第3章 勇者が仲間になりたそうに、こちらを見ている

第29話 勇者がホステスになったって、ホンマでっか!?

「ばっきゃろうッ! そうじゃねぇよッ! 酒の水割りは、最初に濃いので酔わせて、酔いが回って味がわかんなくなってきてからは、酒の量を減らして水を増やして、最終的にほぼ水にしろつってんだろォーッ!」


「す、すまない……最初から最後までずっと濃いのが、おいしいと思って……」


「あとよぉっ! 今時、レジ打ちなんて、猿でもゴブリンでもできるよッ!? おめーは人間、しかも世界を救った勇者様ですよねぇっ!? なんで、できねーんだよッ!」

「す、すまぬ……今まで、剣術と戦争しかやってこなかったものだから、世俗のことには疎いのだ……」


「てめぇぇぇーっ! まーだ、勇者きどりですか、このやろーっ!」


 とりあえず、仕事のできない後輩に対して、先輩風を吹き荒らしてみた。


「ふべら! 何をするのだ、魔王ーっ!?」

「先輩には、敬語つかうべきじゃああああん!?」


 バカのしつけは、獣のそれと同じだ。

 暴力を用いてわからせなければならない。


「黙れ、魔王っ! 下手に出ていれば、調子に乗りおってっ!」

「あいたーっ!? あいたーっすッ!」


 な……なんてやつだッ!

 一発やり返してくるばかりではなく、追撃してきやがっただとぉぉぉ~っ!?


「水割りも作れなければ、レジも打てない、敬語すら使えんうえに、先輩に暴力を振るうとは……とんでもない無法者よッ! ぬぅわ~にが、勇者じゃっ! 見下げ果てたわ! 所詮お前は、世俗に溶け込めぬ『社会不適合の罪人』だなァッ!」


「ぐぬぬっ! 言わせておけばぁぁぁ~っ!」


 水割りも作れないくせに生意気に反抗してくる勇者が、悔しそうに睨みつけてきた。


「場末のスナックのホステスにすらなれない社会不適合の罪人は、今すぐにこのスナックから立ち去れィーッ!」

「誰が罪人だっ! 私は勇者だーっ!」


「なーにが、勇者じゃいッ! お前は罪人で、場末のスナックのホステスよ! なのに、過去をいつまでも引きずりやがって! ホステスとしての自覚がないのかッ!?」

「誰が、ホステスだっ! そんな自覚あるかっ! 私は、勇者だぞーっ!」


 ダメだ……これは、使い物にならん。

 戦場に長いこといすぎて、脳が焼かれている。


「メイ、こいつはダメだ。レジが打てないばかりか、酒の水割りすら作れない。おまけに、先輩に罵声を浴びせて、暴力を振るう始末……クビにするしかあるまい」


「おねえやん……ほんま、なんもできん『ダメ子ちゃん』やんなぁ~」


 勇者のダメダメな働きぶりを見ていたメイも、あきれ顔だ。


「接客も会計もできないとなると、できるのは『客寄せ』ぐらいかいな? 不幸中の幸いにして、うちのアンジェは『顔がかわいい』し、『おっぱいとおしりもええ感じにぷっりぷり』やから、『黙ってれば』男どもを引き寄せる誘蛾灯になるわ」


 一度使役することにした人材は、たとえ無能であったとしても、もったいない精神でしっかりと使い切る。

 商魂たくましいメイちゃんは、経営者の鑑にしてロリエルフの屑といえた。


「だとよ、勇者。お前、美人でよかったな。ブスだったら、今頃クビだぞ」

「び……美人だなんて、始めて言われたのだ。しかも、お前に……」


 勇者が青い目を丸くして、驚いたような顔をする。

 すると、メイがおもむろに勇者の肩をポンと叩いた。


「おねえやん、よかったなぁ~。口の悪いフールが褒めてくれるなんて、滅多にないことやでぇ?」


 それから、勇者の顔をマジマジと覗き込んだ。


「ほ~ん……改めて見ても、美人さんやなぁ~。おめめもぱっちりしててかわゆいし、鼻筋もしゅっとしとるし、歯も白いし、金髪もキラッキラや。ほんま美人さんやねっ!」


「あ、あの……メイ殿。足を踏まないでください」

「あっ、ごめんねぇ~っ! つい、うっかりっ!」


 勇者の足を踏んでいたメイが、慌てて足をどける。


「ただ、アレや。顔のええ女は美しい顔に似合わず、性格の醜い人間のクズが多いんや。なぜなら、その顔でちやほやされるせいで傲慢ちきやし、見た目の良さで人を騙して生きがちだからやねんなぁ。昔っから、美人は悪人ゆわれとりまんねん」

