第8話 突如勃発! 不幸な身の上しばき合い対決!

 現在進行形で、俺は隠居生活を楽しむことに失敗している。


「死線を一緒に潜り抜けた仲間たちに裏切られ、王殺しの反逆者の濡れ衣を着させられて、剣も地位も剥奪され、遂には罪人扱いで牢獄にぶち込まれたのだっ!」


 原因は、目の前で好き勝手に喚き散らしている小娘のせいだ。

 勇者アンジェリカ――現役時代から、ことごく俺の人生の邪魔をしてきたが……。 


 まさか、隠居生活まで邪魔しに来るとは、夢にも思わなかったぞッ!


「違うと言っているのに、私の話なんて誰も聞きやしないのだああああああーっ!」


 勇者はてっきり、憲兵に捕まって死刑にでもなっているのかと思いきや……。

 なんか知らないが、むっちゃ元気な姿で俺の前に存在していたッ!


 え? なんでいるのって? 知らねぇよ!

 メイが買い出し出かけた隙を突いて、店に上がり込んできたんじゃいッ!


「ボケが。乳も揉ませねぇ女勇者なんて、そんな雑な扱いで当然だろ」

「貴様ぁーっ! 勇者をなんだと思っているのだーっ!」


 それはともかく。勇者が厄介者扱いされているのは、当然の話だった。

 惰弱で愚昧で卑劣な人間どもにしてみれば、魔王を倒した勇者は、『魔王に取って代わった新たな脅威』に過ぎないのだから――。


 俺という『絶対的な敵』がいなくなった戦争後の人間世界において、勇者は『とにかくバカなのに、魔王より強いヤベー奴』でしかない。

 そんな危険で厄介なやつは誰も近づきたくないし、制御ないし支配できないのであれば、穏便さなどかなぐり捨ててでも早急に処分してしまいたい!


 ――そのように考えるのは、誰しもが納得する話だ。


「著しく迷惑なクソバカ野郎だと思っとるわッ! こちとら、今まで必死こいて造り上げた国を破壊され、民草を殺戮されてんだぞッ! 人生が、貴様に丸ごとブチ壊されてるってんだよッ! ガチャガチャ喚いて不幸自慢してんじゃねェーッ!」

「帰るべき故郷を追われ、全世界に指名手配されているのだ! 私は、これからどうやって生きていけばいいんだあああああああああああああああああああああーっ!?」


 なんだこいつ!?

 人の話を聞かないうえ、聞いてもいないのに自分語りを聞かせてきやがったッ!


「どうもこうも、盗賊か殺し屋にでもなればいいじゃん。お前の天職だよ」


 かつて勇者は、『金色の戦乙女』だの『戦場の妖精』だの、かわいげな生き物のように称されていた。

 だが、その正体は――戦争において人間の範疇を超越した鬼神の如き戦いをやってのけ、敵はおろか味方からも畏れられた危険人物だ。


「ふざけたことを言うなっ! そんなことをしたら、私を裏切った連中と同じではないかっ! 私は、勇者だぞっ! 悪に身を落とすことなどできるかぁぁぁーっ!」

「お前は、既に悪だッ! 魔族にとっては、吐き気を催すほど凶悪な存在なんだよッ!」


「くそぉっ! 王が魔王の首に殺されたときにすぐに私を犯人扱いした賢者の邪悪さと、兄のように振る舞っておきながら一瞬で裏切ってきた聖騎士のような薄情さと、賢者の側近として振る舞い剣聖と祭り上げられた剣士のような計算高さと、貴族の地位を利用して庶民たちから富を搾取していた大魔導士の悪辣さと、王族たちに取り入って貴族に成り上がった戦士のしたたかさと、戦時中に医療を牛耳り人心を掌握した僧侶のような狡猾さ――この私の心にも『邪悪』があればぁーっ! あればーっ!」


