第11話 ロリエルフ、さらわれる。
「うわーっ! お店の裏のゴミ置き場が燃えとるーっ!」
「なにぃ~っ!?」
「フール、バケツ! 火やっ! 水、水っ! 水持ってきて、火を消してっ!」
「落ち着け。大声で言われんでも、火ぐらい消してやる」
泡を食って騒ぐメイを落ち着けてから、水桶に水を汲んで外に出る。
「ざけやがって……マジで燃えてるじゃねぇかッ!」
店の裏の手の小さなゴミ置き場が、メラメラと燃え上がっている。
生ごみが自然発火なんて、そうそうするもんじゃない。
「……こりゃ、豚オヤジに放火されたな。下手すりゃ火が店に移ってたぞ」
とりあえず、ゴミ置き場の火に水をぶっかけて消火する。
「うわぁ~、さいあく~ッ! この店、火の不始末起こしてんじゃ~ん! あ~、こわっ! こりゃ、近いうちに不審火で店が燃えちまうかもなぁ~」
豚オヤジがニチャ~といやらしく笑って、次の放火の予告を臭わせてきた。
前々から続いていた嫌がらせも、遂にここまで来たか……。
「おい、豚オヤジ! オメーがやったんだろ、わざとらしいんだよッ! 店まで燃えたら、どーするつもりだったんだッ!?」
小走りで店に戻るなり、空の水桶を豚オヤジに投げつける!
「あいたーッ!? なんだ、この暴力無職はァーッ!?」
「フール、やめーや! 話がややこしくなるやろっ!」
フン。知ったことではないわ。
「メイちゃ~ん? あんなろくでもない無職を、ヒモにしてる場合じゃないんじゃないの~? そろそろ真剣に、身の振り方を考えなきゃダメだよ~?」
なんつ~か……最初から借金の回収よりも、それをダシにしてメイ自体を狙ってたってのが本音って感じか……?
やれやれ……同胞を食い物にするなんて、人間とはなんて醜く愚かなのだろう。
「豚オヤジめ。やることが、あくどいんだよ」
「フール君。あくどいだなんて、人聞きの悪いこと言わんといてくれよ~?」
「ねぇ~、前から疑問に思っていたんだけど、法的に効力のある借用書ってあるの?」
「あるわい。なかったら、わしが犯罪者や」
豚オヤジが、それっぽい借用書を懐から取り出した。
「なにこれ? 無断で作ったお手製の借用書なんじゃないの~? よく見せてよ」
「無理矢理奪って破り捨てても無駄やで? そいつは『写し』やからな」
借用書を奪おうと思うなり、豚オヤジに先読みされてイキってこられた。
なので、強引に借用書を奪う。
「今の流れでなんで奪うねんッ!? なんだ、この無職、頭おかしいで!?」
ふーん……こういう感じなんすねぇ。
「メイちゃん~? お金は払わないでおくべきだったね」
「な、なんでや?」
メイが不安げな顔を俺に向けてくる。
「家出しているだけの親父は、存命なわけじゃん? ってことは、借金が相続されることなんてないわけよ。さらに、そもそもメイちゃんは借金の保証人にすらなっていない。なのに、メイちゃんが『利息の一部を払っちゃったことで借金の名義人がメイちゃんになっちゃった』のよ」
「は? 意味わからんよ。親の借金なんやから、返すやろ」
「パンドラの法律なんて知ったこっちゃないけどさ~。自由に楽しく生きていきたければ、金の返済を迫られても絶対に返さないことだよ」
「「なんでやねん!」」
メイと豚オヤジの二人からツッコミを入れられた。
「親の借金を子供が返済する義務なんてないからさ。それにしても、父親が失踪したどさくさ紛れにガキから金をかっぱごうなんて、やることがあくどいね」
「フン! やってることは法に則った行為や。なんも悪いことはなどないわッ!」
この国の人間じゃねぇっていうか、そもそも人間じゃないから、こいつらのカスども法律なんざ知ったこっちゃねぇけどよ……。
「よしんば、あくどかったとしてもや……人に金を借りておいて、返さないほうが悪い! そうでっしゃろ? なあ、メイちゃん!?」
「……そうやな」
豚オヤジの正論っぽい言葉を叩きつけられたメイが、急にしおらしい態度をとる。
まぁ。そりゃそうだ。
人の世で生きている以上、そこのやり方は守らなきゃならない。
つっても、俺なら借金なんて絶対返さないが……。
いや、待てよ。
この話って、豚オヤジ殺したらまるっと解決して終わりなのでは……?
