第7話 だが、回り込まれてしまった!

「おい、魔王っ! 一般人にガチビンタなど叩き込みおって、どういうつもりだっ!?」


「一般人じゃねぇよ、マフィアだ。職業は悪人、社会の敵、大衆の寄生虫だよ。ああいうろくでもない連中には、なにしたっていいんだ」

「いいわけあるかぁーっ! 勇者である私の前で、これ見よがしに悪事を働きおって、許さんぞっ!」


 なんかすげーキレてる勇者が、無駄にデカい乳を揺らして詰め寄ってくる。


「やだ、こわい……お姉さん、許して」

「許さあああああああああああああああああああああああああああああああんっ!」


 けっ。声と乳ばかりか態度までクソデカいのに、人としての器が小さすぎる。


「そんなことより、手錠の鍵はどこだ?」

「言うわけないだろうっ! 今から、お前をエドムに連れて帰るのだぞっ!」


 なにを言っているのだ、こいつは?


「お前、指名手配されている賞金首の罪人だぞ……エドムに帰って、どうすんだよ?」

「お前を皆の前で討伐して、私は再び勇者に返り咲くのだっ! わはは!」

「なんだ、そりゃ? 馬鹿じゃねぇのか?」

「馬鹿ではない! 馬鹿って言うほうが馬鹿なのだっ!」


 ……この勇者、完全なるバカだ。

 これ以上、相手したくねぇし、適当な罠にハメて鍵を奪ってやろう――。


「なんだよ。鍵なら、こんなところに落ちてるじゃねぇか」


 俺は、バカ勇者が聞き取れるようにしっかりと発音しながら、おもむろに地面に手を伸ばした。


「なにぃ~っ!? 鍵はしっかりと、ここにしまっておいたはずだぞっ!」


 慌て顔の勇者が、胸の谷間に手を突っ込む。


 マジか!?

 ってぐらい簡単に引っかかってくれたなぁ、おいっ!


「なんで、胸の谷間にしまってんだよ。バカのくせに、エロさを駆使すんじゃねぇ!」


 俺は、バカ勇者が巨乳の谷間から摘まみ上げた鍵を、サッと横取りする。


「おい、やめろ! 鍵を返すのだっ! 手錠を外すなああああああああああーっ!」


 当然、無視。

 そして、すぐさま手錠の鍵を解錠する。


「よし、外れたっ!」


 ちくしょ~、皮膚がヒリヒリしやがる……。

 汚い手錠をつけたまま暴れたせいで、手首が痒いし痛むぜ。


「さて、帰るか」


 手錠を遠くに投げ次第、帰宅。


「この状況で、普通に帰ろうとするなっ! なんなのだ、お前はっ!?」

「うるせぇなあ。もう、どっかいけよ。邪魔だ、去れッ!」


 追っ払って逃げるなり、勇者が回り込んできたッ!?


「おりゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 そして、俺の逃げ道を塞ぐと同時に、猛然と襲いかかってくるッ!


「やめろ! 襲いかかってくんじゃねェッ! 消え失せろ、バカ勇者ッ!」

「うるさいっ! 私は、お前を捕まえるのだっ! そうすれば、私は勇者としてもう一度、みんなから認めてもらえるのだっ!」


 な……なんて! クソ迷惑な小娘なんだ……ッ!

 くだらないにもほどがある欲望のために、この俺の平穏な隠居生活を台無しにしようとしてきやがったッ!


「そんなわけねぇだろ、ボケが! お前は、王殺しの大罪人なんだぞッ!」

「違う! 王様を殺したのは、私がエドム国の王宮まで持って帰ったお前の生首だ……原因は『お前』だっ!」


「何の話だよ、知らねぇんだよ」

「だいたいなんで、お前は生きているんだっ!? あの生首はなんなのだあああっ!?」


 意味わからん八つ当たりをしてくる勇者が、巨乳と金髪を振り乱して飛びかかってくる。

 ふざけた小娘だ。存在そのものが、ふざけきっている!


