第9話 凶暴ロリエルフ! 剛腕スナック経営者メイ!

「料理は食べる! なぜならば、料理は食べるものだからだっ!」

「バカの理論で武装すんな! 勝手に喰うなつってんだろッ!」


 魔族と人間どもの戦争の末、憎き勇者の魔手によって首を刎ねられる――。


 という、そこらの魔王ならば『確実に死んでいる』瀕死の重傷を負った俺だった。

 だが、治療魔法だの超回復だのを駆使して生命を繋ぎ止め、世界の果ての島・パンドラに流れ着く。


 そこで何の因果か、銭ゲバのロリエルフに拾われた俺は、小汚いスナックの雇われ店長兼用心棒をやっていた。

 かつては国を治め、数多の魔族を支配した魔王が……今では、小汚く狭苦しいスナックだけが唯一の領土だ。


 不憫が極まっているなぁっ、おいっ!


「バカの理論ではない! ご飯屋さんで料理を食べるのは、当然の理だろうがっ!」

「ちげェーッ! ここは飯屋じゃねェッ! こじゃれた音楽、美味い小料理と酒および、大人のしっぽりとしたお色気とおしゃべりを愉しむ地上の楽園――スナックなんだよッ! 飯が食いたきゃ、飯屋に行けぇぇぇーッ!」


 とはいえ、ここは我が領土にして居城!


「う、うまい……っ! なんちゅうもんを……なんちゅうもんを食べさせてくれたのだ……っ! こんなうまいごはんは食べたことがない……これに比べたら、私が逃亡中に食べていたそこら辺に生えている雑草や虫なんぞ、ただの生ゴミなのだっ!」


 涙ながらに意味不明な独り言をつぶやきつつ飯を喰らう頭のおかしいバカ娘に、好き勝手に荒らされるわけにはいかないのだッ!


「くそ! 大皿五枚に小皿八枚に盛られていた料理をすべて喰いやがった……! 残したのは、塩と香辛料だけじゃねぇか……ッ!」


 人に非ざる食欲を見せつけてきた勇者には、ドン引きせざるをえない!


「お酒にも手は付けていないぞ。勇者たる者、酒に溺れたりはしないのだっ!」

「なんだ、そのとびっきりのえっへんおよび真っ直ぐな瞳はっ!?」


 なんなの、この小娘っ!? バカが極まり過ぎて得体が知れない!

 割と強めの恐怖と戦慄みたいなものが、全身を駆け巡ってるんだけどォーッ!?


「さて、腹も膨れたことだし……」


 妊婦のようにぷっくり膨れた丸い腹を撫でる勇者が――。


「魔王、成敗いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」


 ナイフとフォークを持って奇襲をしかけてきたッ!


「唐突に戦闘力を発揮するなッ!」


 勇者が飛びかかってくるなり、やつの腹にパンチを叩き込むッ!


「ぐふうっ!」

「テメーの考えることなんざ、お見通しなんだよッ! ボケナスがァーッ!」


「ぐぬぬ~っ! お、お腹がパンパンで……動けない……っ!」


 勝機!

 ここでトドメを刺すッ!


「死ね、勇者ああああああああああああああああああああああああああああーッ!」


「や、やめろっ! 蹴るなっ! 食後すぐに動いたせいで、脇腹が痛いのだっ!」

「知るかッ! 人の店で、好き放題タダ飯喰ってんじゃねええええええええーッ!」


 逃げ惑う勇者を追っかけて、飛び蹴りを叩き込む!


「あぶなああああああああああああああああああああああああああああーいっ!」


 だが! 丸い腹を器用に利用してでんぐり返しを繰り出し、避けやがったッ!?


「よく聞け! 勇者アンジェリカは、いい気になって魔王カルナインを殺害した後、イキって国に帰るも関係者すべてに裏切られて捨てられ、世界の果てのこの街に流れ着いて、それから俺にぶっ飛ばされるためだけに生まれて来たのだ! 避けるなッ!」

「ふざけるなっ! なんだそれはーっ!?」


 クソ! 器用にごろんごろん転がりやがってェェェーッ!


「これが魔王のォッ! 怒りの鉄拳だああああああああああああああああああッ!」

「攻撃をやめろっ! さもなくばっ!」


 すくっと立ち上がった勇者が、ふざけた命乞いをしてくる。


「さもなくば、なんだッ!?」


「ここで食べたものを吐くぞ……すべてを吐くぞっ!」


 な、なんてやつだ……ッ!

 勝手にひとんちに上がり込んで、聞くに堪えない自分語りをした挙句ッ! 飯まで勝手に喰うッ! その上、唐突に襲いかかってくるッ!


 そして、トドメにッ!


「テメーッ! ゲロを吐くと脅してくるだとォォォ~ッ!?」


 勇者アンジェリカ……凡愚を超越した大バカ者――完全に人間の屑だッ!