「あの、また足を……メイ殿?」


「でも、よく見ると、『イキったバカ男が自慢げに紹介してくるけど、美人でもブスでもなくてな~んか反応に困るちょけた見た目』やけどなっ!」


 メイのやつ……なんかしらんが、急に勇者に対して辛辣になったな。


「じゃあ、そんな反応に困るちょけた奴を雇うなッ!」


 当然の感想だ。


「でも、『体だけはええから』っ! 真夏の果実のようなぴっちぴちでぷっりんぷりんなみずみずしい乳とケツを見せびらかして、エロオヤジ共の撒き餌にすんだよーっ!」

「エ、エロオヤジ共の撒き餌っ!?」


『なるか! おっぱいってのは、大きさでも形でも感度でもねぇ! 触らせてくれるかどうかがすべてだ! こいつは、絶対触れない! 触ったら殺される! ゆえに、無価値ッ!』


 ――と真実を告げてやろうと思ったが、各方面から怒られそうな気がしたので、やめておいた。


「おい、メイ。新人に対して、急に厳しいことを言いだしたが……どうしたのだ?」

「世間知らずの女は、『ビッシーッ!』と厳しく言ってやらんと、調子乗るさかいな。美人とおだてられて勘違いしておかしなことせんように、雇用者として躾けただけや」


 心配してる風でありながら女の敵は女感的な言動が、いと邪悪なりロリエルフ!

 末恐ろしいやつよ……偉大なる魔王様を顎で使うだけはあるッ!


「俺の大反対を押し切ってそいつを雇ったくせに、急に当たりがキツくなりやがって……心の病気かよ」

「じゃかしい、黙っとけっ! おねえやんには、うちが仕事を教える。フールは、お店の前を掃除でもしときやっ!」


 はあああ~? なんで、唐突に怒られが発生したのぉ~?

 これからは、善意で接すれば一定の善意が帰って来る人としか付き合わないようにしたいなぁ~。


 それはそれとして。

 俺の隠居生活は、どこで間違ったんだろうねぇ……?


「かったりぃ……やったふりして、家帰~ろっ!」


 などと、ひとりごちるなり、勇者が軽蔑の眼差しを向けてきやがった。


「なんなのだ、この魔王……言動が、まるでバカな子供ではないか……」

「誰が、バカな子供だよ。バカなのは、お前じゃい!」


 腹の立つ小娘だ。

 自然体で無礼って、どういう教育を受けてきたのだ?


「なんなのだ、このふざけた言動は……? お前、本当に『魔王カルナイン』なのか?」

「そうだよ。めっちゃ偉大であると同時に至高の存在である魔王カルナイン様だよ」


 真実を教えてやるなり、勇者がいぶかしげに目を細めた。


「なんという胡散臭さなのだ……! 決戦の時に感じた『危うさ』や『妖しさ』が、微塵も存在しない……今や、ただのやる気のない無職の遊び人にしか見えないぞっ!」


「どんなに落ちぶれてもッ! 大バカで大罪人の貴様にだけにはッ! んなこと言われたくねぇんだよッ!」


 ムカつく小娘だ! なんだ、こいつ!?


「なにぉうっ!?」


「いいか、今の俺はなぁっ! 『ひたすらやりたくないことをやらされ続けて、しかもやらないと、凶暴な小娘にガチギレされる』世知辛さの極みのような生活を続けてるわけですよ! そんな生活の中に『魔王的要素』など生まれるわけないだろォーッ!」


 ったくよぉっ!

 朝から晩までバカどもに纏わりつかれ、心穏やかに昼寝する時間もありゃしねぇっ!

 心労で過労死するぞッ!


「魔王、魔王って、さっきからなんやねん? こんな腑抜けた『魔王』がおってたまるかいな。フールは、どこに出しても恥ずかしい立派な『ただの無職』や」


 おまけに、この雑な扱いよ!

 俺以外の並みの魔王なら、恥辱の苦しみのあまり自殺しているぞッ!


「わはは! どこに出しても恥ずかしい無職っ! みっともないやつなのだっ!」

「なにを笑ろとんねん。アンジェ、あんたも似たようなもんや」


 ロリエルフに完全に舐められている魔王と勇者が、場末のスナックに存在していた。


「魔王ーっ! 世知辛いぞーっ!」

「うるせぇ! 知ってんだよっ!」


 そんなこんなで――。


 涙の数だけ強くならざるを得ない魔王様だったとさ。

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