第11話 それだけなんだよ

 大陸中央まで激震させた魔力暴発が収まってしばらくの後。

 爆発地点と思われる場所に寝転がる5つの人影が見えた。


 まるで力尽きて倒れているようにも見えるが、わずかに手を握り込みながら体の異常を確認する男性たちは、やや疲れた声で言葉にした。


「手足が痺れてる。

 極端な魔力消費による影響か」

「不思議な魔法だったね。

 僕たちの魔力総量は全員違うのに、みんな一緒に枯渇したみたいだ」


 魔法を使うための原動力となる魔素マナ

 その急激な喪失による倦怠感は、アレクたちを大地へ縛り付けるように行動を制限していた。

 そうなる可能性も女神リオリティアから伺っていたが、まさか発動した防御魔法に吸い込まれる感覚で体内にある魔力を根こそぎ持っていかれるとは、さすがに彼らも考えていなかった。


 同時にそれは、一歩間違えば取り返しのつかない事態を導き出していたと察し、無事に成功した喜びと安堵から軽くため息が出たアレクだった。


 気怠い体を起こしながら、周囲を見回す。

 朽ち果てたとはいえ、その外観から相当の大きさを感じていた古城と、木々が深く生い茂る森を完全に消失させるほどの威力が押さえ込んだ力にはあったのだと鳥肌が立った。


 だが、女神リオリティアから授かった防御魔法で、その威力は軽減できたはず。

 地中深くにある、世界を守り続けるコアそのものを損傷させると聞いたのだから、もしも失敗していれば大地に大穴があく程度では済まされなかった。

 そんな凄まじい力を4人だけで抑え込んだことは奇跡に近いんじゃないだろうかと、アレクは冷汗をかきながら言葉にした。


「奇跡、だったのかもしれないね」

「女性を救えたのですから、そこは誇ってもいいと私は思いますよ」

「……うん。

 呼吸も正常、結晶体の気配も感じない。

 顔色もいいし、髪も綺麗な金色に戻った。

 むしろ、あたしたちのほうが満身創痍」


 未だに立ち上がることができない4人は苦笑いを見せながらも、今も横になり続けている女性に視線を向け、頬を緩ませた。


「暴発する力を押さえ込んでいる時はいっぱいいっぱいだったけど、なんとかなって本当に良かったよ」

「それが俺たちの目的で、お前自身がそうしたかったことなんだろ?

 まさか、『本当にできるなんて思わなかった』、とか考えてないよな?」

「さすがにそれはないよ。

 でも、なんて言うのかな。

 ……感慨深いって言うのかな、この気持ちは。

 ともかく、今はとても晴れやかな気分なんだ」


 それはきっと、達成感と呼ばれるものなんだろうと3人は思う。

 瞳を閉じながら感慨に浸る彼らは、その言葉を噛みしめえるように胸に刻む。

 これほどの大業を成し遂げるなんて、のどかな故郷を出た頃には考えもしなかった。


 夢を語ることは、これまでもあった。

 絵本に登場する英雄に憧れた幼少期。

 立派な冒険者になりたいと研鑽を積んだ少年期。


 憧ればかりじゃない。

 冒険者としての一歩を踏み出し、初めて知る現実と挫折。

 自分にできないことが明確に見え、壁として立ち塞がる。

 それでも立ち上がり、前を見ながら成長してきた日々。


 今ならはっきりと分かる。

 ここにいる4人のうち、誰かひとりでも欠けていたら辿り着けなかった。

 そんな当たり前のことに気づかされた4人は自然と笑みを浮かべ、声に出して笑った。


 何もない更地へと変貌を遂げた大地へ横になりながら、美しく透き通る青空の下で笑い続ける彼らの表情はとても穏やかで、どこか無邪気にも見えて。

 春風のような温かさを帯びた優しい風に包まれながら、彼らは楽しそうに地面しかない世界でひと時の静寂を過ごした。


 ひとしきり笑った彼らは呼吸を整えるように数拍置いたあと、静かに言葉にした。


「……まさか、身体能力を高めるために体得した魔法が他人を救うとはな」

「誰かのために使う魔法がこんなにも素晴らしいなんて、これ以上ないほど最高の魔法を使えた気がします」

「……お陰で、あたしたちはへとへとだけどね。

 起き上がれなくなるくらい魔力を使ったの、いつ以来だろ……」

「グレイスもステラも、僕たちとは比べ物にならないほどマナの総量が多いから、枯渇するなんて本当に久しぶりなんじゃないかな」


 大地から上半身だけ起こしながら、楽しく談笑するアレクたち。

 だが、さすがにまだ立ち上がるほどには至らないようだった。


「……どうして……」


 優しく透き通るような女性の声が、アレクたちの耳に届いた。

 女性が訊ねるその姿には、強い戸惑いを感じさせた。


「……どうして、私を助けようと……思ったのですか?

 そのまま倒した方が、確実だったのでは、ないですか?

 危険を冒してまで助ける理由があったとは思えません……」

「……やっぱり、記憶は残っているんだね。

 もしかしたらと思ったけど、これまで起きたことも憶えているのかい?」


 言葉にできず、こくりと頷く女性。

 やはり記憶は残っていたのかと、彼らは眉をひそめる。

 それはすなわち、これまで彼女の身に降りかかったすべてのことを憶えている可能性があることを意味する。


 怖れ慄きながらも冷たい視線を向ける王国の民たち。

 武器を構えられ、肌で感じるほどの悪意と害意を浴びせられて迫害された記憶が、そう簡単に忘れられるはずもない。

 むしろ、生涯残る消えない傷跡になりかねないのではないだろうかと彼らは考えるも、同時に心臓を飛び跳ねさせる恐ろしい推察に思い至る。


 もしかしたら彼女は、両親が一方的に処断されたことすらも知っているのでは、と。


 女神様から伺った話では、彼女が王都を追放されたその日のうちに処刑が行われたと聞いた。

 大切な両親を虐殺同然に奪われたことを、そう簡単に納得できるはずもない。

 繊細な話題から避けるように、アレクは言葉を選びながら彼女の問いに答えた。


「そんな結末なんて、望んでいなかったからだよ。

 ダグも、グレイスも、ステラも、そしてもちろん僕も。

 君を救いたいと心から願い、力を尽くしただけなんだ」

「……どうして……。

 あふれ出す悪意を止められなかった私は、魔王そのもの……。

 私は世界の害悪で、この世に生きていてはいけない悪魔で、人を不幸にするだけの存在なのに……」

「それは違うよ」


 優しい声色でアレクは断言する。

 絶対に違うと信念を込めて否定した。


「あなたは利用されただけだ、なんて言葉じゃ納得できないよね。

 僕が言えることは少ないけど、でも、これだけは分かってほしい」


 女性の瞳を真っすぐ見つめながら言葉にするアレク。

 彼の真摯な態度が彼女の心を癒すかは分からない。

 それでも、たとえできなかったとしても、彼は想いを言葉にせずにはいられなかった。


「僕は、あなたに笑顔でいてほしいと思ったんだ。

 ただそれだけなんだよ」

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