もう、魔王やめた! 無職魔王は働かない。~魔王なのに反逆されたので、同じく戦友に裏切られた勇者を仲間にして逆襲する……隠居しながら! ろくでなし魔王の自堕落で騒がしいほのぼのスローライフ!?~
第23話 勇者マジギレ! 修羅場の原因は……ごはん!
第23話 勇者マジギレ! 修羅場の原因は……ごはん!
「ぐぬっ!」
メイを盾にしたことで、勇者の手が止まった。
「おまっ! ふざけんなや! うちを盾にすんなああああああああああああーっ!」
危ねえええええええええええええええええええええええええええええええーっ!
咄嗟にメイを盾にしてなきゃ、不意打ちを喰らっていたぞッ!
「フール! 聞いとんのか、このゲス野郎おおおおおおおおおおおおおおおーっ!」
「魔王っ、貴様ぁーっ! 今すぐに、その娘を解放しろおおおおおおおおおーっ!」
「うっせぇ! ガチャガチャ大声で騒ぐんじゃねぇ、声デカ小娘どもがッ!」
つくづく、度し難いバカ娘どもだ。
魔王様に口答えなどするなッ!
「このあほんだらぁーっ! うちを舐めるのも、ええ加減にせぇよっ!」
「落ち着くのだ、メイちゃん。こうでもしなければ、お前は店ごと……あのイカレ女の殺戮魔法で消滅させられていたのだぞッ!」
俺の腕のなかで、バタバタと手足を振り回して暴れるメイを落ち着ける。
「大げさや! 魔女様でもないのに、そんなすごい魔法使えるわけないやろっ!」
「大げさではない。豚オヤジの娼館をぶっ壊したのは、あいつだぞ!」
「そんなことするかっ! 私が斬るのは、魔王! 貴様、ただ一人だっ!」
というか……勇者のバカは、自分の立場をわかっているのか?
「おい、勇者……お前、そんなに暴れていいのか?」
「なんだと? どういう意味だ?」
「脱獄犯のくせに、目立つようなことしていいのか? つってんだよ!」
バカだから、いちいち説明し直してやらなきゃならんのが、マジでイラつく。
「こんな街中で魔法使って暴れていたら、すぐにここに潜伏していることが憲兵にバレるだろう。そして、なんやかんやあった結果……お前は、処刑されるッ!」
「されるかっ! なんだ、なんやかんやあって処刑ってっ!? ふざけるなーっ!」
腐っても、歴戦の英雄。
流石に、これぐらいの脅しではビビったりしないか。
「バカな貴様の想像力を、この俺が補ってやろう。想像しろ、勇者――」
「何をだっ!?」
黙って聞けっ!
「すでに一度捕まっている貴様のことは、海を隔てたエドムの連中にも伝わっていることだろう……」
「だから、なんだっ!?」
黙って聞けっ!
「つまり……『貴様を捕まえるために、かつての仲間がこの島にやってくる』――ということだッ! このバカたれがッ!」
「なんだとっ!? 来るわけがないだろう! なにをしに来るのだっ!?」
「なにをしにって……おめーを捕まえに来んだよッ!」
「なんでだっ!?」
なんで、なんでって、自分でものを考えられん子供かッ!
「お前は腐っても、『魔王殺しの勇者』だろうがッ! 冒険者やら憲兵やらの『腕が立つ一般人』が、どうこうできる存在ではない――となれば、必然的にお前をとっ捕まえにくるのは、かつての仲間どもしかいないだろうがァーッ!」
「うぬぬぅ……っ!」
ここまでわかりやすく言ってやって、ようやく事態を理解したらしい。
理解するのに時間がかかっているのは、『かつての仲間に裏切られた』という事実を認識したくないからだろう。
「ぐにに~……っ! やはり私は、始末するべき罪人扱いなのかぁぁぁーっ!」
もちろん、『勇者本来のバカさ』ゆえ、というのもあるが。
「敵に追われるのは慣れっこだろうが、味方に追われるのはなかなかに辛いぞ。もちろん、戦うのはさらにキツい。心理的な負担もだが、なにより手の内がバレているのが厄介だからな」
俺の実体験からの箴言だ。
「くっ! エドムから逃げ出した時と同じように、また皆と戦わなければならないのか……っ!」
勇者がトラウマか何かに蝕まれて、顔を苦しそうに歪ませた。
「隙ありッ!」
勇者に隙が生まれると同時に、脳天に踵を落とす!
