第22話 また出た勇者は、腹ペコ強盗になっていたッ!?

「仕事が終わると気分がいいぜ!」


 プリシラに商売を命じ、クソジジイを退けた俺は、意気揚々と帰路についていた。

 厄介な仕事を終えた帰りというのは、自然と足が軽くなる。


「なぁ、メイちゃん?」


「フールを拾ってからというもの……うちの家族は、おまはんのせいで喧嘩ばっかりやでっ!」

「そう……」


 知ったことではない。


「『そう……』ちゃうわっ! 他の家族にも、うちに接するようにいい子にして、なかよ~してぇや? な?」

「無理だ」

「なんでやねんっ!?」


「お前の血族は、感情的で攻撃的で独善的で喧嘩っ早い『しんどいやつ』ばかりだから無理だ。やはり、血が穢れているのだろうな」

「はあああ~っ!? いきなりなんやっ! こんガキャ~、喧嘩売っとんのかっ!?」


 メイがエルフ耳をピンと立てて、唸りながらガンつけてくる。


「お前の祖父は生粋の痴れ者で、父親はエルフを嫁にした異常性欲者。他にも半獣人のプリシラを筆頭に、魔女やらドワーフやらなんやらのろくでもないのが、親族にいるのだろう? とにかく、呆れ果てた異常者一族だと断言せざるをえない」


「ああん!? うちの家族のことバカにしてっと、ぶっ飛ばすでっ!」

「なんだ、その敵対的な態度は? 俺は、曇りなき素直な心で真実を告げただけだ」


 敵意を瞳に宿すメイが、俺の胸をドンと指で突いてきた。


「うちとあんたの仲や! 百歩譲って、うちをバカにするのは目をつむったる……せやけど、お父はんとお母はん、おじいはんにプリねぇもバカにするのは許さんっ!」

「他はともかく、『娘に借金背負わせて失踪した』父親を庇いだてするのは、認知が歪んでいるぞ」


 赤の他人とはいえ、メイとは最低でも十二年は一緒にいなければならない関係だ。

 ならば、慈悲をかけて正しい道に導いてやらねばならん。

 我が、平穏なる隠居生活のためにな。


「うぐっ! そ……それは、それやっ!」

「『それ』ってのは、なんだね?」


「お母はんが死んじゃうまでは、立派なお父はんやったんや! 街の不良少年から、冒険者ギルドの『ギルドマスター』にまで成り上がったほどの男なんやでっ!」


 不逞ジジイの不良息子。そして、その子の不躾娘……。

 やはり、血は争えんな。


「そうか、すごいな」

「ふふん! どうや、まいったかっ!」


 得意げに小さな胸を張るメイだった。


「だが、異種族のエルフに発情する異常性欲者であり、氏族を束ねるエルフの長老の娘を孕ませて血を濁らせ、純血のエルフの種族の歴史と未来を断絶させた罪深い男だ」

「やめろっ! 無駄に悪意のある言いかたすんなっ! 口が悪すぎんねんっ!」


「口が悪くなどない、素直で率直な意見を言っているだけだ。だいたい、お前のオヤジは、お前を置いてどこに行ったんだよ? 手紙すら寄越さないのだぞ? 俺には、子供を虐待する『正真正銘のろくでなしのクソオヤジ』としか思えん」

「そ、それを言われたら……いや、虐待ちゃうわ! やめろっ!」


 父親のろくでもなさを突き付けてやるなり、メイが言い淀みからの逆ギレをかます。

 揺るぎない真実を前にしたら、感情的に暴れて誤魔化すしかない、と――。


「かわいそーな捨て子のメイちゃん……俺は、お前のためを思って言ってやっているんだよ? いい加減に、『借金押しつけクソ子捨てオヤジ』に対する歪な幻想を捨ててしまいなさい」

「よ……余計なお世話やっ! なにが、『借金押しつけクソ子捨てオヤジ』やねん! しょーもないこと言うなっ!」


 はあああああ~?


「俺の優しさを無気にするとは、なんて生意気なガキなのだ……ッ!」

「じゃかましや! お父はんとお母はんがいなければ、当然、うちはこの世にいなかった! つまりや、『フールはうちに出会えず』、あの時、あの墓場で『野垂れ死んどった』んやぞっ!」


 世俗の連中と言うのは、不思議な連中だ。


「わかったら、うちの家族を悪く言うなやーっ!」


 自立だの独り立ちだなんだの言って、親子なのに離別したがる一方で、親は親で自分が老いた瞬間、子にすりよる。

 子は子で、経済的に自立するやいなや、親子関係など無用の長物と切り捨てる。


「フン」

「フン、ちゃうわっ!」


 そのくせに、家族関係の歪さを指摘されると感情的になりくさる。


「それに最近は、うちに対しても生意気なんよ! 誰が、どこの馬の骨とも知れん死にぞこないを助けてやって、親切にも居候させてやってると思とんねんっ! 他でもない、このうちやぞっ! おまはんの『雇い主のメイちゃん』やっ!」


 まったく、下々の者の心は理解不能だ。


「おい、こら! なに黙っとんねん、なんとか言いやっ!」


 今更言うまでもなく、俺は世界を統べる偉大なる魔王様だ。

 世に蔓延るあらゆる問題を克服し、世界と他者の人生を支配する力を持っている偉大で崇高なる存在だ。


「キャンキャンうるさい女は嫌いだ、静かにしてくれ」


 それが今や、こんな小娘の癇癪に苛まれる始末……。

 嗚呼……なんと哀しいことだろう。

 生きるとは、辛いことしかないのだろうか?


