第10話 メイちゃん、人生最大の危機!

「なぁなぁ、フール。あの個性が強いおねえはん……なんなん?」


 勇者の奇行に困惑しているメイが、いぶかしげな顔つきで俺に質問してくる。


「メイちゃん……君は、街で手配書を見ていないのかい?」

「ほえ? 手配書? あのおねえはん、賞金首かなんかなん?」


「えっ!? そうだよ、さっき騒いだじゃん! もう忘れちゃったの?」

「そんなしょうもないこと、いちいち覚えてへんよ。働かんで遊んでばーっかしのおまはんと違って、うちはやることがいっぱいで忙しいんや」


 やばい! 怒られが発生しそうだ!

 早急に話をそらさねばッ!


「聞いて驚けッ! あいつは、世界中で指名手配されているエドムの王殺しの――」


 勇者の正体をメイに教えてやろうとするなり、入り口の扉が蹴り飛ばされた!?


「おらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


「いきなり、誰だッ!」

「ごめんくさい! どなたですか? 借金取りのナイスなダンディーです。お入りください。ありがとう!」


 ふざけ倒したセリフを言いながら店のなかに勝手に入ってきたのは、俺が先ほどカツアゲして成敗した豚オヤジだった。


「ゴラァッ! こんの暴力無職ッ! あと、クソガキエルフ! なん~か忙しくやってるみたいだが、邪魔するぞッ!」


「「邪魔するなら、帰ってや」」


 俺とメイが声を揃えて、素直な返事をする。


「なんでやねん! 今日という今日は、きっちり金返してもらうからなァーッ!」


 おいおい……バカ勇者に続いて、今度は豚オヤジかよ~。


「金などない。帰れ、帰れッ!」


 なんで今日は、厄介事が次から次へとやってきやがるんだ?


「なんだ、その生意気な態度はァッ! わしゃ、もう我慢できん! あーんな屈辱を味わわされて、その上、怪我までさせられて、おまけに門前払いッ!? 許さんぞッ!」

「先に襲いかかってきたのは、お前だ。自業自得だよ」

「自業自得ちゃうわ、ボケこらカスゥーッ! こんのクソ無職が、今日という今日は、しばき倒したるぞッ! 覚悟しとけッ!」


 などと、初手からブチキレている豚オヤジだった。

 それに対して、メイもブチキレ状態で相手する。


「そんなことより、豚オヤジ! お前、うちのお店の壁やら窓やらに、変な落書きしまくりやがって、何考えとるんじゃっ! うちのかわいいでおしゃれな小料理屋さんが、異常者がやってるけったいな店みたいになっとるやないかっ!? いやがらせも、ええ加減にせーよっ! やることが悪質やぞっ!」

「そうだ、そうだ! 掃除をする俺の身にもなれっ! バカたれが、死ねッ!」


 俺とメイは、このクソ豚オヤジのろくでもない陰湿ないやがらせに、うんざりするほど迷惑をかけられていた。


「うっさいわ! 何をごちゃごちゃ抜かしてんだ、ゴラァ! お前らが借金返さんからだろがッ! 毎朝毎朝、筆をしたためて罵詈雑言を綴るわしの気持ちになってみろやッ! 罪悪感のあまり、今すぐに金を返したくなるのが、人情ってもんやろッ!?」


「お金は必ず返すから、もうちょい待ってやってゆーたやろ!」


 メイは、自分の父親の借金を背負っている債務者少女だ。

 ちなみに、その父親は、借金を娘に押し付けて失踪した人間の屑だ。


「待って、待って、ってよォッ! こっちは、お前のオヤジの代から、ずーっと待ち続けてるんだよッ! 金返せん時は、この店売り飛ばすっつー約束だよなァッ!? 金を返せんのやったら、せめて約束は守らんといかんのちゃうかァッ!?」

「なんやねん、それっ!? まだ借金の返済期限やないやろっ!」


「そもそも! ぬぅわ~んで借金してる癖に、料理屋をスナックなんかに改造してんだよッ!? そんな金あるなら借金返せや、ぼけゴラァッ!」


 まったくだ。

 物事には順序と言うものがある。


「お店がおかしなったんは、フールのせいや! 小料理屋じゃ儲からんからって、勝手にスナックにしたんや! うちがやったんちゃうわっ!」

「はあ? 人のせいにしないでくれます? 君が、もっと儲けたいから『助けて』って言うから、協力してやっただけなんですけど?」


 メイめ、人のせいにしやがって。


「じゃかしゃあ! ホステスもおらんのに、なんでスナック開店しとんねん!? うちのお店は、ちっちゃくてかわいくて清楚な女の子が、おいしいお料理を食べさせてくれる隠れ家的小料理屋やったんやぞっ! 変なことしやがって、許さんぞっ!」

