第25話 餌付けした勇者が、俺を成敗しようとしてくるのだが!?

「うまうまっ! うまままあ~いっ!」


 メイに飯を恵んでもらった勇者が、皿まで舐める勢いで飯をカッ食らっている。


「まるで餌付けされた野良犬だな」


 俺が素朴な感想を漏らすなり、勇者がガバッと顔を上げた。


「メイ殿っ! その男は危険だっ! 今すぐに縁を切るべきなのだっ!」


 そして出し抜けに、意味のわからんことを言い出す。


「黙れ。お前のような下賤で邪悪なものが、俺たちの関係に口を出すな!」

「確かに……おねえやんの言う通りやな」


 なんかしらんが、メイが神妙な顔でこくりと頷く。


「はあああ~?」

「そのうえ、いい加減で労働意欲皆無かつ反社会的思想を持つ住所不定無職や。ろくでもなさが限界突破しとる」


 なんだとっ!? 誰が、住所不定無職だ! 俺は魔王だぞっ!


「せやけど、『うちのため』となったらマフィアを潰すし、畑をこしらえてけったいな商売始めたりすんねん。滅多なこと言ったらあきまへんで」


 言い方はあれだが……。

 メイもようやく、この俺の偉大さがわかってきたようだな!


「一見、善行を働いているように見えても、メイ殿を騙しているのだっ!」

「勇者よ。いい男は女を騙してなんぼなんだよ?」

「しょーもないことは言わんでええねんや。あんたは、黙っとき」


 メイがなんか言ってくるが、無視する。


「俺は適当に小銭を稼いで、誰に縛られることもなく、平日の昼間からブラブラして自由に生きていくのだ。部外者が、俺の素晴らしい人生の邪魔をするなッ!」

「なんてやつだ! まるで隠居老人ではないかっ! 魔王の風上にも置けんっ!」


 勇者が意味のわからないキレかたをする。


「古の王は、こう言っている――太陽の下、与えられた空しい人生の日々、愛する妻とともに楽しく生きるがよい。それが、太陽の下で労苦するあなたへの人生と労苦の報いなのだ――とな」


「妻って、いきなりなんやねんっ!? うちらは、そんな仲ちゃうやろ! あんたの勝手な片思いや! ええ加減にしーやっ!」


 たとえ話も理解できないメイが、顔を真っ赤にして騒ぎ出す。


「俺は、穏やかで平和な生活を営んでいるのだ。片やお前は、仕えていた王を殺害して逃亡――この島に流れてついてからは、この俺に害を及ぼし続け、マフィアを殺して娼館を破壊。憲兵に捕まるも牢から脱獄し、無邪気な少女が丹精込めて作った料理を盗み食いしている獣以下の荒んだ生活――」


 箇条書き的に述べてみると、改めて勇者のろくでもなさが実感できる。


「かつては、『正義の救世主』やら『戦場の聖少女』などと呼ばれたお前も、今や類い稀なる邪悪な大罪人よ」

「違うっ! 邪悪なる大罪人ではない! 私は、いまだ勇者だーっ!」


 正論を突きつけられた勇者が、悔しまぎれに吠える。


「わかった、わかった……罪深き勇者よ。現時点より今後一切、この俺を、悪なるお前の物語に巻き込もうとするなッ!」

「誰が、罪深き勇者だっ! 私は、世界を救った正義の勇者だぞーっ!」


「じゃかしゃあ! 全世界から指名手配されているお前には、正義などどこにもないんじゃいッ!」

「ぐぬぬっ!」


 フン。あまりにも正論が過ぎて、何も言い返せまい。


「そ……そんな言いがかりで、私を屈服させることなどできないぞーっ!」


 生意気なやつめ。

 その無駄に反抗的な心をへし折ってやる。


「知っていたか? さっき、貴様が喜んでガリガリ噛み砕いていた『飴ちゃん』に入っている砂糖には、『毒』が含まれているということを……」

「なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい~っ!?」


 勇者は目を丸くして、おったまげているが……。


 毒などない。

 こんなもん、嘘だ。


「あの飴の原料となる砂糖のさらに元となる野草は、少量の摂取では何の問題も発生しない」

「ならば、安心ではないかっ!」


「だが、意地汚い貴様のように、大量に摂取するとたちまち中毒を起こすのだ」

「ふん、たわごとを! 私をたぶらかす気だなっ! 騙されないのだっ!」


 むっ!? 意外と賢いな……。


「そんなことを言いつつも……もうすでに効果は出ているはずだ。なんだか『脇腹が痛い』だろう……?」

「ぬ? 脇腹が痛くなど……はうあっ!?」


 空腹時にバカみたいに食事を大量摂取すると、内臓が驚いて腹が痛くなる。

 人体の構造上、当たり前に起こる症状だ。


「さらに、腹部に圧迫される苦しさを感じ、気だるげな眠気を覚えているはずだ……それは、立派な『中毒症状』だよ……!」


 中毒でもなんでもない、ただの食い過ぎの症状だが……。


「はわわ……っ! 完全に中毒症状なのだっ! お腹が苦しいうえ、とてつもなく眠いのだあああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」


