第2部

第1章 勇者の身請けと、ロリエルフの借金と

第47話 終わりの先の新しい日常

 そもそも俺は、世界中から畏れ、敬われていた偉大なる魔王様だ。


 しかし、色々あって……今は、無職で隠居生活の身。


 だからかしらんが、とにかく常日頃からびっくりするほど、やる気が出ねぇ。

 まず、働きたくねぇ。


 労働を強制されると、なにもかも投げ出したくなる。

 当然、強制労働の仕事先にいる上司的なバカに上から目線で何か言われたら、普通に殴ってしまう。


 だが、俺は平和主義の優しい紳士なので、そんなことはしたくない。

 なので、俺は基本的に働かねぇ。


 とはいえ、何の問題もない。


 なぜなら、俺は隠居生活を楽しんでいるからだ!


# # # #


「魔王、また仕事をさぼっているのかっ!」


 上から目線で語りかけてくる態度と乳のデカい金髪小娘は、かつて俺を討伐せしめてみせた『勇者』と呼ばれる忌まわしき存在だ。

 人の居城に土足で上がり込んだうえ、さらに殺しにかかってくる! という、無礼極まる蛮行を真顔で行う正真正銘の異常者だ。


 こいつとは、色々あったが……今では、俺の下で見習いホステスとして働いている。


 元勇者アンジェリカ――この世界で最も不可解で数奇な運命を持つバカ娘だ。


「んなことより、近所への挨拶回りは済んだのかよ?」

「うむ。近所のみんなに挨拶してきたぞ」


 この島に来てしばらくは完全に異常者の風体だったが……俺の教育のかいあって今では、会話をまともにかわせるぐらいに真人間に更生した勇者だった。


「ここの街の人たちは、みんな『いい人』たちだ。挨拶に行っただけなのに、お近づきの印と言って色々と食べ物をくれたぞっ!」


 などと言って、勇者がふふんと自慢げに手提げ籠を突きだしてきた。

 大きな籠の中には、果物やら芋やら塩漬け魚や燻製肉などがぎっしり詰まっている。


「近隣住民どもに餌付けされてんじゃねぇよ」


「餌付けなどされてはいない。挨拶に行った時に、出されたお菓子やお茶をいっぱい食べていたら、『アンジェちゃんは、いっぱい食べるから、見ていて気持ちがいいねぇ』って言って、みんなが勝手にくれたのだっ!」


「それを餌付けっつーんだよ」


 最初に遭遇したときは、餓えた獣じみた見た目をして、凶暴な殺気を全身からほとばしらせていたものだが――。


 今ではすっかりただの無邪気な小娘……いや、バカな小娘になってやがる。


「かつては……世界を救った勇者だなんだのとおだてられていたが、魔王討伐後は、仲間に裏切られて、やってもいない罪を着せられ、処刑されそうになったのだ……国を逃げ出した後は、暗殺者に狙われるし、かつて助けた人々に恐怖の視線を向けられ、石を投げられるし、完全に人間不信になっていたのだ――」


 は? なになに?

 こいつ、なんで急に自分語りを始めたの?


「なのに、パンドラの人たちは、私を『元勇者』でも『大罪人』でもなく、『ただのひとりの娘』として見てくれる。これほど嬉しいことはない……っ!」


 ツッコミを入れたいところだが……。

 なんか感動して泣いているので、面倒だから放置だ。


「よかったね」

「うむ、よかったのだっ!」


 なんやねん、これ。


「ところで。私が島の外では、『賞金首』だということを、パンドラの住民たちは知らないのか?」

「知ってんじゃね」


 適当に言うなり、勇者が目を丸くして身を乗り出してきた。


「なにっ!? 知っているのならば、なぜ私を捕らえようとしてこないのだっ!? 私にかけられている懸賞金は、一生遊んで暮らしてもまだ使い足りないぐらい高額なのだぞ! なぜだっ!?」


 なぜなぜって、子供かよ。めんどくせえなぁ。


「この島……つーか、ここ『パンドラ』は、世界各地から民族・人種を問わず、外でやらかした流れ者どもが漂着して作った街だ。いわば、『全住民が罪人の島』――だから、大罪人のお前でも、この街は拒まずに受け入れてくれるんだよ」


