第20話 声デカすぎ極悪クソジジイ! ヨーゼフ!

「しょうがないわねぇ~。可愛いメイちゃんの頼みだ、それで手を打ちましょう~」


 どんな納得の仕方をしたのかはわからんが、プリシラが不意にニコリと笑った。

 どうやら、プリシラは俺の話を受け入れたようだ。


「わぁっ! プリねぇ、ほんまおおきにっ!」

「プリねぇ。早速だが、『貴族と金持ちのみ』に、できるだけ高値で売ってくれ」


 すかさず俺が指示すると、プリシラが尻尾を揺らして呆れ顔をした。


「誰がプリねぇよ。っていうか、がめついわねぇ~」

「がめついわけではない、危機管理だよ。庶民向けの安売りは最初は繁盛するが、民度の低い客で溢れるから無駄な仕事が増えるし、同業者との格安競争で疲弊して潰れる――お前も商館経営者なら、それぐらいわかるだろう?」


 民度の低いほうに合わせて短期利益をさらうのは、詐欺および売り逃げの場合しか有効ではない。

 まっとうな商売でそれをやると、中長期的に確実に衰退して潰れるのだ。


「ふ~ん……フール君って~、適当でいい加減でやる気がないボンクラな無職の癖に~、みょ~に賢いよね~」


 はぁ~っ? なんだこいつーっ!?

 偉大なる魔王様に、なんて無礼な口の利き方だっ!


「まぁ~、この街には色んな人がいるから~、いちいち詮索はしないけどね~」


 フン。女狐め、白々しい。

 貴様が、探偵やら冒険者やらを雇って、俺の周りをちょろちょろと嗅ぎ回らせているのを知っているのだぞ。


「この俺を詮索したってね……わかるのは、このフール君は『メイちゃんに雇われているだけのただの勤労好青年』という事実だけだよ」


 まあ~、お前のような凡愚が生涯をかけて全身全霊で詮索したとしても、この俺の正体に気付けるわけがないだろうがなッ!


「素性のあやし~やつに限って、そういうことを言うのよねぇ~」

「プリシラおねえちゃま、それ間違い情報。人生経験が足りないんじゃない?」

「まっ、フール君がどこの誰であれ~……」


 唐突にプリシラが、女狐の眼光で睨みを利かせてきた。


「かわいい従妹を泣かしたら、許さないよ……?」


 こ……この俺に、殺意をぶつけてきただとォ~ッ!? 

 な、なんて無礼なやつなんだ……ッ!


 これは、一言言ってやらねばならん!


「泣かすなだと? メイを既に泣かせているお前に、そんなこと言われたくない」

「はあああ~? なによ、それ~?」


「金持ってるくせに、メイの借金の肩代わりもしてやらなかったような薄情で冷酷な貴様と、こいつのために死の危険を顧みず命を張ってマフィアと戦い、さらに金策まで授けたこの俺――どちらが、メイを泣かせた? どんな間抜けに意見を聞いても、貴様だと言うわッ!」


 はあ~、スッキリ!

 やっぱり、人の顔色うかがって我慢などせずに、言いたいこと言わんとあかんよ。


「人聞きの悪いこと言わないでっ!」

「口を慎め、性悪狐女がッ!」


「やかましい! 借金は、メイが自分で返すって言ってきかなくて、意地でもわたしの助けを拒んだから仕方なく見守っていただけよ。いつだって、借金の肩代わりはできたのっ! 他人が知った風な口をきかないでっ!」


 なんだ、こいつ!? 急に感情を剥き出しにしてきやがった!

 俺に正論を言われて、逆ギレかよ。

 なんと浅ましい狐女なのだ……。


「黙れ、薄情狐! 人生に絶望して笑顔を忘れたメイに笑顔を取り戻したのは、この俺だ。こいつの人生の障害になっていたすべてを取り除いたのは、この俺だ。薄情なお前は、何もしていないだろうがッ! 調子に乗るな、死ねェェェッ!」


「やめーや! 『死ねェェェ』ちゃうねん! フールは、いちいち大げさやっ!」


 メイが腕を引っ張って諫めてくるが、無視する。


「ああん!? 無職のごく潰しが、ナマ言ってんじゃないわよっ!」

「フン。感情的になりやがって、後ろめたいことがある証拠だな」

「なんやと、お前!? さっきから黙って聞いてれば、いちびりやがって、表出ろや!」


 野性を解放したプリシラが牙を剥いて唸り、鋭い爪を突きつけて脅してきやがった。


「やる気か、狐女め……野蛮な獣の本性を現したな」

「んもう! プリねぇもフールも、うちのためにそないムキにならんといてぇなっ!」


 どいつもこいつも、偉大なる魔王様に口答えしやがって……。


「不愉快だ。メイ、帰るぞ」


 帰ろうとするなり、商館の入り口のドアが乱暴に開けられた!


