第42話 再戦! 魔王VS勇者!

「俺は、ろくでもない人生を変えようと必死こいて努力しているのだ! それを、どこからどもなく急に現れたお前みたいな頭のおかしな異常者に! 台無しにされるのは! 心の底から我慢ならんッ!」


「黙れっ! ろくでもない人生を変えたいのは、私のほうだああああああああっ!」


 感情を爆発させた勇者が手枷足枷を乱暴に引きちぎって、電光石火の勢で跳びかかってきたッ!


 やはり……勇者はバカだが、戦闘においては歴戦の猛者。

 舐めてかかると、隙を突かれて殺される可能性がある。


 ゆえに――最初から全力で潰すッ!


「――我は運命を運ぶ者。死を定めし者。破滅の時を刻む者。汝の物語の結末――」

「魔法など使わせるかーっ!」


 マズいッ!

 勇者が、剣聖野郎の魔剣を拾いやがった!


「なにッ!? 足がズレただとッ!?」


 勇者と距離を取ろうと足に力を込めた瞬間、右足首が『ズレた』ッ!?

 くそ! さっき動いたときは、なにも問題がなかったのに!


「切断された実感がないから、どこが斬られているかわからんッ!」


 マズいッ! 慌てて体を動かすたびに、切断されていた部分がバラバラと崩れていくッ!


「体勢が崩れるとヤバい! 重要臓器を切断されていた場合……死ぬッ!」


 あまり力を使うと疲れるからと、治癒を最小限にしていたのが仇となった!

 すぐさま全身に魔力を巡らせて、切断された箇所――。

 いや、全身を治癒せねばッ!


「聖剣なくとも! 魔剣シャミールならば、お前を斬り刻めるぞっ!」


 違う! それは悪手!


「――我は運命を運ぶ者。死を定めし者。破滅の時を刻む者。汝の物語の結末は我が決める――」


 このまま攻めて、足が崩れ落ちる前に戦闘を終わらせるッ!


「欲しがる者の渇望は飢えに似たりて、満ちは無し。簒り奪って掻き抱くは、まがい物の財宝。足るを知らず欲満ちぬ亡者よ、剥奪の救済と喪失の快楽を与えよう」


 今、俺を運んでいる――『魔王が、変な奴らにさらわれた勇者を救出する』物語を終わりへと完結させるのだッ!


「魔王カルナインっ! ここで、お前の首を再び斬り落とすっ!」


 刹那の判断が、生死を分かつ!

 奇跡を祈らずにはいられない――。


「成敗いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーっ!」


 だが、祈るなんてしゃらくせぇ……。


 奇跡を起こしたければ、実力行使よッ!


「魔王カルナインの名において命じる! 我が下僕たる欲得の神獣ナヘマー=アフェーロ=ギル。その名を握る我が呼び声に応じ、『欲する力』にて、愚昧なる敵対者を貪れッ!」


 俺が魔法を発動した次の瞬間――


 すべてが静止した。


 猛り叫ぶ勇者は、殺意を纏ったまま動きを止める。

 すべてを斬り裂く奇異なる魔剣は、俺の首筋に触れたところでピタリと停止。

 風は吹くことを止め、波は動きを忘却した。

 頭上の月すら、その大いなる運行を止めている――。


「意識が極限まで研ぎ澄まされたせいで、時が止まって見えるぜ……ッ!」


 刹那、時は動き出す!


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 足元に広がる俺の血を媒介に召喚された欲得の神獣が、再び戦場に顕現する!


 深紅の血の池から這い出る無数の白い手が、戦慄する勇者の体に絡みつくッ!


「あっぶねぇッ! あそこで攻めなきゃ今頃は、まーた首ちょんぱじゃねぇかッ!」


 勇者こんっわッ!

 なんなの、こいつ!? 両手両足、へし折られてるんじゃないのォーッ!?

 なんで、俺が治癒するよりも早く回復して、しかも襲いかかってきてんのッ!?

 もう人間でも何でもないよ! なんらかの恐怖の生き物じゃんッ!


「なんだ、これはーっ!? 斬っても斬っても、謎の手が血の池から出てくるのだーっ!」

「欲得の神獣に捕捉されたが、お前の最後よ。実力差はおろか、気合や思いの強さなんかじゃどーにもならん」


 この状況にハメたら、もう勝ち確よ。

 うんざりするほどに疲れた――『魔王と勇者の決戦後、もうちっとだけ続くんじゃ物語』は、ここで終わりってワケ!


「厄介な面倒事は、さっさと終わらせて帰ろう」


 とりあえず、勇者のバカが欲得の神獣とやり合っているうちに、剣聖野郎に斬り刻まれた足をはじめとして全身をくまなく治しておく――。


「しまった! 魔剣がっ!」


 欲得の神獣の手を捌き切れなくなった勇者が、魔剣を手放した。


「やったーっ! 勇者を倒したら、魔剣を落としたぞーっ!」

「おいっ! やめろ、そいつを返せーっ!」


 勇者の魔剣を奪い次第、即座に首を刎ねにいく!