「ふふふ……怖いか、魔王? 当然だな、勇者の私に勝てるもんかっ!」


 ゲスの極み超絶バカ娘がよぉッ! 舐めやがってぇぇぇ~……っ!


「試してみるか? 俺だって元魔王だ……っ!」


 魔王と勇者ッ!


 お互い同時に――。


 拳を突き出すッ!


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」」


 拳と拳! 意地と意地が! 


 ぶつかりそうになった次の瞬間ッ!


 突然、入り口の扉が『バンッ!』と開いたッ!?


「フール! てめえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」


 そして、何者かにいきなりぶっ飛ばされたぁぁぁーっ!?


「ぐはああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」


 俺がッ!


「開店までに店の周り掃除しとけっつったろ! 仕事もせんと、なーに女連れこんどんじゃあーっ! こんぼけなすがああああああああああああああああああああっ!」


 唐突に俺を殴り飛ばしたのは、このスナックの主――メイだ。


 メイは、人間とエルフの混血のガキだ。

 見た目は、さらさらの銀髪、つぶらな瞳、桃色の唇、もちもちの白い肌、ちっちゃい手と足――いかにも子供って感じの『あどけなくてかわいいロリエルフ』だが……。


「死ねええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」


 とにかく……凶ッ! 暴ッ!

 ちんまい女児の体のどこに、この魔王をぶっ飛ばす力があるってんだッ!?


「フール! てんめぇ~っ! ろくに働きもしないごく潰しの癖に、な~に昼間っから女連れ込んでイチャコラしてんだ、ごらぁーっ!」


 銀色のツインテールを角のように逆立ててブチキレるメイが、強烈な蹴りを叩き込んでくるッ!


「しかも、妊婦かいっ! おめーの性癖どーなってんだよおおおおおおおおーっ!」

「違う! 待つんだ、メイちゃん! 誤解だっ!」

「四十秒で弁明しなっ! うちを説得できなきゃ、お前は死ぬっ!」


 展開が早いし、猶予が短い!


「ええっ!? あ、あたち、死んじゃうの……?」

「死ぬ。なぜならば、うちが殺すからや……っ!」


 やだっ!? 愛らしいロリエルフのくせに、むっちゃ恐怖の権化ですやんっ!

 ふざけんな! こんなわけわからん流れで殺されるわけにはいかんッ!


「メイ、聞けっ! この女は、押し込み強盗だっ!」

「なんやてっ!? ほんまかっ!?」

「ほんまやっ! ほんまやでっ!」


 俺の訴えを聞いたメイが、攻撃の手をぴたりと止めた。


「んなわけあるかい! しょーもない嘘をつくなっ!」


 それから、ガチビンタしてきた!


「ぎゃあああーっ!?」


 一回油断させるところが、悪質ッ!

 流石は、蛮族パンドラ人と亜人エルフの血を引くクソガキだ! 穢れた血め!


「嘘ではない! あの女の手に握られているナイフとフォークを見ろッ! あの薄汚く意地汚い女が、いきなり店に押し入って来て、この俺に襲いかかってきたのだッ!」


 俺が早口で真実を告げると、メイが大きな緑の瞳で勇者を睨みつけた。


「ほんまやんけっ! ってゆーか、あの女の人……さっき、街でフールを襲ってたやつちゃうんかいっ!?」

「その通りだ、記憶力優良少女メイちゃん!」

「なんやねん、それは?」


「そんなことより、聞いてくれ! 俺は、日頃からお世話になっているメイちゃんのお店を守るために! 身の危険を承知で必死に戦ったんだよッ!」

「それがどないしたん? お店を守るのが、『店長兼用心棒のおまはんの仕事』や」


 しおらしい態度の俺を見ても、極悪経営者のメイは顔色一つ変えない。


「……えっ? まったくこれっぽっちも褒めてくれない……の?」

「なんで、当たり前のことをして褒められる思っとんねん?」


 ひぃっ!? 俺はびっくりしすぎて、泣くかと思った。


「ほんで? 必死に戦って、どうなったん?」


 なんて可愛げのないガキなのだッ! 魔王をタダ働きさせているだけはあるなッ!


「メイちゃんが、朝から丹精込めて作りっていた料理がッ! あのイカレタ大喰らい強盗女にッ! すべて喰い散らかされてしまったってばよッ!」

「なにぃぃぃ~っ!」


 エルフ耳を尖らせるメイが再びつぶらな目を細めて、店のカウンターを見る。


「げぇーっ! ぬぅわんじゃこりゃあああああああああああああああああああっ!?」


 勇者によって見るも無残に食い散らかされた料理と空の食器を見るなり、メイが大きな目をさらに大きくおっぴろげておったまげる。


「ほんまやっ! 朝仕込んでおいた作り置きの料理が、飾りつけのお花からタレまで残らず綺麗に食べられとるっ! ちゅーか、うちのお店がぐっちゃぐっちゃんやんけーっ! どないなっとんねんっ!?」


 メイの言う通り――勇者が暴れ回ったせいで、店は荒れ果てていた。

 カウンターの上の皿はすべて床に落ちて割れ、テーブルと椅子はひっくり返り、壁に飾られていた絵やら植木鉢も壊れている。


「メイちゃんとぼくの小さなスナックは、あの邪悪な女に壊されちゃった……」


 自らの愛する店を破壊されたと理解した瞬間――


「こんがきゃあああああああああああ! 死ねぇおらあああああああああああっ!」


 ぶちキレたメイが突然戦闘力を発揮して、勇者に飛び蹴りを叩き込んだッ!


「ぐはああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 メイの飛び蹴りをまともに喰らった勇者が、頭から床に倒れ込むッ!

 やったぜ! ロリエルフ最強! ロリエルフ最強! ロリエルフ最強!


「てめー、ごらぁっ! ド腐れ無銭飲食強盗風情が、うちの店になにしとんじゃぼけえええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」

「す、すいません! すいませんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんーっ!」


 メイに馬乗りになられて連続ビンタを喰らわされている勇者が、涙目になって許しを乞う。

 わはは! ざまぁみろ!


「ぬぅわぁ~にが、すいませんじゃっ! なんで、うちの店に強盗に入って、こんなぶっ壊したんじゃぼけえええええええええええええええええええええええええっ!」

「す、すいません! 憎き仇敵を見つけたので、我を忘れてしまいましたーっ!」


「なんやてっ!? 憎き仇敵やて? ほんまかっ!?」

「ほ、本当ですっ!」


 勇者の必死の訴えを聞いたメイが、攻撃の手をピタリと止めた。


「なんやそれ!? 意味わかんねぇんだよおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!」


 それから、満を持してビンタを叩き込む!


「ぎゃぼおおおーっ!」


 一回油断させるところが、巧妙ッ!

 流石は、森の賢人とも称されるエルフの血を引く美少女。素晴らしい知恵者だ!


「よくやったぞ、メイちゃん! 女手一つで凶悪な強盗をしばき倒すとは、『全世界強盗しばき倒し選手権』があったら、おまはんが一等賞やでっ!」

「なんやねん、こいつはっ!? なーにが、仇敵や! 意味わからんわっ! 意味わからん理由で、ひとの店を壊すなっ! このぼけなすがよぉーっ!」


 まぁ、当然だな。

 俺と勇者の関係性を知らなければ、まったく意味のわからない話だからな。

 というか、関係性を知っている俺でも、意味わからんしな。


「ひいいいーっ! 許してくださいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」

「うるせぇっ! 許すわけないやろっ!」


 怒り狂っているメイが、ビビり散らしている勇者に強烈なビンタを叩き込む!


「ごめんなさい! ほんと、ごめんなさい! 許してくださいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーっ!」


 ヘタレ勇者がガキのように泣きじゃくって、キレ散らかすメイに謝る。

 一回りぐらい年下のガキに土下座で謝るなど、勇者の風上にも置けんな。


「じゃかましい! ごめんですんだらなぁ! 逮捕も処刑も存在せぇへんのやっ!」

「そうだ、そうだっ!」


 メイのやつ、クソガキのくせにいいことを言うなあ~。


「魔王っ! なんだ、貴様はっ!? 便乗するなーっ!」


 生意気な勇者が食ってかかってきた。


「なんやねん、フール。おまはん、この強盗娘と知り合いなん?」

「なにそれ、やめて。こんな頭のおかしいやつと、知り合いのわけないだろ!」


 関係性を強めに否定するなり、勇者が騒ぎ出した。


「おい、魔王! 私達は知り合いだろうっ! 何を言っているのだ、魔王っ!」


 魔王、魔王、言うんじゃねぇよ!

 こちとら、平穏な隠居生活のために、正体を隠して暮らしてんのによぉっ!


「そこのお嬢さん! 君の隣にいる『死んだ魚のような目をしている男』は、世界の敵であるあの『魔王カルナイン』だ! 危険だから、今すぐに私の側に来なさいっ!」


 勇者のバカがなんか知らんが、正義の味方ぶりだしちゃったよ。

 ガキ丸出しのロリエルフのメイを見て、保護欲みてーなのが刺激されたのか?

 それとも単に、しょーもねぇやり口の話題逸らしか……。


「はあ? 魔王? この無職のぐーたらが、魔王のわけあるかいっ!」


 はあ? 誰が無職のぐーたらだ!

 余は、世界を統べし偉大なる魔王様だぞッ!


「そもそも、魔王は勇者が退治したんやから、とっくの昔に死んどるやんけ」

「そうなのだが、なぜか生きているのだっ!」

「なんでやねん、意味わからんわ」


 メイが一蹴するなり、勇者が「わぁっ!」と泣きだした。


「意味をわかってくれぇーっ! なぜ、誰も私の話をわかってくれないのだあああーっ! ふうぬぬぅわあああああああああああああああああああああああああーっ!」


 愚か者ゆえに状況を上手く説明できない様子の勇者が、もどかしそうに叫ぶ。

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