「はあ~っ!? なんでうちが、お前好みの振る舞いせなあかんのや!? うちを好みの女らしくさせたかったら、うちを惚れさせることやなっ! 無理やろうけどねっ!」


「いちいちうるさい小娘だなぁ。惚れさせるだのなんだの、子供が何言ってんだよ」

「やめーいっ! 子供扱いすんなやっ!」


 などとやっているうちに、メイの店についた。

 店に入ろうとするなり、異常に気が付く……ッ!


「こらぁーっ、聞いてんのかっ! あんたの無視癖、ほんまイラつくわぁっ!」


 薄暗い店の中で、何者かががさごそと物色している音がする――。


「そんなことは、どうでもいい。店に『泥棒』がいるぞ……ッ!」

「なにぃ~っ!? うちの財産を盗もうなんて許さんでっ!」


 恐れ知らずなメイが、乱暴に店のドアを蹴り開けたッ!


「なにしとんねん、こんボケがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」


 唐突に戦闘力を発揮したメイが、飛び蹴りを不審者に叩き込む!


「ぎゃぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!」


「なんやお前、ごらぁーっ! うちの店に盗みに入るなんて、殺されても文句言えんぞボケがーっ!」


 凶暴なメイに蹴り飛ばされたのは……なんとッ!


「ち、違う! 私は怪しい者ではないっ! この店の店主に用があるのだっ!」


「げえええーっ!? 勇者ーッ!?」


 憲兵にとっ捕まったはずの勇者だったッ!?


「ま、魔王っ! どうして貴様が、こんなところにっ!?」


 俺を見るなり、勇者が目を丸くして驚愕する。


「……貴様、仮にも世界を救った勇者だろう? それが今や、卑しきこそ泥かよ。バカなりに、恥というものを知れッ!」


 落ちぶれるだけ落ちぶれた勇者を見て、俺は少し悲しくなった。


「き……貴様のせいだろうがぁぁぁーっ! お前が、憲兵に襲われていた私を放置してどっか行ってしまったからっ! そこのお嬢さんを危険な悪人から助け出してやったというのにっ! なぜか、牢獄にぶち込まれたのだぞぉぉぉーっ!」


「なぜかじゃねぇんだよ。娼館ぶっ壊して、マフィアを壊滅させていただろうが! いろんな罪状が増し増しで捕まるのは、当然ことだ」


「違う! なんだ、いろんな罪状増し増しって!? やったのは、私じゃないっ!」

「お前じゃい! この極悪犯罪者めッ! 脱獄してんじゃねェッ!」


 ていうかさぁ~……なんで、こいつは処刑されてねぇんだよ?

 ったくよぉっ! 憲兵どもめ、使えねぇなッ!


「うわあああああ! 脱獄犯やああああああああああああああああああああーっ!」


 メイが大声で騒ぐなり、勇者も騒ぎだした。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 メイが、大声を上げる勇者の頭を叩いて黙らせる。


「うっさいわっ! うちの声をかき消すなーっ!」

「ぎゃぼーっ!」


 何をしているのだ……この小娘どもは?


「ち、違うんだっ! 聞いてくれっ! 私は脱獄犯ではないっ! ちょっと押したら牢獄の壁が壊れたので、そこからひょっこりしただけだっ!」

「ひょっこりどころか、ガッツリ脱獄してんじゃねぇかッ!」


「違うっ! 脱獄じゃない、ちょっとはみ出ただけだっ!」

「言葉巧みに犯罪を誤魔化そうとすんなッ!」


 ぐうううううううううううううううううううううううううううううううううう。


 唐突に勇者の腹の虫が鳴った。


「あれ? な~んや、よく見たら……この間の『けったいなおねえはん』やないかっ! どしたん? おねえはん、お腹減っとるん?」


 緊張感のないメイが、床にへたり込む勇者に声をかける。


「いや、あの……その……」

「なにを、もじもじしとんねん。うちは、『お腹減っとるか?』って聞いとるんや」


「あ……お腹が減っています……『この前の助けたお礼』に、ご飯でも食べさせてもらえればと……このお店に来ました……」


 なーんだこいつ、厚かましくな~いッ!?

