第4話 おバカ勇者は、温かいご飯が食べたかった!

 ――ように見せかける。


「ぐはあああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」


 大げさに地面に倒れながら、再び人差し指に魔力を集める。


「んなっ!? 自殺だとっ!?」


 虚を突かれたバカ勇者が驚愕することで、隙が生まれた。

 あとは、その隙を突いて反撃するだけってワケ!


「ま、魔王が……し、死んだ……っ? いや、自殺した……だと……?」


 呆気にとられた顔で口をあんぐり開けている勇者の眉間に、狙いを定め――。


「喰らえッ!」

「えっ、生きて――」


 全力で魔力の弾丸を撃つッ!


「ぐはあああああああああああああああああああああああああああああああーっ!?」

「てなわけで、俺の勝ち」


 かつて襲われ、そして飲み込まれた『死』という圧倒的な破滅――。

 それを乗り越えて、俺はここに立っている。


「貴様のような小娘に、二度も殺されてたまるかっての」


 愚かで凶暴な人間共に居城まで攻め込まれて、初めて味わった屈辱と敗北。

 そして、側近の裏切りにより王位を失って、荒野を放浪する悪夢の日々。


「へぶぶぶぅ……っ!」


 この不幸なる運命の発端は……俺の目の前で、アホ面晒してぶっ倒れているこのイカレた小娘だ!


 まだ生まれたばかりのような小娘だが、この小さな小さな娘は、底が知れない。


 俺を殺戮するその為だけに生まれたと思われる忌まわしき存在――。


 闘争の物語の中で生きるこいつは、『平和』の概念すら持ちあわせていない。

 ゆえに無敵、しからば最強。


 そんな恐ろしいモノには、もう二度と関わりたくないッ!


「ぐぬぬ……! 不意打ちとは卑怯だぞーっ!」


「はあああ~っ!? なんで生きてんだよッ!?」


 マジかよ!? 眉間ブチ抜いたんだぞッ!? 意味がわからんッ!


「貴様の卑怯な不意打ちごときで、死ぬはずないだろう! 私は『勇者』なのだっ!」


 ありえねぇッ! なんだ、そりゃ!? 常識も道理も、全力で行方不明じゃねぇかッ!


 死ななかったとはいえ、ふつーなら頭部への衝撃の影響で、しばらく口から泡吹いて昏倒しているはずだろッ!?

 なんでこいつはデコピン喰らった程度の感じで、瞬時に立ち上がってんだよッ!?


「ふんっ! 卑劣な不意打ちを仕掛けてくるということは、『正々堂々戦ったら、私に勝てない』と白状しているようなものだなっ!」


 などと不敵に笑いながら、勇者が魔法の剣を再び発動させる。


「はあああ~? 言葉も動きもすべてが腹立たしい小娘だな……ッ!」


 とはいえ、感情の昂ぶりにのまれるな。

 バカ娘が仕掛けてくる見え透いた煽りに、付き合ってはいけない。


 この状況は流れがよくない……『マジの戦い』になったら終わりだ……。


「そうだ、お前の言うとおりだ。俺は、お前には勝てない。この勝負は、お前の勝ちだよ」


 隠居生活を脅かす無駄な戦いは、全力で回避する!

 そのためには強引にでも、この状況を終わらせなければならん!


 これ以上、こいつに付き合う理由も意味も道理もないしな。


「やったね、勇者ちゃん! 魔王を倒して、ざまぁ大成功っ!」


 バカの相手をしていると、いつの間にか、こちらもバカになってしまう。

 そして、何もかもがダメになってしまうのだ。

 俺は、それをよく知っている……かつて、実体験しているからな。


「じゃあね、ばいちゃっ!」

「待てえええいっ! 逃げる気かあああああああああああああああああああーっ!?」


 俺が立ち去るなり、勇者が慌てて追ってきた!


「やめろっ! 追ってくんじゃねェッ!」

「やめない! 追う、逃がさないっ! 私は、貴様を捕まえなくてはならないのだあああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」


 大声を張り上げる勇者が、猛烈な勢いで飛びかかってきたッ!


「ふざけんなッ! 危ねぇだろうがァァァーッ!」


 強烈な光を放つ魔法の剣が、俺の鼻先を掠めるッ!

 眩しすぎる閃光のせいで目が潰れて、何も見えなくなった!


「んどりゃあああああああああああああああああああああああああああああーっ!」

「あぶねええええええええええええええええええええええええええええええーっ!」


 なんとか攻撃をかわすと同時に、勇者が俺の手首を握ってくる。


「やっと、捕まえたのだ……っ!」


 なぜか俺の右手首に謎の手錠がはめられている……いや、はめられた……?


「はあ? なんだこれ?」

「ふふふ! 貴様を捕まえるために持って来た『特別製の手錠』だっ!」


 なにぃ~っ!? なんだそれッ!?


「『俺を捕まえるため』って、どういうことだよッ!?」

「ふははは! どうだ、これで逃げられまいっ!」

「得意げに笑ってんじゃねぇ! 質問に答えろッ!」


 このガキ、ふざけやがって! 何を考えてやがるッ!?

 なんか知らねぇが、とにかくヤバいッ!

 殺されるのではなく『捕まる』ってところに、ろくでもないものを感じるッ!


「わはは! 遂に追い詰めたぞ! 魔王カルナイン!」


 かつて、こいつに追い詰められた時みてーな感じだッ! 命の危機を感じるッ!