 バカだから動揺している。


「ちょっ、フール! そんな危ないもんなら、先に言うといてよっ!」


 泡喰った顔のメイが、勇者に駆け寄った。


「なんだっ!? 私に何をする気だっ!?」


「警戒せんでええよ。うちは『魔法学校中退』やけど、『治癒魔法』が使えるんや。お腹痛いの治したり、ちょっとした擦り傷・切り傷を治癒したりは、お茶の子さいさいやねん」


 メイが唐突に、意外な経歴を披露する。


「メイ殿は、『魔法』が使えるのかっ!? しかも、稀有な才能である『治療魔法師』とは、天才だなっ!?」


「あはは~、天才ちゃうし治療魔法師でもないよ。うちには『魔女』と『エルフ』の血が入ってんねん。だから、魔力を当てたるだけで、ちょっとした怪我を治すぐらいなら簡単にできるんよ」


 などと言いながら、メイは別になんの異常もないバカ勇者の腹に手を当てた。


 次の瞬間、メイの手が淡く光る。


「わあっ!? お腹の痛みがなくなったのだっ!」

「そやろ? 文字通り『手当』や」


 最初から痛みなんてねぇだろ……。

 ってのは、さておき。


 メイちゃんは、治癒魔法を使用せずに治療行為をする、と……。


 自分の魔力を他者に当てることで、そいつの自己治癒力を向上させているのか?

 エルフだの魔女だのってのは、へちゃむくれのガキでも魔法に長けているんだなぁ。


「ありがとうございますっ! メイ殿は、命の恩人なのだっ!」


 そんなことより!

 これは、利用できるッ!

 正義漢ぶりがちな勇者ならば、恩を仇で返すことに心理的な抵抗があるだろう。


「おい、勇者。メイは、お前の『命の恩人』なんだろ? 危害を加えるなよ」

「お前は、何を言っているのだ? 恩人に危害を加えるわけないだろーっ!」


 バカだが素直で助かる。思考と行動を操りやすい。


「そして、俺は『メイの命の恩人』だ。間接的に、『貴様の恩人』でもある。現時点より、今後一切、恩人であるこの俺に危害を加えるな。わかったな?」

「なんだ、その友達の友達は友達みたいななぞ理論はっ!?」


 などとやっていると、メイが露骨な呆れ顔でため息をついた。


「あほらし……おねえやんもごはん食べて元気そうだし、うちは回覧板回してくるわ。あんたらは存在してるだけで近所迷惑なんやから、ええ子にしておとなしゅうしとくんやで~」


「誰が、存在しているだけで近所迷惑だ」

「わ、私もなのか……っ!?」


「そらそうや。あんたら似た者同士なんやから、喧嘩せんとなかようしーや」


 無礼なことを言い残して、メイは回覧板を持ってどこかにいった――。


「相変わらず、所帯じみたガキだ」

「確かに、妙に所帯じみているな」


「だが、ああいう地味な生活こそが、尊重すべきものなのだ。お前のような万事戦時中の狂人は、関わってはいけない。わかったら、今すぐに消え失せろォーッ!」


 人としての道理を教えてやるなり、勇者が生意気にも歯向かってきた。


「なんだ、その言い草はっ!? 魔族は、どいつもこいつも人間に対する敵意に満ちているぞっ!」


「バカが。もし魔族が敵意に満ちていれば、遥か昔に人間は絶滅していたか、完全なる管理下に置かれて家畜にされていたはずだ。だが、そうなってはいない……なぜだか、わかるか?」


 バカに問いかけても答えなど帰ってこないから、即座に答えを教えてやる。


「この私が、魔王の貴様を倒したからだっ! 正義は必ず勝つのだああああーっ!」


 な、なんてやつだ……ッ!

 人が話している途中で、ムカつく茶々を入れてきやがっただとォ~ッ!?