「はあ~、許さん? 自分から助けを求めておいて、助けかたが悪いみたいなこと言いやがって、とんだ恩知らずだな。助け舟を出してやった俺の苦労は水の泡かよ」

「なんや、その言い草はっ!? こっちは、おまはんの助け舟に無理矢理乗せられたから、世間の荒波にのまれて溺れとんねんっ!」


 おやまぁ、お口の達者な小娘だこと。


「そんなことより。そろそろ、お昼寝の時間だから、お家に帰って寝るね」

「帰るなっ! 寝るなっ! なんで、この状況でそんな自由やねんっ!?」


「うっせーいッ! はしゃぐなガキども! 金返さんなら、店は没収だッ!」


 葉巻を吸う豚オヤジが、臭い煙を俺たちに吹きかけながら偉そうにほざく。


「それは堪忍してーや! このお店がなくなっちゃったら、家出ていったおとうちゃんが帰ってこれなくなるやん。いじわるせんといてよ」


 豚オヤジに弱みを握られているメイが、わかりやすく下手に出ている。

 バカで下劣なやつに弱みを握られることほど、不幸なことはないな。


「メイちゃん。借金だけ残して失踪したバカオヤジに、義理なんて通すな。この店は捨ててお金にして、借金を返したらどうだね?」

「うっさいわっ! フール! お前が勝手なことするから、借金が増えたんやぞっ!」

「あいたっ!?」


 助言をしてやったのに、ぶたれただとッ!?

 しかも、グーでッ!

 常人なら泣いている場面だ。


「おい、クソガキども! はしゃぐのやめろって、言ってんだろッ!」

「うっさいわ! 気安く触んなやっ!」


 気が立っているメイが、豚オヤジをぶっ叩いた。


「痛ァーッ! このクソガキ! なにしてんじゃあゴラァッ!」


 キレた豚オヤジが、メイをぶっ叩く!


「きゃあっ!」


「調子乗んなよ! ガキだと思って手ぇ出さねぇとでも思ったか? わしはちゃんとした大人だから、悪ガキは殴って躾けるんだよッ!」


 躾けへのなぞのこだわりを見せてきた豚オヤジがメイを殴りつけるなり、勇者がおもむろに動いた――。


「そこまでにしておくのだ。いくら借金取りだからって、暴力はいけないぞっ!」


 さきほどまで、俺達の話についてこれずオロオロしているだけだった勇者が、ここへきて謎の凄味を発揮する。


「ア、アンジェリカちゃん……いたのか」


 俺でも嫌なモノを感じるのだから、雑魚凡夫の豚オヤジはもっと感じているだろう。


「私がいたら、なにか困ることでもあるのか?」

「そ、そんな怖い顔しないでくれよ? 君には、関係ないことだろ?」


 あはは! だっせぇーっ!

 豚オヤジのやつ、勇者なんかにビビってやがる!


「債務者が窮境にあるのならば、返済の目処のつくまで待ってやるのだ。でないと、返ってくるものも返ってこぬぞ」

「え? なんだい?」


「そもそも、相手は凶暴だが、まだ子供だ。それに、この店には家族との大事な繋がりがある、という話じゃないか? この際だから、借金を帳消しにして喜捨することが、あなたのために最も良いことだと思うぞ」

「はあ? 何言ってんだ、お前?」


 正義感と綺麗事を振り回し過ぎて、ただの悪質な借金踏み倒し野郎と化した勇者の物言いに、豚オヤジが当然のように困惑する。


「あはは! おい、豚オヤジ。そいつはバカだから、世の中のことがわからんのだ」

「誰が、バカだっ!? 私を愚弄するのは、許さんぞっ!」

「なんなんだ、こいつはっ!? 急に出てきて、意味わかんねぇよ!」


 豚オヤジは肩にかけられた勇者の手を振り払うと、メイに向き直った。


「もういい! 今回は、店を取り上げないでおいてやる」

「やった! ええとこあるやん!」


 豚オヤジの謎の心変わりを聞いたメイが、あどけない顔に笑みを浮かべて無邪気に喜ぶ。


「だが、こっちにも生活ってものがあるんや。貸した金はしっかり返して貰わないと困る。だから、金が返せないんなら、店の代わりに……」

「うちの店の代わりに?」


「お前を連れて行くッ!」

「ほえ? どゆこと?」


 メイが小首を傾げると、豚オヤジが目をギラリと輝かせた。


「聞いて、驚きなッ! 今日、新しい娼館をオープンするんだ! その名も『エロエロノーパンしゃぶしゃぶスーパー銭湯』でいッ!」


「げぇーっ! 『エロエロノーパンしゃぶしゃぶスーパー銭湯』だとォーッ!?」


 豚オヤジがとんでもないことを言ったせいで、思わず復唱してしまった!


