第2章 のんびり下町生活やら修羅場やら

第18話 無職じゃ間が持たねぇから、家庭菜園で砂糖を作る!

「見て、見てっ! フールの育てとった野菜が、こないに大きくなったでっ!」


 先日のろくでもない厄介事を片付けた俺は、平穏なる日常を取り戻していた。


「よしよし。良い具合に育ったな」


 俺は現在、暇が多くなりがちな隠居生活に彩を添えるために、慎ましやかな家庭農園などを営んでいる。

 魔王時代は、土など汚らわしくて触りたいとも思わなかったが……今は、これぞ余生とばかりに土や草花と戯れる日々を楽しんでいた。


「さて……そんじゃ、そろそろ収穫するか!」


 野菜を収穫しようと畑に入るなり、メイが話しかけてきた。


「最近なんやしらんけど、毎日毎日、裏山でいかがわしいことやっとるなぁ~思とったら……まさか、畑作って働いとったとはねぇ~。おまはん、絶対働きたくない主義やったん違うの?」

「メイちゃん、勘違いしないでくれ。俺は別に、働きたくないわけではないのだよ」


「じゃあ、なんでいっつも働きもせんと、昼間っからブラブラしとんねん?」


 愚問だな。かわいそーなメイちゃんは、脳に欠陥があるらしい。

 いいだろう。

 特別に教え聞かせ、そして悟らせてやる――。


「俺は、『死ぬほど楽な仕事をして世間体を保ちながら金を稼ぐことで、正々堂々とふらふら遊び歩いていたい』だけなんだァーッ!」


「ドアホ! デカい声で言うことちゃうわ! 汗水垂らして真面目に働けーっ!」

「黙れ。貴様ら愚民と違って、俺は汗水垂らして労働などしないのだ!」


 クソガキエルフめ……なんて、生意気なお嬢ちゃんなんだ。

 この俺を、誰だと思っているのだ?

 有象無象蠢く幾万の魔族を支配していた偉大なる魔王様だぞッ!


「ほんで、その『死ぬほど楽な仕事』ってのが……この農作業かいな?」


 メイはとことこと畑に入ってくるなり、野菜に手を伸ばして勝手に引き抜いた。


「このカブみたいな草って、妙に甘いけど土みたいな味がするから『マズくて食えん雑草』やん。こんなもんぎょーさんこしらえて、どないすんねん?」

「卑しい獣のように、そのまま喰うからマズいのだよ。仮にも人ならば、知恵を働かせてみたまえ、メイちゃん」


「なんやねん、いちいち生意気なやっちゃなあっ! それより、さっきからなにを鍋で煮てんの?」


 作業小屋の脇で火にくべている鍋に気付いたメイが、鍋に歩み寄る。


「愛と一緒だ。ことこと煮込むと、味わい深くなる」

「なんやねん、意味わからんわ」

「愛を知らぬお前でも、こうしてやればわかるだろう?」


 鍋の中のどろどろした煮汁を匙ですくって、メイに食わせる。


「うぐっ……甘ああああああああああああああああああああああああああーいっ!」


 エルフ耳をピンと立てたメイが、目を丸くして驚く。


「えっ!? なんなんっ!? なんや、この甘いのはーっ!?」

「この根菜を煮込んで作った汁だよ」

「汁を煮込んだ? なんで?」

「この根菜は、基本的に食用に適さない。だが、適切な加工をすれば、話は別だ」


 メイが根菜を煮た汁を舐めながら、ふむふむと頷く。


「まず、株状の根を細かく刻み、湯で糖分を煮出す。次いで、それに木灰を加えて不純物を沈殿させる。それから、上澄みの汁を取り出して布巾で濾す。そして出来上がった不純物を取り除いた汁を、さらに煮詰めると――」