 だが、今や見る影もない。

 ただの愚かで哀れで声がクソデカいバカ娘だ。


「はやい、はやい。急に早口やめろ! なんもわからんわ!」

「でも、私は正義の勇者だからああああああああああああああああああああーっ!」


「お前の仲間って、控えめに言っても人間の屑ばっかじゃん。俺より先にそいつらを退治しろよ。ちゃんと示しをつけねぇから、舐められて裏切られてんだよ」


 子供のように無垢で素直な感想が、自然と口から出た。


「黙れぇーっ! 貴様も配下に裏切られているではないかああああああああーっ!」

「俺は、博愛主義だからな。優しくし過ぎたら、勘違いしたバカが調子に乗ったんだよ。お前みたいなアホと一緒にすんじゃねぇ」

「博愛主義だと? 世界を支配せんとした魔王が、なにをほざいているのだっ!?」


 勇者が長い金髪を振り乱して、神経質に騒ぎ散らす。


「俺は、花も木も虫も動物も魔族も、人間すらも好きなんだよ。嫌いなのは、お前のような邪悪で無礼な愚か者だけだ」

「なんだそれはっ!? ふざけたことを言うなぁーっ!」

「話をすぐに理解できないところが、愚かである証拠であり、反抗してくるところが無礼な証拠……そして、お前はその邪悪で無礼な愚かさで、世界を滅ぼしたのだッ!」


 俺が正論を突きつけてやると、勇者が青い目を細めて睨んできた。


「私が『世界を滅ぼした』だと……? 『世界を救った』の間違いだっ!」


 勇者の愚かな物言いを聞いて、俺は心底うんざりした。


 ……いいだろう。

 この世界のことを何もわかっちゃいない愚かな小娘に、真実を教えてやる。


「いいか? よく聞け――お前がこの俺を殺したせいで、魔族の範疇を逸脱した危険思想の持ち主である不死王の枷が外れた。世界を愛しているこの俺と違って、生きとし生けるもののすべてを玩具だと思っているあいつが魔王になったら、この世界の生き物はみな死霊術をかけられ、この世は『生ける屍』だらけになる」


「ぬっ! 不死王が魔王になるだと……? どういうことだ?」


 こいつ、決戦の場での不死王の言動を覚えていないのか?

 いや……こいつはあのとき、不死王の死霊術をかけられていて正気を失っていたから、記憶が混濁して覚えていないのかもしれん……。


 じゃあ、なんで俺の首を刎ねたことだけは、覚えてんだよ!? ムカつくなァッ!


「どうもこうも……あいつは、俺が魔王の座にいた頃から、次代の魔王になることを計画していたのだ。戦前より、人間の愚かな王どもに、錬金術でこしらえた金銀財宝やらを授けて配下にしていた策士だよ。あいつは、他の上級魔族と違って、魔族ではなく『人間を手駒』にしている。お前の仲間に誅殺されたエドムの王も、その一人だ」


「なんだとっ!?」


 俺の授けてやった真実を聞いた途端、勇者が驚く――


「ふざけたことを言うのは、やめろ! 我が王を愚弄するなっ! あの勇敢で誠実な武人である王が、汚らわしい魔族の配下になるはずがないだろうっ!」


 ――のではなく、眉を吊り上げて怒鳴り出した。


「いいや、なるねッ! どんな肩書を得ようとも、貴様ら人間の本質は、『欲深く卑しい共食いの猿』でしかないのだからなァッ!」


「黙れっ!」


「黙るのはお前だ、黙って聞け! 半ば形骸化していた魔族との戦争がここ十年でいきなり、種族間の存亡を懸けた大戦争にまで過激化したのは、なぜかわかるか? 不死王が、エドムの王を筆頭に各国の王どもを唆したからなんだよ」


 そして、この俺を追いつめ、叛逆の機会を創り出した――と。


 言葉にすると改めてよくわかる……忠義の欠片もないふざけたやつだ!


