第10話 消失する大地

 旧クラルヴァイン王国、王城跡地。

 今から782年前、当時全盛期だったフェーダール帝国に滅ぼされた魔導国家。

 圧倒的なまでの技術力を持つ国が敗戦した理由はひとつ、数の暴力に平伏した。


 世界随一と言われた加工技術を使い生産された魔剣は、現在でも人の手では造ることができない神域級の武具アーティファクトとして世に残るも、歴史はおろか王国の名前すら忘却の彼方へ押しやられた。

 戦勝国は敗戦国の名を愚か者として残すか、存在自体を歴史の闇に葬り去る。

 それは世の常と言えるほど繰り返されてきたことであり、人が人である以上は変わることのない愚かしさを体現した人間が持つ本質の一部なのかもしれない。


 尊厳と共に歴史は消失し、廃城となった今現在、かつての栄華は見る影もない。

 美しかった国は無惨にも踏み荒らされ、野盗のように宝物庫を貪られた国家の成れの果て。

 神聖王国オッセンドレイフェル第7代国王が命名した"魔王城"の謁見室にて、アレクたちは諸悪の根源たる結晶体を埋め込まれた女性と今一度対峙した。


 アレクの移動魔法で瞬時に移動できたのはいいが、以前と同じように威圧的な魔力を放出する存在を前に血の気を引かせていた。


「相変わらず、肌にビリビリと伝わる凄まじい力だな」

「いま感じているものすべてが、結晶体から出続けている負の魔力なのですね」

「……問題ない。

 あれを暴発させて押さえ込めば、あたしたちの勝ち」


 以前と同じ、けれども武器を構えることなく3人は話した。

 何が起こるか分からない以上は装備せざるを得なかったが、それを女性に向ける意志は微塵もなくなっていた。


 そんな仲間たちの意識を変えた青年が言葉にする。

 今度こそと、とても強い意志と希望を込めて。

 初見で感じた違和感を拭い去ったかのように明言した。


「久しぶりだね。

 大丈夫、心配しなくていい。

 必ずあなたを救ってみせるから」


 アレクの言葉を皮切りに、女性との距離を一気に詰める4人。

 正面をグレイス、両側面をダグラスとステラ、そして背後にアレクが回り込む。

 いちばん距離の近いグレイスは、結晶体による魔力放出に警戒を続ける。


 その策が功を奏した。

 ステラとダグラスが側面に辿り着き、追い抜くようにアレクが移動した直後、強烈な魔力衝撃が中央の女性から放たれた。

 だが想定の範囲内だったグレイスの精神は、その程度では揺らがない。

 強力な防御魔法を冷静に発動し、襲いかかる衝撃を無効化させた。


 セイクリッド・プロテクションシールド。

 神聖魔法最大の防御力を誇る最高の魔法盾で、彼女が何千回と鍛錬を積み重ねてきた非常に熟練度の高い魔法だ。


 力配分を抑えず、油断もしない。

 明確な意思で使われた渾身の魔法は、その堅牢な防護盾を越えられる術などないと断言できるほど強固なもので、実際に破られた記憶すら彼女は一度たりともなかった。


 しかし……。


「耐えきれません!

 アレク急いで!」


 最硬度とも言い換えられる魔法盾を突き破らんとばかりに大きな亀裂が広がる。

 だが信じがたい事態だと彼女は思わないし、眼前の存在を考えれば当然だった。

 何をしでかすか分かったものではない結晶体モノを相手にしているのだから、そうなることも想定済みだ。

 それでも、彼女が扱う防御魔法が通用しないのは由々しき事態だ。


 破られる可能性も見越していた。

 しかしたった一度の衝撃、それも2秒で大きな亀裂を入れ、もって2秒と予測できるほどの短時間で破壊されるとは。

 これほどまで強力な存在がこの世界にいること自体が異質極まりなかった。

 さらに亀裂が入り、魔法盾が軋む音を周囲へ鈍く響かせる。


「破られます!

 アレク!」

「着いた!

 行くぞ!」


 突き破られる直前、女神リオリティアから賜った防御魔法を同時発動する。

 発現した力はみるみるうちに彼女を包み込み、森の息吹を感じさせるわずかに輝く半透明で薄緑色の障壁が全体を覆った。

 目的の場所に辿り着いた直後、魔法を発動したアレクの右頬を押さえきれなかった力の一部が襲い、鋭利な刃物で切りつけたかのような傷を負わせた。

 流れ落ちる赤い雫に視線を向けた3人へ、彼は言葉にした。


「問題ない!

 このまま暴発まで押さえ込む!」


 自身のするべきことへ意識を戻した3人。

 同時に、女性内部に巣くう結晶体から魔力が膨れ上がっていくのを感じ取った。


 それは、女神リオリティアの授けた力のひとつ。

 暴発した力を最小限に押さえ込む防御壁と、問題となる噴き出す力を誘発・・する。

 さらに大本である結晶体を女性から切り離し、アレクたちと同質の力で彼女も護った上で消滅させる。

 結果、世界を支えるコアに損傷を与えない威力にまで衝撃を吸収できると、女神は予測した。


 感覚的にその瞬間を感じ取ったアレクたちは、防御魔法に込めた力を最大限にまで引き上げ、暴発に備える。

 だが轟音と共に、魔法を発動させ続ける彼らごと爆ぜた。


 漆黒に包まれたアレクたちを巻き込んだ闇は、すべてを飲み込むように広がり続け、旧クラルヴァイン王国の王城と帰らずの森を完全に消失させた。

 その衝撃は大陸中央まで激震させ、何も知らずに生きる周辺国の人々は世界が崩壊する破滅の終末を明瞭に連想した。



 *  *   



 その後に行われた調査隊の報告により、魔王城を中心としておよそ13キロメートル四方を更地に変えられたと、瞬く間に世界中へ情報が駆け巡った。

 ただひとつ不可解なのは、その消失現象が円形状だったと報告された。


 それを聞いた者たちは一様に推察する。

 更地へと大地が変貌したのは、魔王が放った断末魔の一撃ではないかと噂されるようになり、問題の悪しき存在を発見できなかったことで世界は救われたのだと喜ばれる結果となった。

 世界に多大な貢献を成し遂げたアレクたちも、幾度となく行われた調査隊が見つけることは適わず、人々に惜しまれながらも称えられた。


『凶悪なる魔王と相打ち、自らの命を賭して世界を救った英雄たち』と。


 世界は巨悪の恐怖から解放されたと、等しく喜びに包まれる。

 隠された真実など何も知らず、誰も気にしようともせずに。


 だが、それでいい。

 そうでなければならなかった。


 世界中の人々は知らなくていい。

 爆発した中心部から去った4名の英雄と、救われた女性がひとりいたことなど。


 歴史上でも語られぬ、知る必要のない真実を体現した5つの影は、誰にも見つからないまま忽然と消えるようにその場からいなくなった。

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