第19話 性悪商社経営者! 巨乳狐女プリシラ!

 俺は、砂糖がらみの商売を始めるにあたって、メイの従姉である『商社経営者のプリシラ』を利用することにした。


 商売は一から立ち上げるより、既にあるものを利用したほうが色々と楽だからな。


「おこんにちは~。儲かってまっか~?」


 勝手に先走るメイに続いて、こじんまりとした商館に入る。

 レンガ造りの手狭な商館では、数人の商人たちがせわしなく動き回っていた。


「なんや、なんや。『テレーザ商会』は、いつ来ても忙しくしとるなぁ~」


 テレーザ商会は、メイの従姉の経営する商社だ。

 ここでは、パンドラ国内における物資販売を業務の中心とした商いが行われている。


「男子諸君は、騎士団が退治したドラゴンを冒険者ギルドより先に買い付けてきて~。手すきの女の子たちは、魔女様たちにお化粧品を卸して魔鉱石をもらってきて頂戴~」


 商館の中央の台座で、商人どもを仕切っているのが――目的の人物のプリシラだ。


「おい、プリシラ。邪魔するぞ」

「邪魔するなら帰ってねぇ~」


 間伸びした声で俺に舐めた返事をしてきたのが、プリシラ。

 テーレザ商会を取り仕切っている女頭目であり、メイの従姉だ。


 何を考えてるのか読み取れない糸目、亜麻色の長い髪、無駄にデカい胸。そして、頭頂部から生える狐の耳と、ケツから伸びる長い毛足の尻尾――人間の女体に、獣の耳と尾……いかがわしい半獣人の狐女だ。


「あらあら~、誰かと思えば~。メイちゃんと、そのヒモの居候ちゃんじゃないの~」

「誰がヒモの居候だ。口を慎め、狐女」


 メイの従姉だけあって、当然のように生意気なやつだ。

 なんで二十年そこそこしか生きていない小娘風情が、この偉大なる魔王に罵声を吐けるんだ? 凡愚の愚かさは、本気で意味がわからない。


「メイちゃん~、ま~だこんな無職のごく潰しと付き合ってたの~? 男の趣味が悪いわねぇ~、そんなんじゃダメよ~?」


「別に付き合ってる男ちゃうわ! 番犬代わりに店に置いとるだけや」

「誰が番犬だ。マフィアにさらわれたお前を助けてやったのは、俺だぞ。恩知らずが」


 なとどやっていると、プリシラがいやらしい目つきでじぃ~っと見つめてきた。


「ふふ~ん……相変わらず、仲がおよろしいのねぇ~。お惚気を見せつけたいなら、不愉快だから帰ってくれない~?」


「プリねぇ~? うちらを邪険にしたら、あきまへんでぇ~?」

「そうだ。俺達を邪険にすると、お前は大損ぶっこくぞ」


 メイが話題を切り替えたので、俺も本題を切り出すことにした。


「え~、なぁに~? 二人揃って、いきなりなんなのかしら~?」

「無駄な前置きはしない。こいつを喰ってみろ」


 俺は、持ってきた鍋の中の煮汁を指さした。


「はい、お食べっ!」


 メイがすかさず匙で鍋の中の煮汁をすくって、プリシラに差し出す。


「突然なんなのよ~? なに、なに、毒~? いやよ~っ!」


 メイの匙を避けつつ、尻尾をぶんぶん振って拒絶するプリシラだった。


「こいつを毒にするも薬にするも、はたまた『金』にするも、お前次第だ」

「んもう~、いきなりなんなのよ~? 相変わらず、けったいな奴ね~」

「プリねぇ、安心してーや。最近のフールは、うちの教育のかいあって、『そこそこええ子』にしとんねん」


 この小娘ども……親族揃って生意気だな。


「ところでぇ~。メイちゃんが飼ってるごく潰しのヒモ男が~、娼館通り仕切ってたブッチャーファミリーと喧嘩したって本当なの~?」

「嘘だよ。お前の手のかかる従妹のメイを、超有能で賢くてかっこいいフール君が、マフィアから救い出したんだよ」


「へぇ~。語る人が違うと、同じ話でも内容が違ってくるのねぇ~」


 狐女め……すっとぼけやがって。


「そんなことより、話を逸らすな。喰え!」

「いやよ~」


 いちいち尻尾を振るんじゃない。


「プリねぇ~、そんな警戒せんでよ~? この汁は確かに見た目はあやしいけど、危ないもんやないねん。うちの働かん無職が、珍しく働いて作った『甘味』やっ!」

「ちょっと~。その事実が、『一番の不安要素』じゃない~」

「おりょ? そりゃそうかもしれへんなっ!」


 おい! 納得するなッ!


