第30話 場末のスナックで働く魔王と勇者
いつものように、スナックの雇われ店長をしていると――。
「なんや、むっちゃ態度悪いお客がおるやん。フール、注意してきてやっ!」
などと、メイから当然のように面倒ごとを押し付けられた。
「ちょっと、お客さん。飲みすぎですよ。酔い潰れる前に、早くお帰りなさい」
かつては、偉大なる魔王として全世界を震撼させ、愛と恐怖と絶望でもって凶暴な魔族どもを統治していた俺だが……。
今は何の因果か、場末のスナックで酔客相手に人情を発揮している。
「うるせぇぇぇいーっ! 俺は、『世間が言うところの普通の幸せという名の呪い』から逃れるために、酒で邪気を祓うと同時に、塩の利いたつまみで心と体を清めているんだ、邪魔すんないっ! 今宵は、涙酒を酔い潰れるまで呑むんでぇいーっ!」
なんてこったい! 迷惑行為のなかに、深い悲しみが滲んでいるじゃねぇかッ!?
これは、純情な感情を大事にする人情派の俺の手には負えない……。
「勇者。お前が注意して来い」
面倒ごとは他人に押し付けるに限る。
「なぜ、私がやらねばならんのだっ!? メイ殿に頼まれたのは、お前だろうがっ!」
ホステス風の安ドレス服に着替えて、恰好だけはそれらしくなったものの……。
言動は、今までの粗暴なバカ娘のままの勇者だった。
「おい、後輩。口を慎め! 先輩の命令だぞ!」
憎き勇者が後輩になったのだから、こき使わねば損だ。
「この性悪魔王め! 生意気に、先輩風なんぞ吹かせおってからにっ!」
「客あしらいは、ホステスの基本業務だ。お前も、この島で生きると決めたのならば、世俗で生きる術を覚えろ。それとも、ここをクビになって、『住所不定無職の密入国した賞金首兼脱獄犯のお尋ね者』に逆戻りしたいのか?」
生意気に反抗してくる勇者に、自分の立場を思い出させてやる。
「ぐぬぬ……っ!」
すると、渋々といった感じの顔をした勇者が、酔客のオヤジを注意しに向かった。
「お客人、飲み過ぎだぞ。そろそろ、お会計をして帰るがいいのだ」
「なんだ、この巨乳娘っ!? けしからん乳で生意気に説教しやがってぇ~っ! お客様は神様だろうがぁっ! おっぱいを奉納せよおおおおおおおおおおおおおーっ!」
勇者は注意しに行くなり、酔っ払いオヤジにとんでもない因縁をつけられた。
「うわあああーっ! 変態だーっ! 魔王、助けてくれぇぇぇーっ!」
後輩と化した勇者に助けを求められてしまった。
「俺に頼るな。変態は殴れッ!」
「変態とは言え、一般人だぞ! いいのかっ!?」
「いいッ!」
「いいわけあるかいっ! フール、用心棒もおまはんの仕事やっ! お前は先輩やろ、お前が後輩を助けんかいっ!」
メイめ……!
この偉大なる魔王を、バイトの小僧感覚でこき使いやがって……!
「ちょっと、お客さん! うちは、お触り禁止ですよッ!」
まあ……怒られたくないから、言うこと聞くけど。
「お仕事で疲れ果てたおじさんがよぉっ! 心と体とあそこを癒すべく、女の子と戯れられるおっぱいパブに来たと思ったらよぉっ! 出てきたのは、やたら性格のキツいロリっ子と死んだ目をした男でよぉっ! やっと若い女の子が出てきたから、いざおっぱブろうと思ったらよぉっ! 『おさわり禁止』ったぁ、どういうこったいーっ!?」
入る店を勘違いしたうえ、ブチキレて店で暴れまくる迷惑スケベオヤジだった。
「おい! 迷惑スケベオヤジ! 『おさわり禁止』つってんだろッ! それ以上暴れるなら、ぶっ飛ばすぞッ!」
だが、迷惑スケベオヤジに一方的に迷惑をかけられるほど、俺は甘ちゃんではない!
「うっるせぇいーっ! お客様は神様でいーっ! ということは、神様はお客様。お客様とは、おれっち! つまり、おれっちは神様……ってコト!?」
「妙な気付きを得るな! 貴様のように、ハゲ散らかした貧乏くせぇ神などいるか!」
フン。偉大なる魔王様は、神など恐れんのだ。
いや、このおっさんは別に、神なんかじゃねぇんだけどよ。
「ちくしょうめがっ! 毛のことは言うなっつてんだろ! こんなおっパブ専用どすけべボディでお触り禁止なんて寝言が通じると思うなよーっ! てやんでいーっ!」
唐突に戦闘力を発揮したスケベオヤジが俺を押しのけ、勇者の胸を揉みしだきに行ったァーッ!
「いい加減にしろ! ここはおっぱいパブではないのだあああああああああーっ!」
襲い来るスケベオヤジに、勇者が鉄拳を叩き込むッ!
「ぐっはああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」
やはり、場末のホステスに成り下がったとはいえ……本質は、『勇者』。
奴がいる場所は、いつでもどこでも戦場と化してしまうのだなぁ……。
「なんだ、この強烈なスパンキングはぁーっ!? ここはおっパブではなく、SMハプニングバーだったのかああああああああああああああああああああああああーっ!?」
「やめろ、いかがわしくするな! ただの場末のスナックだよッ!」
「ちゃうわっ! メイちゃんのおいしい手作り料理を楽しめる小料理屋やっ!」
俺とメイがツッコミをしている間にも、勇者はスケベオヤジをどつき回していた。
「変態スケベオヤジめ! 成敗してくれるわーっ!」
「あいたーっ! 骨が折れたああああああああああああああああああああーっ!」
「人間の身体には、全部で二百十五本も骨があるのだ! 一本くらいなんだっ!」
生まれてこのかた、戦場しか知らない勇者は、一般人と感覚がズレ過ぎている。
いや~……改めて見ると、勇者ほんと怖いわぁ~。ドン引き~。
「アンジェ、やりすぎや! フール、後輩をしっかり指導しろーっ!」
「やだ」
「やだちゃうわっ! お前、雇われ店長やろ! 仕事する気あんのかっ!?」
と問われれば――
「無い!」
としか言えない。
「じゃかあしゃあ、いい声で返事をするなっ! 『無い!』ちゃうねんっ! お前、仕事しろよっ! 雇われ店長の仕事には、新人教育も含まれとるんやぞっ!」
「上から目線の恫喝じみた説教はやめたまえ。その手の『キレる指導』をやらかすと、上の立場といえども、下の立場の存在に尊敬されずに怨まれるぞ。それに、気の弱いやつは委縮して成果が出なくなるし、気の強いやつは反発して辞めちまう。叱責型指導は百害あって一利なしだ」
「んもう! ああ言えばこう言う! どんだけ、口が達者やねんっ!」
俺が人材教育の知恵を授けるという親切を施してやったというのに、なぜかメイは腹立たし気に地団太を踏んだ。
「闘争本能に脳を焼かれている勇者を教育するのは、無理だ。だから、この店は普通のスナックから、『おさわりあり、ただし反撃されるかもねっ☆ ワクワクドキドキ! 刺激たっぷりSMスナック💛』に鞍替えしよう。競合店はなさそうだし、いい感じに繁盛するはずだぜッ!」
ホステスが客に暴行! あわや、スナックメイちゃん閉店かッ!?
という危機的状況において、魔王様の商才が炸裂したッ!
普段から俺を働かせようと躍起なメイは、俺の商才を目の当たりにしてご満悦のはずだ――。
「いやああああああーっ! うちの小さくてかわいいお料理屋さんが、フールのせいでものすごい勢いでけったいな店になっていくうううううううううううううーっ!」
なぜかメイは、髪を振り乱して発狂していた。
まったく、わけのわからん小娘だ。
世俗の連中の考えは、不可解が過ぎる。
「どうだ、変態めっ! 参ったかーっ!」
そうこうしている間に、勇者はスケベオヤジをしばき倒していた。
「おい。腕っぷしの強さで雇ったとはいえ、今のお前は勇者ではなく『ホステス』なんだぞ。これまでのように、感情の赴くまま人を殺すんじゃないッ!」
「早とちりするな。『まだ』殺してはいない」
まだ殺してはいないということは、これから殺すつもり……ってコト!?
「そこまでだ、勇者! この仕事で必要なのは冷静さだ、熱くなってやり過ぎるな。この店では『殺しはなし』だ、しばき倒すだけにとどめろ」
「なにぃっ!? 私の貞操を脅かしてきた邪悪な敵を殺すな、と言うのかっ!?」
「腹立たしい怨敵ですら、自分の手で殺してはいけない……窮屈だろうが、それが世俗で生きると言うことだ。できないなら、戦場……いや、牢獄に戻れ」
ナックルパンチ、ドロップキック、三角締めなどの戦慄の格闘技をスケベオヤジに叩き込んでいた勇者に教育的指導をする俺は、新人教育担当者の見本と化していた。
「……仕方ない。今日は、ここまでにしておいてやる」
俺の指導によって大人しくなった勇者が、攻撃の手を止める。
「よくやった。今日のお前は素直で賢いな。あとで、肉を食わせてやるぞ」
「やったああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」
凶暴かつ獰猛で手に負えない勇者とはいえ、一応は人の子。
激しく叱咤したところで、『お説教で心を入れ替えました!』などと、スカッとするような改心など絶対にしない。
面倒でも、時間をかけて褒めて躾けたほうが、結局は話が早いのだ。
「この調子で励め。そして、『栄光のホステスロード』を歩むがいい」
「ふん! 場末のスナックのどこに栄光があるのかわからんのに、そんなへんてこな道を歩きたくはないのだっ!」
「住所不定無職のお尋ね者のくせに、生意気言うんじゃねェッ!」
それはそれとして――。
かつては、世界の命運を左右する戦いをしていた魔王と勇者が、場末のスナックで酔客相手に喧嘩とは……。
終わってんなぁっ、おい!
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