「そうよ! ひろ~いお風呂でくつろぎながら、美味しいお肉をノーパンのエロエロなおねえちゃんと一緒にカッ喰らう地上の楽園でェーいッ!」

「そ、そんな……お、お風呂でお肉を食べちゃいけないんだぞ……ッ!」


 この世の欲望の全てを詰め込んだといわんばかりの娼館の存在を知らされた俺は、人目もはばからず戦慄した。


「ふふふ、フール君。いけないことをするのが、悪い大人なんだよ? ついでに言わせてもらえば、我が店は実質娼館でありながら『しゃぶしゃぶのお店として飲食費で経費を落とす』ことができるんだよ……!」

「はわわ……! エロいことだけじゃなくって、会社や役所、いや、奥様までをも、誤魔化すような悪いこともいろいろできちゃう……ってコト!?」


 急になんなの? この税金関係での不正の臭い漂うガクブル的展開は……っ!?


「ちなみに、メイちゃんぐらいのきゃわゆいロリっ娘も、ノーパンで接客してくれるんだぜェ~? 上のお口で美味しいお肉を堪能した後は……おっと、純情派のわしは、ここから先は言えないなあ~」

「なんてことだ! メイぐらいのロリっ子が○○○○で男の○○○を○○○して、○○して○○○○○○するだとォーッ!? 極悪違法ノーパンしゃぶしゃぶじゃねぇか!」


「わ、わし……そこまでえげつないこと言っていない」


 か、神をも恐れぬ所業じゃねぇか……ッ!

 魔王という偉大な存在を欠いた世界は道徳の枷を失い、卑しい野獣すらドン引く色欲の罪を極めてやがるッ!


「なんて野郎だ……このオヤジ、ただの小悪人ではなかったのかッ!?」

「ふふ。魔王が死んで、勇者が罪人になるこの乱れに乱れたご時世……恐れるものなどなにもないのさ」


 前々から、売春街で暗躍して色んな国の色んなお姉ちゃん集めてやりたい放題してると思っていたが、遂にここまで来たか……ッ!


「メイは、ロリっ娘だしエルフだ。通常であれば、超高級店以外では遭遇すること自体が困難なエルフの娼婦――しかも、超希少なロリっ娘がお肉と一緒に食べられるっつって売り出したら……スケベな連中が入れ食いよォーッ!」


「はああああああああああああああああああ! なんやねん、それっ!?」


 豚オヤジの言うように、この国ではエルフの売春婦は珍しいからな。

 しかも、ロリっ娘とあればその金銭的価値は計り知れない……。


「メイが人間とエルフの混血の穢れた身だとしても、その長い耳を見せるだけで、バカならたやすく騙されよう。その上、見た目は雑種の癖にかわいげがあるしな」

「じゃかしゃあ! 誰が雑種じゃっ! 舐めたこと言ってっとぶっ殺すぞっ!」


 ツインテールを角のように逆立てるメイが、牙を剥いて襲いかかってきた。


「まぁまぁ、メイちゃん、落ち着きなよ。かわいいって褒めてるんだよ?」

「落ち着けるかっ! つか、なんやん! そのくそみたいな褒め方はっ!?」


 などやっていると、豚オヤジが葉巻の煙を「ぶはぁ~っ!」と盛大に吐き出した。


「メイちゃ~ん。その無職野郎の言う通り、落ち着かなきゃダメだぜぇ~? なにせ、『店売るか、体売るか』っていう大事な話の最中なんだからさぁ~」


 豚オヤジが、いやらしくニヤつきながらメイに迫る。


「アホ抜かせっ! どっちも売らんわっ!」

「あはは。威勢がいいや!」

「フール、何笑っとんねんっ!」


 この状況でこれだけ啖呵が切れれば、悪人に丸め込まれたりしねぇだろ。


「もう帰っていいかい? 自分でなんとかできるだろ?」

「なんでやねん!? お前の愛しのメイちゃんが、人生最大の危機なんやぞっ! なんとかせんかいっ!」


 メイがぎゃーぎゃー騒ぎ出すなり、焦げ臭い異臭が俺の鼻を突いた。


「ん~……なんだぁ~? この臭いはぁ~? 何か燃えているのかぁ~?」


 豚オヤジがわざとらしい感じでほざくなり、メイが外を見て騒ぎ出した。

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