「そうでしょ~? だから、そんなの食べないわ~」

「せやけど、女は思い切りが大事やで。人生も商売もねっ!」


 メイが商売人の顔でにやりと笑ってから、煮汁を指ですくって舐めた。


「うん、甘いっ! プリねぇ、甘いもん好きやったよね? 舐めたら、きっと驚くでぇ~っ!」

「ええ~……甘いのは好きだけどぉ~……」


「ものは試しや。それに、これを作ってるところにはうちがおったから、変なもんは入ってないのは保証するでっ!」


 メイに強く勧められたプリシラが、不安げかつ訝しげな顔で、匙の煮汁をほんの少しだけ指ですくう。


「ん~、メイちゃんがそこまで言うのなら~……」

「そうそう。人間、好奇心旺盛で素直なんが一番や。一口舐めたらな、これがお金になることが一発で理解できまっせっ!」


 メイに強く勧められ続けたプリシラは渋々といった顔をすると、指ですくった煮汁を恐る恐る口に入れた――。


 次の瞬間、プリシラの尻尾と耳がピーンと立つ。


「甘あああああああああああああああああああああああああああああああ~いっ!」


 よし。良い反応だ。

 あれだけ疑いまくってて印象が悪かったのに、一口舐めた途端、この顔よ。

 これならば、うまい具合に商売にできるに違いない!

 このまま、商売の話を切りだそう。


「俺は、『金は欲しいが、商売がしたいわけじゃない』。だから、テレーザ商会にこいつの販売を任せたい」

「あらあら~、フールく~ん。なんだかとっても、上から目線ねぇ~?」


「プリシラおねえちゃま、意地悪な嫌みはやめてよ。『稼がせてあげる』って言っているんだよ? 商館経営者なのに、商機がわからないのかい?」

「やめーや! フールがしゃべると、ややこしなんねん。ちょっと黙っといてっ!」


 嫌味に嫌味で対応していたら、メイから怒られが発生した。


 ……とはいえ、商売はメイの方が上手いから、こいつに任せよう。

 汚らわしい半獣人と話すのもいやだし、面倒はできるだけ避けたいしな。


「うちら、この砂糖で商いしようと思っとるんよ。とりま、難しい話は抜きにして、テレーザ商会の看板を貸してほしいんや。まぁ、細かい実務はプリねぇにお願いせざるを得んけどさ」

「はあ~? メイちゃんも生意気ねぇ~。そういうのは、自分でやりなさい~」


 商機を嗅ぎつけられない小娘が、ガチャガチャとさえずりやがって。


「家族ってのはなぁ、迷惑かけてかけられてのためにあるんだよ。年下のかわいい従妹の頼みも聞いてやれないなら家族やめろ、バカたれ」

「はあああ~? 部外者がうるさいよ~」

「アホはさておき。この商売をするとしたら、うちの取り分はおいくら?」


 身を乗り出したメイが尋ねるなり、プリシラは算盤を弾くまでもないといった顔で即答した。


「諸々の諸経費を引いて~……利益の一割かしら~?」

「あははは! 冗談きっついわ~、ガキの使いちゃうねんで? うちが七で、プリねぇ三やろ!」

「メイちゃ~ん、『常識』って知ってる~? 君の商売の資金は、お姉ちゃんが出すんだよ~?」


「有りもの借りるだけやろ! 暴利や!」

「メイちゃんが~、なにするつもりか知らないけどさ~。お姉ちゃんの協力なしじゃ、ただの妄想だよね~?」

「ぐぬぬ……っ!」


 なんだ、こいつら?

