もう、魔王やめた! 無職魔王は働かない。~魔王なのに反逆されたので、同じく戦友に裏切られた勇者を仲間にして逆襲する……隠居しながら! ろくでなし魔王の自堕落で騒がしいほのぼのスローライフ!?~
第45話 倒した勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている。
第45話 倒した勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている。
「なんで、魔王の俺がこんなことを言っているのかは、まったくわからんが……俺も、お前のおかげで魔王という筆舌に尽くしがたい重責から解放されたよ。ありがとな」
思ってもいない一言。
いや、少しは思っていたかな――?
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああん!」
「あまり泣くな。持ってきていたお菓子をあげよう。甘いクッキーだ」
出かけしなメイにもらったお菓子をくれてやるなり、勇者がまた泣き出した。
「魔王ぉ~っ! なぜ、なぜ……! お前が、魔王なんだぁ~……っ! なんで、敵なのに……そんなに優しいのだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
勇者、ぎゃん泣き。
これで、完全にバカの空気になった。
この状態になれば、もう勇者アンジェリカは『勇者』であることに執着するのを止めるだろう。
「甘いはずのクッキーが、しょっぱいのだぁぁぁ~……魔王のせいだーっ!」
いや……わからんけど、さすがに改心したはずだ。
勇者であることはやめずとも、この『俺の敵』になることはやめるはずだ。
その証拠に――。
倒した勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている。
「勇者アンジェリカよ、俺の『仲間』になるか?」
「……え?」
俺の問いかけに、勇者が意外そうな顔をする。
「別に、『ずっと』というわけではない。『この島で暮らす間は、仲良くしていましょう』ってことだよ」
こいつをここで懐かせておけば、さっきみたいに意味もなく襲われることもなくなるだろう。
それになにより、この先、『不死王のバカに復讐にするとき』にも役に立つだろう。
さらに、隠居生活を送る上でも、雑用を押し付けたり便利に使えるはずだ。
「しょうもない過去の遺恨よりも、明日の実利だよ。なにせ俺たちは、今を生きているのだからな」
この俺は、偉大なる魔王様なのだ。
常に先を見つめ、転んでもただでは起きん!
「勇者アンジェリカよ。魔王カルナインの仲間になるか?」
しばしの間の後……。
勇者は、小さくこくりと頷いた。
「……うん」
「いい返事だ。もう一枚クッキーをやろう」
勇者にクッキーを渡し、頭を撫でてやる。
まるで、子供をあやしているみたいな気分になってきた。
「それを食ったら、これからは心を入れ替えて、ホステスとして真面目に生きていけ」
「……できるのか?」
「何がだよ?」
勇者が縋るような目つきで、俺を見つめてくる。
「勇者であることを捨てることがだ」
やれやれ……。
こいつもまた、『偉大なる魔王様に救いを求める哀れな凡愚』だったのだな。
かつての敵とはいえ、この懐きっぷり、および恭順の意を示したのだ。
遺恨はとりあえず脇に置いておいて、その思いに応えてやらねばなるまい。
「お前ならできるさ。なにせ、お前は一度、世界を救ったのだからな。それに比べれば、ホステスになることぐらい容易いことよ」
「そうか……」
その瞬間、勇者の顔から険が取れ、憑き物が落ちた顔をする。
「そんなことより、帰るぞ」
「……うん」
初めて恋を知った少女のように頬を赤らめて熱っぽく俺を見てくる。
当然だ。
魔王様特有の器のデカさ、漢気の濃度の濃さ、すべてが恋せざるを得ない。
だが、そんなことはどーでもいい。
なぜなら、俺は一刻も早く帰りたいからッ!
なんか、疲れすぎて、スゲーだるい! 眠い! 酒飲んで寝たいッ!
「忘れていた! 帰る前に、追手どもから財布を回収するぞっ!」
「お前、いつもそれだな! 私には勇者をやめさせたくせに、自分は未だ邪悪な魔王ではないかっ!」
懐いたはずの勇者が、生意気に反抗してきた。
「勘違いするな。これは慰謝料の請求と回収だよ。被害に遭った俺の正当な権利だ。こっちは、ナイフで刺されたり、全身をバラバラに斬り落とされて殺されかけたんだぞッ!」
勇者がなにを言おうが、俺は財布を回収する!
