第3話 その少女、元勇者にして現罪人。

「やだ、こわい……そして、すごい大声……誰なの……?」


 俺の前に突然、頭のおかしい異常絶叫小娘が現れた。

 声は憎き勇者に酷似しているが……。


「なにぃっ!? この私を忘れたのかっ!?」


 見た目が、まったく違う。


「うるせぇ! 誰だ、お前っ! つか、どっから声出してんだよッ!?」

「この私を忘れたのかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!?」


 バカみたいに声がクソデカい小娘が、こっちがビックリするほど驚愕する。


 小娘は下品なまでにデカい声に反して、パッと見は可憐な美少女だ。


 だが、脂ぎった長い金髪、飢えた獣のごとき眼光、汚れで黒ずんだ手足、ズタボロの囚人服――という極端にヤバげな見た目のせいで、完全に不審者にしか見えない!


「忘れるもなにも、お前みたいな極めて怪しい奴は知らん」

「知らんって、なんだっ!? 『勇者』を知ってるだろうがっ!」

「知らない。勇者って、なに?」

「なにって、勇者は勇者だろうがっ! この私が、『勇者』だっ!」


 自称・勇者の小娘……見た目から判断するに、浮浪者ないし罪人でしかない。

 どちらかといえば、罪人か? 殺気立っていて危険な雰囲気だし……。


 つうか、左手に呪術系の刻印入りの手錠をはめてるのは、なんなのだ?

 人間共が用いる拘束具の中でも、かなり高度な封印の術式のやつだぞ。


「ねぇ、フール。あのけったいなおねえはんと、知り合いなん?」

「知り合いのわけないだろ。見てみろ、異常者そのものだぞ」

「異常者なら、似た者同士やん」

「黙れ! あんなもん、知らんわ!」


 無礼なメスガキよ。強めに否定してやる。

 フン。この俺が『偉大なる魔王』だということがメイにバレると、面倒だからな。


「あんなもんは、知らんだとぉ~っ!? 見え透いた嘘をつくなぁぁぁーっ!」

「し、しらない……もう帰っていいですか?」


 しかし、この自称勇者の小娘……パッと見た感じは、なんか薄汚いだけの小娘なのだが……。


「貴様ぁーっ! 帰るなぁーっ! こっちを見ろ、目をそらすなぁぁぁーっ!」


 見た目もだが、言動……いや、声のデカさがヤバい!


 声のデカい奴はたいていどうかしているというのは、客商売をやっていれば嫌でも知るところ……。

 こいつも、相当な危険人物と判断していいだろう。


「この私、『勇者アンジェリカ』を忘れたと言うのかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


「げえええーっ! 『勇者アンジェリカ』だとォーッ!?」


 勇者アンジェリカといえば、この俺を殺そうとしてくるばかりか、ろくでもないクソ逆臣不死王のバカと一緒になって、俺の首を刎ねやがった邪悪の権化ッ!


 最低にして最悪の憎き大罪人ではないかッ!


「ふん。どうやら、やっと思い出したようだなっ!」


 いや、だが待て。

 とりあえず、落ち着け――。


「思い出したと言われれば、否定はできないのだが……」


 自称勇者の小娘の見た目は、俺の知っている『勇者』とかなり違うぞ。


 勇者アンジェリカといえば、人間共から『金色の戦乙女』と称されるほどの美少女。

 戦場を駆る姿は、勇ましくも美しい可憐なる女戦士であり、まさに勇者に相応しいものだった。

 かつての大戦において鬼神の如き戦いをやってのけ、魔王である俺を単騎で殺害し、敵はおろか味方からも畏れられた勇者だ。


 だったのだが……。


「なんだ、貴様の格好はッ!? きったねぇし、見る影もないではないかッ!」

「それは、こっちの台詞だっ! なんだその、『原色の派手な柄シャツに半ズボン、素足にサンダルという夏真っ盛りの無職みたいな恰好』はーっ!?」


「うるせぇ。今の俺は、こういう楽し気な格好で平日の昼間からブラブラしてんだよ」

 魔王時代のやたら厳めしくて重くて動きづらい服なんぞ着ていられるか。


「なにぃーっ!? 魔王の癖に、悠々自適に暮らしているだとおおおおおおおおーっ!?」

「別にいいだろ、隠居生活なんだからよ」


 なんなの、こいつ……?