 今すぐにッ! この手錠を外さねぇと、ヤバいことになるぞッ!


「なんだ、こりゃッ!? 頑丈すぎる! 普通の金属じゃねぇッ!」


 この魔王が、本気で手錠を引き千切ろうとしてんのに……。

 それどころか、手錠本体だけでなく鎖すらも硬すぎて、びくともしないッ!


「どうなってる!? この魔王の力で、破壊できないだとォーッ!」


「ふははは! その手錠は、ドワーフが製造してエルフが拘束魔法術式をかけた魔術道具だ! ドラゴンや巨人すら縛り付けられる強力な代物だ! いくら魔王とはいえ、今の弱体化した貴様では外せまいーっ!」


 ちゃちな手錠と思いきや、とんでもねぇ魔術道具じゃねぇかッ!


 というか、このガキ!


 この俺が弱体化していることを、見抜いていたのかッ!?

 たった一瞬、手合わせしただけだというのに……?


「相変わらず、闘争に特化した危険な存在だ……ッ!」


 いやな戦慄のようなものが走るなり、俺の背後に何者かが現れた。


「見つけたぞォッ! フール!」


 突然現れたのは、脂ぎった顔に嫌らしい笑みを浮かべるオッサンだ。


 豚みたいに肥え太った体に趣味の悪い成金じみた紳士服を着こんで、屈強そうな部下を引き連れている。

 おまけに、極太の葉巻まで燻らせて、いかにも『悪の親玉』って感じの野郎だ。


「フール! 昼間っから痴話喧嘩かよ! 楽しそうでいいなぁ、オイ!」


 よく見知った面を見た瞬間、困惑と同時に強い苛立ちを覚えた。


「あん? なんで、『豚オヤジ』がこんなとこにいんだよ?」


 豚オヤジは、ここら一帯の歓楽街の娼館だの闇金だのを取り仕切るマフィアの頭だ。


「そんなもん、決まってんだろぉ~? お前を捕まえるためだよ、フール!」

「はあ? なんでだよ?」


 こいつとは、この街に来た当初から色々とあって、いわゆる因縁の関係だった。

 だが、こんな暴行を受けるほど、敵愾心を溜めていたか?


「それも、決まってるだろぉ~? お前の『飼い主』の借金を払わせるためだよッ!」

「飼い主? ボケが、この俺は誰にも飼われてなどいない」

「ボケてるお前のために、言い直してやろう……雇い主だよ、『雇い主』!」

「ま~た、メイのせいかよッ!」


 あんのクソガキャ~ッ! 俺に迷惑ば~っかかけやがるッ!


 俺は、平穏な隠居生活を楽しく過ごしたいだけなのに!

 なのに! なのにっ! なのにぃぃぃ~っ!

 周りの不愉快な凡愚どもが、それを邪魔してきやがるッ!


「ややっ! これこれは、よくぞいらした、『雇い主』殿っ!」

「はあ~? こっちも雇い主だとぉ~っ?」


 唐突に、勇者のバカが妙なことを言い出した。


「おい、勇者。なんなんだ? お前、マフィアなんかに雇われてんのか?」


 当然の疑問だ。

 な~んで、『正義の味方を自称する』勇者様が、悪の権化みたいな豚オヤジに雇われてんだよ? 意味がわからん。


「魔王を討伐した後、仲間の裏切りにより王殺しの濡れ衣を着せられた哀れな私は、故郷を追われて国々を彷徨い……遂には、世界の果てのこの島に流れ着いた……」

「おい! 下らねぇ自分語りは止めろッ! 短く簡潔に質問に答えろッ!」


 世の中、隙あらば自分語りをしてくるやつが、なんか妙に多い。

 人の話を聞かないアホに特に多い。


「外の世界に絶望した者たちが流れつくこの島に来れば、最後の希望が掴めると聞いたからだ……」


 都会にくだらぬ夢を見ている田舎娘ないし、借金まみれのくせにギャンブルで一発逆転を狙うバカみたいなことを抜かす勇者だった。


「長きに渡る逃亡生活で、私は全てを失った……粗末でもいい。せめて、せめて、三食普通の料理が食べたい……もう、そこら辺に生えている雑草や得体の知れない生き物は食べたくないのだ……」


 暗い顔で病み気味に語っていた勇者が――


「人間の食事がしたいのだああああああああああああああああああああああーっ!」


 唐突に感情を爆発させた!


「そんな時、偶然にも雇い主殿に誘われたのだ……『わしの頼みを聞いてくれたら、温かいご飯がお腹いっぱい食べれるよっ☆』って……不幸に翻弄され、心から希望を欲していた私は、それに飛びついたっ!」


「深刻な顔で長々語ってくれたようだが、オチがバカ。勇者としての誇りを持て」


 豚オヤジに従う理由がまるで、おやつをあげればなんでも言うことを聞くバカなガキではないか。


 もはや、勇者の面目など、どこにも存在しない。

 目の前にいるこいつは、どうしようもないバカ娘と断言できる。


「なんだとぉっ!? 勇者をバカにするなーっ!」

「仮にも魔王を殺した勇者が、飯ごときのためにマフィアのパシリなどするなッ!」


 勇者があまりにもひどいので、普通に説教してしまった。


「うるさい! 私はこのうえなくっ! ご飯がぁっ!」

「ご飯がなんだよ?」


「温かいご飯が食べたかったのだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」


 うっさ!

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