 パンドラは、流民やら罪人が集まってできた『ならず者どもの最後の楽園』だ。


 混沌の都パンドラには、戦争やら災害で住処を失った連中が、時に民族単位で流れ着く。


「この国の支配者『魔女』に恭順を示せば、エルフ、ドワーフ、獣人はおろか、『人間の敵である魔族』ですら居住を許される異常国家だ」


「じゅ……全住人が罪人で、亜人も魔族もいる異常国家……っ!? この国、大丈夫なのか……?」


 勇者が丸い目をふるふると揺らして、不安げな顔をする。


「なにが大丈夫かは、わからんが……大丈夫、余裕だよ」

「おい! 適当言うなっ!」

「大丈夫だろ? お前に勝てるやつなんて、この島にゃ誰もいねぇんだからよ」


 つか、全世界探してもこいつに勝てるのは、偉大なる魔王の俺ぐらいよ。


「いや、そういう『誰かに襲われる』的なことではなく……島の外の国は、なにかしてこないのか? ここは罪人ばかりの危ない国なのだろう?」

「他国から制裁されるみたいな話か?」


 会話下手な勇者の意を汲んでやる優しい魔王様だった。


「うむ、そうだ」

「パンドラは、経済的および地政学的に、島外の諸国から政治的干渉をまったく受けない地域だ。お前が『未だに誰にもとっ捕まってない』ってことは、そーいうこったよ」


 言ってやるなり、勇者が子猫みたいに小首をかしげる。


「『そーいうこと』って、どういうことだ?」


「この国の王様だの上層部だのが、おめーの『滞在を黙認してる』ってことだよ。本来なら、今頃とっくに捕まって、賞金と換金されてるはずだろ? でも、違う。パンドラは『島の外ことなど知ったこっちゃない』。だから、『そーいうこと』なんだよ」


 パンドラは異常なる罪人の街だが、決して無法地帯ではない。

 国王を中心とした各派閥の長どもによる議会制度で統治されている。


 さらに上に、真の支配者である『魔女姫と魔女ども』がいるのだが……めんどくせぇから説明しなくていいや。


「つまり……私は、ここにいていいってことか……?」


 怯える子供のような顔をする勇者が、不安げな眼差しで尋ねてくる。


「いいんじゃね?」

「いいんじゃね? って、なんだ!? はっきりしてくれっ!」


「うるせぇなあ、パンドラの住人どもが『お前のことを気に入った』ってことは、『ここにいていい』ってことだろ? つうか、お前がどこにいるかを決めるのは『お前自身』であって、他人の許可なんていらねぇだろうが」


 などと言うと、勇者がじぃっと俺の顔を見つめてきた。


「なんだよ?」


「魔王……お前、意外といいことを言うのだな」

「意外もくそも、俺はいいことしか言わねぇよ」


 それから、勇者がふふっと笑った。


「あはっ! そうか! 私は、ここにいていいのかっ!」


 勇者が心の底から、うれしそうに笑う。

 まるで、ずっと仲間はずれにされていたガキに友達ができたみてーな面だ。


「よく考えたら、すでに島の住人に好かれているし、私がここにいてはいけない理由がないなっ!」


 最初の頃の獣まるだしの殺気が、すっかり消えている。

 今や、マジでただのバカな小娘だ。


 やはり、人が変われるかどうか――というのは、本人よりも環境のほうが重要なのだろうな。

 環境によって人は変わる……。


 俺もそうなのかねぇ~……。


「あんなやつらに好かれたら、人間終わりだよ」

「なんだと?」

「あんなバカで下品なやつらに好かれてるとか、マジで恥じたほうがいいぞ」


 パンドラは、住人の七割が罪人で、あとの三割がバカ――という、ろくでもない場所なのだから、ここの住人に好かれないほうがいいのは、当然の話だ。


「黙れ、ひねくれ者が! お前も、仲良くしているではないかっ!」

「俺は偉大なる魔王様だから、隠しても隠し切れない生粋の神々しさおよび愛しさにより、下々の者が勝手に慕って寄ってきちゃうんだよ」


「な……なんて、傲慢なやつなのだ……っ!」

「んなことより。お前は、なんでここに来たんだよ? 逃亡先なら他にいくらでもあっただろ?」


 割と初期の頃から気になっていた疑問だ。


「お師匠様に言われたからだ。『逃げるなら、パンドラに行け』とな」

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