「はうあ!」
話術で作り上げた一瞬の隙を逃さず、必殺の一撃を勇者に叩き込む!
「てな具合に、俺の勝ち」
そして、正義は勝つ!
「ぐぬぬ! 聖剣があれば、こんなやつうううううううううううううううう~っ!」
悶絶しながら地面をゴロゴロ転がる勇者が、悔し気に唸る。
「武器や防具の問題ではない。お前の敗因は、『とんでもなくバカ』だからだ。ってなわけで、負け犬勇者は消えろーッ!」
「黙れ、誰が負け犬勇者だっ! 戦いは、まだまだこれからだあああああああっ!」
地面に倒れていた勇者が、勢いよく飛び上がる!
「もう試合終了だよ。殺さないでやるから、とっとと消え失せろッ!」
「フール、いじめんのやめーや。真面目に相手したりーな」
俺たちのやりとりを呆れ顔で見ていたメイが、呑気に話しかけてきた。
こいつ……勇者のことを『バカなチンピラ娘』ぐらいに思ってんじゃねぇだろうな?
やれやれ。世間知らずの小娘には、困ったもんだぜ。
「あのなぁ……こいつは一見、無害そうな面をしたバカな小娘だが、一人で魔王軍を壊滅させた化物にして猟奇的殺戮者なんだぞ」
「こっわ! なにそれ? ほんまかいな?」
こいつも、俺を信じないだと?
やはり、無職という社会的地位のなさのせいだろうか……?
とはいえ、絶対に働かんがなァッ!
「ほんまや! ほんまやで、メイちゃん!」
「うっそくさいなぁ~」
なんでやねん!?
「ってゆーかさ、そもそもの話として、『勇者アンジェリカ』って誰やのん?」
「幾万の魔族を束ねる偉大なる魔王カルナインを殺して、外の世界の人間どもの英雄になったけど、なんやかんやあって……今は、世界中で指名手配されてる賞金首だよ」
「はえ~。よくわからんけど、難儀やなぁ~」
メイめ、なんて呑気な娘なんだ……。
勇者の発する尋常ではない異常者の気配を、まったく感じないのか?
「外の世界の戦争を知らないメイちゃんは、呑気でいいねぇ。というかさ、お前は街で手配書を見てないのか?」
「忙しく働いてるうちが、手配書なんかじっくり見ていられるわけないやろ? そんなん見てるの、ギルドの冒険者連中か憲兵さんか、あんたみたいに働かんと一日中フラフラしてて情報の仕入れができる『立派なご身分』のお方だけや」
けっ! いちいち生意気なやつだ。
「そんなことは、どうでもいい! 今重要なのは、俺が真面目にあのイカレ女を相手していたら、あいつは『本気になって戦っていた』だろうってことだ」
「ほえ?」
「ほえ? ではない! つまり、お前は死んでいた……いや、『殺されていた』ってゆってんのっ!」
勇者のようなヤバいやつは、基本的に相手をしてはいけない。
なぜなら、狂気は破滅の流れを生み出すからだ。
「いついかなる時もいい加減なフールが、こないにマジになるって……あのおねえはん、そんな危ない奴なんか……?」
「勇者とは、そういうものだ。幾千幾万の魔族を殺戮せしめた危険人物が、畏怖を込めて『勇者』と呼ばれるのだよ……そして、あのバカ娘が……その『勇者アンジェリカ』だ」
魔族と人間の最終戦争とは無縁の地だった絶海の孤島パンドラ育ちのメイには、勇者の危険度が理解できないのも無理はない。
だが、俺の説明で、勇者の危険度をしかと理解しただろう。
「いずれにせよ……あのような危険な狂人とは関わりたくない。お前に死なれると生活に困るしな」
「死ぬって、おおげさな……つか、うちに死なれると生活に困るって、なんやねん!? 働けぇっ! ごく潰しの無職野郎がよぉーっ!」
唐突にキレだしたメイが、エルフ耳と銀髪を逆立てて飛びかかってくる。
「それはともかく、速やかに勇者を追っ払おう!」
勇者が本気になって闘争を仕掛けてきたら、普通に困るからな。
そんなことになれば、俺の平穏なる隠居生活が一瞬にして終わってしまうッ!