「……わかりました」
俺が思案している間に、メイがなにかをわかったらしい。
「メイちゃ~ん。なにが、わかったのかなぁ~?」
「借金は、すぐには返せない。かといって、お店を取り上げられるわけにも、ましてや燃やされるわけにはいかない……なら、うちが借金のカタにとられるしかあらへんやん」
伏し目がちのメイが、観念したかのように吐き捨てる。
「ふーん。いつかは朽ちて灰になってしまうもののために、自分を売るなんてバカだなぁ。このボロい店がそんなに大事かねぇ」
愚かなガキだ。借金なんか踏み倒せばいいんだよ。
前からそう言ってんのに、順法精神なのかバカ正直なのかしらねぇが、クソ真面目に返済してるから、こんなカス野郎ごときに舐められてふざけたことされるんだ。
「フール。アンタには、うちの気持ちはわからへんやろな」
「わからんな。お前を捨てて家を出ていったクソオヤジの店なんか守ったって、意味ないだろ?」
俺が正論を言うなり、メイがじっと見つめてきた。
「……うちだって、それぐらいわかっとるわ。だから、苦しいんや」
「なら、捨てろ。苦しみなんて持っていても、人生の負担になるだけだよ」
「……でもね、捨てるのも苦しいんや。うちにはここにしか、家族の思い出が残ってないんやから……いつかは朽ちて灰になってしまうとしても、大切な場所を守る為に戦いたいんや」
メイは切なげに瞳を揺らすと、傷と油で薄汚れたカウンターを愛し気に撫でた。
「お父はんとお母はんがうちにいた頃は、商売は上手くいってて羽振りが良くてなぁ……そのせいか、悪い金貸しから目を付けらてしもうたんや。博徒の気があったお父はんがギャンブルで失敗したところを、あの豚オヤジに付け込まれたのが、すべての不幸の始まり……」
そして、唐突に自分語りを始めやがった!?
油断も隙もありゃしねぇ!
「……フール。しばらく、店番を頼んでええかな?」
一通り語り終わったメイが、不意に笑った。
「いいよ」
「ありがとね」
吹っ切れたかのような、諦めたかのような……どこか物悲しい笑顔だった。
「じゃあね、メイちゃん、達者でな。しっかり働いて借金返すんだぞ」
人間、いつなんどきでも不敵に笑えるのはいいことだ。
「親を失い、借金にまみれて野良猫のように荒んだ暮らしをしていたうちが、捨て犬みたいなアンタと出会ったのも何かの縁……妙な出会いだったけど、一緒にいれて楽しかったよ」
はえ~、ガキの癖に肝が据わっているなあ。
こいつなら、娼婦になっても上手くやっていけるだろう。
スナックでの接客も上手かったし、案外天職かもしれんな。
「さ~て、これでうるせーやつらもいなくなるし、昼寝でもすっか」
「だりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
安心するなり、突然メイに後頭部を蹴り飛ばされたッ!?
「あいたー! テメー、クソガキ! なにすんだッ!?」
「おめー、ふざけんなよっ! なにしとんねん、空気読めやぁーっ! 日頃からお世話になってるかわいい女の子が、悪人にさらわれようとしとるんやぞっ!? 寝てる場合ちゃうやろがいっ! 空気読んで男を見せろやああああああああああああーっ!」
突然キレだしたメイが、荒ぶる獣のごとき動きで飛びかかってくる!
「空気は読むもんじゃねえ! 吸って吐くもんだ!」
「じゃかしゃあーっ!」
思いっきりビンタを叩き込まれたッ!
「あいたぁーっ!」
「不幸な乙女の悲しい訳ありの過去を聞いて、ぬぅわーんですっとぼけ顔で昼寝すんだよっ!? おかしいやろっ! お前、正気かっ!? 女の子の涙見てあの態度は、男としておかしいやろっ! おかしいやろがあああああああああああああああいーっ!」
「知るかよ。あんなゴミみたいな人生語られても、眠たくなるだけじゃっ!」
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!?」
うるせぇ! この小さい体のどこから、こんな大声出してんだよ!?