「せ、正義だと……? 貴様は、そんな独善的で愚昧で醜悪な妄想で……世界を適切に運用していた俺を殺したというのか……ッ?」


 最悪だ。

 この俺が長年かけて築き上げた調和と秩序は、完全に頭のおかしいバカのノリと勢いで台無しにされてしまったというの……くぅわッ!?


「正義だと思い込んだ邪悪を振りかざして、他者の人生を破壊する……それが、勇者と呼ばれる者のすることなのか……?」

「黙れっ! 貴様の詭弁など、私は聞かないぞっ!」


 今にして思えば……俺も迂闊だった。


 あの時、もっと本気で相手して、速やかに殺処分するべきだったのだ。

 あの戦争を生き抜いて俺の元まで辿り着いた者だからこそ、停滞した世界を革新させる力を持つ者かもしれない――。


 などという愚かな期待を抱いてしまったから、こんなことに……。


「……憂い倦む旧き神。微睡む月の民。発狂せし審神者。神代の傀獣。腐敗齎す堕嬰神。辺獄の蕃神。放浪する建築者。星継ぐ民。堕落の先住者。暁の緋女。始原の妖精。亜人原種。純人間。不老不死者。身体改造者。魂魄移植者。現世逃避者と旧人類――知っている言葉があったら、なんでもいいから意味を言ってみろ」


「何の話だ? 急にわけのわからんことを言うなっ!」


「何もわからないのか? 彷徨える天球。内なる惑星。叡智の図書館。時越えの霊廟。海底楽土。空中帝国。神骸の大地。蒼穹の天蓋。絶苦の桃源郷。夢見る地獄。電脳仮想天国。機械仕掛けの箱舟。古き神の臓器。星繋ぎの塔。生体発電所。氷壁向こうの暗黒大陸。壊朽せし巨樹都市――どれでもいい、聞いたことのある言葉はあるか?」


「さっきから、なにをわけのわからないことを言っているのだーっ!」


 ……嘘じゃねぇな。本当に何も知らないバカの顔だ。

 もはや、ため息すら出ない。


「はぁ……なにゆえ、この世界では、種族も歴史も生活様式も違う『人間・魔族・亜人』が、共通言語……同じ言葉を話しているのかを考えたことはあるか?」

「ない。この世界はそういう場所なのだろう?」


 バカなだけでなく知的好奇心もないとは、獣にも劣る大バカじゃねぇか……。


「……もういい。人生に疲れた。お前という存在に心底疲れた。しんどい」


 うんざりするなり、自然と床に寝転がっていた。

 すると、勇者が唐突に襲いかかってきたッ!?


「それはそれとしてっ! 魔王、お前を成敗するっ!」

「なんでだよっ!?」


「貴様が世界征服を企んでいるからだあああああああああああああああああーっ!」

「はぁ!? んなこと企むか! 世界を征服するなんてばからしいこと誰がするかッ!」


 確かに、この不幸に満ちた世界を正してやろう――と思ったこともあった。


 ――だが、無駄だった。


 なにもかもが徒労で終わった。

 世界征服の代償は高くつく、その維持費は穏やかな人生を破たんさせる。


「バカどもは救えない。俺の知らんところで好き勝手に、食ったり寝たり繁殖したり、恨んだり憎んだり殺し合っていればいいのだ」


 もう失敗も敗北も、うんざりだ。

 うつになる。

 夜寝れない、朝起きれない、毎日死にたいなんて気分は最悪だ。

 魔王らしくない。

 いや、生物として間違っている――とまで言ってしまっていいだろう。


「俺はこの街で、平日の昼間から夜まで勝手気ままに遊び歩き、ダラダラと余生を過ごす。狂った殺意にかられた異常者め、俺の隠居生活の邪魔をするなァッ!」


「ふざけるな! お前を倒せば、すべて終わるんだ! 私は魔王を倒して家に帰るんだあああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」


「勝手に帰れよ! 俺を巻き込むんじゃねぇッ!」


 隠居生活の頭痛の種だったうぜぇ借金取りのクソマフィアどもを排除したと思ったら……今度は、このバカ勇者が俺の人生を邪魔しやがるッ!

 どうしてバカどもは、俺の人生に蠅や蚊のようにたかってくるのだッ!?


「勇者アンジェリカ、参る! 魔王カルナインを成敗し、世界を救うのだーっ!」

「うるせぇっ!」


「うるさくなああああああああああああああああああああああああああああいっ!」

「うるせええええええええええええええええええええええええええええええいッ!」


 なにこれ!? 大声喧嘩大会!? どないなっとんねん!?

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