第28話 ロリエルフが勇者を拾ってきた件について

「ときに、メイちゃん。プリシラおねえちゃまに任せておいた『お砂糖のお商売』のほうは、どうなったかね?」


「よくぞ、聞いてくれはった! うちらの砂糖は、大人気バカ売れ! 大繁盛やでっ!」


 メイはてかてかした金満ぶった笑みを浮かべると、家のどこからか金貨がぎっしり詰まった袋を両手いっぱいに抱えて持ってきた!


「見て、これ! ヤバないっ!? うちら、急に大金持ちやっ!」

「金はいい……金は、心と人生を豊かにしてくれる」


 これだけあれば、しばらく労働などしなくて済むな!


「いや~、予想外の結果や。フールの仕事をサボるための思い付きが、こないに儲かる商売になるとは思わんかったでっ!」

「予想外ではない、予想の範囲内だ。その程度の金銭感覚だから、お前は借金まみれになるのだ」


 失礼な小娘だよ、ほんと。

 わしゃ、偉大なる魔王様やっちゅーねん。


「じゃかしゃあ! あれは、うちの借金ちゃうわ! おとうはんの借金やっ!」

「そんなことより。商売の第一弾で『顧客の創出に成功した』ので、これからは販売数を制限するぞ。買うのに色々と条件を付けて、『限定商品』にしてやるのだ」


「限定? なんで? いっぱい売ったら、いっぱい儲かるやないの?」


 きょとんとした顔をするメイが、不思議そうに小首をかしげる。


「人は愚かで欲深いから、限定という言葉に弱い。浅ましい連中は、数が少ないものを独占したがる。卑しい連中は、自分だけが手に入れることで他者を出し抜き、優越感に浸りたくなる――人間どものゲスな性質を利用して、さらに金を稼ぐのだ」


「どゆこと?」


「今言った性質を利用するために、俺達の売る砂糖に『希少品』という要素を付加し、希少ゆえに人が欲しがるという『価値』をつける。そのために、販売数を減らす」


 嗜好品の商いのコツは、欲望をいかに刺激するかだ。

 それは、商品自体に欲望を刺激する価値を持たせてもいいし、商品を取り巻く事象に価値を持たせてもいい。

 多くの場合、前者は麻薬。後者は、高級ブランド品となる。


「そんな意地悪なことしたら、売れなくなってまうよ。がめつくお金儲けしようとして、お金稼げなくなったら本末転倒やで」


「メイちゃん、心配は無用だ。一度でも砂糖を口にしたやつは、必ずまた買う。なぜならば、砂糖には、『一度口にしたら忘れられないほど、強い中毒性と依存性がある』からだ。食用嗜好品の範囲での値上げなら、なんの問題も発生しない」


 脳と舌が砂糖漬けになった連中は、少々値を釣り上げても以前と変わりなく購買するだろうことは、簡単に予想ができる。


「ま~た、無茶苦茶なことゆーとる」

「無茶苦茶ではない。理路整然とした商売の理論だ」


「そうは言っても、販売数を減らすかぁ~……えぇ~、あの雑草育てるための土地を追加で借り入れてしもうたんやけど?」


 メイめ……がめつい銭ゲバ娘だけあって、こういうときは無駄に行動が早いな。


「ならば、供給量は絞らずに、『品質に等級をつける』ぞ」

「ほえ? 品質に等級? お手頃品と高級品を作るみたいなこと?」

「そうだ。品質に良し悪しをつけて、価格帯を操作する」


 そう言うなり、メイが感心したような顔をする。


「ほうほう。なんかフールってば無職のごく潰しの癖に、最近は異様に商才を発揮しとるけど……どないしたん?」

「どうもしない。労働などしたくないから、金稼ぎの仕組みを作って資産を形成しようとしているだけだ」


 そもそも……なんで隠居生活中なのに、俺はこんなことをしているのだ?

 偉大なる魔王が金策のために労働するなんぞ、色々おかしいとしか言えないッ!