「知るか、ギャーギャーうるせぇッ! 取るに足らない凡愚のくせに、魔王の運命を弄びやがって! ゲロ以下の汚らわしいゲス野郎がよォーッ!」

「黙れっ! 人生を懸けて戦ったのに、仲間から裏切られて殺されかけ! 故郷を捨てて、こんな世界の果てまで逃げてきた私の気持ちがわかるのかあああああーっ!?」


 華奢な体を怒りで震わせて、大きな青い目に悲しみの涙を溜める勇者は、今にも泣きだしそうだ。

 泣き出した勇者は、まるで理不尽な不幸に翻弄される小さな子供みたいだ。

 あまりにも哀れでかわいそうな勇者を思わず抱きしめたくなる……。


「まったくわからねぇから……死ねええええええええええええええええええーッ!」


 そこら辺のチャラいスケベ小僧ならなァーッ!

 この偉大なる魔王様が、小娘の涙ごときにほだされるわけないだろッ!


「ぐににーっ! なんてひどい言い草だっ! 魔王め、許さんぞっ! 勇者アンジェリカが、退治してくれるうううううううううううううううううううううううーっ!」

「なーにが、退治じゃッ! もう、戦争は終わったんだよ! 俺とお前の、『魔王と勇者の物語』は終わり! お前だけなんだよ、未だに戦争を望んでいる異常殺戮狂はッ!」


「誰が、異常殺戮狂だっ!」

「お前じゃい! お前は、大地を覆い尽くすほど魔族を殺戮し、死体の山を作り、血の河を作り、あまつさえ、この魔王までもを殺したのだ! それを、異常殺戮狂と言わずなんというッ!?」


「あれは、戦争だったっ! 責められるいわれは、どこにもないっ!」


 なんと愚かで哀れで邪悪な小娘なのだろう……己の罪を理解していない。

 正義とかいう麻薬の中毒者ってのは、どいつもこいつも救いようがねぇや。


「それより、魔王! お前は、なんで生きているのだっ!? あの時、確かにこの手で首を刎ねて、息の音を止めたはずだぞっ!」

「俺は死んだよ。魔族を統べる偉大なる魔王カルナインは、勇者アンジェリカに首を斬り落とされ、その命を刈り取られたのだ」


「しかも、最後に自爆していただろっ!」

「そうだね。最後に自爆したね」


 自爆なんてしょーもないことをしたのは、『死を偽装』するためだ。

 馬鹿どもには、俺が死んだと思わせておいたほうが都合が良すぎるからな。


 とはいえ、爆発前から魔法で治療を初めて、爆発後には生き返り次第、すぐさま城から抜け出して海に飛び込み、世界の果てのパンドラまで泳ぐ!

 ――なんていう行き当たりばったりの無茶をしたせいで、大半の魔力を失って、療養に比重を置いたしょっぱい隠居生活を余儀なくされているがなッ!


 くっそダサいから、いちいち言わんけど!


「ほざけっ! そんな状態で、なんで生きているんだっ!? おかしいだろっ!」


 うっさ! 声がバカみたいにデケェ!


「生きてるけど、『魔王カルナインは死んだ』んだよ。今の俺は、フールっつーの。『場末のスナックの雇われ店長兼用心棒のフール』だよ」


 とりあえず、バカ勇者の隙を見て逃げる。


「なにぃっ!? 場末のスナックの雇われ店長兼用心棒だとぉっ!? 戯言を言うなっ!」

 だが、また回り込まれてしまった!


「うぜええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」

「成敗いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」


 そして、すぐさま勇者が襲いかかってくる!


「やめろ! 戦争したけりゃ、『別の敵』を見つけて戦え! 俺はもう、『お前の敵じゃない』から、お前も俺の敵になるなッ!」


 とてつもないバカとはいえ、ここまで説明してやれば、納得してどっかに行くだろう――。


「我が魂よ! 闇を斬り裂く光刃と化せ! 『天聖光明剣』!」


 次の瞬間、勇者のバカが魔法を発動させやがった!


