第44話 おつかれさま

「くだらないモノの為に必死こくのは、アホらしいってことだよ」


「くだらないだとっ!? くだらなくなんてないっ!」


 勇者がまた声を荒げた。

 大声を出すことで、感情だの現実だのを紛らわせようとしているのだろう。


「くだらないんだよ。お前は、『もう勇者』じゃない。そして、かつての仲間から追われる『罪人』だ。そんな辛くて苦しくてしんどい人生をいつまで続ける気だ?」


「……辛くて苦しくて、しんどい人生……」


 声を荒げていた勇者が、不意にぎゅっと口を閉じた。


「魔王の俺が表舞台から姿を消して隠居生活を送っているように、勇者のお前も隠居生活を送れ。『魔王と勇者』の物語が終わった俺たちは、もう世界には不要なのだ」

「世界に不要……」


 それから、力なく地面をぼーっと見つめた。


「それに、お前がそうして生きていられるのは、『この俺がお前を助けてやったおかげ』だ。その命は、慈悲深い俺が、『お前にくれてやる』。だから、自分のために使え。お前を裏切った連中などにくれてやるな」


 勇者は何も言わずに、俺の話に耳を傾けていた。

 救いを求める子供のような顔で――。


「居場所がなく、行く当てがないのだろう? ならば、行く当てが見つかるまで、今しばらくメイの店でホステスをやっていればいい。血なまぐさい争いから離れて暮らせば、お前もやりたいことや行きたい場所が見つかるだろうよ」


 勇者のような常識知らずのバカでも、この魔王様の慈悲深く懇切丁寧な説得を聞けば、大人しくスナックのホステスをやることを決意するだろう。


「わかったら、帰るぞ。スナックの開店の時間だ」


 話し終わった俺が歩き出すなり、勇者が謎に引き留めてきた。


「待てぇーっ! 勝負はまだついてないぞっ!」


 しつけぇなぁ。


「ついたよ。俺とお前の勝負は『引き分け』――俺とお前対お前の追手の勝負は、『俺達の勝ち』。これにて、この場でのすべての勝負の勝敗は決した。『生き残った俺達の勝ち』。魔王と勇者の長きにわたる血塗れた物語は、これにて終了!」


「なんだそれはっ!?」


「勇者アンジェリカは、今や『場末のスナックの雇われホステスのアンジェ』

だ。そして、偉大なる魔王様だった俺も、ただの『雇われ用心棒兼店長代理のフール』。最果ての土地の場末のスナックの冴えない雇われ従業員なのさ」


 綺麗にまとめてやったわ。


「ぬぅぅぅ~……」


 とはいえ、勇者は不服そうにしているが……。

 もうこれ以上、話すことなどない。


「待てっ! 黙って、どこかに行くなーっ!」

「しつけぇな!」


 ――と思ったが、ハッキリと言ってやらねばならんような気がしてきた。


「勇者ちゃんさぁ~、お前の手足をブチ折って手枷足枷までつけて誘拐するような猟奇的で性悪なやつらが、お前を暖かく迎え入れてくれると本気で思っているのか?」


「思っている! お前の首を持っていけば、私は勇者だっ!」


「馬っ鹿じゃねぇの! 俺の首を持って行ったところで、すんなりと信用するわけねぇだろ! そもそも、エドムの国の連中は、俺を魔王だと知っているのか? 俺を魔王だと知っているのは、『世界で唯一、俺と決闘したお前だけ』なんだぞっ!」


 語気を強めるなり、勇者が口をぽかんと開けて脱力した。


「あっ……そうか……」


 こいつ、肝心なことを勘定に入れてなかったのか……?


「あっ……そうか……、じゃねぇんだよ」


 呆れて何も言えん。


「いや、知ってる人は知っているのだっ! 魔王の討伐後の式典で、お前の首をみんなに見せたのだっ!」


「知ってるやつは知ってるじゃねぇんだよ! 王殺しの罪人で説得力皆無のお前が、関係者以外の『なんも知らねぇエドム国民全員』をどうやって説得すんだよ?」


「ぬぅっ! だから、それは私がお前の首――」


 いちいち言い訳しやがってよぉっ! あと、首、首、物騒なんだよッ!


「ハッキリ言うけど、お前が勇者に戻るには、国家転覆が必要なんだぞ」

「そんなわけあるかっ!」


「エドムの王とかお前を裏切った連中みたいな『人を利用することに長けた小賢しい悪人』どもを説得するとか、考えを変えさせるとか、そんなのは無理だからな。そもそも、魔王を倒したお前は、人間どもにとって、『魔王に代わる新たな脅威』なんだぞ? その状態で、お前が今まで通りの『みんなに愛される勇者様』に戻るには、すべてを根本から変えるしかねぇんだよ」


「はあ!? 意味がわからんわっ!」


「だから、お前が勇者に返り咲きたかったら、国に戻り次第、『お前を裏切った奴らを一人残らず、根こそぎ殺戮するしかない』ぞ。支配体制が根本的に覆った実例って、すべて暴力革命しかねぇんだからな」