「あのときの仕返しだッ! 死ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええいッ!」


 やられたら、やり返す! わしゃ、魔王じゃけんッ!


 見よ! この迷いを一切見せない漢気溢れる殺しっぷり!

 男のみならず乙女ですら、今すぐにでも真似したくなる態度だァァァーッ!


「――っと、いけない! 殺さずに連れて帰らねばならんのだったッ!」


 元から乗り気じゃなかったうえ、四肢欠損および大出血の大怪我を伴う闘争が勃発したせいで、完全に忘れていた。


「ふぅ~……感情的になってしまったせいで、すっかり忘れていた」


 ここで、復讐に駆られた俺が感情の赴くままこいつを殺してしまったら、今までの苦労がすべて水の泡になってしまう!

 やはり、その場の感情とノリおよびスッキリ感の追及で動くと、ろくなことにならない――。


「釈然としねぇ話だよ。こんな迷惑なやつ、さっさと殺してしまえばいいのに」


 とはいえ、大事な労働力であるこいつをぶっ殺しちまって、メイの機嫌を損ねると、パンドラで暮らしづらくなるからなぁ~……。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 俺が目を離した隙を突いた勇者が、欲得の神獣の魔手から抜け出したッ!


「マジかッ!? 神獣召喚で仕留められないだとッ!?」

「ふん! これで形勢逆転だなっ!」


 別に逆転はしていないのだが……。

 そんなことより。


「やはり、著しく弱体化している……神獣召喚をしたせいで、徹夜で酒飲んで騒いだ後の二日酔いってぐらい疲れている……」


 雑魚は虫けらを捻り潰すかのごとく瞬殺できるが、勇者ぐらいの強者が相手になるといやがせぐらいにしかできん、と……こりゃ、ダメだ。


「頭痛いし、今すぐに家に帰って寝たい……そのぐらい、心身ともに疲れ切ってしまった……それもこれも、全部このバカ勇者のせいや……」

「おい、魔王っ! なにをぶつぶつ言っているのだっ!? 私を見ろーっ!」


 いずれにせよ。


「もう決闘ごっこは終わりだ、気が済んだだろ? お前の負けだ。店に帰るぞ」


 俺は、もう……とにかくマジで心の底から家に帰りたいのだ。


「なんで、私の負けなんだっ!? むしろ、必殺技が通用しなかったお前の負けだっ!」

「声が大きいなぁ……頭が痛いっつただろうが……」

「ふん! まるで、お前の居城での最後の戦いのようじゃないか? お前は、また私に負けるのだっ!」


 なんか知らんが、鼻鳴らしてイキってるし……。


「別に、本気出せば勝てた。あんときは、なんかダルくて本調子じゃなかったんだよ」

「なんかダルくて本調子じゃなかっただとぉーっ!? 世界の命運を懸けた戦いを、本調子でやらなかったというのかっ!」


「うるさいなぁ」

「うるさいって、なんだっ!? 誇り高い決闘を穢しおってーっ!」


 うぜぇし、うるせぇ!

 なんだこいつ……バカのくせに、無駄に気位が高いのなんなん?

 昔話に出てくる清く正しい騎士様気取りかよ。


「もう武器も持ってねぇんだから、お前の負けだよ。ほら、さっさと帰るぞ」

「やはり、お前は許せないっ! 絶対に成敗してくれるーっ!」


 勇者が唐突に戦闘力を発揮して、俺に回転蹴りを放ってきたッ!?


「痛てェーッ!?」


 威力ヤッバッ!

 切断箇所を治癒していなければ、体がバラバラにされていたぞッ!


「なぜか、『何回倒しても復活する』不気味な力を持っているようだがっ!」

「それは、お前じゃいッ!」


 ヤバい! 蹴り飛ばされた衝撃で、魔剣を手放してしまったッ!


「そんなものでは、私には勝てんっ! なぜならば、私は勇者だからだっ! そして、魔王とは勇者に倒される存在なのだああああああああああああああああーっ!」


 勇者は俺から魔剣を奪うと、生意気にも再び攻撃を仕掛けてきたッ!


「でりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」


「やめろ! バカたれッ! 怪我したら、どうするつもりだッ!?」


 魔剣を振り下ろしてきた勇者の脇腹を、思いっきり蹴り飛ばすッ!


