第12話 命を賭した英雄たち
アレクの発言に不満そうな表情を浮かべた3人は、彼の方へじとりとした目を向けると言葉にした。
「おいアレク。
俺らも『僕は』の中に入れろよ」
「そうですよ。
気持ちはみんな一緒なんですから」
「……また先に言われた。
でも、グレイスの言う通り」
「そうだね。
ごめんよ」
だからこそ彼らは行動に移した。
国王から勅命を受けた当時は多くの人が平穏に過ごせるのならと思っていた魔王討伐だが、彼女と対峙し、アレクがその場から離れた瞬間に何かが大きく変わったのかもしれない。
その結果、別の未来を探し求めようとしたアレクの想いに答えるように、本来訪れるはずだった運命を変えられる力を手にできたといえるだろう。
実際、女神リオリティアの助力があったからこそ達成できた。
だがそれらも含め、すべてはアレクたちが勇気ある行動を起こしたからこそ辿り着ける最良に近い道だったと、彼らは感じていた。
「ともかく、まずは自己紹介をしようか。
殺風景な場所だし、僕たちもまだ体を起こすのに精いっぱいだけどね」
本当にその通りだと笑いながら4人は名を告げた。
軽く冗談を挟みつつ話したのが良かったのか、ようやく表情が柔らかくなった女性も続けて話した。
「ヴィクトリア・アシュフィールドです」
「……ヴィクトリア……とても綺麗な名前だね」
「……また、こいつは……」
聞き捨てならないステラの言葉に意識を向けて訊ね返そうとするも、ダグラスたちの会話に阻まれた。
「そもそもこいつは、何でもかんでもひとりで抱え込み過ぎるんだよ。
俺らがいなきゃどうなってたか、本気で心配したことが何度もあるくらいだ。
いい加減自覚してくれないと、本当に取り返しのつかないことになりそうだ」
「今回の一件だってそうですよ。
あなた、ひとりでヴィクトリアさんのもとに行こうと考えたでしょう?」
「……こんこんとお説教されるのが望みなら、一晩中でも付き合ってあげる」
「そ、それはさすがに勘弁してほしいかな……」
彼を怒りながらも、どこか楽しげな彼らの会話に目を丸くしたヴィクトリアは、アレクが移動魔法を使えるまで魔力が自然回復する合間に、様々な話を聞いた。
家族を流行り病で失い、彼ら4人が孤児院で共に暮らしていたこと。
孤児院の経営者が病気で他界して、追い出されるように村を出たこと。
成人となるまでの5年間、なりたい自分を目指すため達人に師事したこと。
それぞれの達人者から武術と魔法に触れ、冒険者として自由に生きていたこと。
楽しそうに話す彼らの体験談は、そのどれもがヴィクトリアには驚くべきもので、何不自由なく暮らしてきた彼女がどれほど両親に愛され幸せに育ったのかをはっきりと自覚させられた。
不幸なのは自分だけじゃないのは分かっていたつもりだが、その言葉すべてが表面的なもので、実際には何ひとつ分かっていないのに理解したような気でいた自分が恥ずかしく思えた。
同時に彼らは、何ひとつ自分たちが不幸だと思っていないことも伝わった。
それは自分たちの置かれた境遇を楽観視しているわけではなく、どちらかといえば納得した上で生きているようにも彼女には思えてならなかった。
違和感にも思えるその感覚を不思議に感じていると、アレクは言葉にした。
「別に割り切ってるわけでもないんだ。
両親が亡くなったことは辛いし、もう会えないことに悲しくも思うよ。
でもね、僕たちにはまだ
それは何ものにも代えがたいほど尊いもので、僕たち自身を支える絆なんだ」
真顔で言われると何とも言い難い破壊力のある言葉にアレクから視線を外した3人は、若干呆れながら答えた。
「……そういうことを平気で言えるところ、ほんとすげぇよな」
「思えば子供の頃からそうでしたね、アレクは。
こちらが赤面するようなことを平然と言葉にできるのは、ある種の才能だとは思います。
良し悪しまでは判断できかねますが」
「……恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
むしろアレクを地中に埋めたい」
「えぇ!?」
3人の言葉に驚愕するアレクだった。
目に涙を溜めて頬を赤らめるステラは、両手に掴んだ大杖を強く握りしめるも、上半身のみを起こすのに精いっぱいである今現在、彼の頭に強烈な一撃を振り下ろすことができず、悔しそうに小さくぷるぷると震えていた。
アレクたちの姿にヴィクトリアは、ようやく声を出しながら笑えるまで心が落ち着けたようだ。
そんな彼女を見た彼らも安堵して頬を緩ませた。
「それじゃあ、大精霊の森に戻ろうか。
女神様にも直接報告させていただきたいし」
「……そうだね。
むしろ、このままだと調査隊にあたしたちが見つかる可能性が高い」
「魔王と共に勇者一行が全滅したと思わせるなら、発見される前に移動しなければなりませんからね」
「それは、どういう……」
頬に右手を当てながら首を傾げるヴィクトリア。
だが、この場所に長居するのは避けるべきだと考えるアレクたちだった。
「まずはここから移動しよう。
静かなところでゆっくり話をさせてもらうよ」
「……さっきアレクが言った言葉についても言及すべき」
「どういうことだい?
何か僕、言ったかい?」
身に覚えのないアレクはステラに訊ね返した。
しかし先ほど言い放ったアレクの発言を、女性たちは違った意味で捉えていた。
グレイスは両頬を両手で触れ、瞳を閉じながら茶化すように言葉にした。
「あんなにも情熱的なプロポーズをされたら、私でも胸が高まってしまいます」
「ぐ、グレイス?
君は何を言って……」
「……
『あなたに笑顔でいてほしい』、だなんて。
まったく、いつの間にこんな子になってたのやら……」
「これまで女性から黄色い声を上げられても興味を示さなかった朴念仁なのに。
アレクの成長に喜んでいいのやら、それとも女性の気持ちを弄ぶようになったと判断すればいいのやら……」
深くため息をつくステラとグレイスに、耳まで真っ赤にしたアレクは反論しようとするも、それすらもグレイスに阻まれてしまった。
「ち、違っ――」
「違うのですか?
では、あの言葉に嘘があったと?」
「た、確かに言ったけれど、そういった意味じゃ……。
あぁ、でも本心からの言葉だし、いや、でも、正しく伝わらなかったのは僕の責任……なのか?」
「……はいはい。
分かったから、とりあえず移動しよ?
あまりこの場所で長居はできないし」
「だな。
調査隊に見つかると問題だ。
さっさと行こうぜ」
はっきりと弁明したそうなアレクは移動魔法を使い、更地となった大地から仲間たちを連れて離れた。
あとに残されたのは優しく穏やかに通り抜ける風が巻き起こす砂煙のみで、何もなくなった付近一帯が物悲しさを伝えるばかりだった。
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