな人間どもは、『魔王という敵を憎んで一つにまとまっていれば』、それでよかったのだ。そうすれば、共食いなどする気にもならなかっただろう……お前は『勇者』の肩書をちゃんと捨てて、おぞましい連中に関わるな。自分を大事にしろ」


 何気なく勇者を見ると、困惑した顔をしてこちらを見返してきた。


「……お前の話は、いつもわかりづらいのだ」

「今、お前が見ている世界は、迂闊なお前自身が招いた混沌と不幸だ。だから、先に進みたければ、お前は新たに選ばなければならない」


「……なにをだ?」

「お前の『新しい人生の目的』だよ」


 そう言うと、勇者がふむと考え込んだ。


「ここで、ホステスとして生きて……」


 勇者が決意を込めた目で、俺を見てくる。


「いや――魔王……お前の亡き後、不死王が世界を破壊しようと言うのならば、『不死王を討伐して世界を救う』……!」


 なるほど。


「勇者の『肩書』は捨てられても、勇者としての『生き方』は捨てられないってか?」

「そうだ」


「まあ、いいんじゃない」


 こいつの標的が俺から不死王のクソ野郎に移ったのならば、これからは俺に危害を加わえてこないだろう。

 なら、勝手に好きなことをやればいい。


「いいね。とても、いいね。俺も、あいつは嫌いだ」

「意外だな。止めないのか?」


 勇者が驚いたような顔をして、俺をまじまじと見てくる。


「親切で慈悲深い俺が、お前がまた同じ失敗をしないように助言をしてやる」

「助言?」


「賢くあれ――真の賢さは、破壊と殺戮に染まったお前に、他者を愛する心をもたらすだろう。そして、お前が救うことになる人々に伝達するだろう。お前に救われた人々が博愛精神に目覚めれば、絶望的な状況ですら希望に変わってゆくだろう。そうすれば、お前は俺を倒した時と違って、真の勇者として崇拝されるだろうよ」


 素晴らしい助言だ。

 この助言を糧に、今すぐこの島から出て行ってほしい!


 などと思っていると、勇者が驚いているような感心しているような妙な顔をした。


「魔王、案外よくしゃべるんだな……戦争のときも何回かこうやって顔と顔を突き合わせる機会があったが、一切口を利かないやつだったのに……」

「お前が敵だったから、話さなかっただけだ」


「……不思議な気分だ。実は私は、魔王と話してみたかったのだ」


 俺はお前と話したいなど、一瞬たりとも思ったことはないがな。


「俺は、優しい魔王様だからな。お前が話したいと望むのならば、売るほど暇がある時なら付き合ってやる」


 本当に、俺は丸くなったなあ~。

 こんな無礼なバカ娘の望みに耳を傾けてやるなんて……。


「バカ言うな! 優しい魔王などいるものかっ!」

「ここにいるよ。俺が優しい魔王様だ」


 ほんま、魔王様の優しさは天井知らずやでっ!


「それはそれとして。新聞読み終わったから、お前がもらってきた芋を焼いてやるよ」

「わあっ! 魔王は、優しい魔王だぁーっ!」


 唐突にキレた勇者だったが、一転して無邪気にはしゃぎ出した。


 やはり、こいつには『餌付け』が最も効果的だな。

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