なぜならば……平穏なる隠居生活を送るには、金が必要だからだッ!
「ひゃはは、やったぜ! 遠征で来てるから結構な金持ってると思ってたけど、大当たりだ! これで、しばらく働かずに遊んで暮らせるぞおおおおおおおおおーっ!」
「な、なんて奴だ……っ! 魔王のくせにやっていることが、そこらのチンピラではないか……っ!?」
勇者がクズを見る目で俺を見てくるが、無視する。
こいつに必要以上に好かれたところで、なんの得にもならんからだ。
「それより、魔王。追手たちは、このままにしておいていいのか……?」
「いいんじゃね? 海に投げ捨てれば、適当な魔物か魚介類が喰い散らかして骨も残らねぇよ……オラァッ!」
バカどもの死体を、波止場から海に蹴り落とす。
「ああっ! 魔王ーっ! 何をしているのだああああああああああああああーっ!」
「うるせぇな。あいつらは、お前の仲間じゃねぇ、『敵』だっ! そして、お前はもう勇者じゃねぇ! こいつらのことは忘れろ! 過去に生きるな、未来に生きろ!」
複雑な表情の勇者が、何か言いたげに俺を見てくる。
「…………」
だが、勇者はそのまま何も言わずに、海に向かって静かに黙とうを捧げた。
「……追手が国に帰還しなかったら、必ず新たな刺客が差し向けられるのだ。今日は、なんとか凌げたとしても、明日はどうなるかわからない……」
「だからなんだよ? また来たら、またぶっ殺しゃあいいんだよ」
ガチャガチャうるせぇ小娘だ。
「お、おい! それでは、問題の解決に――待て、魔王っ!」
「しつけぇ! 来るなら、殺す! それだけだ。そもそも、やつらは償わなきゃなんねぇんだよ。実際はどうであれ、エドムの連中は、『人生を代償にして世界を救った勇者』であるお前の良心と人生を弄んだんだぞ」
よく考えたら……こいつは、まだ股に毛が生えたばかりみてーな幼さの残るガキだ。
それなのに、大の大人が寄ってかかってボコボコにするとか……人間ってのは、やることがえげつなくて、こえーなぁ。
「その上で、人生をやり直そうとするのを邪魔するのならば、その罪は死でもって贖ってちょうど釣り合う! 違うか?」
「……魔王。私のことを、そこまで思って……」
勇者め、なぜ恋する乙女の目をする……?
「……ありがとう」
いや……俺のあふれ出る慈悲、博愛、および魔王様としての威厳が、このバカと無礼と暴力を極めし勇者の穢れ尽した心を浄化したのだろう。
やっぱり! 俺は、偉大で崇高でむっちゃスゴい魔王様なんだなぁっ!
しょっぱい隠居生活してても、それは隠せねぇってことよ!
「お前ら、無事かああああああああああああああああああああああああああーっ!」
唐突にメイが、俺の目の前に現れた!?
なぜか、頭に鍋をかぶり、手には包丁と鍋のふたを装備した姿で!
