第41話 言ってやりたいことがある!

「はあ? いきなり何言ってんだよ?」


 バカじゃねぇの?

 やっぱ、こいつ頭おかしいわ。


「私を裏切って罠に陥れたとはいえ、元は共に命を懸けて戦った仲間……それを目の前で殺されて黙っていることなどできんっ!」


 わあっ! バカだ!

 こいつは、勇者と言う物語に執着しすぎて、善悪も損得もわからなくなってやがる。

 やはり、救いがたい大バカたれのボケナスだ。


「そうか……お優しくおバカなお勇者様。そんなに戦いたきゃ、自分と戦ってろ。俺に迷惑をかけるな。右手と左手をぶつけて戦わせると、きっと楽しいぞ」


「ふざけるなっ!」


 バカが。自分で自分の首でも絞めているがいい!


「ぐはっ! と、突然、首が……手が勝手に……っ!?」

「お前が先に攻撃してきたのだ。こっちは正当防衛だからな、逆恨みするなよ」


 魔力が弱くなっているとはいえ、小娘の首を魔力で絞めることぐらい余裕だ。


「ぐぬっ! ま、魔王め……! 成敗……してやる……ッ!」


 ちょっと攻撃したぐらいでは鎮圧できず、むしろ逆に戦意を高揚させることになるのか……厄介だなぁ。


「ときに尋ねるが、お前はなぜ『勇者』などというしょーもない肩書にこだわるのだ?」


 攻撃を続けて興奮させると、暴走して手に負えなくなりそうだ。

 なので一旦、会話を試みて気を逸らせることにした。


「そ、それが……私の使命だからだ……っ! 勇者であることが……私がこの世界で生きる存在証明だっ! しょうもなくなどないっ!」


 勇者はカッと両の眼を見開くと、なぞの力で俺の支配を跳ね除けた!


「あーあ……技量は落ちずとも、魔力は弱いままか」


 剣聖野郎を瞬殺できたから、うっかり勘違いしていたが……。


 俺の力は戻ったわけではない。依然、弱体化中――と。

 やれやれ……やはり、早急に静養が必要だな。


「魔王っ! 問答無用で攻撃を仕掛けてくるとは、なんて卑怯なやつだっ! メイ殿の手前、今までは見逃してやっていたが……やはり、お前のような稀代の悪は、私が成敗せねばならんっ!」


 だとさ。


「あのさぁ~……普通、罪を犯した者は罪悪感に駆られて、それを解消するために罰を受けたいと望むものだよ? なんで、お前は反省するそぶりもなければ、罪悪感もないの?」


 それどころか、逆ギレする始末……。


「偉大なる魔王様の手を煩わせて貴重な人生を浪費させているという大罪を、死でもって償おうとは思わないのか?」

「思うかっ! なんだその傲岸不遜ぶりはっ! お前、何様のつもりだっ!?」


「魔王様だけど?」

「ぐぬぬ! 魔王、成敗いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーっ!」


 また逆ギレか……勇者という存在は、いつの世も正気のまま狂う。

 こいつの前の勇者も、その前のやつもみーんな狂ってた。

 勇者というのは、異常者の別名なのだ。


「問答無用で攻撃を仕掛けてくるとは、なんて卑怯なやつだ! 人間の屑とも言い換えられるわッ!」

「先に仕掛けてきたのは、魔王だろうがーっ!」


 こいつのイカレ具合は、かつてないヤバさだ。

 この偉大な魔王様に対してため口を利く時点で、完全に頭がどうかしている。


「また逆ギレか、なんて恥知らずなバカ娘なんだ。俺は両手がないのだぞ?」

「私は、四肢をへし折られている! おまけに、手錠に足枷までついているっ!」


 な~んで、張り合ってくるんだよ。うぜぇなあ。


「あ~……つまり、俺たちは対等だと言いたいのか?」


 俺がそう言うと、勇者がふるふると首を横に振った。


「違う! 私の方が劣勢だ! 不幸だ! かわいそうだっ!」


 それから、俺をまっすぐな目で見据えてきた。


「だが、私が勝つ! なぜならば――正義は私にあるからだっ!」


 ……なんと清々しく、気高いのだ。心から自分を信じているのだろうなぁ。


 だが、愚かな思い上がりだね。勝つとか負けるとかさ。

 俺は、そんな地平にはいないのに……。


「いいだろう。冒涜的殺戮者にして血に狂いしまがい物の救世主――勇者アンジェリカ。お前をここで屠ろう。破滅に魅入られた愚かな肉の器を破壊し、穢れた魂を解き放ち、苦しみ悶える哀れな小娘を救ってやる」


 自分すらも信じていない魔王と、己を限界まで信じている勇者。

 同じ土俵に上がれば、勝負にはならない……。


 百億対零で俺が負けるッ!