「おいいいいいいいい! わしの目の前でな~に、かわいい孫に色目つかってんじゃあああああああああああああああああああああああああああああああああいッ!」


「おじいはんっ!?」


 鼓膜をつんざかんばかりのクソデカい声とともに現れたのは、メイの祖父ヨーゼフだ。


 ハゲ頭に髭面、無駄に鋭い眼光と岩のような筋肉に包まれた巨躯――。

 相変わらず、無駄に戦闘力高めのジジイだ。


「このごく潰しがァーッ! わしのかわいいメイが拉致られたってのは、どういうことだァーッ! しかも、あの悪名高いブッチャーファミリーに拉致されたんだってなああああああああああああああああああああああああああああああああああーッ!」


 うるさっ! 老害特有のクソデカイ声が、ほんと腹立つ!


「うるせぇ! いつの話してんだよ! くたばれ、ジジイ!」

「なんだ、その態度はァッ!? 年上を敬え、バカたれがァーッ!」


「貴様のような老害を、誰が敬うか。恥知らずで愚かな老いぼれめ、さっさと死ね」

「どんだけ無礼なんじゃ、このガキャアッ! やはり、どこの馬の骨とも知れない危険人物はさっさと殺して、メイから遠ざけるべきだったァッ!」


 現れるなり、いきなり悪意と殺意高めのダルがらみ……。

 ほんと、メイの親族はしんどい。


「ジジイ……お前は、頭脳が間抜けか? 俺は、貴様の大事な大事な孫娘を邪悪なマフィアから守ったうえ、借金を帳消しにし、さらに街の治安を脅かす不穏分子どもを壊滅させた『大恩人』だぞ。ちゃんと心からの感謝をしろ、恩知らず老害がッ!」

「それは、あくまでも結果だァッ! いい気になるな、このクソガキがァッ!」


「結果は何よりも大事だ。貴様の孫娘が、五体満足で生きている――これに勝る結果があるのか? ないと言うのならば、お前は今すぐに首を吊って死ね。人間の屑が」

「き、貴様ァァァ~! このわしを舐め腐りおってェェェ~……ッ!」


 ふん、イキリジジイめ。この俺の正論に、ぐうの音も出ないようだな。

 やはり、調子に乗った老害は、キツく叱りつけてやらねばならない。

 それが、世のため人のため、介護してる家族のためだ。


「それはそれとして。ハゲジジイ、お前は前見た時よりハゲとるやないか。毛根が老衰で死滅しているぞ」

「生え際を丁寧に整えとるだけじゃ! 毛根が老衰で死滅したわけちゃうわいッ!」


「やめーや! 二人とも喧嘩せんといてーっ!」


 煽り合う俺とジジイの間に、メイが慌てて入ってくる。


「命拾いしたなァッ! メイの頼みじゃなかったら、ぶっ殺しとるぞォーッ!」

「貴様ごときに、この俺が殺されるわけがないだろう。さっさと老衰で死ね、老害」


 ジジイに喧嘩を売られたので、すぐさま買って煽ってやった。


「もう我慢ならんッ! なんや、その態度はァッ!? わしゃ、平民からパンドラ王国軍の将軍にまで上り詰めた偉大なる男やぞ! そのうえ、王立騎士学校の校長や! 住所不定無職のドアホと立場の違いちゅーやつを思い知らせたるわああああーッ!」


 世の中には色んな肩書があるが――。

 そのなかでも『魔王』が、ぶっちぎりで偉大だ。

 というか、偉大という概念をぶっちぎって偉大だ。


「隙あらば自分語りの成り上がりイキリ野郎め。育ちの悪いジジイだよ」


 どんなに誇らしげに語ろうが、魔王以外の肩書は、『すべてゴミ』と断言していいだろう。


「こんガキャアッ! 表へ出ろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

「メイちゃん。変なジジイが通せんぼするから、裏口から帰ろうじゃないか」


 よって、魔王はゴミの相手などしない。


「なんでじゃあッ! 空気読めやァーッ!」

「空気は読むもんじゃねぇ。吸って吐くもんだ」


「んも~う。フール、おじいはんの相手してやったりーな」


 呆れ顔のメイが、しょうもないことを言ってくる。


「断る。老害およびバカとは関わりたくない。その二つが合わさった忌まわしき存在なら、なおのことだ」


 この手の異常者とは、可能な限り関わってはいけない。

 なぜならば、心身ともに害をもたらす存在だからだ。

 この手の異常者と関わると、人生の質が一気に劣悪になってしまう。


「フール君~、戦いたまえよ~。拒否したら、今回の取引はなしだよ~?」


 出し抜けにプリシラが、クソみたいなことを言い出した。


「なんだと?」


「よっしゃっ! うちは、『フールが勝つ』に、今日のお昼を賭けるでっ!」

「メイちゃんは相変わらず、大穴狙いね~。わたしはおじいちゃんよ~」


 な、なんて小癪な小娘どもなのだ……ッ!