「もう、やだ! こいつ、ほんとバカ!」


 そして、大・迷・惑ッ!


「……わからないのか? 『見逃してやる』って、言ってるんだよ。わかったら、どっかいけッ!」


 全ての魔族にかしずかれる偉大で高貴なこの俺が、衆愚どもの掃き溜めにまで堕ちる原因を作った罪深い小娘を殺さずに見逃してやるとは……。

 なんて、慈悲深いのだろう! 器のデカさが限界知らずやでっ!


「本来であれば、貴様の大罪は、『貴様の所有物はもとより、肉体と魂のすべて』をもって償わせなければならない……当然の話だ。偉大なる魔王様に危害を加えた大罪人なのだからな」


 心と体の健康のためには、理不尽な被害に対する復讐は、是非とも果たすべきだ。

 そんで、『ざまあああああああーっ!』と、腹から大声を出すべきだろう。


「だが、貴様は断罪せずに見逃してやる。俺はもう疲れたんだ……復讐などというクソ面倒なことにうつつを抜かすより、家でゴロゴロしていたいのだよ」

「見え透いた嘘をっ! また世界を征服せんと目論んでいるのだろうっ!」

「アホ抜かせ。俺はもう、こんなしょーもない世界、どーだっていいんだよ。今は、世界の行く末よりも、今日の晩飯のほうが俺の興味を引くのだ」


 心からの気持ちを言葉にするなり、勇者が拳をプルプルと震わせながら叫んだ。


「この私を愚弄するのも……いい加減にしろおおおおおおおおおおおおおおーっ!」

「しつけぇッ! いい加減にするのはテメーだッ!」


 バカの癖に疑り深いとか、ほんと終わってんな。

 マジでイライラしてきたぞ。


「なので、逃げるッ!」

「逃がさーんっ!」


 またまた、勇者に回り込まれてしまったァーッ!?


「うぜええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!」


「我が魂よ! 闇を斬り裂く光刃と化せ! 『天聖光明剣』!」


 マジで、こいつと同じ空間にいると、それだけで破滅の渦に巻き込まれちまう。

 一刻も早くこの場を離れなければ……ッ!


「憲兵さん、こっちや、こっちっ! 指名手配の賞金首とマフィアが、大喧嘩しとるっ! みんなの平穏な日常が壊されとるでーっ!」


 いいところにメイが来た!


「指名手配の賞金首とマフィアは、どこだァーッ!?」

「白昼から働きもせずに、大喧嘩など許せんぞォーッ!」

「街の治安を乱すな、迷惑野郎どもがァーッ!」


 しかも、憲兵を引き連れて!


「大変やっ! うちの無職が、指名手配の賞金首とマフィアに襲われとんねんっ!」


 一言余計だが、聞かなかったことにしよう!


「憲兵さん、助けてくださいッ! 危険人物たちに襲われていまあああああすッ!」


 メイに便乗して騒いでおく。

 困ったときは、声を大にして意思表示することが大事だからな。


「なにぃっ!? 憲兵だとーっ!? まずい! 捕まってしまうかもしれんっ!」


 勇者のバカが憲兵に気を取られた隙を突いて、全力で逃げるッ!


「フール、大丈夫かっ!? 憲兵さん、連れてきたでっ!」

「メイちゃん! 遅いよ、殺されるところだったよっ!」


 メイに駆け寄って身の安全を確保するなり、すかさず憲兵をけしかける!


「憲兵さん! あいつが、指名手配の賞金首『元勇者アンジェリカ』ですッ!」

「おい、やめろ! 静かにしろっ! 余計なこと言うなっ!」


 勇者が慌てて口止めしてくるが、時すでに遅し。


「「「逮捕だあああああああああああああああああああああああああああッ!」」」


 既に血気盛んな憲兵たちが、捕縛に動いていた。


「やめろ! 私は、指名手配の賞金首じゃなああああああああああああああいっ!」


 バカ勇者が憲兵たちにとっ捕まった。


「あばよ! ちゃんと捕まって、処刑されて来いよなっ!」


 フン。これで一件落着だな。

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