第43話 死闘と夢の終わり 

「な、なんてやつだ……! さっきより、魔力が増している……だとッ!?」


 最悪でしかない……ッ!

 戦いのなかで成長するとかいう、『敵にすると一番厄介なやつ』だッ!


 この手のやつはなぜか、やられる度に『やられる前より強く』なる……。

 けっこう声を大きくして、『とんでもない卑怯者』と言っていいだろう!


「なんで、こっちはずっと戦闘力が変わらないただ一つの魔王様なのに、バカ勇者は戦闘力が爆上がりしてんだよッ!?」


「魔王! これがぁっ! 人間のぉっ! 力だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」


 最悪ッ! むっちゃ盛り上がってるのが、ほんとムカつく!


「相変わらず! やる事なす事、すべてが無茶苦茶で腹立たしいわッ!」


「破ァッ!」

「うわっ!?」


 い、今……ッ!

 勇者の殺気にあてられて、思わず後ずさりしてしまった……ッ!


「こ、この俺が『後退』だと……? この偉大なる魔王カルナインが……小娘に気圧されて、『後ろに引き下がった』というのかぁぁぁ~ッ!?」


 自分を勇者だと思い込んで暴れ狂っているバカな小娘に、ガキのように恐怖したとでもいうのか……ッ!? この魔王がッ!?


「ふん……魔王め! 怯えたなっ! 本能で『負けを理解した』証拠だっ!」


 は? この俺が、『負け』を理解した……だと……?

 言うに事欠いて、負けだとッ!?


 この俺が? 偉大なる魔王様が? 魔族の頂点である魔王カルナイン様が?

 元仲間に裏切られてボコボコにされて、のこのこ誘拐されたバカ娘に?


「水割りすらまともに作れないぽんこつホステスに負けたああああああああ~っ!?」

「ホステスではない! 私は、『勇者』だっ!」


 どぅおーでもいいわッ!


「ほんの一時とはいえ、同じ家で同じ釜の飯を食べたよしみだ。討伐するのは、やめてやってもいい……ただし、大人しく『この私に捕まる』のが、条件だがなっ!」


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 ぬぅわん~だァ!? 

 その上から目線はああああああああああああああああああああああああああッ!?

 愚弄し放題じゃねぇか! 絶対に……許せんッ!?


「ぬぅわーんで! 偉大なる魔王様が! お前のような小娘! しかも、世界バカ選手権無差別級不動の一位の貴様に! 情けをかけられなければならんのじゃあーッ!」


 慈悲深い魔王様とはいえ、流石にキレちまったぜ……。


「そうか……ならば、魔王カルナイン! この勇者アンジェリカが! ここで貴様を滅殺してくれるっ!」


 あぁ、もうダメ……ほんと無理。

 魔王様の繊細な感受性は、こんなえげつない侮辱に耐えられない……。


「聞き間違いかもしれないから、もう一回言ってくれ……誰が、誰に殺されるって?」


「魔王カルナイン! 勇者アンジェリカが! ここで滅殺してくれるううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううっ!」


 クソデカい声で吠える勇者が、強烈な輝きを放つ光の剣を振り下ろしてきたッ!


「こ、このバカ娘……マジか……?」


 凶悪な刺客どもの魔の手から助けに来てやったばかりか、この島での生活を面倒見てやっていたというのに……。

 親切とやさしさの塊である魔王様を、問答無用で殺そうとしてきやがった……ッ!


「殺さないで連れ帰るつもりだったが、ダメだ……」


 イラついて仕方がない……。

 こんな恩も礼儀も知らない有害なバカは……。


 ――殺そう。


「魔王滅ええええええええええええええええええええええええええええええ殺っ!」

「滅殺はッ! こっちのセリフだッッ! この痴れ者がァーッッッ!」


 俺は即座に魔剣を握って、勇者を殺しに向かうッ!

 魔剣に全力で魔力を流し、勇者の光の剣に対抗するッ!


「なんて禍々しい魔力なんだっ! この私の光で消し飛ばしてくれるっ!」

「消し飛ぶのは、テメーだァッ!」


 俺と勇者の剣が激しくぶつかり、光が弾け飛ぶ!


「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」


 辺り一面が黄金の光と漆黒のオーラに包み込まれるッ!


