第7話 大義名分の下に

 魔王と呼ばれた女性に埋め込まれた結晶体。

 これを放置すれば遠くない未来に暴発し、同時に世界を崩壊させてしまう。

 だが彼女に危害を与えても同じことになる以上、解決法が見えない。


 頭を抱えてしまう問題を前に答えを出せずにいた。

 そんな中、ひとりだけ覇気のある声色で言葉にした。


「僕が彼女を助けます」

「お、おい、なに言ってるんだ。

 ちゃんと話を聞いてたのか?」

「あぁ、聞いていたよ、ダグ。

 女神様が僕たちを呼んだ理由はそのためだと、僕はいま確信したよ。

 あるんだ・・・・、彼女を救って世界も守れる方法が」


 そうでなければ自分たちを呼んだりはしないと、アレクは感じていた。

 そもそも神々でも異常だと言える事態に遭遇しているのだから、解決する手段もないのに人間である彼らと交信したりもしないはずだと考えたのも当然だった。


《本来であれば我々が解決すべき事案なのですが、地上への過度な干渉は大地をえぐる程度では済まない衝撃を与えかねません。

 それこそ神々の手で世界を消失させてしまう可能性があるのです》


 絶大な力を持つ神が地上に降りることは、非常に大きな危険性をはらんでいると女神は答え、今も苦しみの中にいる女性への対応策について話し始めた。

 そのひとつが、結晶体を意図的に暴発させ、影響を最小限に押さえ込むこと。


 当然、これにも様々な問題と注意点がある。

 まず第一に、大地が消失するほどの膨大な魔力爆発を、世界でも指折りの実力者とはいえ人間である彼らが押さえ込めるとは思えない点だ。

 次に、暴発する力を押さえ込んでいる間、世界を滅ぼさんとする存在が彼らに手を出してこないとは言いきれないことにもある。

 特にこの場合、彼らでは対処のしようもない手段や、明らかに格上の怪物を送り込んでくる可能性すら考えられた。

 だが、これらもすべて解決できるだけの条件は揃っていると、女神は話した。


《暴発した力を押さえ込むために、みなさんでも扱うことのできる防御魔法として技術を授けることができます。

 4人同時に発動する魔法となりますので多少の鍛錬は必要ですが、幼いころから共に過ごしてきたみなさんであれば、そう時間をかけずして体得できるでしょう》


 恐らくは、そういったことも含めた上で自分たちを呼んだのだろうと彼らは思っていた。

 他にも様々な要因が重なって導かれたのかもしれない、とも。

 彼女を救うためならばと顔を合わせた4人は、覚悟を決めたように頷いた。


 気になるのは彼女を救おうとしている間、横やりが入らないかを心配した彼らだったが、それも大きな問題にはならないと女神は話した。

 この世界に限ったことではないが、基本的には外界から軽々しく介入できないよう女神がいる管理世界から強力な結界で護られているので、たとえ敵が手を出そうとしてもこちらで対処をすると彼女は続けた。

 しかし、本当に厄介なのはそれらではないのだと、神妙な面持ちで答えているのが見えた気がするほど緊迫した声が、アレクたちの耳に届いた。


《無事この一件が解決した後のことが、私は気がかりなのです》


 もしやと感じるアレクだったが、ダグラスたち3人は確信していた。

 それは人のいい彼以外は誰もが思う気がかりであり、恐らくはそうなるだろうと確たるものを感じさせる、とても大きな不安材料でもあった。


「……あたしたちに魔王討伐を命令した、あの豚王のことですね」


 辛辣かつ明確な悪意を込めて、ステラは発言した。

 だが彼女を注意する者はこの場にはいなかった。


 当然だ。

 無害な女性を捕縛して廃城に監禁させた上、その命を消そうと画策した。

 彼女の両親を処刑し彼女を魔王と偽った挙句、愚策としか思えない手段で関わった多くの者を礎に私服を肥やそうとしている。

 非道で残酷な計画を立てる者は王とは呼べないと、彼らは強く思った。


 そして女神が言いたいことも、ようやく理解できた。

 この一件が片付き、王へ報告をすれば4人もただでは済まないのだと。

 恐らくは捕縛されることなく、一方的な理由を突きつけて処刑するだろう。


 人では対処できないほど凶悪な存在から世界を救った代償がそんな結末とは、皮肉にすら思えない最悪の展開だと苦笑いすら出なかった4人だった。


《みなさんに魔王討伐を命令させた神聖王国オッセンドレイフェル第7代国王、ブラウエル・ファン・アスペレン・デ・ブラバンデル=オッセンドレイフェルは、残虐性を体現したような人物。

 目的のためなら手段を問わず、排斥した兄弟姉妹や貴族、使用人は300人を軽く超えます。

 青年期から危険思想を持つ過激派でしたが、あらゆる手段を用いて王位を継承。

 殺意を周囲に悟られないように偽りだしてからは、さらに手が付けられなくなった暴君です。

 国民はもちろん、王国や国王に忠義を尽くす騎士や貴族を手駒としか思っていない上に、不要になれば息を吸うように処断。

 たとえ必要でも私欲のためならばためらうことなく命を摘み取る、言ってみればこの人物こそ魔王と呼ぶにふさわしい、歴代から見ても最悪の愚王なのです。

 まず間違いなく、報告に戻られたみなさんを亡き者とするでしょう》


 正直なところ、どんな行動を取ったとしても最悪の結末しか見えないアレクたちは頭を抱える。


 処断する理由など、本当にどうでもいいのだろう。

 王が望むものは魔王討伐ではなく、ましてや英雄たる勇者の凱旋などでもない。

 アレクたちは世界で見ても最高の強さを持つ達人たちと言えるが、人の技量を大きく逸脱するほど隔絶した領域に到達したわけではない。

 王国中の騎士たちに囲まれれば、いずれは体力や魔力が底をつき、王都を脱出するよりも捕縛されることは間違いなかった。

 個人の強さなど数の暴力を前にすれば無力なのだと、思い知る結果となるのは目に見えていた。


 だが王から勅命が下った以上、報告もなしに世界を旅に出るわけにもいかない。

 アレクの移動魔法を使えば逃げ切れる可能性もあるが、それも時間の問題で刺客が送り込まれることも考えられるし、彼らには身に覚えのない濡れ衣を着せた上で国際指名手配されるかもしれない。


 そうなれば危険な王国から離れたとしても、大義名分の下に滞在している国へ宣戦布告されかねない以上、他国へ逃げることも問題に思えてならなかった。

 戦いとなれば容赦なく攻め入ってくるだろう愚王に対し、犠牲になるのはアレクたちとは無関係の国に所属する戦える者であり、勇敢な家族を抱えた戦えない者たちが悲しむ最悪の結果すら起こりかねない。


「……どうすれば、誰もが幸せになれるんだろうか」


 アレクらしい言葉に頬を緩ませながらも、3人は最善と思える選択を必死に考えていた。

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