「ぐはぁーっ! あ、足は斬られたはずでは……なかったのかっ!?」

「んなもん、とっくに治してるに決まってんだろッ!」


 バカだから、力でねじ伏せると同時に言葉でも理解させないとダメだ。


「俺は五体満足で体力全快、絶好調! 対してお前は、『四肢は折れてて、出血により頭は鈍り、瞼は重く、視界は歪んでいる。当然、腹も減っている』ッ!」


 勇者は満身創痍なのに、わけのわからん火事場の馬鹿力と気合だけで戦っている。

 前もそうだった。


 危険な兆候だ――。


「俺は五体満足で体力全快、絶好調! 対してお前は、『四肢は折れてて、出血により頭は鈍り、瞼は重く、視界は歪んでいる。当然、腹も減っている』ッ!」

「二回も言わんでいいっ! それがどうしたーっ!?」


「そんな状態で、この俺に勝てるわけねぇつってんだよッ!」


 とは言ったものの、言葉を理解する知能は、勇者にないだろうから……。

 もう一度、力でねじ伏せよう。


「喰らえッ!」


 とりあえず、魔剣だけは取り上げておかなくてはッ!

 なにするか、まったくわからねぇからな! 危なっかしくてしょうがねぇよ!


「くっ! 魔剣がっ!」


 勇者が魔剣を取り返そうとして、手を伸ばしてきた。


「動くな! 動いたら、お前はここで死ぬッ!」


 俺は魔剣を即座に、勇者の鼻先に突きつける!


「いいか? 勇者としての肩書を剥奪されたお前は、ただの哀れで愚かな小娘だ。そして、こんな世界の最果てのさらに最果ての寂れた場所で、ひとりぼっちで望まない惨めな死を迎えるのだ! 勇者に返り咲くという思いを残したままなッ!」


「黙れっ! そんなことにはならないーっ!」


「なるんだよ。お前は、ここで死ぬ――誇らしく誉れ高い勇者として、誰かを守るわけでもなく、人々に救いの道を示すでもなく! ただ自暴と自棄に陥って魔王という偉大で崇高なる存在に叛逆するという無謀の果てに、負け犬にも劣る虫けらのような無意味な死を迎えるのだっ! 愚か者が、分をわきまえろっ!」


「ぐぬぬ! 言わせておけばあああ~……っ!」


 あぁ~、すげぇ気分がいいや!

 圧倒的有利な立場からの上から目線での説教は、心がぴょんぴょんするなぁっ!

 各業界のクズ野郎どもが、日常的にやっている理由もわかるよ。


「愚昧で卑小なお前に、偉大で崇高な俺のような神のごとき能力はない。人間風情が魔王様に対峙したら、普通は『発狂するか、殺されるか、壊されるか』だ。どう足掻いても絶望だよ。そもそも、勇者の役目を終えたお前に、俺を討てる道理がない」


 本当に、阿呆な小娘だ。

 この島で俺に出会ったあの時に、俺と縁を結ばずに全力で逃げていれば、こんなところで死ななかっただろうに……。

 くだらない感情と妄執に囚われてマジになるから、運命を読み間違え、破滅の渦に飲みこまれたのだ。


「魔王ぉぉぉ……っ!」


「お前は、その目で俺を睨みつけ、その鼻で俺の血の臭いを嗅ぎ、その口で俺を罵り、その耳で俺の断末魔を聞き、その手で俺を斬り裂いた――メイに『助けてこい』と言われたが……お前に対しては、やはり殺意こそあれ、好意など一切持てんッ!」


「それは私のセリフだーっ!」


 そう……。

 こうやって、すぐにムキになってマジになるから、破滅の渦に巻き込まれるのだ。

 俺はもう……そんなバカげたことは、二度とごめんだね。


「上から目線で恫喝し、暴力まで振るい! おまけに、意味のわからんことをごちゃごちゃ言いおってっ! もう許さんぞーっ!」


 バカに付き合って、一緒に破滅するつもりなどさらさらないのだ。


「うるせぇッ! 俺は、この世界の果ての島でェッ! 平穏なる隠居生活を送るのだッ! 邪魔をするなァーッ!」


「我が魂よ! 闇を斬り裂く光刃と化せ!」


 次の瞬間、勇者のバカが魔法を発動させやがった!


「は?」


「『天聖光明剣』!」


 勇者の両手から目が眩むような黄金の光が噴き出す!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 生意気な勇者が、魔法で反撃してきやがったッ!


「邪悪な魔王めっ! 光の彼方に消えるがいいっ!」

「負けを認めろ、バカたれがァッ!」


 そうだった……勇者はこういう戦いかたをする。


 負けを絶対に認めないのだ。


 確か……戦争の最後の決戦の時もそうだった。

 俺が、初手で勇者を瀕死にして全身を血まみれにしてやったというのに、突然復活して謎の戦闘力を発揮してきたのだった。


 そんで、俺は勇者に逆襲されて殺されて、こんなしょっぱい生活をすることになったのだ……!

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