 声がいちいちクソでけぇんだよッ!


「隠居生活だと? いや、待て! そもそも貴様は、この私が討伐したはずっ!? なぜ平然と、平日の昼間からブラブラしているのだああああああああああああーっ!?」

「平然と平日の昼間からブラブラしてぇからだよ」


 なんか知んねぇけど、勇者は声がデカすぎる!


「勇者であるこの私が、毎日の食事にも事欠く窮状だと言うのに……討伐されたはずの魔王がなぜ、景気のいい格好で平日の昼間からブラブラしているのだぁーっ!?」

「二回も言わせるな。景気のいい格好で平日の昼間からブラブラしてぇから、景気のいい格好で平日の昼間からブラブラしてんだよ」


 そもそも、なんでこいつはタメ口なの?

 俺って、いうか……余は腐っても魔王様だよ? 敬語使うべきじゃん。


「意味がわからん! いや、そもそもっ! なぜ、『貴様は生きている』のだっ!? 最終決戦の時、確かに我が聖剣で『首を刎ねて息の根を止めた』はずだぞーっ!?」


 これは、あれか?

 今の俺が、気のいいあんちゃん的な見た目および言動だから、こいつは舐めた態度を取ってくるのか?

 疲れるから、殺気出したり、凄んだりしたくないんだけど、しゃーないか……。


「残念だったな、トリックだよ……ッ!」


 殺気を出すと同時に、上から目線で不敵な態度で煽ってやる。


「魔王ぉっ! ぶっ殺してやるうううううううううううううううううううううっ!」


 突然、勇者が殺意全開で襲いかかってきたッ!


「なんでだよッ!?」


「この私が、生き地獄のような生活を送っているというのに、楽し気に暮らしおってっ! 許さんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!」


「バカたれ! 八つ当たりは止めろッ!」

 こんな街中で白昼堂々襲いかかって来るとは……完全に頭がどうかしている!


「八つ当たりではないっ! これは、正当な怒りだあああああああああああーっ!」

「ぐはあああああああああああああああああああああああああああああああーッ!?」


 勇者の不意打ちを喰らった俺は、ものすごい勢いで路地裏に蹴り出されたッ!


「ちょっ、なんやねん!? フール! 大丈夫かーっ!?」

「メイ! ヤベーことになってる! こっち来んな、逃げろ!」


 ガキが異常者に殺されるところなんて見たくねぇ。


「逃げろって!? あのおねえはん、そんなあかん人なん……?」

「あの女の殺意に染まった目を見ろ! 明らかにヤバいだろッ! あいつは話の通じねぇ異常者だッ! 完全にこちらを殺しに来ているッ!」


「そんなん、むっちゃあかんやんっ! うち、憲兵さん呼んでくるわっ!」


 勇者のヤバさを理解したメイが、血相を変えて憲兵を呼びに行った。


「カタギを巻き込むな! バカたれがッ!」


 まったく予想だにしない勇者との遭遇から――


「さぁ! 人のいないところに来たぞ……存分に戦おうじゃないかっ!」


 突如開幕ッ!

 残虐血闘ッ!

 大流血ッ! 大暴力ッ! 大殺戮ッ!

 魔王対勇者ッッッ!