 激しい爆音と衝撃と閃光が、周囲一帯を覆い尽くす――。


 ――――――――――――。 


 ――――――――――。


 ――――――――。


 ――――――。


 ――――。


 ――。


 激烈な攻撃のぶつかり合いの末――。


「けっ! バカらしい」


 戦場に立っていたのは、俺だった。


 ――当然だ。


 いつだって勝利を手にするのは、この魔王様だ。


「魔王ーっ! なんで、私を攻撃しないーっ!?」


 そして、勇者も戦場に立っていた。


 俺が斬ったのは、勇者の魔法の剣だけだ。


「なぜだ! なぜ、私と戦わないっ!?」

「なぜって? んなもん……」


「私が『勇者』ではないから、戦うに値しないとでも言うのかぁーっ!」


「おめーが、うち『スナックのホステス』だからだよ」


 人生ってのは、目的と手段を履き違えるとなんか知らんが、たいてい失敗する。

 俺の目的は――この島で、平穏なる隠居生活を満喫することだ。


「わかったら、おめーはおとなしくメイの店で、ぽんこつホステスしとけ」


 そのための手段は、なにもこいつと戦ってぶっ殺すことだけじゃねぇ。

 むしろ、本気でそれをやったら、この島がなくなっちまう。

 それじゃ、本末転倒なわけで……。


「……え?」


「お前の度重なる無礼と蛮行のせいで、何回もどーでもよくなっているが……そもそも俺は、『おめーを店に連れて帰るため』に、ここにいるのだ。ぶち殺すためじゃねぇ」


 だから、もうとっくの昔に終わった『魔王と勇者の物語』に付き合って、破滅の流れに飲み込まれるなんてのは……絶対に嫌なのだ。


「な……なんだ、それは……!? 私は、私は……ホステスではない、勇者だぞーっ!」


 俺に殺されなかったという幸運に恵まれながら、不満をぶちまける勇者だった。

 なんなのだ、こいつは?


「うるせぇ! お前は勇者とかホステス以前に、『罪人』だろうがッ!」

「違うっ! 私は勇者だっ! 勇者アンジェリカだーっ!」


 かわいそうに、自分が何者かもわからないのか……。

 いい加減、目を覚まさせてやらないと、ダメかもしれん。

 嗚呼……ほんま、魔王様の優しさは天井知らずやで。


「そうだな、お前は『勇者』だよ。だがな、勇者アンジェリカよ。『もう戦争は終わった』のだ……ずっとずっと前にね」

「まだ終わってなどいないっ!」


 ……本当にこいつは、過去に縋りついているのだな。

 こいつのことなど、知ったことではないが……。

 この島にいて、メイの店でホステスをやっている以上は、勇者の肩書を捨ててもらわねばならん。


 面倒だが、説得するしかあるまい。


「では、こうしよう――今、俺とお前はともに武器がなく、戦う術がない。つまり、『引き分け』だ。君と俺の敗北だ。勇者と魔王の物語は、引き分けをもってここでおしまいにしよう」


「引き分け……だと……?」


 納得がいってない顔つきの勇者が、鋭く睨み付けてくる。


「お前が求める勝利は、まったくもって無意味だ。なぜならば、さっきのイキリ剣聖野郎の反応からわかるように、『世間的に、魔王はお前が討伐した』ことになっている。だから、今更俺を連れて帰っても、お前は『罪人として処刑されるだけ』だ」


「そんなことはないっ!」


「あるよ。さっきのお前の元お仲間たちは、『俺が魔王だと知らなかった』だろ? 魔王討伐してた連中が、俺のことを知らねぇんだから、俺の首持って行っても意味ねぇだろうが」


「黙れっ!」


「そもそもの話だ。最後の最後に真実を知った剣聖野郎も、『お前と協力して、魔王の俺を倒そうとはしなかった』……これがすべてじゃねぇのか?」


 真実を告げてやるたびに、勇者が苦しげに呻く。


「や……やめろ……もうしゃべるな……っ!」


「聞け! つまり、お前は、『元仲間の連中』にとって、もう『力を合わせてともに戦う勇者様ではない』のだ。普通に、『処断するべき罪人』なんだよ!」


 正論だ。純然たる事実だ。

 バカ勇者とはいえ、順序立てて丁寧に説明してやれば、自分の置かれた立場を理解するだろう。


「そ……そんな……私は、もう『みんなにとって仲間ではない』のか……!」


 どうやら、理解できたようだな。

 流石は、魔王様。教え上手。


「お前は、必死こいて『勇者に返り咲く夢』を追い求めているようだが……それは鼻くそを深追いして鼻血出すみてーなもんなのさ」


 何を言っているのだ? みたいな面で勇者が俺を見てくる。

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