 小娘どもがいっちょまえに、商人気取りの腹の探り合いしやがって。

 いちいち回りくどいんだよ。


「こらこら、家族は仲良くしたまえ。儲けは、仲良く半分に分ければいいだろ? だから、これ以上ガチャガチャ言うなよ」


「「はああああああ~?」」


 俺が口を挟むなり、メイとプリシラが揃っていぶかしげにこっちを見てきた。


「フール、なにゆーてんの?」

「親切な俺が、プリシラおねえちゃまに儲けを半分やるつってんだよ」


「あ~やしい~。な~に企んでるの~?」

「怪しくなどない、『信頼を買おう』つってんの。儲けを半分もやるんだから、絶対に裏切るなよ。俺達を裏切ると、どっかのマフィアみたいになるぞ」


 俺が忠告すると、プリシラが糸目を細めて尻尾をゆっくりとくねらせた。


「あらあら~? それは『脅し』かしら~?」


「どう考えるかは、プリシラおねえちゃまの勝手だよ~。それとは別として知っておいてほしいのは~、この俺は日頃お世話になっているメイちゃんのためなら~、こわ~いマフィアとだって戦うんだよ~ってこと~」


 プリシラの舐めたしゃべり方を真似してやるなり、プリシラが不機嫌そうに尻尾を強く振った。


「……だから、なに?」

「だから~、プリシラおねえちゃまとはいえど~、メイちゃんと敵対するなら……ね?」


 などと、プリシラに言ってやるなり、なぜかメイが急に目を輝かせた。


「そやで、フールはなぁっ! うちを助けるために、マフィアとガチンコで喧嘩したんやっ! 普段は働かんとフラフラしとるけど、怒らせたら恐いねんでっ!」


「ふ~ん……それは恐いわね~。でも~、マフィアと喧嘩したのはフール君だけど、マフィアを潰したのは~、島に漂着した『元勇者』だって話を聞いたけどな~?」


「へえ~……プリシラおねえちゃまったら、事情通じゃん」


 それはそれとして。

 猜疑心が強いこの手の小賢しい女は、いかにも『心を開いた』みたいな素振りで接してやると、勝手に頭のなかで何かを補完して納得する傾向がある。


「この街に根を下ろして、ずいぶん経つけれど……いい加減、生活費を稼ぐためにマフィアをカツアゲして回る生活からは、足を洗いたいんだよ」

「あらあら~、ようやく真面目に生きるつもりになったのね~?」


 嘘ではないが、本当でもない。


「俺は、もとより真面目……いや、クソがつくほど大真面目だ。だから、悪人相手のカツアゲは、『楽に金が手に入るし、悪人を成敗することで生活圏の治安維持および社会正義にもなる』ので、今後とも継続的に活動していきたいと思っている」

「なんでやねんっ!? 反社会的行為をいいように言うなっ!」


 メイがなんか騒いでいるが、無視。


「だが……メイがマフィアにさらわれたことで、血なまぐさい揉めごとはもう嫌になったんだよ。できれば、カタギの生活がしたいんだ」

「へえ~。ほんとかな~? 商売柄、嘘は見抜いちゃうよ~?」

「本当だよ。僕は、メイちゃんとの『平和な生活』を守りたいんだ」


 嘘はついていない。

 心のうちを皆まで語ってはいないが、ちゃんとした本音だ。

 俺はカタギの生活がしたいのではない……ダラダラと隠居生活がしたいんだッ!


「やだっ、フール! うちのために、更生してくれたんっ!? あかん、泣きそうっ!」


 俺の話を信じたメイが目を丸くし、口を両手で押さえて感動する。


「フール君のくせに、殊勝なこと言うね~。すんげ~嘘くせぇ~っ!」


 疑り深いプリシラが目を細めながら、尻尾を振って挑発してくる。


「お前にとって嘘くさかろうが、そんなことは知るか。俺は、メイが傷ついたり、怪我したり、厄介ごとに巻き込まれたり、死んだりするのが嫌なんだよ。カタギの生活ってのは、そういうろくでもないことと距離を置けるだろ? それが俺の望みだ」


 これもまた、偽らざる本音だ。


「やだっ!? フールったら、うちのことをそない大事に思っててくれたん?」

「当たり前だよ、メイちゃん。知らなかったのかい?」


「まったく知らんかったわ」

「じゃあ、今知ってくれたまえ」


 メイに死なれたりすると、この街で平穏に隠居生活する難易度が上がってしまうからな。


「ってことは、フールはこれから真面目に働いてくれるん?」

「……」


「おいっ!」

「……うん」


 こんなこと言いたくないのに……嘘を……!


「うちの目を見て、言えっ!」

「うんっ!」


 あたい、汚らわしい嘘をついてしまった……ッ!


「ふ~ん……」


 などとやっている俺たちを、プリシラがジト~と見つめてくる。

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