第27話 勇者は去り、魔王は平和に暮らしましたとさ。

 あのクズが最終決戦で俺を裏切らなければ、こんな惨めなことにはなっていなかったのだッ!


 物語は終わり、俺の仕事も終わり、この世界もろともすべて終わっていたのに……。


 偉大なる魔王様に叛逆した罪深き愚か者は、勇者にぶっ殺されちまえッ!


「あいつと戦うつもりなら、気を引き締めて行けよ。あいつは、人間どもの女に化粧と演技を教え、男に武器と金を与えて、今日までの『人の諍い』の原因を創ったのだ。無知蒙昧なる貴様ら人間に『争いの種』を植え付けて遊んでいる生粋の邪悪だよ」


 あいつは、戦いとは到底言えないような性根の腐った厭らしい戦いかたをする。

 最終決戦で勇者と戦ってるときに、背後から襲いかかり裏切ってくるとかなァッ!


「お前が戦いに身を投じるなら、次の敵は不死王に加えて……かつて、『戦友だった連中』になるだろう」

「なんだとっ!?」


 清く正しい勇者様は――正義や愛や道徳なんかの曖昧なお気持ちを爆発させれば、万事うまくいく――と愚昧かつ短絡的な思考を持っているアホだ。


 おそらく、不死王の手の上で踊らされるだけ踊らされるだろう。


 とはいえ、魔王であった俺を殺すような力を持っている異常な存在でもある。

 不死王もこいつと因果を結べば、タダでは済むまい。けけっ!


「かつての仲間と戦うだと……っ!?」


「なんの問題もないだろう? 魔族だろうが人間だろうが、お前に『歯向かう者は皆殺し』にすればいいだけだ。お前はすでに仲間に裏切られているし、大量殺人を犯した大罪人なのだから『殺す奴が増えたところで、なんの問題もない』だろう?」

「問題しかないわっ! 私は正義の味方の勇者だぞおおおおおおおおおおおーっ!」


 勇者が突然感情を爆発させて、俺に襲いかかってきた!


「やめておけ。ここで俺を殺して、この首を祖国エドムに持って凱旋帰国したとしても、お前の王殺しの罪は消えん。いずれにせよ、反逆者として捕まるだけだ」


「そんなわけがあるかああああああああああああああああああああああああーっ!」


「冷静に考えろ。そもそも、俺と戦って満身創痍になった状態で反逆者扱いされたら、お前はどうするのだ? かつての仲間やらなんやら相手に戦って、勝てるのか? 生き延びられるのか? 負けた場合は逃げおおせることができるのか?」


「そんなことには……ならああああああああああああああああああああああんっ!」


 自信家なこって。

 ま、考えが足りないだけとも言えるけど。


「そもそもの話。世界の果てのこの島から脱出して、クラーケンやらヒュドラ、ドラゴンにリヴァイアサンやらの超危険で超凶暴な化け物どもが無数に蠢く大海を渡って、無事にエドムに帰ることができるのか? ここに来るまでも、かなり大変だったんじゃないのかよ?」


「みっこ……お金を払ってちゃんと船に乗ってきたから、何の問題もないっ!」


 今、『密航』って言おうとしたのか?

 息をするように犯罪をしやがる……やはり、勇者はろくでもないやつだなッ!


「だいたいね、お前は『完全なる不法入国者』なんだから、パンドラの支配者やってるよそ者嫌いの『魔女ども』が黙ってないぞ」


「ぬっ!? パンドラの魔女……世界でも指折りの魔法の使い手であると同時に、『魔導機械』なる奇妙奇天烈な武器を操る最凶の戦闘民族か……」


 とんでもないバカのくせに、戦闘に関する知識だけは、なんか知らんけど色々知ってるんだよなぁ~。


「やつらと戦って、勝てる自信はあるのか? この島で、俺がおとなしくしているのは、『魔女どもに目をつけられたくないから』だ……あいつらは、初手で致死性の毒やら死後も続く呪詛だのを使ってくる異常者どもだぞ。言ってる意味、わかるだろ?」


「ぐぬぬ……っ!」


 バカだが、唯一の取柄である戦闘に例えて話してやったことで、自分の置かれている状況がようやく理解できたのだろう。


「お前の人生は、俺を殺した時点で詰んでたんだよ。なにせ、魔王を倒しちまった勇者なんてのは、一般人にとっての救世主かもしれんが、王様やら貴族様、司教様だの大商人様やらにしてみりゃ、『魔王より強くて自分たちの寝首を掻きかねない危険な存在』なんだからな」


 などと、耳に入れると痛い真実を言ってやるなり、勇者がみるみるうちに絶望した表情になって、力なく床にへたり込んだ。


「だ、だから、私は……裏切られて罪人に貶められたというのか……」


 そして、涙ながらに慟哭した。


「わ、私は一体どうすればいいのだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


「勇者やめて、『次の魔王』でも目指せば?」


「そんなことできるかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 勇者が、耳をつんざかんばかりの大声で騒ぎ出すなり、メイが帰ってきた。