「どうしたんだい、メイちゃん? 日々の労働のせいで、とうとう頭がおかしくなってしまったのかい?」
「なんや、その反応はっ!? フールが、誘拐されたアンジェを探しに行ったきりで、いつまで経っても戻ってこーへんから、助太刀に来たんやぞっ!」
現れるなり、大声でキレ散らかすメイだった。
「メイ殿っ!? どうしたのだ、そんなとんちきな格好をしてっ!? 貧困と過労で頭がどうかしてしまったのかっ!?」
「はあああっ!? この恩知らず娘がっ! アンジェが誘拐されたから、わざわざ助けにきてやったんやぞ! なんて言い草やっ!」
「なんとっ!? メイ殿、こんな私を助けに来てくれたと言うのか……っ!?」
メイの優しさ――おそらく、ホステスと雇われ店長が二人同時に失踪したら、店が潰れると危惧してやってきた――に触れた勇者が感極まる。
「うぅっ! かつての仲間には裏切られたのに! 出会ってから、まだ日が浅い赤の他人が、私をこんなに心配してくれるなんて……っ! 私は、なんていい人に出会ったのだ……っ!」
複雑な身の上の勇者が、感動のあまり泣き出す。
またギャーギャー泣かれても困るし、適当に声かけとくか。
「よかったな、勇者。そのがめついロリエルフは、俺の幸運のお守りだ。そして、そのご利益は、どうやらお前にも及ぶらしい」
「……え?」
「いいから、喜んどけ。ろくでもない破滅の渦に巻き込まれても、俺たちはどっちも死ななかった。どっちも生きている。なら、大丈夫だ」
勇者が何かを尋ねたそうに、俺を見上げてくる。
「俺たちは、こういうしょっぱい現状だから、今までやってきた行いが正しかったわけじゃなのかもしれない……だが、間違っていたわけでもないだろう。こうして、破滅せずに生きながらえているのだからな」
勇者の戸惑いがちに揺れる二つの青い目は、答えを求めていた。
なら、くれてやる。
俺は今、そこまで悪い気分じゃないからな。
「だから、泣くのはやめろ。気を楽にして、しっかりを足を踏ん張れよ。そうすれば、たとえ、世界が終わりを告げて、空が落ちてきたって大丈夫さ」
俺の言葉を聞いた勇者が、困り顔をする。
「……お前は、わけのわからんことばかり言うのだな」
そして、それから――
「だが、嫌いじゃないよ」
ふっと軽やかに笑った。
今まで背負っていた重い何かが、消えたかのような顔で。
「おや? なんか知らんけど、二人とも仲良ーなってよかったわ。喧嘩した後は、仲が良くなる的なあれやろ?」
事情を知らないメイは、呑気なもんだ。
まぁ、この無邪気な呑気さは、殺伐さに蝕まれている勇者を救ってやれるだろう。
俺もなんだかんだで、メイの無邪気さには救われているしな。
「ところで、フール。アンジェがここにこうやって無事でいるってことは、誘拐犯たちは……?」
「全員しばき倒して、海に沈めた。もはや、問題は何もない」
みなまで聞かれなくとも、先に必要な答えを出すのが魔王様だ。
「そっか! ほな、帰ろうかっ!」
「ええっ! それでいいのかっ!?」
メイの返事を聞いた勇者が、なぜか激しく戸惑う。
「ほえ? どういうこと?」
「いや、だって! 私が誘拐されて、それで誘拐犯は誰かとか? なぜ、さらわれたんだとか? 色々、あるだろう?」
「この街じゃ、誘拐なんて日常茶飯事やねん。ちょっと前に、うちもさらわれてまったしな。殺されてもいないのに、大げさに取り扱わんよ。なあ、フール?」
なぜかしらんが、メイがジトリとした半眼で睨みつけてくる。
「なぜ、責めるような目で俺を見る?」
「アンタのせいで、さらわれたからやっ!」
「そう……」
ガキの癇癪および逆恨みには付き合えん。
「なんや、その態度っ!? 少しは自責の念に駆られろーっ!」
「知るか、俺が責めを負うことなどなにもない。つうか、お前は手ぶらできやがって。ジジイだの騎士団だのは、どーしたんだよ?」
「おじいはんは、仕事終わりにどっかのキャバクラに行っとって捕まらんかったわ」
「滅べ、メイ一族!」
付き合いきれん。もう帰ろう。
「魔王っ! 勝手にどっかへ行くなーっ!」
「勇者アンジェリカ! 最果ての島パンドラへようこそ!」
「え? 急になんだ?」
「戦しか知らぬお前にとっては、この変人ばっかのイカレた島は、右も左も上も下もわけがわからん不思議な場所だろう」
「だから、なんの話だと聞いているのだっ!?」
「こまけぇことはいいんだよ。生きていることを喜べ! そして、人生を楽しめっ!」
そうだ。
生きているとは、素晴らしい。
「人生を楽しむ……」
「その通り」
だから、生きている限りにおいては、楽しまねばならん。
それが平穏なる隠居生活ならば、なおのこと。
「愛しさと切なさとしょうもなさを味わって、気楽に人生をやっていきたまえ」
さて、仕事は終わったし、さっさと帰ろう。
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