第9話 仲間を信じて
万事に備えられるよう準備運動を十全に済ませた彼らは、仲間たちへと視線を向け、最終確認を取った。
臆するような半端者などこの場にはいない。
たとえ本物の魔王を相手にしたとしても、揺るがぬ決意で臨めるだろう。
彼女を武具や魔法で直接的に叩くわけではない。
しかし、埋め込まれた結晶体が近づくことを許さないと、女神リオリティアは話した。
《知識としてお渡ししたものの中にもあるように、1メートルまで彼女に接近した上で、四方から魔法を4人同時に発動してください。
それが最も効率良く魔法が発揮できます。
もしも失敗した場合は、再度構築しなければならない点をご留意ください》
4か所から同時に同質の魔法を使用することで、文字通りの意味で効果が跳ね上がる相乗効果をもたらす特殊な力になる。
だが、最大限に効果を持たせるには、至近距離まで接近しなければならない点は割と厄介になりかねないと女神は続けた。
一度でも魔法の構築に失敗すれば必ず抵抗してくると予想できる以上、可能な限り早期に解決したほうがいいと、アレクたちは作戦を立てていた。
かといって、失敗することも視野に入れつつ行動するべきだとステラは自分へ言い聞かせるように話した。
「……何事も失敗はつきもの。
大切なのは、冷静さを欠かないこと」
「そうだね。
実際、何が起こるかはその時になってみないと分からない。
予期せぬ攻撃に当たらないように注意しよう」
「いざとなれば通常の防御魔法を使います。
その場合でも結晶体が放ってくる攻撃の威力に応じて対処を変えてください」
「任せろ。
臨機応変は得意だ」
「……ダグのことは心配してない。
むしろ、この中でいちばん突発的な事態に対処ができるから」
「それはそれで寂しいな……」
彼らは軽く冗談を言い合いながら、来たるべき戦いに備えて気合を入れ直す。
言ってみれば今回の戦いは、女性に埋め込まれた結晶体を相手にするのと同義だった。
そんな体験などしたこともなければ聞いたことすらないのだから、本当に何が起こるのか予想するのも難しいと、グレイスは心配そうに言葉にした。
「……大丈夫。
なんとかなる」
いつもの楽観的な彼女の答えが、アレクたちの耳に届いた。
こと戦闘となれば、冷静さを保ちながら最善の一手を選び取る精神力の強さを持つ彼女だが、こうして穏やかな言葉で和ませてくれる彼女にアレクたちはこれまで幾度となく救われていた。
「行こう、仲間を信じて。
あの人を救いに」
覇気のあるアレクの言葉に全員が頷く。
彼らがこれからする行動を気配から感じ取ったのか、多くの妖精たちがやってきて不安げに訊ねた。
「ニンゲンさんたち、どこかいっちゃうのー?」
「えー、おはなしおわったら、あそんでくれるんじゃないのー?」
「ごめんね。
僕たちは、ある人を助けに行かないといけないんだ」
「あそべないのー?」
「いっしょにおひるねはー?」
「おいしいきのみ、あるよー?」
まさかここまで懐かれるとは思ってなかったアレクたちは、この場に留めようとする子たちに頬を緩ませながらも、申し訳なさを感じていた。
思えばここに来てから多少会話を交わした程度で、あとは難しい話が続いた。
終わったら終わったらで、防御魔法の鍛錬を続けることになった。
ようやく自分たちの番だと思ったところに、それが叶わないと知ったのだ。
今にも涙を流してしまいそうな悲痛に満ち溢れた顔を見ているだけで、申し訳なく思うアレクたちだった。
「ほら、あなたたち。
アレクさんたちを困らせてはいけないわ」
「……せんせーは、ニンゲンさんといっぱいおはなししてたのに、あたしたちはだめなの?」
声を震わせながら訊ねる子にたじろぐ先生は、何も言えなくなってしまった。
そもそも彼らと会話をしていたのは彼女ではなく女神様だ。
しかしそれを妖精たちに話したところで理解するのも難しい。
彼らと一緒にいた事実は変わらないし、そうしていたことそのものが彼女たちにとっては羨ましく思えているんだろう。
さて、なんと説明すれば納得してもらえるのかを考えていると、グレイスは満面の笑みで妖精たちに答えた。
「今からお姉さんをひとり、ここに連れてこようと思うの。
みんなにも、その人とお友達になってもらえたら嬉しいな」
「おともだちー?」
「つれてくるのー?」
「えぇ。
そうしたらみんなで遊びましょう?」
「ほんとー?」
「おひるねもできるー?」
「もちろんよ。
みんなで楽しく過ごしましょうね」
まるで聖母のようにも見えるグレイスに集まった彼女たちの様相は、光が降り注ぐ幻想世界で妖精と戯れる絵画としてその瞳に映った一同だった。
心なしか眩しさを感じ、目をすぼめながらダグラスは言葉にした。
「……すげぇな、この光景。
見た目も相まって、神々しさすら俺は感じるぞ……」
「ま、まぁ、妖精たちもこれで納得して……もらえたのかな?」
「……あたしには、あの状況自体を楽しんでいるようにしか見えない。
たぶん、グレイスが伝えたかったことの半分も理解できてないと思う……」
「ああいう子たちなのよ。
普段から聞き分けがいいわけでもないの。
楽しいことを見つけるとすぐに飛びつくから、逆に楽しいと感じなければ何も覚えてくれないのよね……」
若干眉をひそめた先生は瞳を閉じ、こめかみに手を添えながら答えた。
その様子を見ただけで、これまでの苦労を垣間見た気がするアレクたちだった。
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