 魔王城から脱出する際に反撃として、自爆攻撃を仕掛けたが……。

 まぁ、十中八九……あいつは死に損なっているだろうなぁ。


 なにせ、あいつは不死。

 破壊処理は可能だが、殺戮処分ができん……。


「ふざけた話をするなっ! 我々の神聖な戦争を作り話で愚弄するなっ! ふざけるのも、いい加減にしろぉーっ!」


 考え事をしていたら、勇者が大声を出してきた。


「俺の言葉を聞いた今の状況で、貴様が実体験として見聞きし、体験したことを思い返してみろ。それが答えだよ」


 俺が話を打ち切ると、勇者は苦しそうな顔をして唇を噛みしめた。


「うぬぬ……っ!」


 この俺の言葉に導かれて、真実に到達したか――。


 愚かさの極致のようなバカ娘を導くとは、さすがは魔王様ッ!


「予言してやる。不死王は遠からず、世界を手にするだろう」

「な、なんだとっ!?」


「これもすべて、お前のせいだ。偉大な管理者であるこの俺が、世界を滅ぼしかねない危険な連中をまとめて支配していたのに……お前が俺を殺したせいで、奴らを縛っていた枷が外れてしまった。自由の身になったやつらの覇権争いで、世界は再び燃え上がるぞ。そして、その炎で世界は焼け野原になる……お前のせいでなァッ!」


「やめろ! 私のせいにするなっ! 貴様が簡単に死ぬからいけないのだろうっ!」


 勇者が妄言吐きながら歯向ってくるが、無視する。

 さっきのくだらない自分語りのお返しだ。


 っていうか、簡単に死ぬのがいけないって、どーいうこったよッ!?


「偉大なる魔王を失った魔族に、今や秩序は存在しない。近いうちに混沌が世界を覆い尽くすだろう。不死王が創る社会は、道徳よりも欲望が重視され、犯罪者と異常者が増え、狂った邪教が跋扈すること確実――それもこれも、この俺を討伐して魔王の座から追い払ったからだよ……お前がなァッ!」


 自分でも驚くほど、言葉が止まらない。

 やはり、いつか「キャン!」言わせてやろうと思っていた憎い相手を目の前にすると、否が応でも感情が昂ってしまう。


「俺という偉大で崇高な管理者を失った世界では、生きとし生けるものが絶望に蝕まれ、生きていることを呪い、速やかなる死を願うだろう……」


「ほざけっ! そんなわけないだろうがっ!」


「だが、この俺が魔王として君臨していれば、すべての被造物がいつか破滅と屈辱の隷属から解放されて、輝く栄光と煌めく自由に包まれて生を謳歌できたのだ」


 ――そう。


 この偉大なる魔王カルナインこそが、停滞する世界を革新させ、絶望の倦怠から救うことができたのだ。


「俺が管理する世界では、狼は子羊とともに宿り、豹は子山羊とともに伏す。子牛は若獅子とともに育ち、乳飲み子は毒蛇と戯れる。牛も熊もともに草をはみ、鳥も魚も互いに思いやり、人の子も魔族の子もともに眠り、安らぎに包まれるだろう」


 嗚呼。素晴らしきかな、我が世!


「偉大で崇高なる余こそが、世界を統べるべき王! 醜悪な凡愚で満ちたこの不完全で不健全な世界を導ける王は、この世界で唯一無二の我だけなのだ。それをいたずらに殺すとは、何を考えているのだッ! 愚かで卑小なる小娘が! その大罪、死んでも償いきれぬぞッ!」


 感情が高ぶるあまり、魔王時代のように威厳溢れる口ぶりになってしまった。


「黙って聞いていれば、好き勝手なことを言いおってぇーっ! それ以上の戯言は、聞くに堪えんのだっ!」

「ギャーギャーやかましぃんだよ! ド腐れバカ勇者! 自分だけが不幸みてーな顔して、くっそどーでもいい自分語りをしたあげく、逆ギレとか舐めてんのかーッ!」


 クソ! 全盛期の力があれば、即座にこの生意気な小娘を滅殺しているのにッ!


「まったく! もぐもぐ、腹立つ魔王なのだ、もぐもぐっ!」

「あと、当たり前のように店の作り置きの料理を喰うんじゃねェェェーッ!」


 ちなみに俺達は今、俺が住み込みで働いているスナックに存在している――。

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