「健気でかわいそーな女の子の壮絶な人生聞かされたら、たとえ労働意欲皆無の無職のごく潰しだとしても、思わず男気を見せてすべてを背負えよっ! それが男ってもんちゃうんかいっ!?」
こんな凶暴な奴には、是非とも背負い投げをぶちかましたい!
「うちとおまはんの関係は、可愛い女の子が行き倒れていた野良犬を拾って世話して番犬代わりに置いてやってるだけの関係かもしれへん……せやけど、うちらは女と男や。情が湧くのが道理ちゅーもんやろっ!?」
唐突な愛憎劇をおっぱじめたメイのせいで、スナックの空気は冷え冷えだった。
この茶番を終わらせられるのは、この俺だけだ。
なので、俺が速やかに終わらせる。
「メイちゃん……空気を読んで、大人しく娼婦になりたまえ」
「かっちーん! 仕事と寝床を恵んでやった恩を仇で返しやがってぇーっ! 男なら仁義見せろっ! このボケナスがああああああああああああああああああああっ!」
獣じみた形相のメイが、ツインテールを角のように逆立てて飛びかかってきた!
「たかが大家のくせに、恩着せがましいんだよ!」
「こん~のぉヒモ野郎があああーっ! 今まで無償で衣食住を提供してやっただろうがっ! 身の回りの世話から、お小遣いまでくれる献身的な美少女に身売りさせて、テメーは毎日昼間っからブラブラしくさって無職三昧ってかぁっ!? くっそぉー! 言ってたら、余計にむかついてきたわっ!」
「無職ではない。こっちは雇われ店長兼用心棒として、労働力と人生を提供している」
「うるせぇーっ! ただの店番をいいように言ってんじゃねぇーっ!」
メイと言い争いをしていると、勇者が空気を読まずに口を挟んできた。
「話を聞いていれば、ふざけ倒した奴だな、魔王っ! 仮にも魔王だったほどの男が、ふやけた面で放蕩三昧しおって! お前も少しは真面目に生きてみろっ!」
「勇者! テメーだけには言われたくねぇんだよッ! 黙ってろッ!」
バカ勇者を黙らせるなり、豚オヤジまで話に混ざってきやがった。
「キャンキャンうっさいんじゃいッ! とっとと、ガキをひっ捕らえろーッ!」
苛立ち全開の豚オヤジが、拳をブンブン振って合図をする。
「「「クソガキ! おとなしくしろッ!」」」
豚オヤジの部下たちが、メイを捕まえようと動き出す。
「やめろぉっ! 触んなや! 放せ、おらぁぁぁーっ!」
「このガキ、暴れるなっ! お前ら、縄持って来いっ!」
「なにさらすんじゃ、ドアホ! どこ触ってんねんっ! ドスケベ野郎どもがっ!」
「うおおお!? ロリエルフなのに、すごい力だっ! 全力で縛り上げろォーッ!」
「お前らみたいなもんに、捕まってたまるかぁーっ!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」
激しく暴れ回るメイが、豚オヤジの部下たちと殴り合いの喧嘩をおっぱじめやがったッ!
「な、なんて……醜い争いなんだ……っ!」
「人の家に勝手に住み着いてる寄生虫野郎の癖に、家主の危機に見て見ぬ振りするドアホの方が醜いやろがぁーっ!」
「外の世界のどこにもいられなくなっちまった連中が流れつくこの街は、心と体に傷のある人の掃き溜めだ……ここにいると、知らず知らずのうちに人の心は醜く変わっちまうのかもしれねぇなあ……」
醜い人間どもを直視できなくなった俺は、思わず遠くを見てしまう。
「こんボケ! どこ見とんねんっ!? フール、こっち見ろをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
豚オヤジの部下を振り払ったメイが、俺にしがみついてきた。
「哀れな借金少女メイよ。その不幸な境遇に同情をしてあげよう」
「同情するなら、金を寄越せや!」
「せやかて、文句ばかり垂れるのは、あかんのちゃいまっか? おまはんは、運命と負債を受け入れて、『エロエロノーパンしゃぶしゃぶスーパー銭湯』で働くべきちゃいますのん?」
「おい、無職っ! 舐めたこと言ってっと、いてこますぞぉぉぉーっ!」
愚かな悪人で満ちた世界は、なんと醜いのだろう。
この地上には、空しいことばかりが起こる。
「俺のような善人が、悪人の業の報いのとばっちりを受けるのだから、もはや俗世で暮らすこと自体が狂気の沙汰と言えよう――」
「つまらん冗談は、もうええねん! うちを守らせるために、働かんおまはんをお店に置いとるんや! 今こそ、『本来の仕事』するときやでっ!」