 なぜならば、勇者は『正しさ』のなかにいるからだ。


「ほざけ! なにが救うだっ! どこまでもふざけた奴めっ!」


 だが、それは、『あの時点』において――戦争最後の一騎打ちの時においてだ。

 あの時だけは、勇者の『正しさ』――やつの言う『正義』は本物だった。

 他者を救い、世界を救うという輝かしい決意があったから――。


「この私を愚弄ばかりしおってっ! もう許さんっ!」


 しかし、今や奴のそれは、罪人である自分が、『勇者に返り咲くために魔王を倒す』という我欲と妄想と執着に端を発する自己満足的なまがい物に堕している。


「大義なき意志の力は、あまり強くない。なので、俺の運命に影響を及ぼせない」

「運命だと?」


「お前には一生かかっても理解できないだろうが……この世界の生命の一生には、開始から終了、初めから終わりに至る形而上の道があり、それを『運命の流れ』と呼ぶ」


「決まった運命の流れだと? そんなものはないっ! 運命とは自分の意志で創り出すものだっ!」


 運命というものを、こいつは現在の行動とその未来の結果みてーなものだと思っている。

 対して俺は、死という結果へ至るまでの過程の道筋だと思っている。


「別に、予めすべてが決まっているわけではない。生命の意識の指向性……気持ちの向く方向みてーなもんだよ。だから、誕生という始まりと死という結末は、変えられずともその間の過程は、自分で選ぶことができる」


 見解の相違はあるものの、お互い『運命は意志の力で思ったように動かして運べる』と考えている――と。


「だが、今のお前にそれは『無理』だろうけどな」


 とはいえ、勇者は、かつてのような『運命の流れ』を操れる存在ではなくなっているはずだ。


 命と命がぶつかり合うとき、その趨勢は『魂の存在強度』によって決まる。

『魂の存在強度』とは、そいつの生命力、意志力、行動力――なんかの生きる力の強さと、それによって生み出される存在感の強弱みたいな抽象的なものに名前と意味を付けたものだ。


 で、今の勇者は『魂の存在強度』が、俺に……弱体化した俺に劣る。


「黙れっ! 私は、お前を倒して勇者に返り咲くのだっ! 今の屈辱にまみれた運命を変えるためになっ!」


 なぜならば、今の勇者は以前の『大衆を導き、救う勇者』ではなく『ただの罪人』。

 罪人のこいつに大義はなく、今の行動原理は『かつて大衆に崇拝されていた勇者に戻りたい』などというしょーもない我欲……。


 対して俺は、無欲。ただ静かに暮らしたいだけ。


 そこに、『かつての敵を救うために遺恨を脇に置いて死地に赴き、危険に立ち向かう!』

 ――愛と正義と勇気、仁義と道徳と慈悲――という誰がどう見ても、『真に正しい善』な要素が加わってくる。


 こんなもん、魔王様が負ける理由がないってばよ!


「勇者よ。お前は、『死』を覚悟しているか?」


「否! 死ぬつもりで戦うやつがいるかっ! 戦いとは生を掴むためにあるのだっ!」


 素晴らしい心意気だ。

 依然、こいつの『心持ち』は勇者なのだろう。


 しかし実態は、『ただの住所不定無職の罪人にして、場末のスナックのぽんこつホステス』だがな。


「そうか、見解の相違だな。俺は戦うときは、いつだって死ぬつもりで、無慈悲で無残で無念な終わりを覚悟している……いや、甘んじて受け入れていると言ったほうがいいかな」


 だが、死ぬに死にきれないのは、ごめんだ。


 ちょいと前に勇者にぶっ殺されて……正確に言えば、体を半分損壊させられ、さらに首を刎ねられ、まさに半殺しにされたときは――サクッと死ねないで激痛に全身を蝕まれ、恥も外聞もなく発狂するところだった。


 とはいえ、魔王様はカッコイイので、そんな惨めなことはしなかったけどね。


「戦う前から死を受け入れているだと……お前、働かないばかりではなく、生きることにすらやる気がないのか?」


「言葉と言うのは難しい……お互いの人生観の違いが、相互理解をできなくさせる」


「さっきから、意味のわからんことばかり言いおってっ! いい加減、黙るのだっ!」


 それはともかく、余裕ぶっこいてると……死ぬな。


 長きに渡る辛苦と心労と苦悩の日々が終わり、穏やかな隠居生活を過ごしているのだ。こんなしょーもないやつに殺されたくない。


 だから、日常を守るために本気で戦おう。


 本気で! 真剣に! ガチで!


「黙るのは、お前だ。勇者アンジェリカ……今から、全力で滅してやるッ!」


 足元の左腕を蹴り上げる!

 肩口に左腕の切断面をぶつけて、即座に魔力を巡らし治癒をする!


「わあっ!? 見て、この接着力!? 世界にただ一つの魔王様やんっ!?」

「ほざけ! 意味のわからん道化じみた仕草をやめろ! 戦場に在りながら、ふざけるなっ!」


「いいや、ふざけるねッ! なにせ、今の俺は『ただの道化』だ。魔王という物語を降りて、人生をおもしろおかしく楽しもうと涙ぐましい努力しているのに、つまらない茶々を入れるなよ」


 瞬きする間に、左腕が元通りに接合した。


 あぁ~、やっぱ俺は偉大な魔王様だわ!

 やることが、かっこよすぎィーッ!


「なにが、道化だ! お前は魔王だ! 勇者である私が倒すべき『敵』だーっ!」


 勇者が腹の底から声を張り上げて、力強く立ち上がった。

 俺は地面に転がる三つに切り分けられた右腕を、肩に近い部分から左手で掴み上げ……素早く確実に接合していく。


「あまりムキになるなよ。破滅に首根っこを掴まれるぞ?」


 足元には、神獣召喚の媒介になる俺の血がたっぷりあるし……いつでもやれる。


「それはともかく。勇者アンジェリカ……お前には、言ってやりたいことがある」


「言ってやりたいことだと……なんだっ!?」


 俺も勇者も、いつでも戦える状態だ。


 俺とあいつの間に、濃密な殺意と闘志と魔力が満ちていく――。

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