「とりあえず、砂糖商売の事業計画は決まった。その次は、運転資金が貯まり次第、別のものを作るぞ」

「ほえ? 別のものって、なにを作るん?」


 メイが再び、不思議そうに小首をかしげる。


「『麻薬』でいッ!」


「はあああ~っ!? 何を言っとんねんっ! 犯罪はやめろーっ!」


 麻薬と聞くなり、メイがエルフ耳を立てて声を荒げた。


「心配ご無用! 麻薬と言っても、陶酔系ではなく覚醒系でいッ!」

「『覚醒系でいッ!』ちゃうわっ! なにを考えとんねんっ!? 麻薬なんて一番あかんやつやっ! やめろ、中止やっ!」


「なぜだい? 覚醒作用のある麻薬を使えば――貧困層は薬欲しさに必死に労働を行うようになるし、中流層は以前よりも長時間働くことができるようになり、上流階級および貴族からは貯め込んでいる金を絞り取ることができる――世間に金が流れることにより、経済が今よりも活発に回るようになる――よいことばかりではないか?」


「アホか! 道理にもとる! それに、ちゃんとした犯罪や! 捕まってまうわっ!」


 魔王であるこの俺を顎で使う極悪ロリエルフが、生意気に偽善者ぶりだした。


「心配するな。麻薬は、『確実に大金が稼げる』。大金を稼いで、法の執行人および憲兵どもを金で買収したのち薬漬けにして、俺達の奴隷にしようではないか? そして、パンドラを我らが手中に収めようッ!」


 これぞ、正しい金の使い方だ。

 俺の平穏なる隠居生活を邪魔する凡愚どもを無力化し、実効支配するために金を使うのは、食べたり飲んだり遊んだりするために金を使うよりも、はるかに実益がある。


「我らがって……うちを巻き込むなああああああああああああああああああーっ!」


「お前、いつも『仕事しろだの、金稼げだの』うるさい癖に……いざ、俺が本気で仕事しようとしたら途端に邪魔するのは、なぜなのだ? そういう相互に矛盾した言葉で俺を翻弄する趣味の悪い嫌がらせなのか?」


「そんな複雑に込み入った嫌がらせしてへんわっ! うちは、『まっとうな仕事をしろ』って言ってんのやっ!」


「『まっとう』ってなんやねん、意味わからへんわ。お仕事するのって、おぜぜを得るためでっしゃろ? なんでそこに、まっとうだとかなんだとか、道徳のお話しが出てきはんねんや? メイちゃんは、ほんまけったいなお方でんなぁ」


 素朴に意味がわからない。


「魔王めっ! この私の前で、そんな悪事を働けるわけがないだろうがーっ!」


 突然、目の前に声のバカでかい変な女――『勇者』が現れたッ!?


「げえええーっ! なんで、こいつが店に居るんだあああああああああああーっ!?」


「このおねえやん、この前、なんや逃げたはええけど、結局は道に迷って島から出れなかったんや。ほんで、『行く場所がない』ちゅーて、うちの前で泣いとったんや」


 おったまげるなり、メイが口をはさんできた。


「だからなに?」

「なんや、捨て犬みたいでかわいそーやなぁって思ってなぁ。うちが『身元引き受けたろう』ちゅーことで、お店に連れてきたんや」


 出し抜けにメイが、完全にトチ狂ったことを言いだした。


「はあああ~? 連れてなど来るな、追い出しなさい。そいつは一見無害そうなバカ面の小娘だが、世界中で指名手配されている凶悪極まる密入国者なんだよ?」


 だが、そこで発狂したりキレたりするような浅はかな魔王様ではない。

 こういうおかしなときこそ、感情を完璧に制御することが大事なんだ。


「メイちゃん。直ちにその罪人娘を店から追い出し、それと同時に憲兵に突き出しなさい。さすれば、メイちゃんの大好きなお金が十三億も手に入るよ」


 子供が反抗心を持たないように、親し気な話し方で冷静かつ的確に指示を出す。

 そして同時に、動機付けを強めるような欲望も煽ってやる――。


 ここまですれば、気の狂ったロリエルフといえども、俺の言うことを聞かざるをえまい。


「おねえやん、喜びやっ! うちで仕事をこなせば、あんたはんの身元をちゃんと引き取ってあげるさかいなっ!」

「やったあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」 


 しかし、メイは俺の指示に従うどころか、むしろ逆に!


 くそみたいなことを言いやがったッ!