「かつての決戦の地――『魔王城』での一騎打ちを思い出すな……まさか、魔王との再戦の場所が、こんな世界の果てのうらぶれた路地裏だとは思わなかったぞっ!」


 勝手に襲いかかってきただけに留まらず、勝手に思い出を語り出す――などと、身勝手がすぎる勇者だった。


「盛り上がっているところ悪いが、俺はもう『魔王と勇者の物語』からは下りたのだ。静かに隠居生活を送っている俺に関わってくるなッ!」


 バカで凶暴な勇者を蹴り飛ばす!


「見え透いた嘘をつくなっ! また世界を滅ぼす気だろうっ!」


 だが、蹴りを蹴りでさばかれただとッ!?

 クソ! 相変わらず、バカだが腕だけは立ちやがるッ!


「世界など、この俺が手を下すまでもなく滅びるわ! 俺は無責任な傍観者として、崩れ落ちる世界の最後を見届け、唾を吐きつけてやるのだ。『ほら、見ろ! この偉大なる支配者である俺を失った世界は、自立すらできず崩壊した』と嗤ってな!」


「ほざけ!」


「この俺が管理を止めた世界は、庭師のいなくなった庭園と同じだ。麗しい草木は枯れ果て、果実は汚らわしい獣と虫に喰い荒らされる。同じように、この世界も無残に荒廃して朽ち果てるのだ」


 この俺の大いなる仕事を台無しにしたバカには、一度言ってやりたいと思っていた。

 今日は、いい機会だ。ぼろくそに言ってやる!


「勇者を気取る異常者の貴様の手によって、世界は滅びに向かい始めた。これから、人間どもは己だけを愛し、金銭に執着し、偽りのみを口にし、傲慢のあまり伝統をあざけり、良心を無くして、恩義を知らず、情けを忘れ、誹謗中傷し、節度をなくし、残忍になり、他者を裏切り、快楽に溺れ、世界を否定して破壊するようになるだろう――愚かな貴様が、この俺を魔王の座から追い落したせいでなァッ!」


 王なき王国は、滅びるが必定。はっきりわかんだね!


「黙れっ! その口を閉じろっ!」

「聞いたぞ、勇者。仕えていた王を殺したらしいな! 魔王の次は、自らの王を殺すとは、まったく大した悪人だよ!」


 煽ってやるなり、勇者が拳をわなわなと震わせた。


「違うっ!」

「違うわけがあるか! そこの壁に貼られてる手配書を見てみろ。かつては、『人類の希望』と呼ばれた貴様も、今やすっかり世界が認める罪人だっ!」


 似てるんだか似てないんだか、よくわからん似顔絵が描かれた手配書には――


『最優先討伐対象! 大罪人アンジェリカ――生死問わず、賞金十三億』とある。

「仕えていた国はおろか、世界中の冒険者ギルドから指名手配されているとはな! 貴様は勇者などではなく、立派な罪人――いや、『世界一の大罪人』ではないかっ!」


「黙れぇっ! なにが、世界一の大悪人だっ! ふざけおってぇーっ!」


 まっすぐに俺を睨み付けてくる勇者が、牙を剥いて大声で吠える。


「どうあがいてもテメーは、全世界から追われる身の大罪人よ! おとなしく捕まって処刑されろッ!」


「我が魂よ! 闇を斬り裂く光刃と化せ!」


 次の瞬間、勇者のバカが魔法を発動させやがった!


「『天聖光明剣』!」


 勇者の両手から目が眩むような黄金の光が噴き出し、剣を形成していく。


「これ、ヤバいやつだ……ッ!」


 まともに喰らうと、半身が粉々に破壊されるやつだ……ッ!

 俺は詳しいんだ……。


 なにせ、一回喰らってるからなァッ!


「良い気になってるところ悪いが、お前に二度も殺されるぐらいならばッ!」

「ならば、なんだっ!?」


 勇者が攻撃をしてくる前に、人差し指に魔力を溜める。


 それから――。


「自殺する」


 魔力を固めた魔法の弾丸で、こめかみを撃つ。


「なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーっ!?」

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