 革命を成し遂げて支配を盤石にしたければ、逆らう者は男女を問わず子供から年寄りまで、一人残らず皆殺しにするぐらいの決死の覚悟と手間が必要だ。


「で、それが全部終わったら、旧勢力の軍と政商の排除だ。これも武力以外は効果がない。つまり、お前は『たった一人で、もう一度戦争をしなければならない』のだ。しかも、かつての同胞相手にだ」


「そんなことできるかっ!」


「できなくても、やれ。お前を勇者から罪人に貶めた連中に復讐しろ。お前自身が信じる『正義』のためにな」


 できる、できないではない――やるしかないのだ。

 戦乱の世で正義を貫くとは、そういうことだ。


「勇者に返り咲きたいならば、そうするしかない。お前も己の信じる『正義』のためならば、玉砕して殉死したとしても本望だろう? 世界を救った勇者様を姦計にかけ貶めた『悪』に屈して生き永らえるよりは、よほど有意義で誇り高い。違うかね?」


 不器用だけど、己に殉ずる生きかたは、ありだと思うよ。

 やられっぱなしで魂を腐らせるよりは、ずっとずっとマシさ。

 俺は、めんどくさいからやらんけど。


「俺が魔王としてではなく、『スナックの先輩の雇われ店長』として、お前に言えることはそれだけだ」


 実際、魔王として助言するにしても、「敵を殺戮し、略奪し、殲滅しろ!」以外のことは何も言えないがな。

 愚かな人間どもなんて、俺にとってはそこらへんに蠢いてる虫と変わらんのだから、殺処分して刷新する以外に、やれることなんてねぇしよ。


「っていうか、俺を倒すつもりだったんならよぉ~、倒した後のことも考えて、色々根回ししとけよ! バカなのか?」


 ……あー、バカだったか。

 なら、仕方ないねっ!


「黙れっ! 長々しゃべりおって! なにが、今はスナックの先輩かつ雇われ店長だ! 祖国の民衆を皆殺しにしろなどという邪悪なことは、魔王にしか言えんわっ!」


 唐突に勇者が跳びかかってきたので、おもむろ足払いをかける。


「先輩を敬え、馬鹿たれッ!」


 ついでに、頭の叩いておく。


「ぎゃぼーっ!」


 奇声を上げる勇者が、盛大にずっこける。

 もはやこの場に、さきほどまでの殺気や破滅の気配は存在しない。


「今更、俺を倒すことに何の意味がある? 子供の癇癪のような憂さ晴らしを俺に向けるな。俺は、過去に囚われているお前と違い、今を生きて未来を思っているのだ」


 後は適当に優しい言葉でもかければ、勇者を丸め込めるだろう。


「未来など! 私には、もうないのだーっ!」


 勇者のバカが、再び襲いかかってきたッ!?

 バカの自己破滅衝動に、これ以上つき合わされてたまるかッ!


「落ち着け、馬鹿たれ」


 つっても、もう殴らん。

 殴っても言うこと聞かないのだから、優しく言い聞かせる方法を取ろう。

 同じことをやって違う結果を望むのは、あまりにも楽天的かつ愚かすぎるからな。


「やめろ、やめろ。うら若き乙女が未来がないなどと、悲しいことを言うな。帰りたい故郷があるのならば、そこに帰る手伝いぐらいはしてやるし、この地で暮らしたいのならば世話もしてやる。わかったら、大人しく改心しろ!」


「……なん……だと……?」


 俺の言葉が意外すぎたのだろう、勇者が鳩が豆鉄砲を食らったような面をする。


「ただし。お前が、『勇者』であることをここに捨て置くのならば――の話だがな」

「……え?」


 俺の具体的な優しさをともなう言葉を聞いた勇者が、またもや虚を突かれた顔をし、完全にあっけにとられる。


 まるで、『魔王に慈悲を与えられるなんて思ってもみなかった』って感じだな。


「大前提として、『俺はもう魔王じゃない』。よって、『お前の敵じゃない』」

「いいや! お前は、私が倒すべき敵だっ!」


 頑固者め。


「違う。お前はもう『魔王を倒して世界を救った』のだ。事実はどうあれ、『世間ではそうなっている』のだ。だから、お前の『勇者としての役割は、もう終わっている』のだよ」


 俺は落ち着いた声で言うと、荒ぶる勇者の肩をポンと叩いた。


「おつかれさま、勇者アンジェリカ。君は、『勇者としての責務を無事に果たした』のだよ。あの戦争の最終決戦において、魔王であった俺を倒したことで、君は確かに『世界を救った勇者』になったのだ――それは誇りに思っていいぞ」


 そう言ってやるなり、勇者の両目に涙があふれ出した。


「……ぅううううわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 そして、すぐさま大声で泣き出した。

 まるで、小さな子供のように。


「ずっと……ずっと、その言葉を言われたかったんだぁぁぁーっ!」

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