 そして、このバカ娘……いっつも腹減らしてんな。


「ああーっ! お礼ね、お礼っ! そやな、助けてもらったお礼をせなあかんな! それやったら、今からなんかちゃちゃっとこしらえるさかい。ちょっと待っとってや」


「え? いい……のか……?」


 驚いた顔をする勇者が、そそくさと厨房に向かうメイに上目遣いで尋ねる。


「もちろん、ええよ! おねえやんは、な~んやめんどい事情の人っぽいけど、一応はうちの命の恩人や。そして、うちは恩義に厚い女! 恩返しぐらいさせてーな」


 どケチのメイは柄にもないことを言うと、厨房でなにやらがさごそやり始めた。


 しばらくすると、肉やパンの焼ける香ばしい匂いが厨房から漂ってくる――。


「贅沢な食材はないけど、おいしいもん作ったでっ!」


「わあっ! ご飯だっ! お肉と玉子とチーズと野菜を挟んだパンだーっ! しかも、香ばしく焼き色がついているのだっ!」


 メイに餌付けされるなり、バカ勇者が子供のように目を輝かせてはしゃいだ。


「おい、野良の盗人に餌付けなどするなッ!」

「フール。あんた、ケチ臭いこと言わんと、ごはんぐらい食べさせてやりーや」

「そうだ! ケチ臭いぞ、魔王っ!」


 なんだ、こいつ!?

 脱獄犯兼盗人のくせに、厚かましすぎるッ!


「ほら、フール。おねえはんに、出来立てを持って行っておやり」

「おい、魔王! 早く持ってくるのだ! 私は腹ペコなのだっ!」


 こ……このガキャ~……ッ!

 この魔王を、まるで召使のように顎で使いやがってェ~……ッ!


「承知いたしました。ただ今、お持ちいたしますよ。勇者様」

「うむ、素直でよろしい。早くするのだっ!」


 おとなしく勇者に渡す素振りをしてからの~……。


「俺が喰ところを見ていろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 自分でカッ喰うッ!


「な、なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーっ!?」


「ふんわりパンの上に、みずみずしい旬のお野菜とコクのあるチーズ、そして燻製ハムをたっぷり乗せて、またパンで挟んで軽く焼き上げただけの素朴すぎる小腹を満たすためのおやつなのに……一口齧れば、外はパリッと香ばしく、なかはとろ〜りトロトロのチーズとお肉のうまみが口いっぱいに広がってますやん! こんなんもう、立派なごちそうですやんっ! お口のなかが、ちょっとしたパーティですやんっ!」


「ぐにに~っ! 魔王のくせに、食欲を掻き立てる実況をしおってぇぇぇ~っ!」

「うらやましかろう! 貴様のような邪悪なバカは、飢えて死ねェェェーッ!」


 俺に歯向かう大罪人に施してやる慈悲など無いッ!


「こ、ここまで魔族を恨んだのは……生まれて初めてだあああああああああーっ!」

「ふはは! 良い目をしているなぁ、勇者。俺が憎いか? 俺も、お前が憎いぞッ!」


「魔王ぉぉぉっ! 貴様を殺すううううううううううううううううううううーっ!」


 突然、勇者が襲いかかってきたッ!

 さっきのイキリジジイより、数十倍――いや、数百倍早いッ!


「だりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 身体強化の魔法も使わずこれだからな……恐ろしいやつだッ!


「だが、俺の相手じゃない」


 魔王の俺でなければ、一撃で命を刈り取られていただろう。


「んなっ!? 私の攻撃を避けただとぉーっ!?」

「驚いているところ悪いが、この勝負は貴様の負けだ」


「戯言をっ! まだ戦いは始まったばかりだっ!」


 血気盛んな勇者が、再び襲いかかろうとしてくる。


「バカめ。空腹で心身ともに弱っている状態で、この俺に敵うわけがないだろうが」


 飛びかかってきたところを、すかさず足払いする。


「ふんぎゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 悲鳴を上げる勇者がゴロゴロと床を転がり、勢いよく店の外に転がり出た。


「そのまま島の外まで転がっていけッ!」


 力の差を暴力と言葉の両方で教えてやって、追っ払おうと思ったのだが――


「魔王、許さああああああん! ここで、決着をつけてやるうううううううーっ!」


 バカだから、わからないか。

 参ったな。ものすごい勢いで、店のなかに戻ってきてしまった……。


「我が魂よ! 闇を斬り裂く光刃と化せ!」


 次の瞬間、勇者が魔法を発動させやがった!


「滅びよ、魔王! 『天聖光明剣』!」


 勇者の両手から、目が眩むような黄金の光が噴き出す!


 まずい!

 盾的なものは、どこかにないかッ!?


「このバカたれがァッ! そんなことをしたら、貴様に食事を恵んだ慈悲深い娘が死ぬぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーッ!」


「なんでやねんっ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る