「メイ、正気かッ!? そいつは犯罪者! それも、世界規模で指名手配されている凶悪な大罪人だぞッ! そんな奴を匿うなんざ、完全に頭がどうかしているッ!」

「思いやりに溢れた優しいメイちゃんは、困っている人を放ってはおけないんや」


 嘘だッ!

 この銭ゲバ娘が博愛やら親切心やらで、勇者という特大級の厄介者を匿うはずがない。


 確実に何か裏があるはずだ……。


「素晴らしい博愛の精神だ、感動した! だが、こいつを雇っても損しかしないぞ」


 銭ゲバ娘のこいつには、感情で訴えても無意味なので『損得』でわからせる。


「私はかつて、戦場を駆け抜け、命を懸けて戦った……勇者に任命され、魔王を倒し世界を救った……それなのに! ここでは、お使いみたいな仕事すら無いのだっ!」


 人が話しているそばから、勇者が迫真の表情で訴えてきた。


「それは、お前が『よそ者かつ罪人』だからだ」

「そうは言っても、このおねえやんって、元々は『外の世界を救ったすごい勇者様』なんやろ? ほんなら、用心棒にうってつけやん。最近は物騒やし、ちょうどええわ」

「用心棒以前に、こいつは大罪人だぞ! こいつに用心しろッ!」


 子供が間違ったことをしたら、ちゃんと叱りつけなければならない。


「違うっ! 私は無実だっ! 私を裏切った連中の邪悪なる策略に、陥れられたんだっ! 罪など犯してはいないっ!」


 勇者がしょうもないことを言ってくるが、当然無視する。


「メイ……俺が麻薬を売る話をしてたとき、『捕まりたくない』みたいなこと言ってたくせに、重罪人を庇うのか? 冗談抜きに、ちゃんと捕まるぞ」


「捕まらんよ。おねえやんは、島の外の人。島の外のことは、外のこと。島のなかでは、島の掟さえ守ってれば、外でのことは見逃す――それが『パンドラのルール』や。対して、おまはんは『島の掟を破っとる』。麻薬を作って売りさばこうと企むとんでもない掟破り者には、死罪が適用されるでっ!」


 ぐぬぬっ! とんでもないルールだ。もはや、無法と言って差し支えがない!


「それはそれとしてや……世界の最果ての地パンドラには、おねえやんみたいに『外の世界でヘマやらかしてここに流れ着いたやつ』は、珍しくないちゅーか……そんなんばっかや。そこで変な顔して唸っとるフールを筆頭にね」


「魔王も……?」


 勇者が意外そうな顔で、俺を見てくる。


「外から流れ着いたもんは、『この島の住人に拾われたら、この島のもんになれる』んや。どこの馬の骨かもわからんフールも、『うちに拾われて、パンドラの一員になっとる』わけやしね」


「魔王が、メイ殿に拾われて、この街の一員になっただと……?」


 疑わし気な目つきの勇者が、じぃ~っと見つめてくる。

 さっきから、不愉快な小娘だな。


「おい、あまり過去の話をするな。そういうものは、破滅を呼び寄せる」

「まーた、フールの妙な迷信かいな」


「お前らが破滅するのは、どうでもいい。だが、お前らは『必ず』! 俺に迷惑をかける。だから、やめろって言ってんだよ」


 ここには、俺に不運と不幸を押し付けてくる『動く厄災の勇者』がいるんだ。

 面倒事がひとたび起これば、死ぬよりもしんどいことになるに決まっている!


「おまはんが何を言おうと、おねえやんには既に『アンジェ』っちゅー、この島での名前を与えてある。この決定は覆らんっ!」


「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!?」

「うっさいねんっ! 耳がつんざくわ! 大きい声を出すなーっ!」


 い……意味がわからん……!

 いったい何が起こっているというのだ……ッ?


「おねえやん……『アンジェ』には、なんだかんだで命を救ってもらったからね。恩返しせなバチが当たってまうよ」


 無駄に恩義に厚いメイがにっこりと笑うなり、勇者がドヤ顔をした。


「うむっ! メイ殿は、他人に冷たく厳しい不親切な人間ばかりの世の中にあって、人の善き心を捨てていない素晴らしい人だっ!」


「けっ! バカじゃねぇの」


 バカとしか言いようがない小娘たちには、開いた口が塞がらない。


「魔王っ! 貴様が悪事を働かぬよう、私がここで見張ってやるから、覚悟しろっ!」


 なんなんだよ、こいつは!? 疫病神感が異常すぎるッ!