「煮詰めると?」


「今、お前が舐めている甘い汁ができる。さらに、これを乾燥させれば、『砂糖』のできあがりでい!」


 親切に解説してやるなり、メイが感心しきりといった顔をする。


「はえ~。フールって、アホそうに見えて意外に物知りなんやなぁ~」

「誰がアホだ。この俺は人知を超えた叡智によって、泥臭い雑草を甘美なる砂糖に錬成できるのだ。貴様ら愚かなパンドラ人どもとは出来が違うのだ、崇めろバカたれ」

「いちいち偉そうで一言余計やねん! そーいうところよ、かわいげがないのは」


 メイは生意気な口を叩くと、鍋の煮汁をもうひと舐めした。

 それから、幸せそうな顔でエルフ耳をピコピコと上下に動かす。


「う~ん、甘くておいしいっ! しっかし、こないにけったいな雑草を煮込んで甘~いお砂糖ができるなんて、ほんま驚きやなぁ~」


「貴様ら愚民どもは、探求心のない愚かな生き物だから気付かんのだ。求めるものに対するすべての答えは、目の前の存在するのだよ。そんなこともわからんから、お前はダメなんだ。森の賢人とも呼ばれるエルフの血を引く癖に、なぜ無知蒙昧なのだ?」


「じゃかしゃあ! ほっんま、いちいち一言二言余計やねん! ええ加減にせーよ!」

「それはそうと。今から、こいつを売って一儲けしようではないかっ!」


 俺が隠居の地としているパンドラは、野山に凶暴で危険な害獣が多数徘徊しているクソみたいな土地柄ゆえ、民間人による農作ができない。また同様の理由で、甘味成分のある樹液の採取や養蜂が満足にできない。


 それを可能とするのは――支配力を持つ『貴族』、攻撃力を持つ『冒険者ギルド』、資金力を持つ『商人連合』なる邪悪な組織どもだ。


 そいつらがのさばっているので、パンドラでは砂糖の生産・販売は、いわゆる既得権益を持つ権力者に寡占されている。

 なので、必然的に甘味が希少品になっていた。


 だが、それも今日で終わりだ――この魔王が終わらせる。

 邪悪なる連中に搾取されている富を、正当なる持ち主の手に取り戻すのだッ!


「今は、しがないスナックで日銭を稼ぐ貧乏暮らしだが、この雑草を用いた砂糖を商品化できれば……」

「うちらは、大金持ちやあああああああああああああああああああああああーっ!」


 さっきまで機嫌を悪くしていたメイが、急に笑顔ではしゃぎだした。


「な……なんて、卑しい小娘なんだ! この俺の儲けを掠め取る気だな……ッ!?」

「はあああ~っ!? 働かん居候の癖になんや、その口の利き方はーっ!? 土地も道具もぜーんぶ、うちが口利きして用意してやったんを忘れたんかっ!」


 えっ、なに? びっくりしちゃうのだが?

 思い違いも甚だしい! 下々の者は、魔王に喜んで全てを差し出せよ!

 まったく! 俺が魔王であることを隠して隠居していなかったら、滅していたぞ。


「フン」

「フンちゃうわ! なんやねん」


 傲岸不遜小娘が! この偉大なる魔王様の寛大さに感謝しとけ!


「そういや、話変わるけどさぁ~……フール、あんたさっき、キャバクラのおっちゃんに『壊した車』の弁償代請求されとったなぁ?」

「フン。壊したのは俺ではないのに、なぜか俺に請求されているのだ」

「なぜか、って『壊したから弁償しろ』言われとるだけやん」


 揚げ足取りは、無視。


「とにもかくにも。あのオヤジがなんかすげーうるさいから、急ぎで金を作らねばならん!」


 パンドラの住人どもは、俺が魔王だと知らないゆえか、あるいは、元来より礼儀を持たない蛮族なのかしらんが、自然体で無礼を働きやがる。

 腹立たしいことこの上ないが、平穏なる隠居生活を続けるうえで揉め事は起こしたくない。

 なので、解決できる問題は、速やかに解決しておかねばならないのだ。


「メイ、鍋を持て。お前の従姉に会いに行くぞ」

「こらっ! 偉そうに命令すなっ!」


 しょうもないツッコミを入れてから、メイが眉を寄せていぶかしがる。


「ん? ちょいお待ち。『従姉に会いに行く』って、どういうこっちゃ?」

「どうもこうも……商売の開始だっ!」

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