第26話 次の魔王……ってなに?


「うるせぇッ! お前みたいなもんは、勇者なんかじゃない! この偉大なる魔王が管理する箱庭に混沌をもたらした血に狂った愚かな獣だッ! お前がもたらした殺戮の戦果に繁栄はなく、破滅の未来しかないッ!」


「なんだとっ!? ふざけたことを言うなっ! 私は世界を救ったのだーっ!」


 何も知らぬバカに話したとて、なにもわかるはずはないが……。

 偽りのベールに覆われたこの世界の理を知らないのだからな。


「世界の秩序を破壊した愚劣なる大罪人よ! 今すぐに、どんなやり方でもいいから死ねええええええええええええええええええええええええええええええええーッ!」


「黙れ、性悪魔王っ! 死ぬのは貴様だああああああああああああああああーっ!」


 とはいえ……それはそれ、これはこれ。

 言って聞かせないわけにはいかねぇよなァッ!?


「よく聞け! この世界は、お前を筆頭に、『不完全な魔法と歪な科学技術を乱用するボケナス連中』が跳梁跋扈しているせいで、ボケナス文明が狂った発展をしているのだ。その様はまるで秩序がなく、今にも破綻しそうなほどに不安定……ゆえに、誰がかが管理しなければならなかった……そう、この俺が! 世界の崩壊を防ぐためになァーッ!」


「黙れと言っているのだーっ!」


 唐突に戦闘力を発揮した勇者が、殴りかかってくる!


 このバカ娘は、人の話を静かに聞くことすらできんのかッ!?


「世界が崩壊するとすればっ! 戦争が終わったにもかかわらずっ! 魔族が世界各地で暴れているからだろうがあああああああああああああああああああああーっ!」

「うるせぇッ!」


 勇者の拳をサッと避けて、素早くやつの頭を平手で叩くッ!


「あいたーっ!」

「静かにしろッ!」


 それから、すかさず説教してやる。


「魔族が秩序を失くしているのは、俺という最高の王を失ったからだ。結婚し、子供を育て、穏やかな老後を過ごす――俺が奴らに与えてやっていた普通の幸せを、お前が一切合切奪ったのだ。暴れて当然だろうがッ!」


「なにぃっ!?」


 今や、あいつらの多くは不幸にも家族すら持てず、まともな生活さえも……。

 いや、おそらくは不死王の支配下だろうから、戦に明け暮れるだけの荒みきった日々を過ごしているのだろう……。

 最悪の場合、自我も取り除かれて狂気に陥っているかもしれないなぁ……。


「この偉大なる魔王カルナインは、貴様ら人間が絶滅しないように慎重に配慮しながら計画的に戦争を起こし、人口の間引きを行って文化の選定をし、この世界を管理していたというのに……お前という邪悪な存在が、それをすべてぶっ壊してしまった」


「お前を倒さなければ、世界は平和になったとでも言うのかっ!?」


 バカとはいえ、ここまで丁寧に話して聞かせれば、一応の理解はできるようだ。


「おお、勇者よ。本当に魔王を倒してしまうとは大人気ない。お前の大活躍のおかげで、武器・防具屋は失業し、道具屋は在庫を持て余して破産。それにより武器・道具が、各地の暴徒の元に格安で出回った。戦乱で路頭に迷った女子供は、暴徒たちに体を売る羽目になっているぞ。軒並み倒産した宿屋は、売春宿になって性病を蔓延させ、親なし子を生み出し続けておるとかいないとか……世界の破滅は、ここに来たれり」


 こわいなぁ、こわいなぁ~……もう世界は終わりだよ。


「黙れっ! いい加減なことを言うなぁーっ!」


「ありとあらゆる場所で、戦時下の不満を爆発させた民衆による暴動が起こり、国も人心も荒廃を極めている……すっかり、信仰を失った神の代わりに『金』が新しい神にとって代わったぞ。そして、かつては魔族を倒すために一致団結していた人間たちは、己の欲望のために同胞を食い物にするようになったとさ」


「そんなことは……ないっ!」


 思い当たる節があるのだろう、勇者は自信なさげな顔をした。


「なぜ、俺が一気に人間を滅ぼさなかったのか? なぜ、人里の周りに人間が倒せる程度の強さの魔物がうろついていたのか? なぜ、魔族に与する人間がいたのか? なぜ、定期的に戦争が起こったのか? そして、誰が世界が淀まぬよう、滅ばぬように管理していたのか? よくよく考えろ」