 この俺が面倒事に巻き込まれているというのに、それをダシにして賭けに興じやがっただとォ~ッ!?


「隙ありィィィーッ!」


 メイたちに気を取られるなり、ジジイが唐突に殴りかかってきた!


「この暴力ジジイが! 何しやがるッ!?」


 だが、ちゃんと避ける。

 不意打ちとはいえ、魔王様がジジイごときに殴られてたまるかっての!


「迷惑な老害だな! 自害しろ、今すぐ死ねッ!」

「ほざけェッ! 死ぬのは、貴様だああああああああああああああああああァッ!」


 突然、ジジイの右腕に魔力が漲った!?


「かわいい孫の貞操は、わしが死守する! 愛と憎しみと怒りの鉄拳を喰らええええええええええええええええええええええええええええええええええええええいッ!」


 次の瞬間、ジジイの腹パンを思いっきり喰らって、ふっ飛んだッ!


「い、痛てぇ……なんだ、通常の打撃じゃねぇ……『魔法』を使ったのか……?」


 ジジイめ……『身体強化の魔法』を使ってきやがったか……?

 しかも、呪文の詠唱なし……老いぼれの癖に生意気だな……!


「ほっほほ。すまんすまん、少し遊んでしまったようじゃ」


 ……驚きが隠しきれない。


 もちろん、ジジイの意外な力強さにではない。

 俺自身の弱体化に――だ。


「こ、こんな死にぞこないのクソジジイの拳も避けられないほど……俺は、弱体化しているのか……ッ!?」


 やはり、バカ勇者および裏切りクソ野郎に負わされた致死ギリギリの肉体損壊および、隠居生活なのになぜか発生する日々の労苦と苦悩などのせいで、体力がまったく回復してない……ッ!


 マジで静養、そして丁寧な暮らし、および昼寝が必要だ。

 つまり、早急に帰宅せねばならんッ!


「だが、遊びはついムキになってしまうものだのぉ~。ほっほほほっ!」


 人の気も知らずに、クソジジイは髭なんか撫でて得意げになってやがる。


「粋がっているところ悪いが、完全に年寄りの冷や水だぞ」


 親切に諭してやるなり、ジジイがまた襲いかかってきた。


「ほざけェェェーッ!」

「浅ましいジジイだ。身体強化は翌日に体に来るからって、右腕だけ強化するな」


「脚もできるぞッ!」


 イキったジジイが両足に魔力を漲らせて、飛びかかってくる!


「ところで、ジジイ。『男なのに、なんで魔法が使える』んだ?」


 基本的に、この世界においては――『人間種の男は、魔法を使うことができない』。

 人間種において魔法を使えるのは、『魔女』と呼ばれる女とその血を引く者だけだ。


 ゆえに、男は『通常であれば、魔法を使うことができない』――。


「ジジイ、テメー……『魔女』が身内にいるのか?」

「ふん。お前ごときの質問に答える理由はないわッ!」


 はい。殺す――と。


「おじいはん、すごいやん! 呪文詠唱しない魔法も部分強化も、魔女様顔負けの高等技法やっ!」

「わぁ~! おじいちゃん、すごいねぇ~! さすがは、魔女の夫だねぇ~」


 すっかり観客と化した小娘どもが、きゃっきゃっしてはしゃぐ。


 つか、『魔女の夫』ねぇ~……。

 ……魔女の寵愛を受けているから、魔法を疑似的に使用できるみてーな話か。


「ふっふふ。君たちのおばあちゃんが、わしの全身に『魔法陣』の入れ墨を彫り込んでくれたから、わしは『力を込めるだけで呪文詠唱もせずに魔法が使える』んじゃよ」


「「はえ~。おばあちゃん、すごい!」」


「自らの肉体を『愛の魔法』で、鋼鉄に換えて戦場を駆け抜ける偉丈夫――ゆえに、我が二つ名は『鉄血の騎士ヨーゼフ』ッ!」


 魔女ババアのおかげで魔法を疑似的に使わせてもらっているだけのハゲジジイが、得意げになってはしゃぐ。


「他人の褌を履いて暴れ狂う老害は、あまりにも滑稽だな」

「じゃかしゃあッ! わしの鉄拳の乱舞を喰らえええええええええええええいッ!」


 この手のウザったいバカには、一発キツイのを喰らわせてやって黙らせなければならない。

 なぜならば、ここで成功経験を積ませると、世界全体に吐き気を催す邪悪を振りまくようになるからだ。


「世のため人のため、そして、俺のため……ジジイは、駆除せねばならんようだな」


「そいつはァッ! こっちの台詞だアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!」


 ジジイの鉄拳が目にもとまらぬ速さで飛んでくるッ!

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