第6話 利用された女性

 呼吸をするのもためらうほど息苦しい空気が漂うなか、女神リオリティアは話を続けた。


《前提として、まずはお話をさせていただきます。

 この世界の中心には、世界全体を安定させるための機関が存在します。

 コアと我々が呼ぶそれは、世界の安寧を乱すことなく護り続け、人の子が亡くなると別の生命へと生まれ変われるようになっている"世界の根幹"とも言い換えられる最重要機関。

 また、人の子が突如として力が覚醒し、膨大な魔力を御しきれずに暴発する事象も少ないながら確認されていますが、今回の一件には当てはまらないのです》


 女神が語る内容にアレクたちは、想像すらしなかった事態へと物事が向かうだけでなく、魔王として彼女を手にかけていればすべてが終わっていたのだと思い知らされることになる。


《現在魔王と世界中の人々から恐れられている存在は、一般女性。

 それも力が目覚めるまでは微弱な魔力しか持っていなかった女性です》


 しかし、突如として強大な魔力が暴発するように覚醒したのが別の要因によるもので、彼女自身も知らず知らずのうちに世界を崩壊させうる存在として利用されていたのだと、怒りを感じさせる声色で女神は語った。


 なぜ力なき女性が、圧倒的な魔力を手にしたのか。

 それは、意図的に持たされた力・・・・・・・・・・なのだと、女神は話した。


《彼女の魂周辺に異常な力の痕跡を確認しています。

 詳細は省きますが、高密度の魔力を発生させる媒体であると結論付けました。

 これは、この世界にいる人の子が扱う力とは明らかに異質なもので、例えるなら強烈な負の感情を強制的に発生させて力に転換する、非常に危険な結晶体を埋め込まれたのが原因なのです。

 残念ながら人の子たる女性に制御はもちろん、取り除くことも不可能です》


 その結晶体を埋め込まれたのが魔術に秀でたグレイスやステラであっても御することは不可能で、魔力を自在に操ることとはまったく別の話になると女神は話す。

 実際、世界で最も魔力操作に長けた達人だろうが結果は同じだと想定された。


 あまりにも理解の範疇を超えた女神の話に戸惑いを隠せなかったアレクたちだが、彼らも腑に落ちないことが女神の発言に含まれていた。

 結晶体がどんなもので身体にどのような影響をもたらし、結果どうなってしまうのかは想像くらいならできるが、その正確なところはここにいる誰にも答えられなかった。


 しかし、彼女は言ったのだ。

『非常に危険な結晶体を埋め込まれた・・・・・・のが原因』だと。


 一般人である女性に危険物を埋め込み、魔王へと変貌させた存在がいたことを示唆するのは理解できるが、なぜ彼女がその対象に選ばれたのかは分からずにいるアレクたちへ、女神は衝撃の事実を伝えた。


《選ばれた理由は、彼女が武具にも魔法にも長けていない一般人だからです。

 そうすることの意味はご理解しづらいかもしれませんが、達人でなく一般人であれば同じことができる時点で、それは途轍もなく恐ろしい意味を持ちます》


 それは、世界に住まう者の中で、どんな存在だろうと対象になるという恐ろしい推察でありながら、恐らくは別の理由などないとも思える最悪の答えとして、アレクたちを心底震え上がらせた。

 達人のみに効果があるのならば、結晶体を埋め込まれる対象者も極端に減る。

 逆に言えば、世界中のありとあらゆる人が彼女のように体を変質させ、爆発的な魔力で世界を滅ぼしかねない存在へと創り変えることができるという意味を持つ。


 その意味を理解できない者は、この場にいる者たちの中ではとても限定される。

 難しい話を続けていた彼らから離れ、陽だまりで楽しげに談笑を楽しむ妖精たちだけだ。


 血の気を引かせた彼らに、それでも女神は話を続けざるを得なかった。

 ここで中断したところで得られるものなどないし、何よりも彼女に危害を加えた存在について、もはや女性と無関係とは言えなくなっているアレクたちに話さねばならなかったからだ。


《彼女に危害を加えた者の目的は、対象に埋め込んだ結晶体を暴発させること。

 大地が消失するほどの膨大な魔力爆発は、この世界に壊滅的な被害を与える最悪の結果となると予測しています。

 そうなれば、世界を根幹から維持し続けているコアが破壊され、地上は崩壊への道を確実に辿ることになるでしょう。

 唯一、"奇跡を体現する女神"の力であればコアの修復は可能ですが、そうなる前に手を打ちたいのです。

 ここは、私が愛してやまない子供たちの住まう、大切な世界なのですから》


 深い慈しみに、悲しみと怒りを込めた透き通るような声が、アレクたちの耳に届いた。


 だが、アレクたちが魔王と戦わなかったのは、不幸中の幸いだと彼女は話した。

 もしも彼女を傷つけていれば、周囲一帯は蒸発するように何もない更地へと変わっていたと女神は続けて伝え、彼らに冷たい汗をかかせた。


 現在は女神の力で鎮静化させ、魔王はだいぶ落ち着きを見せているらしいが、それも時間の問題だと彼女は答えた。

 そう時間をかけずして結晶体が再び覚醒すれば、今度は確実にコアを破壊するほどの膨大なエネルギーを発すると推察しているようだ。


《とはいえ、同様の事案が発生しないよう、すでに手を加えてあります。

 具体的には強力な防護壁を構築して同質の力が世界に入り込まないようになっていますし、彼女以外に結晶体を埋め込まれた形跡は確認されていません》


「あの女性を救うことができれば、世界にも安寧をもたらすことができる、という意味でしょうか?」


《はい》


 アレクの問いに短く、はっきりと答えた。

 同時に、異界からの侵略者に対しては女神が対処をすると彼らに伝えた。

 これらの話をしたのも、彼女が今どういった状況に立たされるかを知ってもらいたかったがためであり、実際にその原因となった存在と対峙させようとは女神も考えていない。


 むしろ女神はその存在について、はっきりと言及できずにいた。

 問題の侵略者が、リオリティアたちと同質の力を持つ堕ちたモノ・・・・・であることを。


 いくら世界でも指折りの冒険者だろうと、アレクたちには荷が重すぎた。

 邪神とも言うべき存在と対峙すれば、一瞬で消されかねないからだ。

 それは世界を管理する神々でも気付かないよう巧みに隠蔽した手駒を複数使い、様々な世界に手を出している。


 ある世界の管理者たる女神を殺せる呪詛を、直接打ち込もうとしたことも。

 並の使い手では倒せないほど凶悪な怪物を、ある世界に多数放たれたことも。

 そしてある世界に住まう人々の魂を利用し、神々へ牙を向けようとしたことも。

 これまで一貫性がないと思われていた邪神が目論んだ、最低最悪と断言できる計画の一端だった。


 そんな危険すぎる相手とアレクたちを深く関わらせるつもりもはないが、現在も苦しみの中にいる女性だけは救ってあげたいと、女神リオリティアは考えていた。

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