 この世界の本質は、壮大なる虚構の上で繰り広げられる殺戮有りの椅子取り遊戯だ。

 椅子取り遊戯に夢中になっている連中は、椅子の輪の外にも世界があることに気付くことなく、椅子の輪のなかに創り出された虚構の世界で人生を終えていく――。


 この閉じて倦怠し頽廃した円環の世界で、幻覚を見せる微睡みから目覚めているのは……偉大なる王にして道化の俺だけなのだ――。


「魔王の癖に生意気な! 貴様が『世界を管理していた』とでも言うつもりかっ!?」

「だから、さっきからそう言ってんじゃねぇかッ! バカが過ぎるぞッ!」


 ダメだ、こいつ……救いようがない。


 幾万の時間をかけて対話を重ねても、俺の言葉を理解することはできないだろう。

 こんなドあほう娘は、救世主たる勇者に相応しくないッ!


「黙れ、魔王っ! 誰がバカだっ!」

「お前じゃい! そして、俺がお前に最も伝えたいことは……」


 息をのんで睨みつけてくる勇者が、俺の次の言葉を待つ――。


「俺は、『もう魔王じゃねぇ』ってことだよ」


「ふざけるな! 何を言っているのだっ!?」


 そして、すぐさまキレる。


「魔王という肩書の俺は、勇者である『お前に殺された』の。じゃあ、今の俺は『もう魔王じゃない』よね? だって、殺されたんだもん」

「はあっ!? 意味がわからん! お前は、『生きている』だろうがーっ!」


「生物的に生きていても、『世間では、魔王は死んだ』ことになってるよね? つまり、『もう魔王は、この世界に存在しない』の。バカでもわかる簡単な話だよ。とはいえ、知性を持たぬ君には難しいのかもしれないけれどね」


「ふんぬーっ!」


 煽ってやるなり、勇者が壁を殴りつけた!?


「やだ、こわいっ! 暴力反対!」

「お前が魔王ではないのならば、私は『誰を倒せばいい』のだっ!? 世間では魔王が死んだことになっているのならばっ! 私はどうやって、勇者としての立場を取り戻せばいいのだああああああああああああああああああああああああああああーっ!」


 うるさいなぁ、俺に聞くなよ。


「知らねぇよ。多分、あれだ……『次の魔王』が、すぐに生まれるだろうからさ。そいつを倒しなよ。それがいいよ」


「なにぃ~っ!? 『次の魔王』だと! 詳しく教えろぉぉぉーっ!?」


 顔色を変えた勇者が、ガシッと俺の肩を掴んできた。


「お前が、俺と『滅びの四魔騎士』をまとめてぶっ殺しちまったからな。今頃は、各地の猛者どもが次の魔王を座を得るべく覇権を争ってるはずだ」


『滅びの四魔騎士』――幾万の魔族の序列争いのなかで他を力で屈服させ、その頂に至った四人の騎士の名。


 最強との誉れも高き者どもだったが……その全員が、この小娘に殺されてしまった。

 改めて考えると、勇者怖いなぁ~。

 滅びの四魔騎士は、通常の人間では太刀打ちができない存在なのだぞ? それを撃滅……一体だけでもヤバいのを、四体全部だ。


「正気じゃないよ……あんた、文句なしの化け物だよ……」

「うるさい! そんなことより、『次の魔王』とは、誰だぁぁぁーっ!?」


「んなこと知らねぇよ。島の外の情報なんて、まったく知らねぇもん」

「嘘をつくな、嘘をーっ!」


「俺は世俗を離れて『絶賛隠居中』なの。本当に、島の外のことなどなーんも知らん。そのうえ、これっぽっちの興味もない」

「はぐらかすなっ! 言えええええええええええええええええええええええーっ!」


 だが、勇者がものすごい目力で睨み付けてくるから、知らないで済む感じじゃなかった……。


「まぁ……あれじゃないの? 前の戦争でお前に殺されなかった『不死王が、次の魔王』になるんじゃないの? 俺の自爆を喰らっても、どーせ死んでないだろうし。魔王を差し置いて王を名乗る傲岸不遜ぶりだし」


 皮肉なのか何なのか知らんが、前の戦争で死なずに生き延びたのは、不死者の王様不死王くんのみっていうね。

 あー、やだやだ。俺ってば、あいつきらい。


「……不死王だと?」


「そうだ、俺の腹心にして、俺を裏切った道端の犬の糞にも劣るゲス野郎だよ」

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