「メイ! 今すぐにこいつを放り出せえええええええええええええええええーッ!」


「放り出さんよ。このおねえやん、おバカだけど力だけはあるみたいやからな。外に放り出したりなんかしたら、確実に『ちゃんとした犯罪者』になってまうもん」

「メ、メイ殿っ!? そんな風に私を見ていたのかっ!?」


 メイめ……正気を失ったかと思いきや、勇者に対しての認識はしっかりできているみたいじゃないか。


「犯罪者になるってわかってるなら、なおのこと追い出せッ!」

「あかんよ。貧乏と孤独がもたらす絶大な『負の原動力』ちゅーのは、甘く見たらあかんねん」


 メイが急に訳知り顔で語り出した。


「お前は出来損ないのクズな犯罪者だ――って、存在のすべてを否定され、すべての社会復帰の機会を奪われる……なのに、社会に従わないと、ひどい言葉で罵られ、体と心を傷つけられ、なけなしの持ち物も奪われてしまうんや……そんなんされたら、優しいメイちゃんでも、憎しみに憑りつかれてまうよ」


 親なし借金ありの銭ゲバの小娘ゆえになのか、人の世の無情さと人の心の残酷さというものをよくわかっているメイだった。


「そんな『住所不定無職の荒くれ者の犯罪者予備軍』のアンジェに、仕事と住むところを与えてあげて『真人間』に戻してあげる――それが、メイちゃんにできる精一杯の恩返しと社会福祉の一環や」


「じゅ、住所不定無職の荒くれ者の犯罪者予備軍……っ!? 今の私は、勇者ではなく……住所不定無職の荒くれ者の犯罪者予備軍……っ!?」


 真実を言われただけで、なぜか勇者が激しく動揺しながら落ち込んだ。


「住所不定無職の荒くれ者の犯罪者予備軍を放置すれば、犯罪者になるのは当然のなりゆきやからね。恩人のアンジェを犯罪者にするわけにはいかんやろ?」


 などとメイは徳の高いこと言っているが、俺が言いたいことは各々一つだけだ。


「そいつは、元々犯罪者だッ! メイ、罪人を拾うなッ! 勇者、強制送還されろッ!」


 俺は、できるだけ物おじせずハッキリと言う。

 聞き返されるのは、厄介だからだ。


「その罪人をエドム人どもに引き渡して、懸賞金を手に入れろッ!」

「外の人間のことなんて信頼できるかいな。取るもんだけ取られて、お金なんてくれへんに決まっとるわっ!」


 生意気な小娘が、偉大なる魔王様に歯向かいやがってッ!


「それならそれでいい! 有害な罪人をタダで処分してくれるのだッ! 速やかに引き取ってもらえッ!」

「やかましいねん! この無職が、キャンキャンうっさいんじゃいっ! 世知辛いのは、お金まわりだけでええんやっ! 人情まで失ったら、人として終わりやでっ!」


「俺は魔族だ。人情などない」


 メイは基本的に、俺の話を聞かない。


「じゃかしゃあっ! この恩知らずのごく潰しがーっ! 誰のおかげで、そうやって無職のヒモ生活楽しめてると思っとるんやーっ!」


 短いながら、こいつと一緒にいた経験から推測するに……。


 これ以上は何を言っても、無駄だろう。

 それどころか突然キレだして、凄惨な暴力を振るわれたのち、強制労働やらなんやらの厄介ごとを押し付けられるはずだ……。


「けっ! 勝手にしやがれッ!」


「ちゅーわけで。アンジェは、今日から『うちで働いてもらう』でっ!」


 腹立たしいが、ここは黙認するしかない。


「メイ殿、なんと慈悲深い! まるで女神だ! ありがとごぜぇやす!」


 こうして、勇者はメイの店でホステスとして働くことになったとさ。




第1部 第2章 のんびり下町生活やら修羅場やら

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