「追い払うだとっ!? 生意気な! 返り討ちにして、成敗してくれるっ!」
まずい! 先手を取られたッ!
「脱獄だああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
勇者が動くと同時に、俺はとにかくクソデカイ声で叫んだ!
「な、なんだっ!?」
「ここに脱走犯がいるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
俺が対処するのではなく憲兵に任せることで、勇者との直接的な戦闘を避ける。
これにより、勇者との因果の絡みをなくし、破滅の渦に巻き込まれるのを避けた。
実に完璧な策だ。さすが魔王様、マジで賢い!
「急に大声で叫びおって、何事だっ!?」
「叫んだ通り、『憲兵を呼び寄せた』んだよ。これで、勇者……いや、『脱獄犯アンジェリカ』! 貴様は、牢獄にぶち込まれるってワケッ!」
これにて、一件落着。
この状況下なら、バカな勇者もさすがに逃げ出すだろう。
「……どうやら、この勝負は『引き分け』のようだな」
「はあ?」
突然、勇者がバカなことを真顔で言い出した。
「私は、こんなところで捕まるわけにはいかない。だから、今日のところは引き分けを申し出る」
「お前、マジでバカだろ? 何が引き分けだ、てめーの負けだ。完膚なきまでにな」
「私は、お腹が減って動けない……魔王よ、そこの料理を寄越せ」
なんだか真剣な眼差しで落ち着いた声になっている勇者が、店のカウンターに置かれている作り置きの料理を指さした。
「寄越せじゃねぇよ。強盗野郎が、さっさと消え失せろッ!」
「もちろん。料理を寄越す見返りとして、『貴様を退治しないでこの場を立ち去る』と約束しよう」
「なんだ、その上から目線の物言いは? 舐めてんのか?」
「それで双方、犠牲者を出さずに済む」
人の話に一切耳を傾けず、自分の要求だけを突きつける――。
全世界身勝手なやつ選手権があったら、上位入賞級の身勝手野郎だッ!
「今の話は理解したな? 答えを聞かせろ、魔王……」
……恐ろしいやつだ。
完全に頭のおかしいセリフを、冷静な面構えで突きつけてきやがる……。
通常、追い詰められた人間は、神経昂進により瞳孔が開いて視線が泳ぎ、息が荒くなり、暴力的かつ突発的な衝動に駆られるものだ。
「慎重に考えて返答しろ、魔王……答え次第で、お前の生死が決まるのだからな……」
なのに……目の前の勇者は、ドン引きするほど落ち着き払っていやがる。
恐れていた状況だ……『本気』になりやがった……ッ!
しかも、原因が――『食い物』!
「腹が減ってマジになるとか、バカな子供かッ!」
「魔王よ。私の問いに対する答え以外で、口を開くな。開戦の合図と取るぞ……っ!」
こっわ!
なんなのこいつ……最終決戦の時のノリじゃん! 戦慄するわ!
「あのさぁ……さっきから『魔王』、『魔王』って、何やねん? フールはなんで、あのおねえやんに『魔王』って呼ばれてんの?」
メイが空気も読まずに、くだらない質問をしてきた。
この俺が偉大なる魔王様であることは、この隠居生活を平穏に過ごすにあたって、隠し通さねばならぬ『最重要☆マル秘☆事項』!
即座に誤魔化さねば、あかんですよ!
「魔王ではない。知り合いの『マ・オウ』という人に似ているらしい。俺が何回も違うと言ってもバカだから理解せず、勘違いしたままずっとつきまとってくるのだ」
適当な思い付きだが、無理のない説明だ。
「はえ~、すっごい迷惑」
勇者が異常者丸出しだから、メイは俺の言い分をごく自然に信じた。
「まったくだ。こういう頭のおかしい迷惑野郎は、是非とも憲兵にとっ捕まってほしい……いや、即座に死刑にされるべきだッ!」
本心を素直に声に出すなり、勇者が威嚇してきた。
「下手な動きはするな……お前達は既に、私の間合いに入っている」
勇者の野郎……いつの間にか、果物ナイフを持ってやがる。
さては、店からくすねやがったな。
手癖の悪い小娘だ。
「私はいつでも……お前たちを斬ることができるのだ――」
やだ、こわい……。
誰か、男の人呼んで……!
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