第8話 みんな一緒
《……誰もが幸せになることは、とても難しいと私は考えています。
幸せとは、人の数だけ存在しますし、他者を陥れる非道に幸福を感じる者が確かにいるからでもあります。
最たる例は、神聖王国の現国王。
彼の存在そのものが、もはや民には害悪でしかないのです》
それでも、大切な世界の愛し子だったのだと、悲痛な面持ちをしているのがはっきりと分かる声色で、女神リオリティアは言葉にした。
だがもはや、改心などしないだろう。
そう感じたアレクたちが謁見した王は、かなりの高齢だった。
しかし、女神自らが手を下せば、世界に生きる他の子供たちを傷つけてしまう。
結果より多くの愛すべき者が悲しみの中、空を見上げると思えてならなかった。
まるで女神に助けを乞うように。
その道を歩ませているのが女神だと知らない者たちが、救いを求めるように。
《軽々しく私自らが天罰を与えるわけにもいきません。
愚王となった者を排除したとしても、今度はより狡猾な者が王位に着く可能性すら考えられます。
君主制廃止から民の代表が国を導く民主制に変わるためには時間も準備もまるで足りない現状では、王が変わったところで支配体制自体が変わるわけではないと私は思っています》
歴史的に見れば、独裁政権による支配は衰退の一途を辿るしかなく、この国もまた例外なく必衰していくと女神は話した。
仮に今回の一件を含め、愚王がしてきたすべての凄惨な悪事を国内にいるすべての民へ告げたとしても、待っているのは血で血を洗う終わりの見えない内戦であり、虎視眈々と狙う他国勢力が介入し、一気に滅亡へ向かうことも考えられる。
平民や、彼らの行動に賛同した貴族の同盟軍が王都を一時的に制圧したとしても、周辺領地から送られてくるのは支援物資などではなく、王都奪還を名目に覇権を我が物にせんと画策する大量の軍隊かもしれない。
そうなれば、いったいどれほどの民が苦しみ、傷つき、飢えに悲しむのか。
想像もつかないほどの惨事となることも十分にありうる話だと、女神は続けた。
《仮に武力政変で愚王が討たれようとも首を
「……あたしたちが女性を救った後、王都には向かえない」
「私たちが冒険者としての活動を再開すれば、即座に見つかるでしょうね」
「容姿は隠せても、恰好から俺たちだとバレるだろうな」
八方ふさがりに思えるが、3人はアレクへ確認を取るように視線を向けると、4人揃って頬を緩ませながら言葉にした。
「言えよ、アレク」
「いいのかい?」
「……問題ない」
「むしろ、私から提案したいくらいですよ」
くすくすと笑いながら話すグレイスを見たアレクは『僕と同じ気持ちなんだな』と、とても嬉しそうに答えた。
「女神様。
僕たちはこれを機に冒険者を引退し、静かな場所で過ごそうと考えてます。
それとなくではありますが、これは元々みんなと相談し合っていたことなので良い機会だと思いますし、何よりもあの王と関りを持てば余計な混乱を招きかねませんから」
あの愚王には下手に手を出さず、傍観するほかないと判断した一行だった。
彼らが絶大な力を持ち、それこそ一国と争っても勝てるだけの力があったとしても、王を倒すだけで解決できるような話ではないのだから、他国が介入しかねない状況となるのは避けるべきだと思えた。
それは戦争の火種をなくすことにも繋がり、必要以上の戦火とさせないためにも必要だとアレクたちは考えた。
「……傍観とは、言い換えればこれから出るだろう被害者を見捨てたようにも思えて、申し訳ないですが……」
「……それは違うよ。
人ひとりにできることは高が知れてる。
そのすべてを救おうとするなんて不可能だし、できると感じるのは傲慢。
それでも救いたいと心から思うアレクは人として正しいけれど、そのために身命を投げ打つのは間違ってるとあたしは思う」
《ステラさんの言葉は正しいと、私も思います。
どうかアレクさんは、アレクさんが想う人たちを大切にしてください》
女神リオリティアの真意も、アレクには痛いほど伝わっていた。
彼自身が王国と揉め事を起こせば3人も共にするのは確実だ。
幼なじみという繋がりだけではない。
そこには互いの命を預け、苦楽を共にした信頼がある。
それは、何ものにも代えがたく尊いもの。
彼ひとりを王都へ向かわすなど、できるはずもないのだから。
「みんな一緒。
ステラなら、きっとそう言いますよ。
私はもちろん、ダグラスも、ね?」
「だな」
楽しそうに笑い合う3人だったが、少しだけ不服そうなステラは頬を少しだけ膨らませながら話した。
「……むぅ。
グレイスに先を越された。
あたしが言おうと思ってたのに」
「ま、これまで一緒に過ごしてきたんだ。
これからも勝手な行動なんてさせねぇよ」
「そうだね。
……うん、そうだね」
「……アレク、あとでお説教」
「えぇ!?」
「今のは俺にだって分かるぞ……」
「アレクらしいと言えば、らしいですが」
「……でも、お説教。
一瞬でも置いて行く選択を考えた罰」
「ぅ……」
図星を付かれたアレクは、項垂れるように肩を落とした。
言葉とは裏腹にとても楽しそうに笑い合う4人だった。
重苦しい話が続いたからか、いい小休止となったようだ。
その後、彼らは女神リオリティアから、魔王となった女性を救うために必須となる強力な防御魔法を賜った。
どういった原理なのかは分からないが、まるで空から力が降り注ぐ美しく輝く薄緑色の光が下り続ける光景は、これまで見てきたものの中でも段違いで綺麗だと彼らは話した。
巨大な大樹の根元にいることもあり、大樹自身から祝福を受けたかのようにも思えたアレクたちだった。
《使用方法を含む魔法の詳細も、知識としてお渡ししました。
あとはみなさん4人で鍛錬を続け、来るべき時に備えてください》
「はい。
必ずあの
力強く、何よりも優しさをしっかりと感じさせるアレクの言葉が、空に溶け込むように発せられた。
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