不意にメイが真顔になってすごんできた。
「メイちゃん。この俺に仕事をさせたければ、意味のわからないお気持ち表明ではなく、『契約の言葉』を言いたまえ。場を取り繕うための空疎な戯言ではなく、君の『魂からの血の通った言葉』だけが、この俺を動かせるんだよ?」
偉大なる魔王であることを捨てて、ふざけた道化に成り果てた俺は、世俗の常識やら役割には縛られない。
善悪の彼岸に立っていないのだから、行動理念も倫理規範もすべて気まぐれ――。
「なぜならば、『俺の魂は、君に縛られている』のだからね」
そんな俺を強制的に動かせるのは、メイと結んだ『契約の言葉』だけだ。
「んあーっ! いちいち、大げさでめんどくさい奴やなぁっ!」
「俺は、理解のある彼くんではないのだ。女の顔色を窺って自発的に献身などしない」
「ヒモ同然の無職のくせに、なんて偉そうな奴やねん……っ!」
俺は、この口の悪い小娘と交わした『魂の契約』により、行動に制約を受けている。
「フール! うちを……うちを『助けて』っ!」
メイの『助けて』――という言葉が求めるままに、俺はこの小娘のために能力を行使せねばならない。
それが、俺がメイと交わした『魂の契約と制約』だ。
「やれやれ……『助けて』と言われたら、助けてやるしかないね」
「こんにゃろ~っ! うちに衣食住を世話してもらっとる無職なのに、なんでそんな上から目線やねんっ!?」
「メイちゃん、人聞きが悪いことを言わないでくれたまえ。僕は、『君との契約に従っている』のだから、君も『僕との約束に従わなければならない』のだよ?」
この『契約』が維持される限りにおいて、メイは俺の衣食住を保証せねばならない。
ちゃちなスナックに住まわせて飯食わせるだけで、世界を統べる偉大なる魔王様の強大な力を拝借できるのだから、メイちゃんはいいご身分だよなぁっ!?
「なんてことだっ! 魔王を倒したのに、世界は悪で満ちているではないかーっ!」
突然、勇者が絶叫を張り上げた。
「お前、まだいたのか……?」
「魔王っ! 隠居生活がどうのこうの言っていたが、今の貴様は、『ただのろくでもないヒモ野郎』ではないかぁぁぁーっ!」
「はあ? 失礼なことを言うな、ヒモ野郎ではない。働かずに養ってもらっているだけだ」
「それを『ろくでもないヒモ野郎』というのだーっ!」
勝手にキレている勇者が、憎しみを込めた目で睨みつけてくる。
「やっぱり、裏があったのだっ! 最初から、スナックの雇われ店長兼用心棒などしているはずがないと思っていたのだーっ!」
それから、おもむろに拳を振り上げて……。
「おりゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
殴りかかってきたァーッ!?
「魔王、成敗っ! 共に戦った戦友たちの命を奪った罪と、幼き少女にたかっている罪を償えええええええええええええええええええええええええええええええーっ!」
「うるせぇ! 罪を償うのは、お前じゃっ!」
「償わない! そんな罪などないからだ!」
「罪しかないだろ」
「くどい! 私は無罪! そして、これより今一度、魔王を討伐し! この腐った世界を立て直すんだああああああああああああああああああああああああああーっ!」
ろくでもない志と心意気を全力で見せつけてくる迷惑勇者だった。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
バカ勇者の相手をしていたら、いつの間にか豚オヤジの部下がメイを縄で縛り上げていた!?
「確保ッ! 確保ォッーッ!」
「ロリエルフ、捕獲完了だァーッ!」
「でかした! 店に連れて行くぞォォォッ!」
メイを捕まえた豚オヤジたちが、大捕物を成し遂げたような面構えではしゃぐ。
「フール! たすけてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
そして、あっという間にメイを攫って、どこかに行ってしまった。
「ちょ、待てよっ!」
だが、俺の呼び声は虚しく……。
みーんな、いなくなってしまったとさ。
「ちょ、待てよっ!」
不意に、もう一回言ってみた。
言いたかったから。
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