「じゃかしゃあーっ! お前ら、うっさいねん! ドラゴンみたいな叫び声が外まで聞こえてんぞっ! ええ加減にしいや、ほんま自分ら、むっちゃ近所迷惑やでっ!」


 そして、近所迷惑な騒音の発生源である勇者をぶっ叩いて黙らせる。


「あいたーっ! な、なにをするのだっ!?」

「おねえやん……アンタ、ほんまに『脱獄犯』やったんなぁ」


「違うっ! 誤解だっ!」


 勇者が見え透いた嘘をついた。


「すーぐ、嘘つく。嘘つき勇者」

「黙れ、魔王っ! 誰が、嘘つき勇者だっ!」


 メイが手に持っていた手配書を、おもむろに勇者に突きつける。


「嘘かほんとか、よう知らんけどさ。な~んや憲兵さんたちが、おねえやんのことを探し回っとるよ? ほら、もう近所まで来とる」

「な、なんだってえええええええええええええええええええええええええええっ!?」


 どうやら、本格的に追手が迫ってきているらしい。


「おねえやん。逃げるんやったら、はよ逃げたほうがええよ」

「え? あぁ……うん……」


 急な状況の変化に勇者は理解が追いつかず、少々戸惑っているみたいだ。


「表通りは憲兵さんが見張ってるから、このお店の裏手から港町に行って、観光客に混じってしばらく身を隠しや。ほんで夜になったら、夜釣りに出る漁師さんに船乗せてもろて、島の外にお逃げ」


 メイが言い終わるなり、外から憲兵どもと思わしき声が聞こえてきた。


「十三億! 十三億の賞金首だァッ!」

「大罪人アンジェリカは必ず、我々の手で捕まえるぞォッ!」

「冒険者どもに手柄を横取りされるんじゃねぇぞーッ!」


 そういえば、勇者にはとんでもない額の懸賞金が懸けられているんだったな。

 憲兵どもが血眼になるのも無理もない。


「メイ殿! 貴女の優しき心遣いと食事で救われた! このお礼は必ずするっ!」

「そんなんお互いさまや。気にせんでええよ」


 深々と頭を下げて礼を言う勇者に、メイがおもむろに小銭袋を手渡した。


「ほいよ、島の外に出るための路銀や。少ないけど持っててーなっ!」


 気前の良さを見せつけたメイが、つぶらな瞳を細めて優し気に笑う。


 すると、勇者が顔をくしゃくしゃにして、うるうると感涙を流した。


「ちょっ、急にどしたん? おねえやんっ!?」

「じゅ、じゅまない……人の優じざに触れたのぎゃ、久しぶりしゅぎて……ううっ!」


「人情ものの茶番を楽しむのもいいが、憲兵がすぐそばに来ているぞ」


 俺としては、勇者が捕まるところを是非見たい。

 というか、自分で捕まえて十三億の報奨金を手に入れたいッ!


「早く逃げたほうがいいぞ。武装した冒険者っぽい連中もうろちょろしているし」


 だが、そんなことになったら、確実に面倒ごとに巻き込まれること……必至ッ!

 ならば、勇者にはとっとと逃げてもらって、俺とは関係ないどっかで捕まるなり、処刑されるなり、野垂れ死になりしてもらったほうがいい。


「メイ殿! 貴女は、私の命の恩人だ! このお礼は、必ず返すっ!」


「そんなんええって、ええって。困ったときは、お互い様や」

「なんと優しい少女なのだぁぁぁ~っ!」


 メイの損得勘定無しの無垢な人情に触れた勇者が、また涙ぐむ。


「ああもう! そんなええから、さっさと逃げっ!」


「さよならするのは、つらいけど……いざ、さらばっ!」


 勇者は絶対守られることはないであろう約束をすると、再び大げさに頭を下げてメイに礼をした。


「うん、さようなら。それより、頑張って逃げるんやでっ! 捕まるなよっ!」

「うむっ! メイ殿、お元気で、お達者でっ!」


 勇者は朗らかに笑って店を出ると、そのまま吹き抜ける風のように街の雑踏のなかに消えた――。


「けったいなおねえやんやったなぁ~。あの子、ほんまに勇者なん?」

「知らん。ただの声と胸と態度の大きいバカ娘だろうよ」


 ろくでもない厄介者が、ようやく消えたか。


 やれやれ。

 これでやーっと、平穏なる隠居生活に戻れるぜ。


「しかし、意外やったなぁ~」

「なにがだ?」


「フールは、おねえやん捕まえて『十三億』もらわんでええの?」


 愚問だ。


「いらん。俺は平穏無事に隠居生活が送れれば、それだけでいいのだ」

「あはは。無欲なのは、ええこっちゃ」


「無欲も何も、『どう考えても怪しげな大金』が急に転がり込んで来たら、悪い奴らに狙われて生活がろくでもないことになってしまうではないか」


 そこら辺にいるマフィアをカツアゲすれば簡単に手に入る金ごときのために、面倒事に巻き込まれるのはあほらしい。

 俺が欲しいのは、平穏なる隠居生活だけなのだから――。


「なるほどねぇ~。まあ、お金貰わんのやったら、ちゃんと働きや」

「いやだね」

「なんでやねんっ!?」


 俺が欲しいのは、平穏なる隠居生活だけだからだ。


「やだねったら、やだね。やだねったら、やだねぇぇぇ~ん」

「じゃかましやっ! なんやねん、その歌っ!?」

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